○ンデレラ・ストーリー
○ンデレとは一体…
一体いつから、狂ってしまったのだろう。
弱まる拍動とともに流れる鮮血。自分の腹には深々と包丁が突き刺さっている。
刻々と薄れゆく意識の中、俺は正面にいる犯人を見据える。小柄な体格に、スッキリ整った顔。しかし、その目は平常時とは違い、怪しげな光を帯びている。
俺はゆっくりと手を伸ばし、犯人の名を告げる。
「お前は…本当に…衣海なのか…」
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俺は高校進学後、謎の部活動・モノリス部に入部することになった。
頭がブッ飛んでいる部長を始め、個性豊かな(変態どもの)メンツが揃っているこの部活。活動内容も、世界各地から集められたモノリスを解読するだけという、電波じみたものであった。
この説明を部活動発表会で聞いた際は、変な部活だという認識しかなかった。
しかし、中学以来の悪友がおふざけで部室に突き飛ばしたことにより状況が一変する。謎の部長権限により、いつの間にか、俺と悪友の入部証が作成されていたのだ。…これが入部への経緯である。
やっていることは正気の沙汰ではない。しかし、何らかの補正がかかっているのか、部員は全員が美少女(ただし変態)。そのため俺はハーレムパラダイスを夢見て、活動を継続していたわけである。
当時、俺と悪友を除くと、部員数は4名であった。それぞれのプロフィールを簡潔に説明する。
一人目は部長。やたらとハイテンションで、しかもオカルトマニア。なまじお嬢様であるがゆえに財力を使って、世界各地のオカルトグッズを回収しているという。部長の中のトレンドが「モノリス」になったため、この部活を設立し、半ば強引に入部者を増やしている。
二人目は副部長。部長の補佐役だけあって、冷静沈着。長身眼鏡美人であり、悪友のお気に入りらしいが、彼女の眼中には入っていないらしい。これだけ聞くと何も問題がなさそうに見えるが、実は「人間の毛」が大好きで、隙あらば自分や相手の髪の毛を鷲掴みにして引きちぎろうとする。傍から見ると非常に残念。頭の毛も引きちぎろうとしているが、毎度誰かに止められているらしい。
三人目はネクラ先輩。独り言がぶつくさうるさい。この時点でアレなのだが、食事の嗜好に問題があり、人間が普段食べないところを食べる。例を挙げるなら、唐揚げの骨。パインの皮。アサリの殻。食事後は口腔内が血みどろになっており、ホラー映画顔負けの状態になる。それでも華奢な体に流れる黒い長髪が美しい。
四人目は俺たちと同級生の子。温厚な性格に、ふっくらとしたバストが特徴で、俺はその子に一目惚れをした。ただ…まあ、モノリス部の性なのか、やはり変態。糊や接着剤が大好きであり、自分の体中にベタベタとスティック糊を付けていた時には、千年の恋も終わりそうになった。
俺はその一年間、モノリス部を通して色んなイベントを通してきた。その中で、彼女らの隠された素顔や、素晴らしい点を少しずつ見てきた。当初は同級生の子ばかりに目がいっていた(交換弁当とかした)が、ネクラ先輩の悲しい生い立ちやら、副部長のかわいいところ、部長の確固たる信念を目の当たりにした結果、誰にしようか決められないという答えにつながった。ちなみに、彼女らが俺のことを好いているかは知らない。
そんなこんなで新学年となり、我らがモノリス部に新しい風がやってきた。
名は、円谷 衣海(つぶらや えみ)。将来、俺を殺すことになる人物である。
・・
円谷 衣海(つぶらや えみ)は、俺の一つ下の後輩の女子である。
性格は強気で、俺に対しても終始突っぱねるような行動をとっていた。
そんな彼女はクラス内でも孤立しており、いじめ寸前の状態まで移行していた。それを俺が結果的に救ったことによって、彼女との関わりができるようになる。しかし
「助けてくれなんて、言った覚えはないわ」
このように、衣海と仲良くなったというわけではなかった。むしろ強気な態度が酷くなった気がする。
