(12)
白昼夢のように、目の前の景色に幻想が重なる。
かつての百年戦争の風景――。
敵は、ADAM。
破壊される街並み、荒れ狂う量子魔法。
第一世代ADAM・第二世代ADAMと市街戦を繰り広げる歩兵部隊、戦車や戦闘機の旧兵器による支援部隊。戦場の情報がコックピット内のディスプレイに流れ続け、通信回線が作戦本部オペレーターの無機質な報告と共に、戦火に晒される部隊の悲鳴や罵声を運んでくる。
ユーマにとっては、それこそが日常の風景だった。
戦士の命は軽く、死神は生々しい息づかいすら感じさせる程の近くで、いつでも首元に鎌の刃を当てている。大規模な戦争が終わる度、養成所の教室に空席が目立つようになった。鈍化する感情。生き残れたことに、ため息を吐くことしかできない。
ユーマが戦場で対峙する敵は、いつでも第三世代ADAMだった。
EVEゴーレムのパイロットであるからには、人類最大の脅威と常に向かい合わなければいけない。それは詰まる所、一番危険で重要なポジションを任されているに等しかった。
敗北すれば、死。
背負っているものは、自分自身の命だけではない。
戦場に立つ人間、全ての命――。あるいは、その戦場を突破された場合にADAMが侵攻するだろう数多の街の住人、数千、数万の命――。
世界に五体しか存在しない〈神話型〉のパイロットになるということは、必然的に、それだけの責任と運命を背負わされることに等しく、未熟で、ちっぽけで、弱く、脆く、いつでも悩み続けるユーマをさらに悩ましてくれたものだ。
擦り切れながら、戦い続けた。
擦り切れて、擦り切れて――。
最後の戦い――。
もはや、死を受け入れながら戦場に向かったあの時――そう、十億を切るまでに追い込められた人類が逆転するために、切り札である〈神話型〉を全て投入した最後の戦い。ユーマはまだ、全てを思い出したわけではなかった。ADAMの本拠地とも云うべき〈死の大陸〉に降り立って以降の記憶は、未だにぶつりと途切れたままである。
「明日」
ユーマは独り言を漏らした。
「久し振りの戦争だ」
かつての日常に舞い戻る。
ユーマは少し、そんな風にも今を捉えていた。
もちろん、戦闘と云っても〈遊戯戦争〉である。厳密なルールに守られた〈遊戯戦争〉は、むしろ競技と呼んでもいいかも知れない。ユーマのかつての記憶にある戦争とは根本から異なり、おぞましさは比較にもならないのだ。
ただし、死傷者が出る可能性は十分にある。
遊戯と云っても、戦争である。
死者は出る。
あるいは、明日、ユーマは死ぬかも知れない。王剣騎士団の一員として、遊戯戦争に出るからにはそうした覚悟を求められる。団長のローマンからは、王都からこの戦場に向かう数日の旅の間も繰り返し問われたものだ。本当にいいのか、と――。
道中、手紙を書かされた。
遺書である。
死について、ユーマはそれで否応なく熟考させられた。
何を書くべきかはかなり悩んだものだけど――それと同時に、ユーマは遥かな過去を見直すことにもなった。死を想えば、死に直結した日々は自然と思い返されて、かつて一度は死んだはずの自分自身に関する謎や不思議も、重たく頭に圧し掛かったのだ。
悩んでも仕方のないことと思っている。
答えなんて、ユーマがいくら考えた所でわかるはずもない。
全てがわかる時が来るとすれば、彼女と再会するその時に違いない。
そう、それだから――。
その時までは、死にたくなかった。
死ぬつもりもない。
そうして気付く。
死に対する覚悟はあるけれど、ユーマには少なくとも、生に対する諦めはまだなかった。
『……ご主人さま?』
ユーマは黙り込んだまま、明日には戦場に変わる風景を見つめ続ける。
何気なく、尋ねてみた。
『ねえ、アイ』
『あい、ご主人さま』
『今、どんな気分?』
『うれしいです』
『……嬉しい?』
『あい。ご主人さまと一緒にいられて、うれしいです』
『ああ、そうか。うん、ありがとう』
素直な好意に、少し照れる。
『それに、楽しみです』
彼女は付け足して云った。
『明日、ご主人さまと一緒に戦えるのが楽しみです』
ユーマはすぐに頷けなかった。
楽しみ――。
なぜならば、ユーマもまったく同じ気持ちだったからだ。
楽しみ、戦争なのに――。
地獄だった日常。戦いは地獄だった。それを知っているユーマが、遊戯だろうと戦争を楽しみに思うなんて――。ありえない。馬鹿げている。思わず首を横に振りながら、ユーマはそれでも戸惑い続けていた。
本来ならば、恐怖や緊張で震えている方が自分らしいだろう。
そう思うけれど――。
胸の内に、火がある。
燃えていた。
やってやる、と――らしくもない、闘争心。
ユーマは確かに、戦いを求めていた。
『そうだね、アイ』
素直に云ってみる。
『明日は、思いっきり楽しもうね』




