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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第4話 アルマ王国頂上決戦
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(11)

 記憶の蓋がゆっくりと開いていく。


 ここは、養成所スクールの教室――十四歳のあの日まで、ユーマが多くの時間を過ごした場所である。思い出した瞬間、懐かしさが込み上げた。不思議だ。歓迎すべき良い思い出なんて、数える程もなかったと云うのに――。それでもホッとしている自分が不思議だった。


 四十人ぐらいが講義を受けられる普通の教室。


 最終的には、級友は十人にも満たなくなってしまったけれど――。


 資源不足という事で、古めかしい木製の机と椅子ばかりが並んでいる。電子コンソールの普及した時代に、レトロな黒板とチョーク。それはさすがに、養成所スクールを管轄するお偉いさんの趣味だとか云われていた。


 窓の外には、桜の樹。


 春のようだ。

 咲き乱れている。


 夕闇に散る桜吹雪が、美しいけれど物悲しい。


 誰の声も聞こえず、静か。


 ユーマはしばらく、窓の外を眺めていた。


 桜を植えたのは、遥か昔の日本人であるそうだ。国を滅ぼされて、土地を奪われて――恐るべき侵略者であるADAMからどうにか逃れ、ユーラシア大陸方面に新たな拠点を築き上げた人々は、そこで少しでも自分達の文化を失わないように努めたのだ。


 いつか、祖国の土地に戻るのだと――。


 その想いが、生きるための支えだったから。


「叶わない願いと知りながら……」


 懐かしい声。


「それでも、何かに縋らなければ生きられない。それはたぶん、存在しない神を信じるようなものだったのかも知れませんが――私は、それを愚かさや弱さとは呼びたくありません。絶望の中に希望を見出すその行為はきっと、強くなろうとする意思の表れですから」


 ユーマは振り返った。


「久し振りですね。何年振りでしょうか?」


 彼女はそう云った。


「……フィオナ?」


「はい、ユーマ」


 そこで、気付く。


 彼女の恰好は、養成所スクールの制服だったけれど――ユーマが身に着けているものと云えば、王剣騎士団の制服である。彼女はあの頃のままであるのに、ユーマはこの場にはとても似合っていなかった。


 居心地の悪さを感じて、ユーマは苦笑いする。


「ここは何処?」


「変な事を訊くのですね。ここは養成所スクールです」


「君は誰?」


「私の名前すらも忘れてしまったのですか?」


「……僕は、どうなった?」


「それはどういう意味でしょうか?」


 彼女はため息を吐いた。


「質問は、クリアに。意思の疎通は、パーフェクトに。私達はパートナーで、運命と生命の共同体です。戦場における意思の不一致は死に直結します。それではもう一度、チャンスをあげましょう。さあ、私を怒らせないように云ってみてください」


 ああ、と――。


 その瞬間、ユーマは顔を伏せた。


「どうしました、ユーマ?」


「……な、何でも、ない」


 何でもない、なんて事はない。


 泣きそうだった。


 ああ。

 ああ、ああ――。


 全てが懐かしい。

 全てが愛おしい。


 叱られる事すら嬉しく感じるなんて変かも知れないけれど。小さな頃は、嫌で嫌で堪らなかったけれど。見下されて、馬鹿にされて――『ユーマは本当にダメですね』と口癖のように云われたものだ。


 家族はいない。友達はいない。恋人はいない。

 大事なものなんて、ひとつもなかった。


 ただ、ひとつ――。


 彼女だけが、いつしか離れられない存在になった。


「フィオナ」


 ユーマは顔を上げた。


 涙を手の甲で拭いながら、真っ直ぐ見つめる。




 ――はい、ユーマ。




 いつもの返事が耳に心地いい。


 ユーマは静かに尋ねる。


「フィオナ、その……」


 記憶の蓋は、大きく開いており――忘れていた〈最期〉を取り戻しかけていた。


 だが、まだ全てではない。わからない事はたくさんある。例えば、西暦2099年に最後の戦いに挑んだはずの星野悠馬が、どうして、今、アルマ王国でユーマ・ライディングとして生きているのか。


 その間に――。


 何が、あったのか。


「最後の戦いで僕らはどうなった? 〈怪物の目〉に果たして辿り着けたのかな。勝ったのか、負けたのか? アダムはどうなった、人類はどうなった? それに、僕は……」


「ストップ」


「……フィオナ?」


「質問が多過ぎる。スマートではありません」


 彼女はため息を吐いた。


「それに、私に尋ねてどうするのですか? それらの答えは、あなたの中にあるはずです……ゆっくり思い出してください、自分自身で。自分の力で。私に頼るばかりなんて情けない。でも、少しだけ褒めてあげます。ユーマがそこまで思い出した事を――。覚えていますか? あの時の言葉を――。だから、待っています。何年でも、何百年でも、何万年でも……私は、あなたを待っていますから」