自称恋愛通の悪友によると、「感謝はしてるが、素直になれないだけ」らしい為、気楽に待ってみることにした。この素直でない性格が「モノリス部の刻印」である変わったところなのだろうか。
夏となり、先輩達がモノリス部卒業の時を迎え、その日の放課後、俺は部長に告白された。お嬢様が見せるドキマギした顔は最高であった。
これを逃すと恋人もできなさそうだったので、3日後にデートの約束をしておいた。
俺はみんなから祝福された。悪友はノリなのか本気なのか分からないテンションで副部長に告白して、撃沈。
なぜか、俺と悪友が取っ組み合いとなって喧嘩。友情を分かち合った。
そしてその夜、俺は殺されることになる。
・・・
喧嘩でボロボロになった学生服を着て学生寮へと帰ると、部屋の前に衣海が立っている。
強気な彼女らしからぬ、随分と思いつめた顔をしていたため、話を聞いてあげるつもりで部屋の中に入れた。
彼女の話は、「恋愛について」であった。「自分は人を好きになってはいけない存在なのに、現在片思いをしている。そして結果として、日常生活に支障が出るほど思いつめている」というものだった。
その話によって、彼女は「いじめ」から救ってくれた人物…つまりは俺に片思いをしていることが明らかになったのである。
俺はこの時、衣海には申し訳ないと思いつつも、「ツンデレだな」という感想を持っていた。やはり悪友の言った通り「素直になれなかった」だけなのだろう。
「人を好きになるのに理由がいるのか」などと、どっかから持ってきたようなセリフをベラベラと喋り、衣海にアドバイスをする。彼女はその言葉が随分きいたらしく、強気な発言にも少し乙女の可愛さが見え隠れし始めていた。
いつもの衣海らしからぬ言動に戸惑いを覚えつつも、彼女の本音の部分とようやく会話できたのだという達成感を得た。そして、衣海は最後に俺にこう言った。
「私の好意…受け取って頂けませんか」と。
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一体いつから、狂ってしまったのだろう。
弱まる拍動とともに流れる鮮血。自分の腹には深々と包丁が突き刺さっている。
刻々と薄れゆく意識の中、俺は正面にいる犯人を見据える。小柄な体格に、スッキリ整った顔。しかし、その目は平常時とは違い、怪しげな光を帯びている。
俺はゆっくりと手を伸ばし、犯人の名を告げる。
「お前は…本当に…衣海なのか…」
狂ったも何もなかったはずだ。俺はそこいらの最低な主人公とは違う。浮気や裏切りもなかった。最終的には部長から告白されたが、これからは部長一筋で恋愛街道を突き進むはずだった。
そんな馬鹿な。よりにもよって、いじめを解決して救ったはずの子に攻撃されるだなんて。
そうか…これが…「ヤン…
流血が止まらない。命そのものが、流れ出しているようだった。体が冷たい。体が硬直する。体が黒ずんでいく。俺の体が、意識が、記憶が、消えていく。
部長、すいません。デートの約束…守れそうにありません。
それが俺が最期に思考したことだった。
・・・・
先輩。ああ、この時を一体どれだけ待ちわびたことか。
やっと私の好意が届いた。これで先輩に甘えられる。ベタベタ出来る。
いっぱいいっぱい、先輩から愛を分け与えてもらうんだ。今まで手に入らなかった分の何倍も。
私は、ネクロフィリア…死体愛好者。死体しか愛せない者。
そんな私の気持ちが、生者である「誰か」が分かってくれるわけもない。私はいじめられてしまった。こんなにも愛に飢えているというのに。
それを救ってくれたのが、モノリス部の先輩だ。私をいじめから解き放ち、「人を愛するのに理由はいるのか」と、私を理解してくれた。それが今、とても嬉しい。
…先輩。私からのラブコールは気に入っていただけましたか。
素敵な死に顔に手をあてながら、私はゆっくりと先輩の冷たい頬にキスをする。
これが私の「シンデレラ・ストーリー」。
(彼が)死んでからデレる。これぞ「死ンデレ」。