(10)
「え、先生?」
トオミが驚きの声を上げる。
「どうしてここに? 先生はきっと、私に全て押し付けて逃げるとばかり――」
クソエロジジイである所のバーナードに対する嫌な信頼感があった。
責任を追求される事を面倒臭がって、いつものバーナードならば雲隠れするはずだ。どうして、こんなタイミングで王剣騎士団の面々の前に姿を現すのだろうか。
トオミはなんだか、逆に嫌な予感を覚えた。
バーナードは近付いて来て、「ご苦労、後は任せなさい」と調子よく云ったものだ。
「おい、バーナード。貴様!」
いきなり怒鳴ったのは、ジノヴィである。
「貴様、よくも。こんな馬鹿げたものを作りおって。馬鹿魔術師が相変わらずか。魔術師トオミから聞くまでもないわ。どうせ、我らが騎士団からの要求を無視し、好き放題にゴーレムを作る事を命じたのは貴様だろう。それなのに、引き渡しで問題が発覚する時は部下に押し付けるなどと――ああ、まったく。こっちに来い、儂が修正してやるわ!」
「この、阿呆騎士め。相変わらずの血の気の多さだな。黙れ黙れ、うるさい。未来の見えていない要望ばかり出してくる貴様らが阿呆なのだ。私がせっかく最善の策を講じてやったと云うのに……。量産のためにダウンスペックさせるのは仕方ないとしても、〈レーベンワール〉の作成の際に余った宝玉髄――滅多に入手できない高純度のそれを、そんなつまらない機体に使うなんて馬鹿げておるわ。最高の素材は最高の機体のために――そう、だからこそ、〈イストアイ〉は〈レーベンワール〉にも匹敵する機体として作ってやったのだ」
今すぐに殴り合いを始めそうなバーナードとジノヴィ。
両者の間に強引に割り込んだのは、ローマンとガルシアである。
「待て待て。喧嘩はやめよう」
「そうだぜ。落ち着けよ、ダブルジジイ」
宥めるのは良いが、さすがに云い方が悪い。
ダブルジジイの怒りの拳はガルシアに叩き込まれた。
「……馬鹿しかいないの?」
誰にも聞こえない小声で呟くのはトオミである。
ドタバタとひとしきり騒いだ後、バーナードはこんな風に叫んだ。
「大体な! 魔術師が最高のゴーレムを作ってやったのだから、騎士は最高の主となるべく鍛錬しておくのが筋というものだろうが。何が悪いかと云えば、貴様らが不甲斐ないからいけないのだ。貴様らのレベルが足りていれば、〈イストアイ〉には何の問題もない所か――それこそ、アルマ王国がスーパーゴーレムを二機も運用するという、これ以上なく素晴らしい状況が生まれるというのに……」
そう云われて、グッと押し黙った騎士の三人。
確かに、バーナードの云う事にも理はあるのだ。
ゴーレム〈レーベンワール〉は最初の披露会で圧倒的なポテンシャルを見せつけた。そのために近隣諸国だけでなく、遠方の大国にまで及ぶような大評判を得ている。もしも、ゴーレム〈イストアイ〉がそれに匹敵するようなポテンシャルを発揮できるならば――あるいは、アルマ王国の歴史における大きな転換点に為り得るかも知れない。
そうした国家の事情を抜きにしても――。
騎士ならば、強くなりたいと思うのは当然なのだ。
朝日を浴びて、真新しい装甲を輝かせるゴーレム〈イストアイ〉。美しい機体である。手に入れたいと、誰だって思うに違いない。ヒーローになるための道は目の前に拓けているのに、その高い壁を越える事ができない。拳を握りしめて我慢するしかないのだ。
ローマンが云った。
「理屈はわかる。だが、筆頭魔術師バーナード殿……騎士を侮辱するような発言は撤回してもらいたい。俺達は決して怠けているわけではないのだ。魔術師が命を削るようにしてゴーレムを作り上げるように、騎士もまた戦場では命を賭している。そのための訓練にも日夜勤しんでいるのだから」
「ああ、そうだな」
バーナードはあっさりと頷いた。
そして、彼は頭を下げる。
「私もカッとなった。申し訳ない」
ギョッとしたのは、トオミである。
同じように、ジノヴィも口を開けたままポカンとなっていた。
「どうした、熱でもあるのか? バーナード、貴様のような男が素直に謝るなどと――儂は初めて見たような気がするぞ」
「そうですよ、先生。いつもの先生ならば、さらにギャーギャーと煩く――」
もう一度、怒りを再燃させるような二人の発言である。
しかし、それに対してもバーナードは落ち着いた表情を崩さない。
「魔術師トオミ、今日までご苦労だった。結局、ゴーレム〈イストアイ〉は騎士隊長以上の実力者でも動かす事ができなかったわけだが……それでも、関節部の装甲の改良や補助術式の強化など、わずかな時間でやれる事は全てやってみせた。学徒の頃から誰よりも努力家だったが、それもまた才能の一種と云えるだろう。さあ、明日は久々の休みにすると良い。これまでの疲れを存分に癒して、また素晴らしい仕事をしてくれたまえ」
「せ、先生……」
トオミは声を震わせる。
感動しているわけではない。薄ら寒い気持ちで震えているだけだ。思わず、筆頭魔術師の偽物かと疑いたくなる。これまでの非道を思えば、温和な笑顔すらも不気味だ。
付き合いの長いトオミでもそうである。
誰もまだ、気付けない。
バーナードの心の変化――それはさながら、信仰する対象を変えたに等しい。彼が長年、何よりも強く信じていたものは自分自身の知だった。自分自身が知を探求していく事こそが絶対的な世界の中心。エゴ。周囲からどれだけ醜く見えたとしても構わない。彼は己の欲望に忠実に生きてきたのだ。
今はもう、違う。
心の中心、揺るぎなく置かれたものと云えば――。
例えるならば、それはバーナードにとって自分だけの神であった。
「さて、問題を解決しようか。簡単な事だよ、これは――」
バーナードは楽しそうに続ける。
「ゴーレム〈イストアイ〉は素晴らしい機体だ。それは筆頭魔術師である私が保証しよう。確実に、王剣騎士団の――いや、アルマ王国の中核を為す戦術級魔法兵器となってくれるだろう。これを解体し、改めて作り直すなんて事はまったく馬鹿な話だぞ。要は、動けば良いのだ――そう、動かせる者がいれば全ては解決するのだよ」
にやり、と――。
バーナードは具体的な解決策を述べた。
「見習い騎士だろうと、動かせるならば文句はあるまい?」