(8)
エンノイアとローマンは執務室を出ると、ゴーレムの格納庫に向かい始めた。
「既に聞いているだろうが……」
歩きながら、ローマンが何気ない風に呟く。
「腕は、元通りにはならなかったぞ」
「……ええ、承知しています」
素っ気ないぐらいのエンノイアに対し、ローマンはそれ以上何も云わなかった。
騎士団本部の一階まで降りて、渡り廊下を抜けて別館に入っていく。途中ですれ違う団員のほとんどから、エンノイアは「お帰りなさい、隊長」と笑いながら声をかけられる。
「敬意の欠片もないが、お前には人望があるな」
ローマンは苦笑しながら皮肉を零した。
「まあ、ボクは美人ですから」
「……その性格だけが、な」
エンノイアはドヤ顔だが、ローマンは呆れ顔である。
王剣騎士団の本部に併設された格納庫では、作業音が騒々しく響いていた。
団長と第二騎士隊長の姿を見止めた者は、サッと敬礼した後、素早く作業に戻っていく。ローマンは満足そうに頷いていた。格式も大事だが、それ以上に実利を優先する――アルマ王国と王剣騎士団を盛り返すために、彼はコツコツと皆の意識も変えて来たのだ。
求めるは、開放的な空気である。
ガチガチの軍隊気質も決して悪ではなく、その全てを否定するものではないけれど、今はとにかく、各人の才能がのびのびと自由に育ってくれることを優先していた。
実際、昔に比べると騎士団の雰囲気は大きく変わっている。古株のジノヴィには、腑抜けていると怒られたりもするが。それでも若手の成長は著しいのだ。いい方向に風が吹いていると、ローマンはそう感じている。
「いえーい」
ただし、自由過ぎるのも問題だ。
「……エンノイア騎士隊長、何をやっているか?」
国内外を問わず、多くの人々からエンノイア・サーシャーシャは寡黙で凛とした、まさに英雄を体現するかのような人物と思われているけれど、王剣騎士団の関係者を始めとして、彼女と日常的に接するような立場の者からはそのような馬鹿げたイメージを抱かれるはずもないのだ。
最初こそ敬礼して一応の恰好は付けるものの、年若い団員達はその後、エンノイアに向けて嬉しそうに手を振ったりしていた。仮にも、第二騎士隊長である。いくら何でも目に余る。ローマンやジノヴィはもちろん、若手によく慕われている第三騎士隊長のガルシアですら、もっとマシな敬意を向けられているのだから。
叱り飛ばすのが当然の状況で、エンノイアと云えば――。
「いえーい」
むしろ、誰よりもふざけている。
ファンサービスのように、両手でピースサインを振り撒いていた。
「エンノイア騎士隊長!」
「うわ、はい! な、何ですか、団長殿?」
バタバタと慌てながら、敬礼するエンノイア。
ローマンは説教しようと口を開くが、出て来たのはため息だけだ。
「お前も、そろそろ騎士隊長としての自覚を持ってくれ」
「自覚? 自覚ならばありますよ」
エンノイアは、さらり、と――。
「自覚があるから、毎月、過酷な遠征に出ています」
「ああ。それを云われてしまうと、俺は何も云えんよ」
いつも通りのやりとりを経て、二人は格納庫の奥へと向かい始めた。
非常に高い天井。18メートル級のゴーレムのための格納庫であるから、スケール感が狂う程に広々としている。両脇の壁際にはゴーレム〈サーラス〉が何十体も居並んでいた。目を引くのは、カラーリングと装備の異なる団長と各隊長の専用機。そうしたゴーレムの足元をざわざわと大勢行き交っているのは、整備を専門とする騎士団員だった。
王剣騎士団は小隊単位で行動することを基本としている。整備員の多くも小隊のメンバーとなり、愛着を持って特定のゴーレムの整備点検に勤しんでいた。仮にまったく同じ〈サーラス〉だろうと、それを扱う騎士が違えば、戦い方の癖も違ってくる。それぞれの小隊で最良のセッティングは異なるからこそ、専属の整備員が縁の下の力持ちとなって騎士とゴーレムを支えなければいけないのだ。
エンノイアとローマンは、喧噪の中を奥に進んで行く。
ぽっかり、と――。
穴の開いたように、静けさが漂うその場所。
何事にも、例外はあるものだ。
王剣騎士団は小隊制が基本であり、小隊はゴーレムを中心として騎士や整備員を両輪として形成されるが、しかし――格納庫の最奥に据えられた二機のゴーレムは、いずれの小隊に属するものでもなければ、専属の整備員も付いていなかった。
純白の天使、〈イストアイ〉。
漆黒の死神、〈レーベンワール〉。
姉妹機であるが、外見はまったく似ていない。
兜を被った戦乙女のような出で立ちで、すらりと美しいものの、標準的なゴーレムの体型に収まっている〈イストアイ〉。一方の〈レーベンワール〉と云えば、異形――肩と腕だけが厚い装甲で膨れ上がっているのに対し、腹部はエーテルフレームが剥き出しであり、見る者の方を不安にさせるようなアンバランスな形状になっていた。
さらに目を引くのは、左腕が失われたままの点であり――。
「……うん、悪くない」
