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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第3話 最強の見習い騎士
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(2)

「ユーマ、俺は大変な事に気付いてしまった」


 玄関で小一時間、濃密なあれこれ――ターナー夫人が話し好きという事ならば嫌でも理解できたユーマとワイアットである。


 そしてまた、二人はもう既に、彼女の十八年間の人生を最初から最後まで説明できる。逆も然り、ターナー夫人からそれぞれ猛烈な質問責めを喰らったため、食べ物の好き嫌いからパンツをローテーションさせる間隔まで、赤裸々に何もかも知られてしまった。


 ドッと疲れた表情を隠せないまま、ようやく解放された二人は階段を上っていく。


 一階はあくまで、ターナー夫人の住居である。


 ただし、食堂と風呂、トイレは一階にあるものをユーマとワイアットも兼用するらしい。気を使うのは、むしろ、二人の方になりそうだった。「お風呂上りとか、あたし、薄着でうろうろしたりするから見苦しかったらゴメンね」などと云われて、二人は真っ赤になりながら顔を見合わせたものである。


 ギシギシと、古びた階段の軋む音。


 静寂が重い中、ワイアットはとても真剣な声で囁く。


「……お前も、気付いたか? タニアさん、胸、めっちゃデカいぞ」


 世界の真理にでも気付いたかのようなワイアットの口調に対し、ユーマはため息だけを返事とする。「ど、ど、どうする?」とパニック気味のワイアットに、「どうもしないよ、もう……」と、ユーマはやはりため息と共に返した。


「お、お前、どうしてそんなに冷静なんだよ!」


「むしろ、ワットが慌て過ぎだよ」


「だ、だって、うちの村にはあんな可愛い人いないし!」


 免疫がないという事だろうか。


 ユーマはそう思いながら、ローラとレイティシアの事を一瞬考えてみるが――すぐに、ぶんぶんと頭を振る。ローラはともかく、レイティシアに関しては開けてはいけない記憶の蓋があり過ぎた。


 馬鹿な事を云い合っている内に、二階に到着する。


「おー、意外に広いな」


「あ。風がよく抜ける。気持ちいいね」


 ここが、二人のこれからの住まいである。


 階段から直接繋がる広い居室とドアで区切られた二人分の個室。ありがたい事に、ソファーまで残されている。前の住人は裕福だったのだろうか。何にしろ、窓辺に駆け寄ったり、個室の作りをそれぞれ調べてみたり、バタバタと騒いだ後は感謝しながらソファーに座り込んだ。ようやく一息付いて、ユーマとワイアットは同時に笑い合った。


「あれこれと急いで買い揃える必要はなさそうだな」


「そうだね。ゆっくりと必要なものを見繕えば良さそうだ」


 背負っていたトランクをようやく降ろし、ソファーの背もたれに深く身を預けるワイアット。長旅を終えたばかりだから、本来は疲れていて当然である(ただし、疲れの原因の大半はターナー夫人にあるように思える)。


 しばらく、二人、ぐったりと無言のまま休んでいた。


「なあ、ユーマ」


「なに、ワット?」


「訊いていいか?」


「……いいよ」


 何の事かわからないまま、ユーマはそう答えた。


 ワイアットが身を起こす。真正面から視線がぶつかる。


「ユーマは〈杖の儀式〉で、何を……あれはその、何をやったんだ?」


 歯切れの悪さが、ワイアットにはどうにも似合わない。上手い言葉が出てこない事を自分でも可笑しく思ったのか、そのまま苦笑いするワイアット。思わず身構えていたユーマも、バツの悪そうなその表情を見て吹き出してしまった。


