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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第4話 アルマ王国頂上決戦
29/64

(3)

 春なのに、暑い日だった。


 風も吹かない。


 熱気だけが渦を巻く。


 声と、声と、声が――。


 歓声。


 かつてない賑わい。〈拝杖の儀〉はゴーレムを用いた一騎打ちであるから、ある意味ではこれ以上ない娯楽である。見物のために大衆が押し寄せるのは珍しい事ではなかった。ただし、王都の街並みがガランと寂しくなるぐらい、これだけの大人数が闘技場に集中するのはさすがに初めての事である。


 当然ながら、街中の人々を収容するなんて無理だった。


 王剣騎士団の若手達が、入口で必死に声を張り上げている。


 これ以上はもう入れない、と――。


 闘技場は〈拝杖の儀〉の開始前から満杯になっていた。


「凄いですね」


 魔術師ウィザードとしての特権で、最前列を確保しているトオミはそう呟く。


「これだけの注目を浴びるなんて……」


「当然だ。それだけの大事なのだから」


 満足そうに頷くのは筆頭魔術師ハイウィザードのバーナード。彼らの他にも、魔術師ウィザードギルドのメンバーは一塊の集団で戦いが良く見えるポジションに陣取っていた。


 試作一号機〈レーベンワール〉。

 試作二号機〈イストアイ〉。


 どちらの製作も魔術師ウィザードギルドの仕事である。


 魔術師ウィザードの多くは〈拝杖の儀〉の本来の意味以上に、〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉が正面からぶつかる事に関心を抱いていた。ただ一人、純粋に勝敗の行方を気にして、必死に声援を送ろうと考えているのはバーナードぐらいである。


「これまで〈レーベンワール〉も〈イストアイ〉も一般には公開されていませんでしたから。両方が一度に見られる機会となれば、これだけの人気も頷けますが……」


 トオミは疑問を口にする。


「他国に情報が漏れる危険性は良いのでしょうか?」


「王剣騎士団の団長は……ローマンは、見た目こそゴリラの親分のような感じだが、あれでなかなか細かい事にも知恵の回る男だぞ。心配するような事はあるまい」


 バーナードの言葉に、トオミは一瞬無言になる。あちらがゴリラならば、こちらはブタだろうと――。そのように失礼な事を考えたのは、幸いにして気付かれなかった。


 バーナードは一人、納得したように呟いている。


「むしろ、ここらで知らしめた方が抑止力としては有効と判断したのだろうな」


 実際、〈杖の儀式〉がそうであるように、〈拝杖の儀〉もまた王剣騎士団の領分である。儀式をどのような形で行うのかは、騎士団の方である程度自由に決められるのだ。〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉の性能を大々的に知らしめる事なく、まだ一般には隠しておきたいと考えるならば、それは観客を入れなければ良いだけである。


 ローマンはそうしなかった。


 見せるべきと、そう判断したのだ。


 次代の戦いを――。

 可能性というものを――。


「さて、結果はどうなるか……?」


 王剣騎士団の団長として大きな賭けに出た男は、今、そんな風に呟いていた。


 闘技場の舞台に続いていく、ゴーレムの通り口である。


 出入口は遠く、太陽の光も遠い。


 巨大なその通路の真ん中で、ローマンは晴れ晴れとした気持ちで見上げている。〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉。姉妹機であるけれど、見た目にはまったく似ていない。不吉の死神と希望の天使――ただし、どちらも大いなる可能性である事は間違いないのだ。


 二機のゴーレムから視線を下げて行けば――。


 ローマンの目の前にたたずむは、本日の主役が二人――。


「いよいよだな。どうだ、さすがに緊張しているか? 俺はそろそろ胃の痛みに耐えられなくなってきたぞ。もう一度、トイレに行っておくべきかも知れんな」


 敢えての軽口を叩くローマンである。若い頃、彼は仲間内で一番のムードメーカーだった。厳めしい外見だからこそ、ふざけた台詞が場をよく和ませる。しかし、この瞬間、決戦を控えた二人には――ユーマとエンノイアには、そうした気遣いはまったく通用しなかった。


「団長殿」


「どうした、エンノイア?」


「邪魔です」


「……は?」


 思わず、目を見開くローマン。


「……あ。間違えました」


 エンノイアは、表面的には真面目な顔を崩さない。


「思わず、本音が……あ。いえ、どうかお気遣いなく、という意味で――。本番はもう間もなくですから。団長殿もお忙しいと思いますし。ここはもう、若い二人で十分です、よ?」