エンノイアが何気なく、そんな独り言を漏らした。
「その方が恰好いいかも知れないよ、レーベン」
専用のハンガーにそれぞれ収まった二機の次期正式量産試作型の前には、鳶色のローブを纏った女性が立っていた。彼女は足音に気付いてか、エンノイアとローマンの方にゆっくりと振り返りながら、「あら、団長と騎士隊長がお揃いで……。どうかしましたか?」と不思議そうに呟いた後、頭を下げた。
魔術師のトオミ・アグリコラである。
「ああ、仕事の邪魔をしてすまない」
ローマンは気さくに返した。
「エンノイアがちょうど戦場から帰って来た所で、早速、愛機の様子を見たいと云ったからな。時間が許すならば、改修の具合について簡単に説明してくれると助かる」
「そうでしたか。ええ、それはもちろん喜んで――」
天使と悪魔は、まだ何処の小隊にも属していない。専属の整備員も未配属である。両機の面倒を見ているのは、実の所、魔術師であるトオミなのだ。
「イストアイは相変わらずの調子で問題はありません。レーベンワールは先週、ギルドから騎士団に再度の引き渡しが行われたばかりですが……あいにく、専属の騎士であるエンノイア隊長が遠征で不在の状態だったため、詳細なテストはこれからで――」
トオミは現在、魔術師ギルドから王剣騎士団の方に出向中の身である。
既に、そのような立場になってから二ヶ月以上が経っていた。
国家(及び、その軍部)と各地の魔術師ギルドは、協力関係にあるのが常である。ただし、魔術師がギルドを離れることは珍しく、騎士団を始めとした組織で軍属として活動するのは異例中の異例とも云えた。
だが、そもそも――。
事の発端が、異例などという言葉では生温い〈異常〉。
何かと云えば、春に行われた〈拝杖の儀〉である。
試作機の一号機と二号機、〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉による一騎打ち。最強の騎士と最強の見習い騎士による人智を超えた戦闘が及ぼした影響は計り知れない。
それだから、今さらである。
あんなものを見てしまった後で、魔術師が騎士団の中をうろうろするぐらいのこと――普段ならば異例のことで仰天するべきかも知れないが、まったく、今さらの話である。異例は、異常には及ばないのだ。
「さて、イストアイの一撃で斬り落とされてしまったレーベンワールの腕ですが……」
トオミは説明を続けていた。
「部位を欠損するレベルのダメージを受けたならば、普通、エーテルフレームは本来の機能を失うものです。しかし、レーベンワールは死ななかった。〈拝杖の儀〉において、片腕を失った後――その後に、何が起こったのかは依然として不明のままですが、何かしらの作用によってレーベンワールは死を免れたものと考えられます。片腕を失いつつも、まるで傷口が自然治癒したかのように、エーテルフレームは十分に回復を果たしており――」
ゴーレムは基本的に、魔術師ギルドで設計・建造される。その後、騎士団(国家)に引き渡されるが、その時点で管理・維持の責任もまた騎士団に移るのが普通だった。
しかし、試作機である〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉は、ワンオフのスペシャルな機体である上に、王剣騎士団からの要請を無視し、魔術師ギルド(正確には、筆頭魔術師のバーナード)が暴走したあげく、一般的な騎士では動かすこともできない無茶なスペックの機体を作り上げてしまったという経緯がある。
元々から、王剣騎士団に引き渡した後も、魔術師ギルドが継続的に〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉には関わっていくという方針はあったのだ。
そうした所に〈拝杖の儀〉の異常事態が重なった結果、トオミの出向措置があっさりと決まるぐらい、王剣騎士団と魔術師ギルドは、二機の試作機に対しては前例を無視してでも最善を尽くそうという姿勢になっていた。
まず大破した〈レーベンワール〉は、〈拝杖の儀〉の直後、修復作業のために魔術師ギルドに送り返された。不幸中の幸いと云うべきか、その期間を利用し、魔術師ギルドは〈レーベンワール〉に関して様々な調査を行うことができたが、残念ながら、芳しい成果は上げられなかった。
その一方で――。
問題となったのは〈イストアイ〉の方である。
純白の天使は、傷を負った死神と異なり、〈拝杖の儀〉の後も修復等の措置は一切必要なかった。本来ならば、魔術師ギルドに送る必要はないけれど、〈拝杖の儀〉における通常のスペックを遥かに超えた戦闘風景は万人が見止めたものであるから、今一度、詳しい調査を行うために魔術師ギルドに預けるべきではないかという意見は多数を占めていた。
恐怖。
実の所、大勢の背中をぐいぐいと押していたのはそんなものだ。
誰の心にも、〈拝杖の儀〉の際の光景が焼き付いていた。
