(12)
王剣騎士団の団長であるローマンは、ようやく舞台に辿り着いていた。
ゴーレム〈レーベンワール〉がADAMに変じた時――ローマンにはもちろん、ADAMの名前も危険も知る由もなかったけれど、何かしらの異常が起きた事ならば察知していた。さらには、舞台でエンノイアが倒れるのも見えたのだ――これは何かがおかしい、と。
迅速に判断していた。
王剣騎士団に観客の避難を命じ、第一騎士隊長のジノヴィと第三騎士隊長のガルシアにはいざという時のためにそれぞれのゴーレムの起動準備に入らせた。一方で、ローマン自身はユーマとエンノイアの元に急いだ。
闘技場は、パニック――。
ADAMから醸し出される危険な臭いは、誰にも非常に強く感じられたのだ。あれは、何か――生命を脅かす敵である。天敵である。まるで本能に刻み付けられていたかのように、全員が等しく、ADAMを一目見た瞬間から途方もない恐怖を覚えていた。
罵声と怒声と、悲鳴と――。
混乱の風が、嵐のように吹き抜ける中で――。
ゴーレム〈イストアイ〉が、大地から天之超弦剣を引き抜いた。
「お前達、大丈夫か?」
ローマンが先に駆け寄ったのは、ぐったりと倒れているエンノイアの方だった。意識がない。それなのに、彼女が握りしめたままの杖の〈デバイス〉は輝きを放ち続けており――「な、なんだこれは?」と、ローマンはそれを見て狼狽する。
杖の輝きが、ドス黒い。
エンノイアのパーソナルカラーである紅蓮の輝きは失われて、漆黒に染められてしまっていた。不吉で不気味な色。その光を浴びているだけで、ローマンまでも気分が悪くなってくるように思えた。
「これは、一体……?」
「ローマン団長」
力強い声に呼ばれて、ローマンは顔を上げる。
そして、さらに驚愕した。
「ユーマ、お前……?」
「エンノイアさんをお願いします。まだ、大丈夫なはず……だから、そう――」
黄金の風が吹いた。
ユーマは振り返らない。
その背中ばかりを、ローマンは見つめる。
堂々と――。
まるで、英雄のように――。
力強く自分の足で立ち、右手で杖を掲げている。左手で〈デバイス〉を掴んでいた。そこから溢れ出す黄金の輝きは、少年自身を黄金の輝きに染め上げて――小さな太陽。闘技場を包み込む闇を切り裂く者。一目でわかる。今、目の前に救世主が誕生した事を――。
「僕が全部、終わらせる」
ユーマは叫んだ。
そして、それに答える声と云えば――。
――ご主人さま!
「行くよ、アイ」
『あい! ご主人さま』
ゴーレム〈イストアイ〉は――。
否。
EVEゴーレム〈イストアイ〉は――。
彼女は、天之超弦剣を両手で構える。幼く、未熟。ユーマは杖を介して、かなりの手助けをしてやる必要があったけれど――それで良い。最初から、何もかも完璧にできるはずがないのだから。意思を重ねる。強く、重ねる。純白の装甲もエーテルフレームも、全てが黄金の輝きに染まっていく。その両手に握り締めた刃もまた、凄まじい輝きを放ち始めた。
そして形成される、黄金の粒子による羽根。
天使の輪が〈イストアイ〉の頭上に浮かんだ。
キルキリ・キラリリ――。
ADAMが鳴き声を上げている。
まさか、予想していなかったに違いない。
人類の天敵が、ADAMだとすれば――。
EVEゴーレムこそ、ADAMの天敵である。
超弦剣の切っ先が向けられた瞬間、黄金の奔流がADAMに襲い掛かり、その全身を呑み込んだ。プレローマ超量子場の展開により、ADAMが既に展開していた漆黒の世界が一瞬で吹き飛ばされていく。この空間を支配するのはもはや、ユーマとEVEゴーレム〈イストアイ〉の方である。二人の意思が、場の力学を掌握する。重なり合った心に恐れるものは何もなく、勇気を込めて剣を振り被った。
キルキリ・キラリリ――。
ADAMが跳ねた。
悪足掻きのように、一気に襲い来る。
「アイ!」
『あい、ご主人さま!』
正面に迫ったADAMに対し、ユーマと〈イストアイ〉は剣を振り降ろした。
黄金の一閃――。
クリスタルの装甲がバッサリと斬り裂かれる。
止まらない。さらに、追撃の一手を――。
天之超弦剣を、漆黒に染まったエーテルフレームの胸元に突き刺した。
「アイ、ここはしばらく任せたよ」
ユーマはそう呟いた。
杖を、ギュッと握り込みながら――。
「さあ、エンノイアさん。帰って来てください」