 語るに落ちるエンノイア。


「第二騎士隊長!」


「は、はい!」


 ビシッと敬礼するエンノイアに対し、ローマンが怒声を発した。


「命令だ、最高の戦いをして見せろ!」


「はい! ……はい?」


 とりあえず、という調子で威勢よく答えたエンノイアだけど、すぐに要領を得ないと云うように首を傾げる。ふらふらと身体を揺らしながら、「なんですか、その命令は?」と不思議そうに呟いていた。それに対して悲しそうな顔のローマンは、「せっかくの気遣いを汲んでくれ、頼むから……」と、ため息を漏らす。


 二人のやりとりを、ユーマは黙って見つめていたものだ。


 緊張感――大一番を前にして、身体の強張りは程よい。ざわざわと騒ぐ肌。意識的に、浅く繰り返す呼吸。集中できている。ユーマは団長と第二騎士隊長に囲まれながら、それはそれで失礼かも知れないけれど、二人を無視するように自分の心と向き合い続けていた。


(……よし)


 気持ちを切り替えて、ユーマは顔を上げる。


「エンノイア。お前はまったく、昔から可愛げの欠片もないぞ」


 ローマンが頭を掻いている。


 ユーマとエンノイアは、横に並んで立っていた。


 どちらの恰好も、王剣騎士団の正装であるけれど――まだ着慣れないため、ユーマは少々窮屈に感じていたりする。騎士ナイトであるエンノイアの方が恰好は立派だった。背も高く、そもそものルックスがユーマとは桁違い。ちらりと横目に見ると、思わず赤面してしまうぐらいの美しさである。


「ボクに、可愛げがないと?」


 エンノイアが眉をひそめていた。


「ねえねえ、ユーマ」


「……え、あ。はい?」


 急に話しかけられて、ユーマは大いに声を上擦らせる。


 戸惑う原因は他にも、何よりも――。


(いきなり、呼び捨て……?)


 いや、別にそれ自体は不思議ではないのかも知れない。


 ユーマは十四歳で、エンノイアは十九歳。


 彼女の方が年上であるし、見習い騎士と第二騎士隊長では立場も遥かに違うのだから。むしろ、呼び捨てにされる方が自然だろうと思えるものの――。


 名前を口にする際の声色。


 その、艶っぽい笑顔。


(なんていうか、なんていうか……)


 どうにも、全てが馴れ馴れしいものであり――。


 まるで、友達以上の気安さであり――。


「ボク、可愛いよね? 可愛いよね?」


 そして、いきなり顔をグイッと近付けてくる。


 息も掛かるぐらいの近さ。もちろん、そんなに近付かなくても顔ぐらい見えるし――そもそもが、遠目だろうと何だろうと、エンノイアの美貌はいつでも揺るぎないものである。さらさらのピンクブロンド、褐色の艶やかな肌。人形のように大きな瞳と、鋭利な刃のように鋭く危険な造形美――。


 とりあえず、ユーマは叫んだ。


「は、はい。可愛いです!」


「ああ、よかった」


 蕩けるような笑みだった。


 ユーマは再び、フリーズする。


 一挙手一投足の破壊力が、いちいち高い。何も云えなくなっていると、「えへへ、可愛いって云ってくれてありがとう」と、エンノイアから頭を撫でられる。さらに動けない。


「えへへー」


 彼女は楽しそうだ。

 しばらく、無邪気に笑い続けていた。


「あー、本番前にダメージを与えるのはやめてやれ……」


 ローマンが呆れた顔で口を挟んでくる。


「お前達、これから〈拝杖の儀〉だぞ? わかっているか?」


「はい! もちろんです。団長殿」


「……相変わらず、返事だけは良い子だな」


 ローマンは、エンノイアに絶望的な視線を向けた後、コホンと咳払い。真面目な顔を取り戻すと、今度はユーマの方を向いた。


「お前はどうだ。大丈夫か?」


「は、はい……」


「いや。全然、大丈夫ではなさそうだが……」


 緊張と、緊張以外の何かで自由を失っているユーマ。


 答えている間も、エンノイアに脇腹を指で突かれていた。


「だ、だ、だだ、だだだ、大丈夫です……」


「打楽器みたいになっているぞ?」


 ユーマとエンノイア――。


 二人は実際、ほとんど今が初対面も同然である。ユーマはエンノイアから入団式で宣言を受けたものの、その時の接触はそれだけで終わった。今日という日を迎えるまで、奇しくも、直接に顔を合わせる機会は一切なかったのだ。


