(4)
「さて、講義を始めようか」
黒板を背にするクレートは、見習い騎士の三人を見渡しながら云った。
「君達の面倒を見るのも、それなりの回数になってきたね。さて、最初の一ヶ月ぐらいは緊張感もたっぷりあったようだけど……。春も終わり、さすがに見習い騎士としての日々にも慣れただろうか。そろそろ、気が抜け始める頃かも知れないね。――ワイアット、そう云っている最中に欠伸をするんじゃない。今一度、ここらで気を引き締めるように。いいかい。何と云っても、今日の講義内容は騎士としての本分に関わるものだ。騎士として生きる上での究極的な目的のひとつ――それでは、〈遊戯戦争〉について説明を始めようか」
ユーマはその瞬間、自然と背筋を伸ばしていた。
レイティシアは最初から姿勢が良いけれど、心なしか、集中力が増したようである。気配が鋭くなっていた。一方で、ワイアットは欠伸混じりの表情を急に活き活きとさせて、待っていましたとばかりに前のめりになる。
「わかりやすい反応だね」
クレートは苦笑していた。
「そんなに、これまでの講義は退屈だった?」
見習い騎士のための座学――その内容は様々である。例えば、本日の午後にテストが控えている騎士道の講義は、要するに騎士としての心構えや常識を説くものであり、道徳的な内容が大半を占めていた。それを退屈と云うのは失礼極まりないかも知れないけれど――しかし、欠伸が多くなってしまうのも事実である。
ユーマは一瞬、手元のノートに視線を落とした。
これまでの講義内容をまとめたページを捲ってみる。
見習い騎士としてスタートしてから、所詮はまだ三ヶ月なのだ。
最初の内は、教養的な講義がどうしても多い。都市学校の授業を受けているような気分になることも決して珍しくなかった。実際、数学や歴史のような普通科目の復習はもちろん、魔術師ギルドを目指す者のように基礎レベルから一歩踏み込んだ内容を学んだりもする。
騎士はそもそも、皆の憧れとなるべき存在だ。
敬意に値する模範的な人物として、教養に欠けていては失格だろう。そのこと自体は、三人とも重々承知している。だが、せっかく見習い騎士になったと云うのに、子供のように勉強ばかりさせられるのは、やっぱりどこか歯痒いものがあった。
「まあ、気持ちはわかるよ」
クレートは優しく笑っていた。
「大丈夫。夏を迎えるぐらいから、いよいよ、騎士になるための実践的な知識を身に着ける段階に入って来るからね。ここからが本番だ。さあ、覚悟して付いて来るように――」
昨年、〈拝杖の儀〉に合格したばかりのクレートは騎士の中では一番の若手である。アルマ王国の騎士として、実力だけならば目立つ所の少ない彼だが、物腰は柔らかく、誰に対しても平等に接する辺りの評判は非常に良い。
そしてまた、真面目である。
「それでは、説明をまとめたものをこちらに用意しておきました」
黒板の前から、大きく一歩横に退くクレート。
そこには、既にびっしりと板書された〈遊戯戦争〉の概要が――。
「料理番組ですか」
ユーマは思わず呟いた。
クレートとワイアットが同時に、「ん?」と首を傾げる。
「あ。いえ、何でも……」
失言だった。
ユーマは素直に頭を下げる。
「すみません。スルーしてください」
レイティシアは一切を無視し、澄ました顔で板書を写し始めている。
ユーマとワイアットも遅れて、彼女の優等生らしい行動に倣った。
クレートは咳払いしながら、「それでは、まずは全体を簡単に説明していくよ。手を動かしながらで良いから、耳だけこちらに向けておくように」と、黒板の上から順番に指し示していく。なんだか、都市学校の教師よりも教師らしさが板に付いていた。
【遊戯戦争とは?】
厳密な定義で云えば、『恒久的平和のための戦術級魔法兵器使用制限に関する条約』(遊戯戦争条約)に加盟した国家で行われる擬似的な戦争のこと。
年間(一期)を通じて、一月から十月まで計十回(十節)の戦闘が行われる(なお、今年の遊戯戦争は第九十八期であり、来年は第九十九期、再来年は記念すべき第百期となる)。
「はい。その名の通り、遊戯戦争とはゲーム化された戦争のこと。王都の周辺が戦場になることはまずないから、ユーマとレイティシアは遊戯戦争の観戦に行ったことはないかな? レンドール地方ならば、小旅行ぐらいの感覚で観戦に行くことも……ああ、ワイアットは見に行ったことがあると? うん、実際に見たことがある方がわかり易いかも知れない。ゲーム化された戦争――遊戯戦争は、スポーツに似ている。原始的な戦争と比べて何が一番違うかと云えば、やはり厳密なルールの有無だ。秩序ある公平な戦争――遊戯戦争はそう在るべきだし、実際にそう在り続けることで今日まで存続してきた」
クレートは黒板を指差しながら、さらに説明を続けていく。
「この大陸には大小様々な十二の国家が存在している。そして、その十二カ国は全て、遊戯戦争条約に加盟している。さて、実は国家以外にもひとつだけ、遊戯戦争条約に加盟している組織があるのだけど……わかるかな? ――はい、レイティシア。答えてみて」
「教会です」
「正解。さすがだね」
クレートは拍手しながら説明を続けた。
「教会という大きな組織も遊戯戦争条約に加わっている。ただし、教会は戦闘行為には関わらない。ゴーレム〈ミュラーザリウス〉と〈守護騎士〉――最高クラスの戦力を有しているのは間違いないけれど、それらはあくまで、遊戯戦争においては管理代行者としての抑止力にのみ使われるんだ」
【遊戯戦争の参加者】
盤上の駒として、大陸に存在する十二の国家が参加している。
教会は駒にはならない。あくまで、管理代行者として遊戯戦争に関わる。
ただし、教会の下部組織に当たるギルドは、各国家と独自に協力関係を結ぶことが可能である。国家とギルドが協力関係を築く場合は、その契約内容は遊戯戦争条約に基づき全てが開示されなければいけない。
【遊戯戦争における駒とは?】
駒とは、遊戯戦争に参加している国家を示す言葉である。
狭義の意味として、戦場におけるゴーレムや騎士を示す場合もある。
【遊戯戦争における管理代行者とは?】
教会が務める役割のこと。
駒に対する事務的・政治的なサポートから盤上の審判に至るまで、遊戯戦争を円滑に進めるための総合的な監督を行っている。




