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間が悪い

間が悪い ~スーパーのレジでの戦い~

作者: 相原ミヤ

 間が悪い。


 とにかく私は間が悪い。


 運が悪いのではなく、間が悪い。「運が悪い」と「間が悪い」は似ているけれど、全然違うと私は考えている。運が悪いと言うとなんだか悲観的になるけれど、間が悪いはどこか哀しい笑い話になる。

 例えば、スーパーのレジに並んでいたとする。つい先ほどまではレジに人が並んでいなかったのに、私が並ぶと長い行列になっている。そして、ようやく私が会計を済ませると、先ほどまで混雑していたレジが何事も無かったように静かになっている。空いているレジへどうぞ、と店員に案内されて移動すれば、更に遅くなることがある。レジの開始が上手くいかず、私の後ろに並んで移動しなかった客が先に会計を済ませるのだ。

 例えば、奮発して高い服を買ったとする。すると、三回と着ないうちにボタンが外れてなくなってしまう。買った服に染みがついていたりするのも、その類だ。

 例えば、車を運転していたとする。近くの駐車場が空いたと思って向かっていると、歩行者のために停車している間に、後から来た車に追い越されて駐車場が取られてしまう。

 例えば、電化製品の特売に並んで、整理券を貰おうとする。すると、私の直前で整理券は終わってしまう。前回の反省を活かして早く並ぶと、私の後には誰にも並ばず、開店時間に来た客が特売品を買ってしまう。

 例えば、旅行に行こうとして休暇を取って、ツアーを予約していたとする。直前になって友達からキャンセルされてしまう。

 

 例えば……思い出すだけで哀しくなる。


 とにかく私は間が悪い。


 運が悪いと悲観的になるほどではないけれど、間が悪いから注意することは多い。時間に遅刻しないように注意をして、些細なことでイライラしないように心を広く持って、商品を買うときは本当に必要なものか注意をして買う。

 きっと、世の中には間の良い人と、間の悪い人がいるのだ。私は後者の代表。間が悪くて困ったことは無いが、ストレスはいつも感じている。何かあったら、やっぱり、またか、と一人溜め息をつくのだ。唯一、利点があるとすれば飲み会のネタに困らないことぐらいだ。運が悪いのではなく、間が悪い。笑える間の悪さは、人を楽しませるには十分すぎる話だ。聞いている人が感じるより、本人は深刻なのだけれども。


 とにかく私は間が悪い。


 今日は私の勝負の日。間の悪い私が挑む激しいレース。

私がいつも勝負の時と決めている日がある。それは、日曜日のスーパーでの戦いだ。混雑するレジと客を次々流すレジ打ちの店員と私の戦い。私はいつも考える。どのレジが一番速いのか、どのレジに並ぶのが正解なのか、私はこれまでのデータを参考にし、そして答えを探すのだ。それは、競馬で何番が速いのか賭けるのと似ている。挑む姿勢は競馬新聞を片手に、赤鉛筆を耳に指した勝負師のおじ様たちと同じだ。今日のレジ打ちの店員のコンディションや、先に並んでいる客のカゴの中。私は手早く、それでもしっかりと確認する。

 一番目のおばちゃんは、的確な速さで品物を通しているが、三番目に並んでいる客のカゴの中身が凄く多い。二番目は論外。研修上がりのバイトだろうか、手元がたどたどしい。三番目の兄ちゃんは、社員だろう。なかなかの速さだが、並んでいる客の数が多い。四番目のレジの姉ちゃんは、いけ好かない顔で接客をしている。私はそういう店員はあまり好きでない。五番目のおばちゃんも、良い速さをしている。マイナスポイントは特になし。六番目のイケメン兄ちゃんは、一番のおばちゃんと同様の速さで品物を通しているが、二番目に並んでいる子供連れの主婦のカートの下に、もう一つカゴがあることを私は見逃さなかった。データと経験から分析し、私は五番目のおばちゃんのレジに並ぶことにした。私が並んだ直後、私の後ろに次の人が並んだ。間の悪い私にとっては、とても珍しいことだ。


 とにかく私は間が悪い。


 私は珍しく順調に流れるレジを見て、一安心をしていた。間が悪いと言っても、必ずしもではない。今日は早く帰れそうだ、と携帯の時計を見たとき嫌な音がした。まずはレシートのペーパー切れ。入れ替えると、つり銭切れらしく店内放送のマイクで社員を呼んでいる。


 とにかく私は間が悪い。


 ここが大きな勝負どころだ。場所を移動したとたん、レジが動き始めて動かなかった客が勝つことは多い。私は他のレジを見比べ、社員を呼ぶおばちゃんを見た。

(がんばれ、おばちゃん)

なぜか、私は心の中でおばちゃんを応援し、レジに残った。以前、移動した途端、前に客が入り、結局遅くなったことがある。このレース、私はおばちゃんに賭けることにした。

(がんばれ、おばちゃん)

私はさらにおばちゃんを応援した。しかし、私と同じくらいの時に六番目のイケメン兄ちゃんのレジに並んだ主婦が、私より一歩先に進んだ。

(頼む!)

私は心の中で願った。どうか、どうか今日の戦いには勝ちたい。今日の朝のニュースで運勢は最高だった。今月の正座占いの結果も上々だ。今日の私はついている。きっと、大丈夫。

 嫌な音は更に続く。前に並んでいた客が、商品キャンセルをしたのだ。一度買った商品をキャンセルするな、と心の中で言いながら、私はおばちゃんを応援した。ここで動けば、間が悪い私のこと。上手くいかないに決まっている。一度決めた場所で並ぶのも正しい選択。私は待った。レジ打ちになれた様子のおばちゃんであるが、突発的な商品キャンセルに焦った様子でレジ操作にミスが見られた。

――ピー

レジの嫌な音が響き、おばちゃんは慌てて入力をやり直す。

(おばちゃん!)

私は叫んだ。私の後ろに並んだおじさんが別のレジに移った。どうか、あのおじさんよりも先に会計を済ませたい。

 移動するべきか、残るべきか、それが問題だ。シェイクスピアのような叙情詩的に私は考えた。私の前のおばあちゃんが、レジうちのおばちゃんに何かを言っている。どうやら、豆腐の場所を教えて欲しいということだ。そのようなことはレジうちの人に言うことでないが、間の悪い私は何度か見たことある光景だ。おばちゃんも親切心を出しておばあちゃんに教えている。どうやら、レジうちのおばちゃんは私が並んでいることを忘れているようだった。

(おばちゃん!)

私が心の中で叫んだとき、私と同じくらいにイケメン兄ちゃんのレジに並んだ主婦が会計を終えた。

――カーン……

何か、私の頭の中で音が響いた。私のゴールまでには未だ時間がかかりそうだった。

 直後、レジを移動したおじさんが会計を済ませた。

――カーン……

もう一度、私の頭の中で音が響いた。


 気づけば、他のレジに並んでいる人はいなくなっていた。三番目のレジを流していた社員がレジを閉めていた。

 今日も私は敗北。


 とにかく私は間が悪い。


 次回にリベンジを誓って、私はようやく会計を済ませた。買ったもの、五百円の弁当とお茶とガム。支払いに必要な時間三十秒。並んだ時間七分五十六秒。


 とにかく私は間が悪い。


 次の戦いは……

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