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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第3話 最強の見習い騎士
23/64

(9)

 アルマ王国の次期正式量産型試作ゴーレム。


 その二号機であるゴーレム〈イストアイ〉に関する大問題が発覚したその日は、〈杖の儀式〉の三名の合格者――レイティシア・ライディング、ユーマ・ライディング、ワイアット・モリの入団式の日でもあった。


 午後から行われる入団式のため、若手の団員が準備に忙しく奔走している。


 王剣騎士団の内々の行事ではあるけれど、年に一度のこの日は慣例として、王城の立派な祭典ホールを借り受ける。アルマ王国の国旗と共に、二本の刃で象られた団旗が掲揚されていく。主役は新入りの三名であるけれど、王剣騎士団に所属する全員が参列するのだから、ズラリと並ぶための配置決めは特に重要だ。高価そうな壺を邪魔だからと移動させようとした団員が、城の女中からこっぴどく怒られたりしていた。


 バタバタと忙しない騒音からは遠く離れた場所にて――。


「どうするんだよ、こいつ」


 文字通り、両手を挙げているのは第三騎士隊長のガルシア・シトロエン。


 朝の涼しい風が吹く。


 王城の隅に位置する闘技場だ。そこは、普段から王剣騎士団の訓練に使用されている。巨大なゴーレムを不自由なく動かすためには、それだけの広さが必要だった。そのため、王城の区画内で一番広いのが他でもない闘技場であるけれど――殺風景な砂地ばかり広がるその光景は、ただの放棄された土地のようにも見えてしまう。


 遮るものがないから、風も自然と激しくなる。


 ただし、油でガッチリと固められたガルシアの髪は乱れない。伊達男であり、どんな時でも身だしなみには気を使う。独特な着崩し方の騎士ナイトの正装に、ただの無精に見せかけて手入れの行き届いた髭。オーバーなリアクションで、ガルシアは肩をすくめていた。


 もう一度、お手上げのポーズ。


 片方の手には、騎士ナイトの証たる杖が握られていた。


「諦めるのか?」


「そんな風に云ってくれるなよ、ダンナ」


 闘技場には、この瞬間、ほとんど人はいなかった。


 ガルシアに声を掛けたのは、王剣騎士団の団長であるローマン。「ダンナと呼ぶな、いつも云っているだろうが。ちゃんと団長と呼べ――それで、やはりお前でも無理か?」と、ローマンはお決まりのやりとりの後、改めてガルシアに尋ねていた。


「ジノヴィのジイさんが無理だった時点で、俺の結果も見えていただろ?」


「喝! この馬鹿者、儂はまだジイさんと呼ばれる齢ではないわ!」


「おうおう、嘘つけ。いい加減、自分がジジイって認めろよ」


 へらへらと笑うガルシアに対し、ジノヴィが問答無用で拳骨を繰り出す。


「痛え! このジイさん、本気で殴りやがった」


「うるさい、ガルシア! 貴様はいつまでも悪ガキのままで……」


「やめろやめろ。ここで喧嘩されては話が進まん」


 第一騎士隊長のジノヴィと第三騎士隊長のガルシア。


 二人がすぐに喧嘩を始めるのはいつもの事であり、それを二人の上司である団長のローマンが止めるというのもまた、まったくいつも通りであり――王剣騎士団のトップ3である男達が威厳も何もなく戯れているその光景を、魔術師ウィザードのトオミは冷めた目で見ていた。


 闘技場に今いるのは、その四人だけである。


 何をやっているかと云えば、ゴーレム〈イストアイ〉の起動試験だった。


 試作ゴーレムの一号機である〈レーベンワール〉が『漆黒の死神』に例えられるならば、二号機である〈イストアイ〉はさながら『純白の天使』であり――両者は最初から対の機体としてデザインされていたため、顔の造形や細部に多くの共通点が見受けられるものの、一方で、全体のシルエットは大きく異なり、死神と天使というように印象はそれこそ正反対のものになっていた。


 全高は同じである。ただし、〈レーベンワール〉が見るものを不吉にさせる程にアンバランスで華奢な体躯をしているのに対し、〈イストアイ〉は一見して正統派――鎧を着込んだ武人のように、ずっしりとバランスの良い体躯になっていた。


 そんなゴーレム〈イストアイ〉は闘技場の中心に横たえられている。ここまで牽引されてきた台座に乗せられたままであり、まるでベッドで眠りに付いたままのお姫様にも例えられそうだ。


 問題は、ゴーレム〈イストアイ〉が眠りから覚めてくれない事である。


 先程から、王剣騎士団で紛れもなくトップクラスの実力を持つローマン、ジノヴィ、ガルシアという三人の男達が順番に、〈イストアイ〉を操ろうと杖を掲げていた。しかし、誰一人として、〈イストアイ〉をぴくりとも動かす事ができなかったのである。


