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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
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(9)

 耐久力も抜群のエンノイア。


 体格差のあるローマンに不意打ちを受けても、吹き飛びはしたものの、倒れなかった。軽やかな身のこなしで体勢を立て直しながら、「団長殿、延髄はマズイです。死にます」と抗議する声もピンピンしている。


 ローマンは片腕を回していた。


 ぐるぐる、と――。

 デスクワークで鈍った身体に、血を巡らせていた。


 太い腕。みなぎる、力こぶ。

 まるでゴリラのようだ。


 その顔も、その力強さも――。


 そう。ゴリラそのものだ。


 強い。間違いない。


「エンノイア!」


 そして、怒りの大音声。


「は、はい!」


 反射的に敬礼するエンノイア。


 野生のゴリラも裸足で逃げ出しそうな、怒り狂ったボスゴリラのような形相のローマン。武骨な顔立ちに、グレートソードすら片手で振り回す巨躯と馬鹿力。団長という肩書きを得てからは自制されているが、ローマンの内には野生の血が滾っている。もしも、全てを解放して暴れ回ったならば、誰も抑えることなんてできないのだ。


「腑抜け過ぎだぞ!」


 ローマンは叫んだ。


 エンノイアが、「で、でも……」と抗弁しようとした瞬間である。


 ドゴン、と――。


 破砕音。


 エンノイアやトオミのように正面から向き合っていた者だけでなく、格納庫を行き交う整備員の多くも振り返っていた。全員、青ざめる。何が起こったかと云えば、ローマンが壁を殴り付けていた。それだけである。それだけで、コンクリートの壁に穴が空いていた。


 拳で、砕いたのだ。


「ゴリ……いえ、化け物ですか?」


 エンノイアは咄嗟に云い直していた。


「俺を怒らせるな、エンノイア。騎士ナイトとしての実力ならば、お前がナンバーワンだ。ただし、素手で殴り合ったならば――生身の戦闘では、まだまだ誰にも負けん。これ以上のバカをやるならば、ここで鉄槌を下すのもやぶさかではないが……


「はい! 申し訳ございませんでした!」


 エンノイアは元気よく謝った。


 世間の常識に捉われない性格をしているものの、彼女はそれでも最低限の処世術は心得ているのだ。あるいは、強敵に対する嗅覚と云っても良いかも知れない。ローマンは、強い。本気で殴られたならば無事では済まないことを、エンノイアは重々承知していた。


 ローマン・ベルツ。


 王剣騎士団の団長であるから、騎士ナイトとしての実力も並以上である。ただし、それはあくまでも王剣騎士団の中で見た場合の話であり、所詮、アルマ王国は弱小国なのだ。大陸全土の国家、その中でも特に強大な三大国――北のソレイア、南のバースタイム、中央のアーカスという国家に所属する騎士ナイトと比べると、ローマンは平凡な騎士ナイトと云われても仕方なかった。


 ゴーレムを操るレベル。


 騎士ナイトとしての実力に直結するその部分は、最もわかり易い強さの指標である。


 その点で、ローマンは目立つ所がない。例えば、ダイレクトアタック――騎士ナイトに直接の攻撃を加えることが禁止される〈勝抜型〉や〈選抜型〉の戦争形式では、ローマンは大した活躍はできない(実際、アルマ王国のエースはエンノイアであるし、彼女が登場するまではジノヴィがその役目を担っていた)。


 だが、しかし――。


 ローマンは一部で、非常に有名な騎士ナイトでもある。


 いくつかのよく知られたエピソードがあった。


 例えば、ダイレクトアタックの許可された戦争形式において、ある時、アルマ王国は敗北寸前の窮地に陥っていた。その頃はまだ、団長などという立派な肩書きもなく、ただの若手の騎士ナイトに過ぎなかったローマン。大した活躍も期待されていなかったが、まさかの大逆転の立役者となった。


