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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第1話 死神の〈レーベンワール〉
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(3)

 ゴーレムの操者は、騎士ナイトと呼ばれる。


 アルマ王国の王剣騎士団は、騎士団長ローマン・ベルツの下に、さらに三人の騎士隊長が指揮する独立した部隊で構成されていた。三人の騎士隊長は王剣騎士団の中でも抜きん出た実力の持ち主であるが、〈レーベンワール〉の杖を託されるという誉れは、第二騎士隊長のエンノイア・サーシャーシャに与えられた。


 十六歳で拝杖の儀を行って騎士となり、さらには十八歳で隊長になったという経歴は他に類を見ない。現在でも、彼女はまだ十九歳という若さである。


 異例中の異例尽くしの出世を遂げているその理由は、アルマ王国の騎士でただ一人、時代遅れの〈サーラス〉で〈リル・ラパ〉を打ち破れる実力の持ち主と云えばわかりやすい。


 天才、神の子――。


 エンノイアは、大陸でも五本の指に入るぐらいの才能豊かな騎士なのだ。


「どうだ、さすがのお前も緊張するか?」


 豪快な笑顔でそう云うのは、王剣騎士団の団長を務めるローマンである。


 二メートルを超える巨漢であり、鍛え上げた身体は大樹のように太く厚い。本日は正装でめかし込んでいるが、シャツの胸元のボタンが今にも弾け飛んでしまいそうだ。


 ローマンに対して敬礼を取ったのが、本日の主役――。


 いや、主役はあくまで〈レーベンワール〉であるから、その杖を握る騎士については、さながら準主役のヒロインとでも云うべきかも知れない。


 第二騎士隊長のエンノイア・サーシャーシャ。


 美しい敬礼は、しかし、束の間の幻に終わった。


 ゴールドの瞳はふわふわと、見えない蝶々を追いかけるような不安定な動きに変わる。無表情を貫けば、天才の切れ味を漂わせる整った顔立ち――しかし、誰かが注意しなければ、いつの間にか日向で寝そべる猫のようにだらけた顔になっていく。


「……あ。いい男!」


 大一番に集中できるように配慮されて、エンノイアの控える闘技場の入場口は天幕に覆われている。そんな幕の隙間から、来賓と思しき若い男の姿がちらりと見えたのだ。激励のために訪れたローマンが目の前にいることも忘れ、エンノイアは見目の良い男をさらに眺めようと、亀のように頑張って首を伸ばすのだけど――。


「エンノイア!」


 ローマンの怒声に、エンノイアは慌てふためきながら気を付けのポーズ。


 しかし、しばらくすると再びふわふわと視線が迷子になり始める。


 ローマンは顔を覆うと、盛大に嘆き始めた。


「ああ、これだから、貴様を簡単には人前に出せないのだ。ゴーレムの操作に関しては英霊が降りてきたかのような驚異的な働きを見せるのに、それ以外はまるで子供――そんな見た目なのが、余計に悪いぞ」


 ストロベリーブロンドの可愛らしい髪は、敢えて凛々しくショートカット。


 切れ長のゴールドの瞳。ローマンには及ばないものの、下手な男よりは遥かに背が高い。すらりとした体形と褐色の肌は、ゆったりとした仕草を優美なものとして映し出す。


 騎士としての正装である濃紺の外套に黒革のブーツ、腰には装飾がきらびやかな剣という本日の出で立ちは、耽美の体現者――貴婦人の多くに喜びの悲鳴を上げさせるに違いない。


 なお、ローマンはエンノイアに対し、大衆の前では決して口を開かないように厳命を下している。そのために、彼女が無口でクールな美女と誤解されるようになったのは、それはそれで頭の痛い問題であるけれど――。


 今さら、命令を覆すことはできない。


 もしも、エンノイアに好き勝手に口を開かせたならば――。


「はあ、恋愛したい。彼氏欲しい」


 この始末である。


 胃が痛くなってきたのに耐えながら、ローマンは彼女を諭そうとした。


「騎士隊長。これはいつも云っている事だが、実現不可能な事を愚痴るのはやめたまえ。こちらの気が滅入る」


「しかし、団長殿。ボクは男が欲しいんです」


「男が欲しいとか、間違っても衆目がある所では口にしないように!」


 こんな馬鹿話をしている場合ではないと思うものの、ローマンはいつものようにエンノイアを叱りつける。


「貴様は、男に求める条件が高過ぎるのだ」


「いえ、そんな事はありません」


 エンノイアは真面目な顔で抗議する。


「求める条件は、むしろ低くないでしょうか? 年下で、顔立ちは平均以上ならばオッケー。身分は気にしません。相手が貧乏でも、ボクが稼げば良いのですから――」


 エンノイアはそんな風に云うが、ローマンはやはり渋い顔である。


「一番の条件が抜けているぞ」


 このような生産性のないやりとりは、既に、これまで何度も繰り返していた。


 ローマンは絶望的な声で、これだけ確認してみる。


「貴様よりも強くないと嫌なのだろう?」


「はい。そこだけは譲れません」


「騎士隊長。残念だが――」


 ローマンの言葉はそこで遮られた。


 銅鑼の音――。

 幕開けの時が来たのだ。


 エンノイアは終わり良ければ全て良しとでも云わんばかりに、その瞬間だけビシッと美しい敬礼を行ってみせた。


「それでは、団長殿。行って参ります」


「……ああ。ほどほどにな」


 激励の言葉としては間違っている。


 だが、全力を尽くせなどと、ローマンはとても云えなかった。


 天幕を両手で掻き分けて、エンノイアは颯爽と大勢の観客が待ち受ける中に出て行く。大歓声に迎えられる彼女に、物怖じした様子は皆無。緊張も恐怖もない。普段の様子を知っているローマンですら、思わず見惚れてしまうような堂々とした振る舞いだ。


 ローマンは想像しようとする。


 そして、すぐに諦めた。


 エンノイアよりも強い騎士――。

 そんな化け物が存在する訳がないのだ。


「残念ながら、騎士隊長。貴様の願いはさらに遠くなるな」


 ローマンは独り言を漏らしながら、引き攣った笑みを浮かべる。


「化け物と化け物が出会うか。さて、どうなるやら――」


 闘技場の中心で、主人となる存在を静かに待ち受けるゴーレム〈レーベンワール〉。エンノイアは一切の躊躇なく進み出で、胸を張りながらその前に立った。

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