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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
43/64

(3)

「おはよう、お兄ちゃん」


 花咲くような笑顔で、レイティシアからそう云われた。


 ユーマとワイアットが何も云えないまま数秒間フリーズしている間に、彼女は笑顔を消し、初夏が一瞬で真冬に変わってしまいそうな冷たい目に変わると、たった一言、「引くわ」と吐き捨てるように云った。


 王剣騎士団、平時の制服姿であるレイティシア。


 クラシカルなデザインの軍服であるためか、高圧的な視線も態度も、ますます引き立つようだ。赤いネクタイ、磨き上げられたブーツ。制帽の位置を正しながら、レイティシアはさらに視線を険しくする。


「ま、待て。誤解だ、誤解!」


 ワイアットが叫んだ。


 ユーマは咄嗟の瞬間に弱い。何と云えば良いのか、考え込んでしまったあげくに何も云えないまま終わる事がほとんどである。特に、レイティシアが相手だとその傾向は強くなった。


 だから、ここはワイアットに頼るしかない。


 社交的で、ノリが良く――。

 誰が相手でも物怖じしないその性格ならば――。


(頼んだよ、ワット!)


 ユーマの祈りも後押ししたのか、ワイアットは凄まじい勢いで捲し立てた。


「別に、やましい話をしていたわけじゃない! おっぱいを揉みたいとか、そんな事は……そんな事はあるけどさ! そうだよ、揉みたい! 違う、そうじゃなくて! ただ単に、俺達は友情を確かめ合っていただけだよ。朝っぱらから、今日もタニアちゃんのおっぱいがヤバかったせいで……。俺達はだから、こう、必死に、おっぱいと叫ぶ事で健全な気持ちに昇華しようと――ああ、もう! べ、別に良いだろ。うおお、おっぱい! おっぱい!」


 無言のまま、レイティシアは冷たい視線だけをワイアットに向けていた。


 最初の勢いこそ良かったものの、途中で耐えられなくなったのか、ワイアットは声のトーンを落として挫けそうになり――だが、負けられないと思ったのだろう。黙り込んでしまっては、それこそ敗北を認めたも同然なのだから。ヤケクソ。追い詰められたネズミの咆哮である。天高く両手を突き出し、雄叫びのように「おっぱい」と連呼する事により、ワイアットは一か八かの逆転勝利を目指そうとしたようだけど――。


 ユーマは当然、こう思った。


(うん、終わった)


 何だかんだ、レイティシアの事はよくわかっている。


「……最低」


 そう云いながら、彼女はワイアットの頬を平手打ちしていた。


 さらに、わざわざ歩み寄って来ては、ユーマの頬も張り飛ばしてくれる。


「最低、死ねば?」


 頬をそれぞれ押さえて涙目になる二人に対し、レイティシアは極寒の眼差しを容赦なく浴びせながら背を向けた。スタスタと歩き去るその背中を、ユーマとワイアットは何も云えないまま見つめる。しばらく経ってから、二人は顔を見合わせた。


「こえー」


 素朴な感想を漏らすワイアット。


「うん、怖い」


「本気で殴られた。滅茶苦茶、痛いんだけど?」


「ああ、うん。レティはいつも手加減しないから」


 ユーマは苦笑するしかない。


 ワイアットは思いっきり肩を落としていた。


「そこまで怒ることかよ」


「……まあ、本気で怒ったわけではないよ」


 ユーマは少々冷静になって云ったものだ。


「本気ならば、鳩尾に前蹴りが来るからね」


「……お兄ちゃん、苦労して来たんだな」


 ワイアットに尊敬の眼差しを向けられてしまった。


「しかし、嫌われたもんだ」


 ワイアットは力のない笑いと共に呟く。


 ユーマはすぐさま、首を横に振った。


「嫌われているのは前々からだよ」


「あー、もっと嫌われたか?」


「いや、それも違うね」


 ユーマは苦笑いするしかない。


「最初から、ずっと底値だよ」


 これ以上、好感度は下がりようがないのだ――しかし、ユーマはそう云いつつも、もしかするとさらに嫌われる可能性もあるのだろうかと思い直す。昔からレイティシアとの関係はこれ以上悪化しようがないと思っていたが、〈杖の儀式〉や〈拝杖の儀〉を経て、どん底の底が抜けるという状態に陥っているのだから。


「……うん。むしろ、良かったのかも知れない」


 殴られた頬を押さえながら、ユーマはしみじみと呟いた。


「久々に殴られて……うん、良かった」


「……おい。大丈夫か、お兄ちゃん?」


 ワイアットが真剣に、心配そうな表情になっていた。


「その、ユーマ。もしかして、そっちの気が……」


「違う。まったく、違う。そうじゃない」


 別に、そういう趣味があるわけではないのだ。




 ――閑話休題。



 

 レイティシア・ライディング。


 ユーマの双子の妹である。


 世間的には――。


 実際は、血の繋がりなんてない赤の他人。ローラ・ライディングが産んだ子供はレイティシアだけであり、ユーマは何処かで拾われた出自不明の子供でしかない。


 だから、似ていない。


 癖のある黒髪、ストレートの金髪。

 眼鏡を必要とする近視の黒眼、宝石のように澄んだ碧眼。


 ローラとレイティシアが二人で並んで立っていれば、美人で瓜二つの母娘と皆が納得するだろうけれど、百合の花が咲き乱れる所に雑草が生えるように、ユーマがそこに加わってもただの異物にしかならないのだ。


