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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第2話 杖の儀式
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 魔術師ウィザードのトオミは、筆頭魔術師ハイウィザードのバーナードから〈杖の儀式〉の最終日の担当を命じられた時、手放しで大いに喜んだものである。同僚である魔術師ウィザードの多くからは恨めしい視線を向けられたが、ニコニコと笑顔で気付かない振りしてやり過ごした。


 例年ならば、そんな反応はまったく逆になるのだけど――。


 現在、アルマ王国の魔術師ウィザードは不眠不休の激務モード。


 それと云うのも、一ヶ月前に行われた〈レーベンワール〉の披露会が原因である。あの時に壊された十体のゴーレム〈サーラス〉を、時間も金もない中でどうにか修理しなければいけない――かつてない難問に対し、魔術師ウィザードギルド(正確には、長である筆頭魔術師ハイウィザード)が出した答えは、『全員で倒れるまで働き続ける』という涙も枯れそうなものだった。


 バーナード曰く、やってやれない事はない。


 やれなかった時も、みんなで過労死していたら陛下も文句は云うまい、と――。




 ――死ね、クソジジイ!




 にやにやと笑うバーナードに対し、魔術師ウィザードの全員がそんな風に心の中で叫んだ。


 もちろん、心の中で叫んだだけでは現実は何も変わらない。


 骸骨のように頬がこけて、眼鏡はずり落ちたまま、トオミは「私はゴーレム、私はゴーレム、私はゴーレム……」と呪文のように自身に云い聞かせながら、ボロボロになるまで数週間働き続けてきた。


 そんな毎日から一時でも解放されるのだから――。


「は、はい。〈杖の儀式〉の担当、喜んで承ります」


 魔術師ウィザードの〈杖の儀式〉における役割と云うのは、実はそんなに多くない。


 むしろ、ほとんど仕事はないと云っても良かった。


 何と云っても、〈杖の儀式〉は騎士ナイトの領分である。魔術師ウィザードの方がゴーレムの専門家ではあるけれど、彼らも日々のメンテナンスは自分達の手で行っているのだ。〈杖の儀式〉の担当者となった魔術師ウィザードは万一の際に対処を求められるが、そのような大きいトラブルはほぼ起こらない。


 そのため、魔術師ウィザードの〈杖の儀式〉における仕事は、闘技場の隅っこで椅子に座り、ただひたすらじっとしているだけとなる。普段ならば、これはかなりの苦行だ。何もしないで半日以上過ごすのは辛い。しかし、激務から解放される今だけはこの上ない幸せだった。


 トオミは真面目な人間である。


 例年、ただ座っている事が魔術師ウィザードの実質的な役割と知りつつ、それでも最初の内はじっと〈杖の儀式〉の進行に目を凝らしていた。何かしらのトラブルの元はないだろうかと――。


 闘技場は、全高18メートルのゴーレム〈サーラス〉が不自由なく戦闘できるだけの広さを持っている。〈杖の儀式〉のため、王剣騎士団が所有する半分以上の〈サーラス〉が集められており、それらは整然と闘技場に横たえられていた。


 トオミがいる場所は観客席ではなく、闘技場の舞台部分である。位置的に肉眼で遠くの機体まで確認する事は難しく、双眼鏡を首から提げている。また、何かしらの問題があった際に記録用として使うためのカメラも準備されていた(もちろん、使う予定はないのだけど)。


 双眼鏡を覗けば、今まさに行われている〈杖の儀式〉の様子が、騎士ナイトの凛々しい表情や子供の緊張した面持ちに至るまで、はっきりと確認する事ができた。〈サーラス〉は何十体も横になっており、それぞれの機体には専属の騎士ナイトが待機し、次々とやって来る子供達に〈杖の儀式〉を――騎士になるための最初の試練を科していく。


 しばらく、トオミは熱心に〈杖の儀式〉の様子を見守っていた。 


 しかし、一時間も経つ頃には飽きてしまった。


 何も起きない。


 それもそのはずだ。


 五年前に一度だけ起こった前代未聞のトラブル――。


 そんなトラブルの原因は、天才の出現というものだった。


 天才、神の愛した子、奇跡の産物――すなわち、エンノイア・サーシャーシャである。常識の枠内には収まらない彼女の登場で、その時の〈杖の儀式〉は誰にも予想の付かない結末を迎えた。もしも、彼女のような化け物が現れたならば、トオミは本日の担当者を引き受けた事を思いっきり後悔するような、絶望的な後始末を押し付けられるに違いないけれど――。