 もちろん、互いを意識ならばしていた。


 ずっと前から、である。


 ようやく会えたという想い――。


 滾るものならば、ユーマにもあったけれど――。


「えへへ」


 エンノイアはまだ笑っていた。


「……時間だな」


 不意に、ローマンがそう呟いた。


 ほぼ同時、銅鑼の鳴る音が――。


 合図である。


 背筋に痺れのようなものが走った。


 ユーマは自然と胸を張る。 


 エンノイアも同じだ。


 笑みが消えていた。


「遊びは終わりだな」


 ローマンが告げる。


「さあ、行って来い。期待しているぞ」


 にやり、と――。


「楽しみにしているぞ」


 一歩を。

 二人は、同時に。

 同時に、互いを横目に見て。


「楽しみです」

「楽しみだね」


 言葉は、重なり――。


「全力を出せるように」

「全力を出させてくれ」


 想いは、重なり――。


「行くよ、アイ」


「レーベン、起きろ」


 ユーマとエンノイアは同時に杖を掲げていた。


 そして、姉妹が目覚める。〈レーベンワール〉は真紅に輝き、〈イストアイ〉は黄金に輝き、二機のゴーレムはそれぞれが主の声に応える。台座から立ち上がると、ゆっくりと歩み出した。〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉の後ろを、ユーマとエンノイアも杖を構えたままで付いて行く。


 ゴーレムと人間の歩幅はまるで違うから、ひたすらゆっくりと――。


「人の歩みに合わせるのも、なかなか繊細で大変な操作だ」


 エンノイアが呟く。


「まあ、こんな所で躓かれても困るからね」


 闘技場の出入口からは、太陽の光。


 二機のエーテルフレームの輝きは、そんな光にも負けない。


 屋外に出た。その途端に――。


 熱気が。

 歓声が。


 爆発するような、声が。


 声と、声と、声と、声と、声が――。


「ああ、ダメだ」


 エンノイアが、闘技場を埋め尽くす観客を見渡して云った。


「もう待てない。待ち切れない」


「……はい、同じく」


 ユーマは静かに頷いた。


 二人は横に並んで立っている。一方で、〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉は真っ直ぐに歩み続けて、闘技場の真ん中まで辿り着いていた。間合いをかなり開いたまま、二機は正面から見合う。ユーマとエンノイアが、ゴーレムの戦闘する傍まで近付く事はない。杖の影響力が及ぶ範囲の、十分な安全圏から操れば良いのだから。


 王剣騎士団の伝統ある〈拝杖の儀〉であるから、そもそも二人の居場所は決められているのだ。闘技場の一角に設けられた、小さなそのステージ――。まるで舞台役者のような扱いである。ユーマはそう思った。もちろん、歌えない。踊れない。空に押し潰されるような、それぐらいの重圧を無数の視線に感じながら、ユーマにできるのはたったひとつ、ゴーレム〈イストアイ〉を操る事だけだった。


 二人がステージの階段を昇り切った時である。


 再び、銅鑼の音が――。


 その音は、最後の準備の合図だった。


 もう一度鳴れば、その時こそが真の始まりで――。


「エンノイアさん」


 ユーマは初めて、自分から呼びかけてみる。

 振り返る彼女に向けて、そっと手を差し出した。


「よろしくお願いします」


 今さらの挨拶と握手である。


 エンノイアは笑った。


「こちらこそ、よろしく」


 そして、開幕の音が――。


 鳴る。


 始まる。


「アイ、行くよ!」


「戦え、レーベン!」


 爆ぜる。


 全てが、瞬間に――。


 声と、声と、声と、熱気と歓喜と――。


 数多の人々の運命と――。

 世界の命運と――。


 何もかも巻き込んで、この瞬間に始まるのだ。


 だが、主役であるはずの二人もまだ知らない。


 変化。決して後戻りできないラインを、これから共に越えようとする事を。大いなる変化、あるいは進化――。胎動ならば、二人の出会った時には始まっていたのかも知れない。〈レーベンワール〉が大鎌をゆらりと揺らした。〈イストアイ〉が静かに身構える。主人であるはずのユーマとエンノイアはまだ気付かない。無邪気に、ただ幸福を噛み締めていた。


 初めての好敵手。遂に巡り合った運命の人と愛し合うために――。


 全てをぶつけ合い、喰らい合うための死闘が始まった。

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