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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
53/64

(13)

 七月二十五日――。


 第九十八期、七節。

 交戦フェイズ。


 開戦の時、来たりて――。


「定刻になりました」


 声色は、それなりの年嵩を感じさせるもの。


 白装束に、色のない仮面。エドワード・メイヤーと名乗ったその男は、教会の司祭である。最高指導者である四神徒に倣うかのように、この瞬間、声以外の人となりは完全に隠されていた。


 エドワードは淡々と続ける。


侵略アタック側は、デーゼル王国。防衛ディフェンス側は、アルマ王国。戦争形式は〈殲滅戦〉。侵略アタック側と防衛ディフェンス側のいずれかの戦力の全滅か、完全な撤退により勝敗を決します。本日の管理代行者ゲームマスターは、私、エドワード・メイヤーと他二名の司祭、七名の助祭が務めます。それでは交戦フェイズを開始してください」


 宣言と共に、日の出を迎える。


 アルマ王国の王剣騎士団は、鬨の声を大きく上げた。


 数日前から駐屯している小規模な砦、大門を前にした広場である。ゴーレム〈サーラス〉が居並ぶ中を、最終チェックに忙しい整備員が大勢駆け回っている。一方で、敢えて軽口を叩いたり、笑い合ったり、あるいは、一人静かに目を閉ざしていたり――これから戦場に出る騎士ナイトや従騎士の過ごし方は様々だった。


 懐中時計を見つめながら事務的な口調に終始していた司祭のエドワードは、まるで役割を終えたとばかり、王剣騎士団の面々から離れていった。だからと云って立ち去る訳でもなく、ある程度離れた場所でカカシのように立ち尽くす。視線だけをじっと、王剣騎士団の方に注いでいた。


 遊戯戦争の管理代行者ゲームマスターである教会。


 交戦フェイズにおける大陸各地の戦場には、教会から司祭や助祭が派遣される。彼らは交戦フェイズの実質的な審判である。ただし審判と云っても、彼らが戦闘に直接干渉するようなことはない。


 交戦フェイズが開始された後は、管理代行者ゲームマスターは見守るだけである。


 仮に、交戦フェイズの最中、遊戯戦争のルールに抵触するような違反行為が行われたとしても、管理代行者ゲームマスターはこの場ではそれを止めることはおろか、注意したり警告したりすることもない。彼らはただ、自らの見守った結果だけを教会の上層部に報告する。教会はその内容を慎重に判断し、その後改めて、国家に対してのペナルティを科すのだ。


 大国同士の大決戦のような重大局面に関しては、万一の事態に備え、教会の保有する強大な戦力であるゴーレム〈ミュラーザリウス〉と〈守護騎士ガーディアン〉を控えることもあるらしいが――少なくとも、そうした仰々しい配慮はアルマ王国には無縁である。


 ユーマもそれぐらいのことならば事前に学んで知っていた。


 知っていたとしても、初めての遊戯戦争である。管理代行者ゲームマスターである司祭の存在は、どうしても気になる所だった。まるで監視カメラのような、司祭のエドワード。無言、無音。神の意思の体現者と云うよりも、無機質なロボットのようにも思えた。人間らしくないから、不気味に感じるのかも知れない。ユーマはエドワードの方をちらちらと幾度か振り返っていたが、王剣騎士団の他の面々は慣れたものなのか、一切の興味や関心を向けていなかった。


 気のせいだろうか――。


 妙に、ユーマは鋭い視線を感じるのだ。


「ユーマ、緊張している?」


 不意に、そう声を掛けられる。


 司祭のエドワードを気にして、注意が疎かになっていた。


 慌てて姿勢を正しながら、敬礼姿勢を取る。何しろ、ユーマはこの場で一番下っ端の見習い騎士である。本来、王剣騎士団において遊戯戦争に参加できるのは、騎士の他は、〈従騎士〉の中でも一等の者だけである。〈見習い〉が参戦したというのは過去にも例を見ず、当然ながら、ユーマは現在かなりの先輩方に囲まれているわけだ。


「ん。ボクに対してかしこまる必要はないよ」


 笑われた。エンノイアである。


 互いに、戦場に出る恰好。


 ユーマの軍服や装備がまだまだ新品同然なのに対し、エンノイアのそれは十分に使い込まれているようだ。また、騎士団から支給される規定の装備だけでなく、色々とオリジナルなアレンジを加えている。何よりも目立つのは、彼女のパーソナルカラーと同じく紅蓮のマントを羽織っている所だった。


「はい、これ」


 エンノイアは、後ろ手に隠し持っていたものを差し出してきた。


 何かと思えば、彼女が身に着けているのと同じようなマントである。


 色合いは異なり、真っ黒のマント。


 銀糸で、美しい刺繍が入っている。


「えっと……」


 反射的に受け取れば、意外にも、ズシリと重い。


「ユーマには安全のため、フルアーマーでも着込んでほしい所だけど、それでは身動きも取れそうにないからね。厚手で丈夫なマントでも羽織っていれば、多少の気休めにはなるさ。それに、ここらは砂嵐が酷い。フード付きのマントは絶対に役に立つはずだよ」