 本当の家族ではないのだから。 


 ただし、ライディング家のそんな秘密を知る者は少ない。


 少なくとも、ユーマは自分の口から秘密を誰かに明かした事はなかった。ワイアットにすら云えないままである。周囲は皆、二人が双子の兄妹であると思っているし、仲が悪いことすらも、年頃の兄妹にありがちな事と気楽に考えているようだ。


 ローラにいつか云われた。


 ユーマもレイティシアも、どちらも自分の子供だと――。


 可愛い子供なのだから、いつでも帰って来なさいと――。


 第二王壁区画から第三王壁区画まで、徒歩でも大した時間はかからない。帰ろうと思えば、いつでも帰れるけれど。ここ最近、ユーマが顔を見せに行ったのは何かしらの用事がある時だけで、そうした機会にも決して長居はしなかった。


 ローラは歓迎してくれる。


 だが、レイティシアと云えば――。


 ユーマは少し、考え違いをしていたのだ。


 家を離れてしまえば、レイティシアと顔を合わせている時間はぐっと減ると思っていた。残念ながら、そうではなかった。〈見習い〉として過ごす最初の一年間はほとんどの行動を共にしなければいけない上、王剣騎士団の新入りは今年たった三名だけである。都市学校の頃はクラスメイトが大勢いたため没交渉でいられたけれど、わずかに三名の中ではどうしても互いを意識せざるを得ない。


 殴られたり、蹴られたり――。

 罵倒されたり――。


 今まで通りのあれこれが、また繰り返されるのだろうと思っていた。


(やれやれ。仕方ない)


 ユーマは最初、そんな風に諦念と共に覚悟を決めていた。


 だが、現状は思っていた以上に面倒くさいものになっている。


 端的に云うならば――。


 無視、である。


 徹底的に、レイティシアはユーマを無視することに決めたらしい。


 荒れ狂う海のようだったレイティシアには、なんだか薄気味の悪い凪が訪れている。怒らない。叫ばない。ただただ、静か――。用事があってユーマから仕方なく話しかける時も、レイティシアは無表情に近い顔のまま、事務的なやりとりに終始するのだ。


 それだから――。


「なんだか、嬉しかったな」


 思いっきり殴られた頬を押さえながら、ユーマはそう繰り返した。


 ワイアットからは非常に哀れんだ視線と共に――。


「ユーマがこっち側に戻って来られますように」


 などと、祈りの言葉をプレゼントされた。


「……だから、そんな趣味はないよ」


「妹に殴られて喜んでいる奴なんて、絶対に危ねえだろうが」


「危なくない! これぐらい元気のある方が、レティらしくて良いんだよ」


「発情期のコボルトみたいに凶暴な方が良いなんて、やっぱり趣味が悪いぞ」


「趣味とかそういう問題ではなくて……。いや、待って――」


 ユーマは慌てて、重要なポイントを訂正した。


「レティを、コボルトなんかと一緒にするのはダメだ」


 極めて冷静に告げる。


「最低でも、あれはオークだよ。それぐらいには恐ろしい」


「……色々と鬱憤溜まっているだな、お兄ちゃん」


 結局、ワイアットには呆れられてしまう。


 そうして騒ぎつつも、無事に目的地に到着していた。


 第一王壁区画の中心には、まるで地中から迫り上がったように小高く、王城がそれ自体もひとつの街のようにそびえている。王城の大きな門を抜けて、さらにしばらく進む。騎士団本部のエントランスで敬礼する。通路の途中ですれ違う先輩団員にはそれぞれ大きな声で挨拶をしながら、二人は幾つかある会議室のひとつに入った。


「失礼します」


 見習い騎士の務めは、多種多様――。


 先輩方の仕事をサポートする事も大事ならば、学ぶ事も大事である。現状、一日の半分ぐらいは、都市学校の頃のような座学に費やされていた。


「遅いぞ、お前達――と、云いたい所だけど、別に遅刻ではないな」


「はい。おはようございます」


 ユーマとワイアットは笑いながら敬礼した。


 見習い騎士の指導者は、毎日色々な人が交代で務めてくれる。


 本日は、若手の騎士ナイトであるクレート・マトリ――丁寧で優しいため、教官としては歓迎すべき人物である(逆に、第一騎士隊長のジノヴィなどは最も厳しい人であるため、その日の教官である事がわかるとテンションが下がる)。


 レイティシアは既に、席に着いていた。


 澄ました顔である。ユーマとワイアットの方には視線も向けない。


「……ん、お前達?」


 ユーマとワイアットも席に着こうとした所で、クレートが首を傾げた。


「その顔、どうした? 朝から喧嘩か?」


 二人の頬にはそれぞれ、レイティシアの平手打ちの痕がくっきりと真っ赤に残っている。訊かれるかと思っていたが、やはり訊かれてしまった。苦笑するしかない。ユーマは何気なくレイティシアの様子を窺ってみるけれど、彼女はツンとしたまま視線を合わせる事もしてくれなかった。

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