 大丈夫。


 エンノイアのような規格外が、この小さな国にポンポンと生まれるなんてことはないだろう。百年に一人と云われるような逸材が、今年もまた現れるなんて可能性は零に等しい。


 トオミはそう思っていた。


 そんな風に内心では何も起きないと安心していたから、暇を持て余し始めると、途端、連日の疲労と眠気に負けてしまう。すやすや、と――。まったく気付かない内、眠りに落ちてから数時間も経過していた。


魔術師ウィザードトオミ、職務中に居眠りはいかんな」


 頭頂部に鈍い痛みが走り、トオミは「あいた!」と目覚める。


 椅子から転げ落ちるのをどうにか踏ん張り、間抜けなポーズで横を見れば、初老の騎士ナイトが立っていた。「わあ、すみません。ジノヴィ様」と悲鳴に近い声で叫ぶ。


 ジノヴィ・デニソフはアルマ王国で最年長の騎士ナイトであると共に、王剣騎士団の第一騎士隊長を長年務めている人だ。現在では騎士ナイトとしてのエースの座をエンノイアに譲り渡したものの、かつて〈サーラス〉が一世風靡した頃は押しも押されぬ英雄で、その実力と人気には未だ衰えが見えない。


 小柄だが、迫力は満点。


 雪原のように真っ白な髪はまだ豊かであり、トレーニングを欠かさないという肉体は若い力自慢をあっさり投げ飛ばすという。トレードマークは、立派な口髭。眼光は、猛禽類のような鋭さである。そのような風貌の通り、自他共に厳しい人として知られていた。


 トオミは、急いで背筋を伸ばす。


 ジノヴィは何も云わないまま、トオミの頭を叩いたと思われる杖を懐に収めていた。女性を叩くなんて――という非難は、高潔な騎士ナイトであるジノヴィには無意味である。


 王剣騎士団には女性の騎士ナイトも多数所属していた。アルマ王国の騎士ナイトは全員、ジノヴィに教えを受けてきた訳だが、彼は男女の区別を一切付けない指導でも知られる。


 老若男女の区別なく、叱るべき所は叱る人なのだ。


 恐るべきその逸話として、ジノヴィは国王の頭すら叩いた事があるとか――。


「まだまだ先は長い。気を引き締めなさい」


「は、はい……」


「返事が甘い!」


「はい!」


 トオミが聞く所に寄れば、第一騎士隊長のジノヴィと筆頭魔術師ハイウィザードのバーナードは同い年であり、子供の頃は同じ都市学校で学んだ仲らしい。


 どちらの方が上司として歓迎できるか、トオミは考えようとしてすぐにやめた。


 怖い人が横に立っている事もあり、〈杖の儀式〉に集中しようと努める。


 既に、太陽は傾き始めていた。


 影が長く伸びる闘技場の風景。整然と横たえられている沢山のゴーレム〈サーラス〉と、その間近で〈杖の儀式〉のやり方を説明する騎士ナイト――本日の主役である子供達の表情は様々である。緊張に身を固くしている子が多いけれど、逆に、とにかく底抜けに楽しそうにしている子もそれなりに見受けられる。


 順番を待っている子供達はそんな風に様々な表情を見せるけれど、〈杖の儀式〉に失敗し、騎士ナイトへの道が閉ざされると、ほとんど全ての子供達がトボトボと悲しそうに去って行く。


 運命の分かれ道――。

 たった一分で運命は決まるのだ。


「今年は、なかなか才能のある子が出てこない」


 ジノヴィが不意にそう呟いた。


「あの、今日、これまでの合格者は……?」


 自然と疑問を口にしてしまってから、トオミはまずいと思った。


 この数時間の経緯がわからないのは居眠りしていたからだ。自分の不始末を忘れたような発言に対し、ジノヴィから凄まじい雷を落とされるのではないか――思わず身構えるトオミだが、意外にも怒られる事はなかった。