「それで、お嬢ちゃん。どういう事なんだ?」


 杖をくるくると回した後、ガルシアはトオミに突き付ける。


「どうして、こいつは起動しない? 返答次第では大問題だぜ。ゴーレムの作成は魔術師ウィザードギルドの仕事で、うちの騎士団は――いや、うちの国はきっちりとその資金を供給していたはずだ。失敗作を納品してくるなんて、信用のガタ落ちという程度の話では済まない。教会が出張ってくるような大問題に発展しちまうぞ」


 ローマンとジノヴィも、トオミに視線を向ける。


 彼らは無言のまま、ガルシアの言葉に頷いていた。


「これだから、嫌だと……」


「あん? 何か云ったか?」


「いえ、何も。お気になさらず――」


 トオミがぽつりと漏らした愚痴に反応するガルシアだが、結局、その言葉の意味は有耶無耶にされる。深く俯いた彼女の表情は、フードに隠されて見えなくなるのだから。ぶつぶつと「死ね、クソジジイ。死ね、クソジジイ。死ね、クソジジイ……」と、ひたすら小声で繰り返される呪詛の言葉も、幸いにして王剣騎士団の三人には聞こえなかった。


 トオミが呪う相手は、もちろん、筆頭魔術師ハイウィザードのバーナードである。


 ゴーレム〈イストアイ〉の作成に携わっていた魔術師ウィザードの間では、その機体はかなりの早い段階から『不発弾』と呼ばれ、誰が始末を付けるのか戦々恐々となっていたものだ。


 大問題に発展するのは、誰だって薄々と気付いていた。


 それを押し付けられてしまったのだから――この一週間、トオミはまさに地獄の日々を過ごしてきた。少しでも、どうにかするために。魔術師ウィザードギルドの信用を失墜させないために。無駄な足掻きと知りながら、今日というデッドラインの日まで、細かい調整作業を繰り返してきたのだ。果たして、トオミはこの一週間で何時間寝られただろうか。少なくとも、ベッドに横になった記憶はない。意識を失うように、いつも気が付けば机に突っ伏していた。


 時間が足りなかったのだ。


 アイデアも、技術も、人手も――。


 思えば、足りているものの方が少なかった。


 今さらだけど、トオミはため息を吐く。


 倒れそうな気分である。

 というか、本当にふらふらと倒れてしまった。


「おいおい」


 地面に膝を着いた所で、トオミはガルシアに助け起こされる。


「さっきから思っていたが、お嬢ちゃん、ちょっと顔色悪すぎるな。飯は食っているのか。いや、ちゃんと寝ているのか? 寝てないな、その目のクマを見る限り……。魔術師ウィザードは有能な奴ほど忙しいと聞くけれど、さすがに身体を壊すまで働くのは――」


「放っておいてください。大丈夫ですから」


 刺々しい言葉を反射的に吐いてしまい、トオミは自分でも嫌になった。


 体調が最悪ならば、機嫌も最悪なのだ。そんな事はわかっているけれど、トオミにはどうしようもできなかった。機嫌を直そうと思って直るならば、人間はもっと幸せに生きられるに違いないのだから。


「大丈夫です。手を離してください」


「そう云っても、なあ……」


 ガルシアはトオミを捕まえたまま、もう片方の手でアゴ髭を撫でる。

 にやりと笑いながら、こんな冗談を云ってきた。


「お嬢ちゃんに倒れられると、こいつの問題を聞き出せないし――それに、可愛い女の子にこうしてお近付きになれる機会を見過ごすなんて、そんなのは間抜けな男のやる事だぜ」


 トオミは一瞬、言葉の意味がわからなかった。


「どうだい? この一件が終わったら食事でも? 随分とお疲れのようだし、倒れるぐらいに眠そうだからな。お望みとあれば、この俺がきっちりベッドまでエスコートして――」


 調子の良さも、そこまでだ。


 ガルシアは後頭部をローマンとジノヴィに殴られていた。


「阿呆か、お前は!」


 ローマンとジノヴィは二人で声を揃えて叫んだ。


「口説く前にするべき話があるだろうが!」


「わ、わかっているよ、ダンナ、ジイさん。ちょっとしたジョークだろ」


「だから、ダンナと……」「だから、ジイさんと……」


「だー、俺が悪かった。真面目な話をしようぜ!」


 喜劇のようなやりとりに、良くも悪くもトオミの目が覚める。


 もう一度、ため息――。


 どうにか、それで気を取り直した。


「……よろしいですか?」


 冷静な声色で告げれば、騒いでいた男達はようやく黙った。


「まず、何よりも大事な事を――この〈イストアイ〉は失敗作ではありません。もちろん、未完成というわけでもなく、これで立派に完成しております。ただし、動かない――その問題点についても、魔術師ウィザードとして私はちゃんと認識しており……」


