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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
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(15)

 天使の着地。

 ふわりと、音もない。


 見えない羽根でもあるかのように、〈イストアイ〉は両手を少し広げると、着地の直前に勢いを殺してみせた。明らかに、物理法則に反する動きである。


 黄金の粒子――エーテルフレームから拡散するその魔力が周囲に充満していた。


 物理現象の支配。〈拝杖の儀〉において、エンノイアが〈レーベンワール〉を宙に浮かせたことが最もわかり易い。魔力、その本質はグノーシス粒子――。グノーシス粒子に満たされて、世界の法則よりも個人の意思が力を持つ空間こそが、プレローマ超量子場である。


 デーゼル王国の斥候の男には、何も理解できない。


 例えば、エンノイアは神の子とも称される、天賦の才の持ち主。グノーシス粒子やプレローマ超量子場の原理なんてさっぱり知らずとも、何が起こっているのか、何ができるのか、それらを肌で感じ取り、実際に使いこなしてみせた。


 あるいは、筆頭魔術師ハイウィザードのバーナード・ファイルマン。


 過ぎたる知識を記したノートを見てしまった彼ならば、今、〈イストアイ〉が何をしているのか、ある程度までは理論的に理解できるかも知れない。いや、それでもやはり難しいだろうか。ノートの情報は断片的であり、そこに記されていない常識も多々あるのだから。


 量子魔法だとか――。

 中間能力タワーだとか――。


「なんだ。なんだと云うのだ、一体……」


 男の悲鳴は、当然の叫びでもある。


 彼は今、常識にすがろうとしていた。


 アルマ王国の新型のゴーレム。最新鋭機である。だから当然、これまでにない最新の技術が組み込まれているのだろうと――。不可思議に、頭の中に直接響くような声も。重力に逆らうような、ありえない挙動も。何もかも、何かしらの常識の範疇で説明できる仕掛けがあるはずと――。


 そんな風に思わなければ、理性を保てなかったのだ。


 だが、しかし――。


 わからない。

 わからない、わからない。


 考えれば考える程に、混乱の深みにはまる。


「なんだと云うのだ!」


 男は今一度、絶叫した。そして、杖を構えた。〈デバイス〉の輝きは心情を反映するように弱々しい。〈リル・ラパ〉を素早く立ち上がらせたのは、辛うじて経験の為せる業である。岩肌に同化するように被せていたシートを振り払いながら、『赤狐』の異名通りの鮮やかなカラーリングに、獣のような前傾姿勢。それ自体が武器となる鋭利な爪を突き出して身構えるのは、ただし、湧き上がる闘志のためではない。


 男の手元にあるのは、ただただ、戸惑いと恐怖のみで――。


 思わず、パニックの叫び声を上げていた。


「なんだ? なんだ、貴様は?」


『あい! はじめまして、アイです!』


「……は?」


 まさかの返事である。


 一瞬――。


 間が、抜けた。


 そうして、しばらくの後――。


『……あい。敵に返事はいらない。そうでした、ごめんなさい』


 まるで誰かと会話しているような声が響いてくる。


 男はもう、ダメだった。


 わからない。


 もはや、わかるはずもない。


「……もう、やるしかないな」


 考えることを放棄する。


 思考を放り捨てるように、杖をブンと振り降ろした。「行け、リル・ラパ」と、自分自身をも叱咤するように吠える。瞬間、〈リル・ラパ〉のエーテルフレームが輝きを増した。


 腐っても、騎士ナイトである。デーゼル王国のベテランである。


 場数は踏んでいた。修羅場は幾度も越えてきた。


 矜持を思い出し、男は戦いの決意を固める。


 岩陰に隠れるために使っていた保護シート。片腕の爪で引っ掛けると、勢いよく〈イストアイ〉の方に振り乱した。目隠し、目くらまし。小賢しい手であると知りながら、一手目からそんな戦い方を選ばせるぐらいには、もう十分、目の前の敵の恐るべき力量レベルは感じ取っていた。


 手を出した以上は――。


 迷わない。


 そのまま踏み込んだ。


 シートに隠れた向こう側、鋭利な爪を突き出す。


「死ね、この化け物め!」


 覚悟。経験。矜持――。


 誤算があったとするならば――。


 残念ながら、全てである。


 ゴーレムのスペックや操者としての力量レベルだけではなかった。ありとあらゆる点をしらみつぶしに見たとしても、この瞬間、男が勝利するための要素は絶無だったのだ。


 覚悟も――。

 経験も――。

 矜持も――。


 世界と人類を背負って戦い続けた者に勝てるだろうか。


 甘かった。


 不意打ちであり、必殺の一撃として繰り出した〈リル・ラパ〉の爪。あっさり、と――。悪あがきのシートもろ共、斬り裂かれていた。


 閃光のように走った、天之超弦剣。


 斬り上げるその一撃で、〈リル・ラパ〉の片腕を奪っていた。


 そして、そのまま流れるような動きで上段に構える。


『覚悟!』


 声が、また――。

 そして、その瞬間――。


「……あ」


 男には、見えた。


 大上段に大振りの刃を構えた〈イストアイ〉。純白の装甲と黄金のエーテルフレームを持つ、瑞々しいゴーレムに重なったその幻影――不可思議な声にぴったりマッチする童女の姿。幼い。戦場にミスマッチなあどけなさ。必死で真面目な表情もまた、微笑みを誘うぐらいに可愛らしい。似合わない兜を頭に乗せている。


 ふわふわの金髪と兜、純白のワンピース。


 そのような少女の幻影が、男には束の間見えていた。


 天之超弦剣が振り降ろされる。


『全力全開! 必殺、からたけ割り、です!』


 真っ二つ、である。


「ああ、あああ……」


 男は遂に、気を失ってしまった。常識だとか何だとか、そうした部分の心の許容量がパンクしてしまったのだ。愛機である〈リル・ラパ〉が、文字通りに一刀両断された光景はそれだけで絶望するぐらいにショッキング。だが、それ以上に――。一拍置いて、次の瞬間だった。男と〈リル・ラパ〉の背後にあった巨大な岩場にも、輝く一筋の剣閃が走ったかと思えば、凄まじい衝撃音と共にガラガラと崩れ去っていく。


「ふ、ふふふ、うふふ……」


 滅茶苦茶である。

 こんなもの、理解できてたまるか。


 男はへらへらと力ない笑いを浮かべ、白眼を剥いた。


 そして、ゆっくりと大地に倒れ行く間にも――。


『や、やりすぎました! ごめんなさい、ごめんなさい、ご主人さま!』


 今にも泣き出しそうな、〈イストアイ〉の謝罪の声だけが響いていた。

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