「すみません。ありがとうございます」


 一応、軽装の革鎧は身に着けている。


 鎧がそもそも着慣れないため、その上からマントを羽織るのは一苦労。しばらく悪戦苦闘していると、エンノイアが手を貸してくれた。襟元までわざわざ正してくれながら、彼女はぽつりと、「ちなみに、刺繍はボクがやってみた」と零した。


「え?」


「プレゼントにしては味気ないからね。せめて、少しぐらいは、ね……」


 高価な銀糸で、華やかな装飾。


 細かく、美しい。


 飾っておきたいぐらいの出来栄えである。


「こ、これ、エノアさんが自分で?」


「うん。基本的、ボクは何でもできる」


「……凄いですね」


 素直に、感心した。


 くるりと回転しながら、ユーマは全体を改めて見下ろしてみる。パチパチと、エンノイアが拍手。「うん、似合っている。はあ、恰好いい。可愛い……よし、抱き締めていい?」「ダメです」などと、最近はこんな感じになりつつある定番のやりとりを行った。


「ちなみに……」


 エンノイアは、何でもないような口調で呟く。


「刺繍を完成させるために、昨日は徹夜だったんだ」


「……え?」


「だから、とても眠い」


「……」


「眠いなー」


「……」


「はあ、このままでは本調子が出ないよ」


「騎士隊長として、それはどうかと……」


「王子様のキスで、完璧に目覚めるかも――」


「な!」


「そもそも、御礼にそれぐらいしても良いと思うよ?」


「なな!」


「はい、ユーマ。おいで。抱き締めてあげる。キスしようよ」


「ななな、……な?」


 瞬間、吹き飛ぶエンノイア。


 ローマンのラリアットが延髄に炸裂していた。


「団長殿! 開戦と同時に、その手で主力を沈めるつもりですか?」


 クリティカルヒットしたはずなのに、ピンピンとしているエンノイア。


 一方で、ローマンはさらに腕を振り上げたものの、ため息と共に怒気を収めた。


「まったく。エンノイア騎士隊長、何をやっているかと思えば……。小一時間は説教して、廊下に立たせておきたい所だぞ。だが、そんな場合でもないな。一応、ユーマの緊張やら何やらをほぐしてやっていたと、好意的に解釈しておこうか」


 思えば、既に交戦フェイズは始まっているのだ。


 和んでしまっていたが――。

 確かに、そんな場合ではなかったかも知れない。


 ユーマは途端にソワソワし始める。


 だが、ローマンは苦笑しながらこうも付け足した。


「大丈夫だ、ユーマ。交戦フェイズが始まったと云っても、すぐに動きがあるわけではない。侵略アタック側も防衛ディフェンス側もスタート地点は決まっているからな。まっすぐに進軍したとしても、相手方の砦に辿り着くまでにはかなりの時間がかかる。それに、デーゼル王国が堂々とゴーレムを進軍させていたならば、斥候がそれに気付かないはずもない。まあ、詰まる所、本当に戦いが始まるまではもう少し余裕があるということだ」


 ローマンの説明に、ユーマはホッと胸を撫で下ろす。


 実際、交戦フェイズの開始が告げられた瞬間に、王剣騎士団が留まる砦の大門こそ完全に開放されていたものの、各小隊が急いで出撃するようなことはなかった。


 ローマンが団長として、改めて大声を張り上げる。


「全員、昨夜の作戦会議の内容は頭に入っているな? 今回の目的は、ただの防衛ディフェンス成功ではない。いつものように情けない勝利を収めるだけならば、エンノイア第二騎士隊長と〈レーベンワール〉に託し、〈決闘型〉を選べばいいだけだ。敢えての〈殲滅型〉を選択し、第一騎士隊以外の全ての戦力を投入したのには理由がある。ここが正念場だぞ。これまでざんざんコケにしてくれたデーゼル王国に一泡吹かせるのは、このタイミングを置いて他にない」


 再び、勇ましい鬨の声があちこちで上がる。


 昨夜行われた、全体の作戦会議――ユーマも参戦者の一人として、ちゃんと末席に加わっていた。戦場となる荒野の地形図を前にして、デーゼル王国とアルマ王国、それぞれの戦力比較。予想される敵方の進行ルート。それに対して、基本は〈レーベンワール〉とエンノイアを筆頭に据えて待ち受けるというスタイルを取ることが決められた。


 シンプルだからこそ、ユーマにもしっかり理解できたものだ。


 だが、しかし――。


「ローマン団長」


 ユーマは思わず、強い声で呼びかけていた。


 周囲では次々と、王剣騎士団の騎士ナイト達が自分の愛機である〈サーラス〉を起動させていく。小隊による行動が原則であるから、杖を輝かせる騎士ナイトの周囲を仲間である他の騎士ナイトや従騎士が守るように囲み、そうした小隊がさらに幾つか群れ集まり、大きな隊列を為していた。