「フィオナ、その……」


「何も云わないでください」


「でも、云うよ。ありがとう」


「……何の事ですか?」


「剣を、投げてくれた。助けてと云ったら、ちゃんと答えてくれた」


「さあ……何の事でしょうか? 全然、わかりません」


「ああ。フィオナは、昔から嘘が下手だね」


「……バカ」


「えっと、ごめん」


「気を使う事を覚えてください。過保護な私なんて、その、その……」


 彼女は、目を逸らしながら呟いた。


「……恥ずかしいですから」


 そして、長い沈黙。


 静寂の中で、ユーマは歩み寄った。


 また泣きそうになりながら、彼女の手を取ろうとするが――。


「ストップ、ダメ……」


 三度目の制止。


 ユーマの伸ばした手から逃げるように、彼女は一歩後ろに退がった。


「待っています。私は、ユーマを待っています。だから、自分の手と足で、力で、ユーマは私を見つけなければいけない。思い出して、しっかりと全てを――それから、私を迎えに来てくださいね」


 泣き笑いのような顔で――。


「剣は貸します。だから、この程度のピンチはどうにかしてください」


「でも、フィオナ……」


「ダメ。今はまだ、あなたが頼るべきは私ではないのですから」


 彼女は断言した。


「さあ、こっちに来てください」


 教室の前の方に導かれる。


 教壇に隠れた、その場所に――。


 誰かが、いた。


 小さな人影、少女である。教壇に隠れてしまうぐらいに幼い。真っ白の髪が少しだけ見えていた。不釣り合いな厳めしい兜を頭に乗せているけれど、サイズがまったく合っていないようだ。重そうに、時折、両手で兜の位置を正している。


 幼い少女は、チョークで黒板に落書きをしていた。


 二人の近付く気配に気付いたのか、彼女は少し驚いた顔で振り返る。


「……だれ、ですか?」


 首を傾げるその仕草で、兜も重量感たっぷりに揺れる。


 彼女はユーマを見つめると、すぐに晴れやかな笑顔に変わった。


「ご主人さま!」


「……え?」


 沈黙。


 ユーマは静寂を痛々しく感じた。

 もう一度、「え……」と呟いてみる。


「ご主人さま!」


 聞き間違いではない。再び、そう云われた。


 思わず、フィオナの方を振り返ってしまう。


 ドキドキしたけれど――。


 良かった。


 彼女は笑っている。


「御主人様と、私もそう呼んだ方が良いですか?」


 そんな冗談すら云われた。


「いや、その……」


「はい、ユーマ。嫌です。私は、あなたをそんな風には呼びません。なぜならば、私達はパートナーですから。そこに上下の関係はないのですから。それでもユーマが望むならば、『このクズ』とか『クソ虫が』とか、そんな風には罵ってあげても良いんですよ?」


「ねえ、昔から云っているけれど、僕にそんな趣味はないからね?」


「知っています。実は、私が云いたいだけです」


「……怖い。そっちの方が問題だよ」


 戯れ合いは終わり、心を落ち着けた後――。

 ユーマは浅く息を吸って、向き合うべき相手と向き合った。


「君は、その……」


 兜を両手で支えながら、キラキラとした視線で見上げてくる幼い少女。


 物心ついて間もないぐらいの年齢だろうか。純白の髪は、セミロング。瞳は、ゴールド。特徴的なのは兜だけであり、服装は至って普通のワンピース。疑う事を知らないような視線と相対して、ユーマは思わず苦笑してしまった。


「初めまして、で良いかな? イストアイ」


「あい! はじめまして」


 兜の少女、アイはニッコリ笑いながら敬礼のポーズ。


 微笑ましい仕草である。ユーマも思わず笑顔になるけれど――。


「浮気者」


 冷たい声に、ユーマは振り返る。


「……あの、フィオナさん?」


「冗談です。気にしないでください」


「この前は冗談と思えなかったけれど……」


「……バカ」


「ご、ごめんなさい」


「私の事を忘れたまま……完全に思い出さないまま、それなのに他の娘とイチャイチャし始めるとか――いえ、何でもありません。気にしないでください。ご自由にどうぞ、ユーマ。これから新しいパートナーと頑張ってくださいね」


「滅茶苦茶、気にしている!」


 ユーマは思いっきり叫んだけれど、彼女はそれを完全に無視した。


「約束です。浮気なんて許しません。でも、この娘はきっとユーマの力になってくれる。信頼してください、助け合ってください――それでも、浮気は許しませんからね」


「はい、わかっています。フィオナさん」


「……どうして、敬語なんですか?」


「何となく……」


 互いに、ため息。

 それから、小さく笑った。


 徐々に、笑い声が重なる。


 昔も、こんな感じだったから――馬鹿馬鹿しい日常が懐かしい。少しだけ、である。楽しい思い出よりもやっぱり、辛くて悲しい思い出の方が多いのだから。


「待っています」


「うん、迎えに行くよ」


 宣言して、ユーマはちっぽけな自分の人生に目標ができた事にふと気付いた。


 振り返れば、二人の空気に当てられたのか、無垢な少女はふわふわと笑っていた。目が合うと、途端に「あい!」と元気の良い一言を上げる。「これからよろしくね」と、ユーマとアイは手を握り合った。


「浮気はダメですからね」


「最後まで、それ……?」


 笑い合ったその瞬間、停止していた時間が現実に引き戻されて――。

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