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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
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(1)

 片腕のゴーレムが、大鎌を回していた。


 まるで傷を隠すように羽織られた血染め色のマントと紅蓮の輝きを放つエーテルフレーム。艶やかな漆黒の装甲は、相変わらず隙間だらけで見る者の方を不安にさせる。アンバランスなフォルムと鋭い顔立ち。〈レーベンワール〉の全体を形容するならば、とにかく不吉という言葉が似合う。


 開幕と同時に、「死神」という声があちこちから上がっていた。


「久し振りの戦いだ、レーベン」


 畏怖の視線を無数に浴びながら、アルマ王国で――否、大陸辺境で最強と謳われる騎士ナイト、エンノイア・サーシャーシャは涼しく微笑む。


 季節は、夏――。


 真昼の太陽は、世界を灼熱に包み込んでいた。


 アルマ王国の東部において国境を広く接するのは、ゴーレム〈リル・ラパ〉を擁するデーゼル王国。国境帯である荒地は、これまで幾度も両国の戦場となってきたものだ。


 草木の少ない、岩石と赤土の平野。


 古くから使用されている砦も幾つか見受けられる。ただし、本日の盤面には不使用である。遮るものがほとんどないため、見晴らしは良い。蒸し暑くも風の強い日であり、蜃気楼のように揺れる景色には砂塵が幻影のように舞い上がる。


 砂埃を避けるため、エンノイアはフード付きのマントを羽織っていた。


 マントの下は、騎士ナイトとして戦場に立つ時の恰好である。軽装の鎧に、長剣を一本。彼女は盾を持たない。右手に杖を握り、左手に剣を構えている。生身の白兵戦も辞さないスタイルだけど、エンノイアのそんな意気とは裏腹に、団長であるローマン・ベルツの命令の下、四つの小隊が第二騎士隊長を守るためだけにぐるりと陣を敷いていた。


 四体のゴーレム〈サーラス〉とその騎士ナイトに加え、それぞれの小隊を構成する従騎士――生身の戦力である彼らの武器は、あくまでも剣と盾である。ゴーレムを持たない者だろうと、戦場では重要な役目があるのだ。


 戦況を決するのがゴーレムである事は間違いない。


 ただし、ゴーレムを操るのは騎士ナイトである。


 味方の騎士ナイトをあらゆる危険から守る事も大事であれば、あるいはまた、敵方の騎士ナイトを直接狙うというのも重要な戦法のひとつだ。杖をまだ持たない従騎士は、剣と盾を構え、そうした戦場で最も厳しい部分を支えなければいけない。


 とはいえ――。


 本日の盤面において、アルマ王国の従騎士が生死を賭して戦うような、そのような極限の局面が訪れる気配はなかった。一手目で、全てが終わっていたからだ。敵も味方も、〈レーベンワール〉が薙いだ大鎌であっさり戦いの意気込みなど刈り取られていた。


 デーゼル王国の現行の主力量産型ゴーレム〈リル・ラパ〉。


 異名である『赤狐』の通りに赤一色のカラーリング。四足獣が立ち上がった時のような前傾姿勢とバランス調整用の長い尾(のように見える突起物)、巨大な腕部とソードの代わりに伸びる爪――随所に際立った特徴を持つゴーレムである。


「死神」


 恐怖に上擦る声。


 大鎌の一撃により、デーゼル王国の二体の〈リル・ラパ〉が同時に真っ二つにされていた。装甲だけでなく、エーテルフレームもたったの一撃で両断。ゴーレムとしての〈死〉を迎えた〈リル・ラパ〉は、もはやピクリとも動かないまま荒野に崩れ落ちていく。


 それは一瞬の出来事だった。


 誰一人として油断していたわけではない。


 デーゼル王国の騎士ナイト達からすれば、アルマ王国の最新の試作機である〈レーベンワール〉はそれだけで最大限に警戒すべきものだったし、それを操る騎士ナイトは音に聞こえたエンノイアなのだ。


 戦場で遭遇した両陣営は、数で云えばまったくの互角だった。


 アルマ王国は、〈レーベンワール〉を先頭にして四体の〈サーラス〉を従えるような布陣。一方のデーゼル王国は、五体の〈リル・ラパ〉を密集させていた。


 専守防衛――四体の〈サーラス〉はまったく動く気配を見せなかった。デーゼル王国としては悩む所だっただろう。突出している〈レーベンワール〉を討ち取るには好機、ただし後方で控えている〈サーラス〉をまったく無視するのは危険だ。結果として、何かしらの罠や策を警戒し、デーゼル王国は油断なく三体の〈リル・ラパ〉を〈サーラス〉を牽制する位置に動かした。