 彼らは砦の外に出ると、そこでまた待機する。


 先陣を切ることが許されているのは、ゴーレム〈レーベンワール〉と第二騎士隊長のエンノイアだけであるからだ。彼女もまた、愛機を起動させようとしていた。


「先に行っているよ、ユーマ」


 紅蓮の輝きに染まった杖を掲げながら、エンノイアは最後に微笑んだ。


「君もボクと共に来るはずと、そう信じている」


 起動。


 そして、跳んだ。


 悲鳴が――。


 片腕の死神、エーテルフレームをぎらぎらと紅蓮に輝かせる〈レーベンワール〉は、〈拝杖の儀〉においてユーマがやってみせたように、まずは高く、強く、宙に跳ねた。獣のような跳躍、その勢いのままに砦の外に躍り出る。悲鳴は、味方から――。自分達の第二騎士隊長が規格外であることは重々承知しているが、前置きもなく、いきなり常識を飛び越えられるとやはり怖いのだ。


 愛機を先行させながら、悠々と歩き始めるエンノイア。


 彼女の背中をしばらく見つめた後、ユーマは改めてローマンに云った。


「お願いがあります、団長殿」


 昨夜の作戦会議では、ユーマはひとまず後方待機とされていた。


 実力ならば、王剣騎士団の誰もが認める所である。ただし誰よりも年若く、遊戯戦争に参加するのが初めてというのも揺るぎない事実だった。だから、慎重に扱われてしまった。ローマンがどのように考えているか、ユーマも大体はわかっているのだ。後方の安全圏でまずは戦場の空気に慣れさせて、戦況の緩やかな地点に少しずつ――それこそ、〈レーベンワール〉が討ち漏らしたような敵を、まずは試しに相手させるつもりらしい。 


 確かに、それでも全力は尽くすつもりだけど――。


 足りない。


 遊戯の戦争、そのさらに安全圏なんて――。


 全然、足りない。


「前に、出たいか?」


 願う前から、ローマンに逆に問われた。


 一瞬、戸惑う。

 内心を悟られたことに――。


 だが、すぐに迷いは振り払った。


「はい」


「……お前は、不思議な奴だな」


 ローマンは少し、独り言のように漏らした。


「普段は、気弱なぐらいの年相応の少年なのに……いきなり歴戦の勇士のような顔をしてみせる。なんだ、その落ち着きは――初陣だろう? 〈拝杖の儀〉も確かに実戦と云えばそうだが、あれは命まで取られるような場ではない。命の危険がある所に、自分から出たいと云うか。不思議だ、本当に不思議な奴だ。何が一体、お前をそんな風に駆り立てているのか?」


 ユーマは答えない。


 答えられない。


 フィオナ、と――そんな答えを呟いてみた所で、誰にも理解できるはずなんてないのだから。別に、どんな風に思われても良いのだ。今は、戦いたい。強くなりたい。


 前に、進みたかった。


「やってみろ」


 長い沈黙の後、ローマンは結論を出した。


「だが、無茶はするな。命令だ、絶対に死ぬな」


「はい、わかりました」


 死の命令を下されたこともある。


 死ぬな、と命令された。


 なんだか嬉しくて、ユーマは思わず笑ってしまう。その途端、ローマンがギョッとした顔になる。まずい、戦闘狂とでも思われてしまうか――ユーマは慌てて、誤魔化すように杖を振り上げた。


 そして――。


 心で、叫んだ。


『アイ、準備はいい?』


『あい。ご主人さま』


 黄金色の起動。


 始まろうとしていた、アルマ王国の快進撃――。


 あるいは、デーゼル王国のかつてない絶望――。



 

 第九十八期、七節。

 交戦フェイズ。




 管理代行者ゲームマスターである教会は翌日、あらゆる交通網を駆使して迅速に帰還した司祭のエドワードから、大陸の辺境、弱小国同士の他愛ない交戦フェイズ――その驚愕の報告を受けることになる。


 戦争形式は〈殲滅戦〉。


 それなのに、アルマ王国の被害は零である。


 完全な、皆無――。


 一方のデーゼル王国と云えば――。


『アイ、よく聞いて』


 ユーマは最初にしっかりと云い含めていた。


『まずは、アイに全て任せるよ。何ができるのか、どれだけやれるのか――アイはそれを覚えなければいけない。学ばなければいけない。これは実戦だ。でも、訓練でもある。僕が力を貸さなければ……パイロットが真にシンクロしなければ、EVEゴーレムは半分の力も出せない。だから凄く厳しいかも知れないけれど、それでもアイにやってもらうからね』


『あい。頑張ります、負けません。アイは、全部倒します!』


 デーゼル王国がこの交戦フェイズに投入したゴーレム〈リル・ラパ〉は、国家の規模からすれば破格の50体である。


 そう――。


 50体の〈リル・ラパ〉が、今日一日で失われるのだ。




 史上最悪のワンサイドゲーム、開幕――。

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