 ジノヴィはため息と共に呟く。


「残念ながら、まだ合格者はいない」


 その様子を見るに、どうやら相当に気落ちしているらしい。


 確かに、騎士隊長としては優秀な新人が出て来ないのは辛いだろう。トオミも、魔術師ギルドで働き始めてそれなりの年数が経っている。人手不足に苦しむのは、騎士団もギルドも一緒という事らしい。


「合格者がいないのは、厳しいですね。だって昨日までも……」


「ああ、そうだ。例年ならば、最終日を迎えるまでに一人か二人ぐらい合格している事も多い。少なくとも、最終日のこんな時間まで誰も合格しないというのは異例だな。まったく。最低でも三人は合格者を出しておかなければ、騎士団の運営はままならないと云うのに。エンノイアのように神に愛された子を望むつもりはないから、こうなったら最低限の人数ぐらいは集まって欲しいものだ」


「もしかすると、嵐の前の静けさかも知れませんよ」


 トオミがそう云った瞬間である。


 まさに、嵐のような大歓声が巻き起こった。


「おお、やりおった!」


 ジノヴィまで、思わず拳を突き上げている。


 観客席を埋め尽くす人々は、これまでの退屈や鬱憤を晴らすかのように、ワーワーと歓声を上げながら揃いも揃って同じポーズ――全員で拳を天に向けて突き上げている。


 闘技場に横たわる〈サーラス〉の内、一体のエーテルフレームが輝きを放っていた。


 未熟な、すぐにも消えてしまいそうな薄い色であるけれど――確かに、青色の輝きがこの場の全員に見えていた。エーテルフレームが輝くという事は、その欠片である〈デバイス〉を用いての起動に成功したという証拠である。


 エーテルフレームを輝かせる〈サーラス〉は、さらに片腕を天に伸ばしていた。


 地面に倒れたままの姿で、まるで赤ん坊が手を伸ばすように――。


「天晴れ!」


 ジノヴィが快哉を叫ぶ。


 これこそ、騎士ナイトになるための第一歩である〈杖の儀式〉――。


 子供達は〈デバイス〉の備わった杖を騎士ナイトから恭しく借り受けた後、自分の才能をゴーレムを起動する事で示すのだ。猶予は、わずかに一分間である。そして、この試験が難関なのは、ただ単にエーテルフレームを輝かせただけでは合格にならない事だった。


 目覚めさせて、服従させて――。

 それでようやく、才能ある者と認められる。


 すなわち、ゴーレムが片腕を挙げた時点で〈杖の儀式〉は合格なのだ。


「天晴れ!」


 もう一度叫んだジノヴィは、年甲斐もなく興奮した様子である。他の者達と同じように片腕を突き上げているトオミが、あくまで「わー、良かったですね」と穏やかに喜んでいるのに対し、彼は堪え切れないと云うように一目散に駆け出していた。


 才能を発揮した子供の元へ――。


 騎士ナイトに杖を返却したばかりの所に、ジノヴィは全速力で駆け寄る。一人の騎士ナイトと一人の子供の間で行われるという古来の風習が元になっている〈杖の儀式〉であるから、本当はいきなり乱入して良いものではないが、そこはさすがに第一騎士隊長である。


 誰も、何も云わない。


 ようやく今年初めての〈杖の儀式〉の成功者が出た訳だから、そもそも、関係者も観客も全員が万々歳の気分で、細かい事は気にしていなかったとも云える。


「お主、よくやった。名前は?」


 ジノヴィから肩を強く掴まれて、最初は大いに戸惑った表情である。


 しかし、すぐに笑顔に変わった。「ありがとうございます、第一騎士隊長様」と、気後れした様子なく云ってのけるのは、ジノヴィに子供らしくない大胆不敵さを感じさせた。


 ジノヴィは興奮の中で、にやりと冷静な笑みを浮かべる。


 ベテランとしての直感が働いていた。


 鍛えれば、この子はかなりのモノになるかもしれないぞ、と――。


「レイティシア・ライディングです。これから、よろしくお願いします」

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