(12)
王剣騎士団の入団式が始まっていた。
王城の祭典ホールは、王剣騎士団の団員と関係者で埋まっている。中央に並んで立っているのが本日の主役である三名――ユーマ・ライディングとレイティシア・ライディング、ワイアット・モリ。一様に緊張した面持ちで、身を固くして背筋を伸ばしていた。
ひときわ高い段上から、団長のローマンがよく通る声で話をしている。
新たに騎士団の一員となり、これから見習い騎士として精進しなければいけない三人に対して――それと同時に、ベテランの騎士や見習い騎士としての先輩になる者に対しても、初心を改めて思い出すように戒めの言葉を述べていく。
もちろん、盛大な祝福の言葉も忘れない。
王剣騎士団には〈杖の儀式〉を始めとして、一年間の内に様々なイベントがあるけれど、春に行われるこの入団式こそが一番の節目の時である。新たな者を迎え入れて、新たな年が始まるのだ。これから一歩目を踏み出そうとする三人だけでなく、他の者達も程よい緊張感に包まれていた。
新しい一年、新しい可能性――。
誰にも、不思議な予感がある。
今年は特に、何かが変わるかも知れない。
その予感をとりわけ強く覚えている者は幾人か――例えば、団長のローマン。表面上は普段通りに振る舞っているものの、内心はゴーレム〈イストアイ〉の初起動による衝撃が覚めないままだ。まったく同じように、騎士隊長のジノヴィとガルシア。他にも、魔術師のトオミもそうである。彼らは既に、ユーマ・ライディングという少年がこれからのアルマ王国に、良くも悪くも、大きな影響を与えるだろうと予感している。
少し違うのは、筆頭魔術師のバーナード。
彼の場合は予感ではない。
もはや、確信に至っている。
これからの日々は変化と呼ぶには生温く、苛烈な革新に彩られるだろうという事――そして、その中心に立つ者が誰なのか。バーナードは想像を巡らし、その内に堪え切れない含み笑いを漏らし始める。
彼の隣に立つトオミは不審そうな目を向けたりするけれど――でも、何も云わない。なぜならば、厳粛な空気だからである。口を開いている者は段上から話をするローマンだけで、他にはひそひそ話をするような者すら一人もいなかった。
しかし、そんな空気は突如として破られる。
バン、と。
ホールの扉が勢いよく開いた。
「おはようございます」
既に、正午を遥かに過ぎている。
「遅れました、すみません」
扉を開け放った時の音も、謝罪の言葉も、どちらも堂々と立派なぐらい大きかった。ローマンは唖然として口を開いたままだったが、やがてため息と供に項垂れる。そして、ホール全体がざわざわと騒がしくなっていった。
唯一、盛大な遅刻をして登場した彼女――エンノイア・サーシャーシャだけが動じていない。
「あー、その……」
歯切れ悪く、ローマンは呟いた。
「ここまで空気が読めなかったか?」
第二騎士隊長の肩書きを有しながら、エンノイアは自由奔放な人物である。職務にはまったく縛られない。それで許されるのは、彼女がアルマ王国で最強の騎士であるからだ。
しかし、さすがに入団式をここまでぶち壊すとは――。
「すみません、団長殿」
凛とした声で、エンノイアは謝罪の言葉を繰り返した。
ローマンは首を傾げる。彼だけでなく、エンノイアをよく知る者は次第に違和感に気付き始めていた。凛とした――あまりにも、凛とした雰囲気。彼女はまるで、これから戦いに挑むかのような空気を纏っているのだ。
エンノイアの恰好は、騎士としての正装である。これまでに得た勲章や宝剣もきっちりと身に着けていた。
ピンクブロンドの髪もセットされている、化粧もされている。寝坊して遅刻して、バタバタと慌ててやって来た者の姿ではなかった。エンノイアはそして、さらに堂々と進み出る。
皆、慌てて道を空けていく。入団式は完全に中断されており、本来ならば叱りつける役目のローマンですら、彼女の異様な雰囲気に圧倒されてしまっていた。
「どういうつもりだ……?」
ローマンの独り言は、この場にいる全員の気持ちを代弁していた。皆が押し黙ったまま見守る中、エンノイアはホールの中央まで進み、そこでようやく足を止める。
「ボクは、この日を待ちわびていた」
歌い上げるような声。
悲劇役者のように、彼女は虚空を見上げた。
「ようやく、待ち望んだ日がやって来た」
エンノイアは、腰元に提げていた宝剣を握る。もう一方の手で、同じように騎士の証たる杖も。それらを同時に引き抜いた。剣と杖を左右の手に構えながら、彼女はあらかじめ用意していたようにスラスラと口上を述べ始める。
「未来は闇。光は力。己の道を切り拓くものは己の腕に他ならない。歩み出すその先に栄光が待っているなんて保証はないし、行けば行く程に孤独は深まるだろう。ボクは、一人である。ここまで一人で歩いて来た。才能と孤独の地平の果てで、まさか、誰かに出会えるなんて思いもしなかった。嬉しいよ。楽しいよ。誰かを認めるなんて初めてだ。誰かを愛せるかも知れないなんて初めてだ。言葉はいらない。互いを分かり合うための時間もいらない。ボクは出会ったその瞬間から、君は騎士に相応しいと確信していたのだから――」
刃と杖を、エンノイアは振り下ろす。
「ユーマ・ライディング」
敵意と殺気を突き付けられたユーマは戸惑いながら、彼女の口上を――「力を示す覚悟はあるか、果てのない道を歩む覚悟はあるか?」というその問いかけに対し、不思議と、自然と、はっきりと――気が付いた時には、頷いてしまっていた。
「はい、覚悟ならば……」
強くなりたい、と。
そう。それだけは偽りのない気持ちだった。
「よろしい」
エンノイアはあっさり結論を述べる。
「ボクが、君に〈杯杖の儀〉を行おう」
沈黙と静寂はそれから、たっぷり十秒以上は続いた。それから、皆の声が爆発する。驚き。何がどうなっているのか。否。何がどうなってしまうのか――。パニックである。だが、荒れ狂う感情の渦の中には興味や期待、歓喜の気持ちも混じっていた事は否めなかった。
ユーマは一人、状況に置いていかれる。
置いていかれたままだが、この瞬間に間違いなく、ユーマは主役になったのだ。エンノイアの手で無理矢理ではあるけれど、最高の舞台に引き上げられてしまった。ならば、踊るしかないのだ。
騎士になるためのスタートが〈杖の儀式〉ならば、ゴールは〈杯杖の儀〉である。それをクリアすれば晴れて見習いは卒業であるけれど、経験で上回る立派な騎士を相手に勝利する事は決してたやすくない。
一対一の真剣勝負。
要は、決闘。
それこそ、最終試験。
見習い騎士としてスタートを切る日に、ゴールが目の前に迫ってくるなんて馬鹿馬鹿しい話だろうけれど。
何はともあれ、早い話――ユーマ・ライディングとエンノイア・サーシャーシャ、最強の見習い騎士と最強の騎士の一騎打ち――すなわち、最高の戦いが行われるのだ。
END
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