「待て待て、お嬢ちゃん。勿体ぶった話し方はやめようぜ」


「……はあ?」


「簡潔に云えよ。こいつはどうして動かない?」


 ガルシアはそう云った後、舌打ちしながら首を横に振る。


 そして、悔しそうな顔でこんな風に云い直した。


「いや、どうして俺達は動かせない?」


 ああ、なるほど――。

 問題が何処にあるかは見抜いていたのか――。


 ふざけたように見えても、王剣騎士団の隊長である。


 トオミは素直に感心し、そして観念した。


「申し訳ありません。試作ゴーレムの二号機である〈イストアイ〉は、王剣騎士団の注文通りには作られなかったのです。正確に云うならば、この子の――失礼、この〈イストアイ〉に用いられているエーテルフレームの錬成レシピはほとんど、〈レーベンワール〉のそれと同じものが採用されました。ええ、〈レーベンワール〉については皆様、ご存知の通りだと思いますが……。あの子は、魔力剛性が一般的な量産機と比較にならないぐらい高くなっております。その分だけ、エーテルフレームの馬力も強くなっており、パワーもスピードもずば抜けておりますが。ええ、詰まる所、〈レーベンワール〉は騎士ナイトに対して要求するレベルが異常に高いわけです。並大抵の騎士ナイトでは動かすこともできないぐらいに……」


 ローマンがそこで口を挟んだ。


「ああ、そうだ。〈レーベンワール〉に関する事ならば承知しているさ。あれは試作機と銘打ちながら、その実、アルマ王国で初めての特別機――俗に云うならば、スーパーゴーレムとして作られた。それは良い。それは王剣騎士団も最初から了解済みだった。どれだけ要求レベルの高い機体だろうと、一機ならば問題ない。……エンノイアがいるからな」


 第二騎士隊長のエンノイア・サーシャーシャ。


 王剣騎士団の歴史を遡ってみても、もはや匹敵する騎士ナイトはいないだろう天才。エーテルフレームの輝きの強さで判定される騎士ナイトとしてのレベルも、他の追随を許さない程の化け物である。彼女がいるならば、どれだけ無茶な機体だろうと受け入れる余地はあったのだ。


「話の腰を折って悪いが……」


 そこで、ガルシアが呟いた。


「エノアの嬢ちゃんは、どうした?」


 本日は午後から入団式が控えているため、ゴーレム〈イストアイ〉の起動試験及び、魔術師ウィザードギルドから王剣騎士団への正式な引き渡し作業は早朝から行われている。騎士団長と三人の騎士隊長が務めるべき職務であるけれど、ここにエンノイアの姿は最初からなかった。


「……寝坊だろう、どうせ」


 ローマンが絶望的な声で、ぽつりと呟いた。


 ジノヴィは呆れの境地に至っているのか、もはや何も云わない。


「またかよ! 調子に乗って一人で暮らし始めたと思ったら、エノアの嬢ちゃん、何も自活できてないな! なあ、ダンナ。団長命令で、今までの下宿先に戻れと云ったらどうだよ。世話をしてくれる大家がいる方が、まだマシな生活を送ってくれると……」


 大声で喚いたガルシアであるけれど、そう云っている内に虚しくなったのか、徐々に声のトーンを落としていく。最後には、「ああ、まったく。エノアの嬢ちゃんに何を云っても無駄だよな」と諦めの言葉である。


 しばらく、重たい空気に包まれる王剣騎士団の三人の男達。


 同時にため息を吐いた後、気を取り直したのか、ローマンが話を元に戻す。


「それで、〈イストアイ〉のことだが――」


 トオミが呆れた目をしているのは、敢えて無視するようだ。


「現行の量産型ゴーレム〈サーラス〉に代わる新たな量産機の開発――試作機である〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉の本来の目的はそんな所にあるはずだ。〈レーベンワール〉は特別機の役割を兼ねて、とにかくハイスペックにデザインされた。それは良い。問題は、〈イストアイ〉もそんな風にデザインされては、当初の計画が滅茶苦茶になるという事だよ。〈イストアイ〉は、騎士ナイトの平均的なレベルでも問題なく動かせるように、そうデザインされるはずではなかったのか? 少なくとも、こちらからの要望はそうだったはずだが……」


「それは、その……」


 トオミが云い淀んだ時である。


「最高の素材があるならば、最高の機体を作るべきなのだよ」


 闘技場の入口から届いた、堂々とした声――。


 皆が振り返ると、そちらに立っていたのは筆頭魔術師ハイウィザードのバーナードだった。

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