「笑うなよ」


「だって」


 結局、二人で声を上げて笑い合った。


 それから、ユーマはこんな風に告げる。


「わからない」


 ユーマは、その瞬間に走った痛みに額を押さえる。


 いつもの頭痛――。


 痛みはあの日から随分軽くなっていたけれど、それでも完全に消えてくれる事はない。正体の掴めない夢を見て、震えながら飛び起きるのも相変わらずである。


「わからない。でも……」


 ズキリ、と。


 痛みに混じる、誰かの声が――。




 ――はい、ユーマ。




「フィオナ」


 思わず口に出せば、ワイアットは首を傾げる。


「誰だ、それ?」


「……わからない」


「さっきから、そればっかりだな」


 若干呆れたようなワイアットに対し、ユーマは顔を伏せる事しかできない。


 思い出せない。思い出せそうなのに――。


 まだ、全てには手が届かないのだ。


「フィオナ」


 もう一度呟いて、ユーマは下を向いたまま続ける。


「僕は〈杖の儀式〉に挑んだ時、忘れていたその名前を思い出した――それに、ゴーレムをどんな風に操作すればいいのかという事も。不思議なんだ。どうして、こんなにも当たり前の事を忘れていたのか……。杖を握った後は、とても簡単だった。手足を動かしたり、息を吐いたりするように、僕の身体にはまるで最初からゴーレムを動かす方法がプログラムされていたみたいで――」


 ユーマはごく自然に、そう話し続けていたけれど――。


「……プログラム?」


 それはどういう意味だ、と――そんな声色でワイアットが呟く。


 ユーマは、自分自身でも驚きながら顔を上げた。


「えっと、僕は何て云った?」


 また、これである。


 何度目だろうか――〈杖の儀式〉が終わってから、もはや数え切れないぐらいだ。何気なく零れ落ちる断片的な記憶。フィオナという名前もそうであれば、ゴーレムの操作方法もそうである。そして、ここ最近は他にもたくさん、ユーマは色々なものを不意に思い出してしまうのだ。


 ワイアットは心配そうな顔をしている。頭痛の発作を引き起こした時のように、「大丈夫か?」と問い掛けてくる。ユーマは頷いて、「心配しないで」とできるだけ力強く告げた。「迷惑はかけないから」と云えば、「馬鹿だな。迷惑なんて思わない」と即座に返される。


「……ありがとう」


「水臭いな。もっと気楽にやろうぜ」


 ワイアットはあくまで快活に笑う。


「俺、普段の生活でユーマに絶対、めちゃくちゃ迷惑かけまくるから。掃除も洗濯もすぐサボるし、いびきもうるさいらしいし。弟や妹には、いつも嫌そうな顔ばかりされていたよ。でも、一緒に暮らしていたら嫌な部分もダメな部分もバレて当然だろう。迷惑を掛け合ってもいいから、それよりも、そんな事が気にならないぐらい楽しくやっていこうぜ」


 ユーマは無言で頷いた。


「ありがとう」


「だから、水臭いな」


 苦笑するワイアットに対し、ユーマは素直に微笑んだ。




 ――フィオナ。




 心の中でもう一度、その名を呼んでみる。


 いつも、そうである。


 愛おしい名前。それだけで、ユーマはホッと安心できる。心が不思議と落ち着いていくのだ。〈杖の儀式〉を契機にして、変化の波は荒々しく押し寄せている。周囲の自分を見る目が変わった事には早々に気付いた。


 ユーマの心にも、何かしらの変化が起きている。


 原因のわからない頭痛や正体の掴めない夢のように、不吉な予感を覚えなくもない。だが、かつてのように怯える事はなくなっていた。受け入れている。フィオナという名前が勇気をくれた。それこそが光であり、ユーマの目指すべき場所なのだろうと――。


 ユーマは知っていた。


 思い出していた。


「ねえ、ワット。色々とわからない事ばかりだけど、僕はとりあえず前を向いてやっていけそうだ。実は、目標もあるんだよ。僕は、強くなりたい。フィオナ――まだ名前しか知らない彼女のために、僕はなんだか、とても強くならないといけない気がしている」


 強くなりたい、と――。


 ユーマにとって、それは真摯な気持ちである。


 この時点では、まったく予想していなかった。


 強くなりたい、と――。


 そんな風に云おうものならば、周囲が絶望的な表情になる近い将来。寒々しい空気の中で、皆はきっとこう云うに違いない――それ以上強くなってどうするんだ、と。


 ユーマ・ライディングという見習い騎士が〈アルマの魔王〉の二つ名で恐れられるのは、そう遠い未来ではないのだ。

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