 何をしたかと云えば、捨て身の突撃――ゴーレムをタコ殴りにされるのも構わず敵陣に突っ込ませると、彼自身も混乱に乗じて単身で敵地に斬り込んだ。ゴーレム同士の戦いでは勝機がないと悟り、咄嗟の判断、敵側の騎士ナイトを直接ぶん殴りに行ったわけである。


 もちろん、多勢に無勢――普通は成功するはずもなく、返り討ちにあうのが関の山である。しかし、さすがのゴリラ――否、人間離れしたパワーの持ち主である。バッタバッタと護衛の従騎士を吹き飛ばし、その勢いのままに敵軍の騎士ナイトを一蹴してしまった。


 ありえない活躍の仕方。


 最初は笑い話として、ローマンの単騎駆けのエピソードは大陸中に面白おかしく広まったものだが――これを笑い飛ばさず、真摯に受け止めた軍師も多かった。ダイレクトアタックの有用性とその対策について、ローマンの活躍以前と以降では研究のされ方が格段に違っているのだから、遊戯戦争に与えた影響は凄まじい。


 また、これと同じぐらいに有名なエピソードとして――。


 冒険者ギルドの〈四天外法剣〉。


 S級の冒険者の最上位に位置するその四人――。




 ――〈八斬り〉シャルル・セラ。


 ――〈青の衝動〉ユニハ・バック。


 ――〈女竜〉ベルタ・ゾエ。


 ――〈悪運の盾〉クライブ・マックギネス。




 彼らの所属するそれぞれのパーティーから、ローマンは騎士ナイトを辞めて、冒険者にならないかと誘われたこともあるのだ。〈四天外法剣〉と云えば、個人でありながら、国家も無視できないだけの影響力を持つ圧倒的強者であり、同業の冒険者達からは敬意と恐怖を向けられている。彼らからパーティーに誘われる――実力を認められるというのは、相当な誉れであることは間違いない。


 だが、ローマンは誘いを断った。


 冒険者ではなく、騎士ナイトとしての道を選んだ。


 その際、〈青の衝動〉ユニハとは手切れのための一騎打ちを行い――もちろん、ローマンは完膚無きまでにボコボコにされたものの、一撃を見舞うことには成功している。〈四天外法剣〉から認められて、〈青の衝動〉には傷すら負わせた者として、ローマンはその点でも一目置かれているのだ。


「あ、あの……」


 しばらく、無言で対峙していたエンノイアとローマン。


 ピリピリと緊張した空気の中で――。


 場違いな弱々しい声を上げたのは、ユーマである。


「そろそろ、降ろしてもらえませんか?」


 エンノイアの片手で、鞄のように小脇に抱えられているユーマ。


 最初に抱き上げられた瞬間に、赤面したままフリーズしてしまった。さながら、無力な小動物。今、ようやくの再起動を果たしていた。しかし、ユーマは我に返ってみた所で抱き上げられたままであり、自力ではどうしようもなかった。「あ、あの、その……」と、手足をパタパタさせることしかできない。


「……降ろしてやれ」


 ユーマの間抜けさが役に立った。


 怒りを持続させることができなくなったのか、ローマンはため息と共に肩を落とす。


「エンノイア騎士隊長、これからは節度ある態度を頼むぞ」


 エンノイアはビシッと敬礼を決めて、「わかりました。衆目がある所では自重します」と宣言。そして、ユーマを地面に降ろしてくれた。


「はあ。勘弁してください」


 安堵の息と共に、ぼやくユーマ。


「でも、悪い気はしないだろ?」


 エンノイアは小さく、耳打ちしてくる。


「ボクは、本当に、ユーマが好きだよ」


 何も云えない。


 何も云えないまま、ユーマは顔を伏せる。


 真っ赤。


 沈黙。


 そして、馬鹿馬鹿しい三者のやりとりに対し、魔術師ウィザードのトオミは「ギルドに負けず劣らず、騎士団も平和ボケしている」と冷めた視線でコメントを残した。

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