あれは、何だったのだろうか――。
暴走。
キルキリ・キラリリ――。
奇妙な鳴き声のようにも聞こえる歪みの音。そして、不気味な漆黒に染まったエーテルフレーム。濃密で、醜悪な気配。何もかも、あの日あの時、闘技場にいた人々の胸には刻み付けられていた。
どうして、あんなことになったのか――。
もちろん、確たることは何も云えない。二ヶ月間、〈レーベンワール〉を調査した魔術師ギルドも大した成果は上げられなかったのだから。しかし、確証はないものの、魔術師の多くはうっすらと推測を付けている。
元凶は、〈レーベンワール〉のエーテルフレーム――。
その大元になった原石のせいではないか、と――。
希少価値の高い原石を何処かから手に入れて来たのは筆頭魔術師であり、魔術師ギルドの関係者ならば、誰でもそれを知っていた。だから、全員一度は等しく、バーナードに疑惑の眼差しを向けてみたりしたものだ。
だが、さすがは腹黒いタヌキ爺である。
バーナードはこの一件に関して、口を固く閉ざしたままだった。
「前々からお話ししていた通り、エーテルフレームの欠損部位を治そうとするならば、同じレベルの魔力係数を持った素材を用意しなければいけません。残念ながら、〈レーベンワール〉のエーテルフレームは希少な原石が元になっていたため、それと等価のものを入手するのは容易ではなく……」
トオミはようやく本題に入り、ローマンとエンノイアに対して、〈レーベンワール〉の片腕が修復できない理由について説明していた。口調はよどみない。すらすら、と。一方で、原石について語っていると、トオミの胸中には不安の影が立ち込めるのだ。
果たして、何が問題だったのか――。
あるいは。
そう。
他のゴーレムにも、同様の問題が起きたりしないのか、と――。
それこそ、姉妹機である〈イストアイ〉にも――。
『大丈夫です』
皆がうっすらと抱いていた危惧に対し、あっさりとそう云った者がいた。
『僕に任せてもらえれば――』
鶴の一声。トオミには、そんな風に思えた。魔術師ギルドに戻されることがほぼ決定していた〈イストアイ〉。たった一人の少年が何の根拠も示さず、ただ単に『大丈夫』と云っただけで、王剣騎士団と魔術師ギルドの長々とした協議は無意味になった。
実際、〈レーベンワール〉が修復作業中だったこの二ヶ月間――。
もう一方の〈イストアイ〉は王剣騎士団に留められたままだったのだから。
「……あれ、エノアさん?」
タイミングよく、トオミが説明を終えた瞬間である。
ひょっこり、と。
様々な問題、騒動、事件の中心にいる者が姿を見せた。
トオミがその声に反応して振り返るよりも早く、ローマンが――。
否。
誰よりも素早く、エンノイアが振り向いていた。
「お帰りなさい。もう帰って来ていたんですね」
ユーマ・ライディング。
若干十四歳の見習い騎士である。
癖のある黒髪に、騎士よりも魔術師を思わせる地味な眼鏡。身長は低く、強い風に吹かれたら飛んで行ってしまいそうな、ひょろひょろと細く頼りない身体付き。一目見ただけの印象ならば、年相応の幼さを感じさせるけれど――。
もちろん。
王剣騎士団や魔術師ギルドのメンバーで、彼をただの子供と侮るような者はいない。
「……ユーマ」
エンノイアが答えた。
「ただいま」
現在、午後もしばらく経った頃――。
見習い騎士の三人は騎士道のテストも終わり、本来ならば、ゴーレムを使った実習に入る時間帯である。ただし、肩書きこそ見習い騎士であるけれど、ユーマのレベルは基礎訓練を繰り返すような所にはない。
そのため、ユーマは見習い騎士としての訓練の一部を免除されている。空いた時間をどうしているかと云えば、トオミがこの場で待っていた事とも繋がるのだ。
端的に云えば、ユーマは〈イストアイ〉の仮の騎士――テストパイロットのような役目を務めている。
本日もこれから、トオミと共に調整や訓練を行う予定だったけれど――。
「うわ!」
突如として悲鳴を上げたのは、ユーマ。
両足が、気付いた時には床から浮き上がっていた。
「ユーマ! はあ、何日ぶりだろうか!」
「そ、そんなに経ってないですよ。エノアさん」
「いいや。一週間以上も会えなかった。死にそうだったよ」
速い。
誰も、止めるなんてできない。
「はあ、ユーマ……」
Sランクの冒険者を凌駕するのではないかというデタラメなスピードの踏み込み。騎士としての実力だけでなく、容姿も含めたステータスの全てがハイスペックにまとまっているエンノイアは、刹那で間合いを殺し、小柄と云っても十四歳の男子であるユーマを高々と、まるで赤子のように軽々と、両手で万歳するように抱き上げていた。
そして、ぎゅっと抱き寄せる。
深く。ユーマの身体に顔を埋めながら――。
「ユーマ」
ため息。熱く。熱く。
エンノイアは惚けたように呟く。
「……ん、我慢できない。ねえ、このままベッドに――」
その瞬間、ローマンがエンノイアの後頭部にラリアットを決めた。