 そして、残りの二体の〈リル・ラパ〉で〈レーベンワール〉に襲い掛かった。




 結末は、一瞬――。




 そもそも、ゴーレムの戦闘は一対一が基本である。


 複数を相手取るような戦い方は想定されていない。


 そのような状況に陥らないように、小隊毎の連携も含めて如何に立ち回るかが重要である。しかし、この瞬間、そんな基本中の基本は無視されていた。万人が行儀よく並ぶような道を、エンノイアは知らないのだ。彼女の前には、常に、自分だけの覇道が広がっている。


 大鎌を片腕で構えた〈レーベンワール〉。


 そして、広がりゆく紅蓮の世界。


「ようこそ」


 エンノイアは微笑んでいた。


 風が止む。


 彼女はフードを払った。


 そうして乱雑に、ピンクブロンドの髪を掻き上げる。赤々と燃える太陽を恨めしげに、ゴールドの瞳で睨みつけた。剣を薙ぐ。杖を掲げた。長身の美貌、どのような舞台役者よりも戦場という舞台で輝く彼女は、その一瞬、アルマ王国の者とデーゼル王国の者、両方の視線を一身に集めながら、微笑み、小首を傾げ、「死神で結構。大いに結構。ボクとレーベンは共に死神になってやろう。そうして、全ての敵に死をプレゼントしよう」と宣言した。


 アルマ王国とデーゼル王国の交戦回数は非常に多い。


 昨年のシーズンから振り返っても、交戦しなかった月がない程である。


 そして、その結果と云えば――。


 アルマ王国の連戦連敗。


 デーゼル王国がゴーレム〈リル・ラパ〉を完成させて以来、旧式のゴーレム〈サーラス〉ではまったく勝ち目がなくなってしまった。騎士ナイトとして他と隔絶した実力を備えたエンノイアだけが、〈サーラス〉で〈リル・ラパ〉を討ち取るという奇跡を毎度行っていたものの、残念ながら、一人の活躍だけで戦況を覆す事はできなかったのだ。


 少なくとも、これまでは――。


「さて、勝利しようか。今日は記念日になるね」


 エンノイアは笑った。


「ローソクの火を吹き消すように、命を刈り取ろうか」


 風がまた、吹き荒れる。


 失った片腕を隠しながら、風に揺れる血染め色のマント。その下から覗くエーテルフレームは紅蓮に輝き、輝きは周囲に拡散していく。世界を心の色である〈パーソナルカラー〉に染め上げて、何もかもを支配する。


 紅蓮の世界。


 それは、エンノイアの世界である。


 本気を見せる事に、もはや躊躇はない。


 なぜならば、本気を出しても届かない相手が居てくれるのだから――。


「ユーマ」


 愛する人の名を呟いてみた。


 そして、エンノイアは、〈レーベンワール〉に〈リル・ラパ〉の首を刎ねさせる。数の上ではまだ有利と云うのに、怖気づいたように後退する残りの〈リル・ラパ〉。もちろん、死神は逃さない。大鎌は次の瞬間には一体の〈リル・ラパ〉の胴体に突き立ち、さらに間髪入れず、最後の〈リル・ラパ〉の首も刎ねていた。


 緒戦は、あっさりと決着する。


 完勝である。


「ユーマ。そちらは大丈夫かな?」


 エンノイアの心は既に、この戦場になかった。


 彼方の戦場に――。

 初陣に臨む、愛する人の方に――。


 遊戯戦争。


 第九十八期、七節。


 侵略アタック側は、デーゼル王国。防衛ディフェンス側は、アルマ王国。大陸全土の十二カ国で行われている遊戯戦争において、これは、大勢にまったく影響しないような小国同士の消化試合みたいなものである。しかし、大陸全土を揺るがし、歴史にやがて大きく刻まれるアルマ王国の快進撃は、この何でもない戦場からスタートするのだ。


 エンノイアの復帰と〈レーベンワール〉の参戦。

 そして、〈アルマの魔王〉の登場。


 ここで初めて駒が揃った。


 最強と最強(バランスブレイカー)


 残り、わずかに三節――。


 遊戯の崩壊はここから始まる。

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