第3話 介護という名の軟禁生活
小鳥のさえずりとカーテン越しに差し込む柔らかな朝陽――天蓋付きの豪奢なベッドの上で私、勇者ミナは目を覚ました。
意識が浮上すると同時に反射的に体を起こそうとする。
(⋯⋯あ、動かないんだった)
上半身を起こそうとした意思は首から下へ伝達される途中で綺麗に霧散した。
魔導師ルナによる《空間乖離》魔法――私の手足の周囲一ミリの空間が完全に固定され、透明なギプスで全身を固められているような感覚だ。自分の意思では指一本動かせない。
そして首にはひんやりとした分厚い金属と革の感触。騎士ヴァネッサが手際よく嵌めた《言霊封じの首輪》の重みが、今の私の状況が夢ではないという現実を突きつけてくる。
(あぁ⋯⋯マジで最悪の朝だ)
絶望する私の身体には、ずしりと重い「三つの拘束具」が密着していた。
右には聖女エレナ。左には魔導師ルナ。そして足元には騎士ヴァネッサ。
三人は私を高級な抱き枕か何かのように扱い、手足を絡ませて完全にホールドしている。寝返りすら打てない、鉄壁の完全包囲網である。
「ん⋯⋯おはようございます、ミナ様」
私の目覚めを察知したのか右側にいたエレナがゆっくりと瞼を開けた。
至近距離にあるのはとろけるような甘い笑顔。かつての清廉な聖女の面影はなく、あるのはただ「至高の所有物を愛でる飼い主」の顔だった。
「今日も素晴らしい一日ですね。私たちだけの、幸せな時間の始まりですわ」
(⋯⋯いや最悪だよ。離れて、暑いし重いんだけど!)
私は精一杯の拒絶を示すために口を開いた。
しかし、首輪に声を封じられているため喉からは「ヒュー」という空気が漏れる音がするだけだ。
唇がパクパクと動く様を見て、エレナはパァァッと頬を紅潮させ、とんでもない解釈をした。
「まぁ! 朝のキスをおねだりですか? なんて愛らしい⋯⋯」
(ちがっ、んぐっ!?)
反論する間もなく濃厚な口づけが落とされる。
動けない私を弄ぶような粘着質で深い朝の挨拶。舌が絡みつき、口内を蹂躙される。
(ふざけんな! 口パクパクしただけでキスを要求してるってどんな飛躍だよ! 息が、息がァ!)
酸素が足りなくなり視界がチカチカし始めた頃、ようやく彼女は唇を離した。銀の糸がぷつりと切れる。
「ふふ、愛していますわ、ミナ様」
私がぜぇぜぇと肩で息をしていると左側から気配がした。
「私も⋯⋯」
ルナが身を乗り出してきて私の唇に顔を寄せる。
チュッ、チュッ、チュッ。
それはエレナのようなねっとりとしたものではなく、親鳥が雛を愛でるような優しくて可愛らしいバードキスだった。
(うわ、お前もか! ⋯⋯って、なんかルナのチューは普通に可愛いな⋯⋯こいつ)
無表情なルナの、ひたむきな愛情表現に一瞬だけ毒気を抜かれた、その時だった。
「おはよう、ミナ」
足元にいたはずのヴァネッサが、いつの間にか私の上に覆い被さろうとしていた。ミナが離れた途端、彼女は逞しい右手で私の後頭部をガッチリと支え、逃げ場をなくした状態で――暴力的なまでの深いキスを奪ってきた。
(んんっ!? むぐぅっ⋯⋯!)
エレナよりもさらに激しく有無を言わさぬ占有欲の塊のような口づけ。口内をねっとりとなぶられ、呼吸すら支配される。
(ひぐっ、んっ⋯⋯!? ちょ、舌、あっ、はぁっ!?)
脳内が大混乱を引き起こす。苦しい、怖い、屈辱的だ。
――なのに、ゾクゾクするほど気持ちいい。
勇者としての私の肉体がレベルカンストの仲間たちから注がれる強大な魔力と愛情(という名の暴力)に、本能レベルで甘い痺れを返してしまうのだ。
ようやく解放された私は涙目で荒い息を吐きながら、恐るべき事実に思い至った。
(ちょっと待て。こいつら、妙に手慣れてないか⋯⋯?)
まるで私が眠っている間に何度も何度も練習していたかのような舌技
(ま、まさか、今までも夜営の度に私が寝てる隙にやられてたのか⋯⋯!?)
背筋が凍るような示唆に私のSAN値は朝からゴリゴリと削られていった。
☆
その後、私はヴァネッサにお姫様だっこで抱えられ食卓へと移動した。
椅子に座らされるのかと思いきや当然のようにヴァネッサの逞しい太腿の上が私の指定席だった。背後から太い腕で腹部をホールドされ、完全にロックされている。
「ミナ。あーん、して」
目の前にはスプーンを持った魔導師ルナが立っている。
銀のスプーンの上に乗っているのは魔王討伐の祝賀会で出るような豪華な肉料理⋯⋯ではなく、離乳食のようにドロドロに煮込まれた謎のペーストだった。
「消化に良いように最高級の食材を極限まで細かくした。お腹を壊したら大変だから」
(いや私、歯はあるから! 噛めるから! 咀嚼の自由まで奪うな!)
私は全力で口を一文字に結び視線で抵抗した。『自分で飲める! 手足を自由にしてくれ!』という強い意志を込めて。
しかしルナは一切動じず、無表情のまま首を傾げた。
「⋯⋯自分で飲むのはだめ。スプーンが嫌なら、口移しがいい?」
ルナが自分の口にペーストを含もうとするのを見て、私は慌てて首を横に振り渋々口を開けた。
とろりとしたスープが流し込まれる。味は意外にも、いや悔しいほどに絶品だが状況が不味すぎる。
(あっ)
わざとではない。首輪の重さとヴァネッサの腕の圧迫感で、少しだけスープが口の端から零れてしまった。
その瞬間、三人の目の色が変わった。
「もったいない」
「そうですわね。ミナ様の口を通った神聖な雫が⋯⋯」
「私が拭おう」
ルナ、エレナ、ヴァネッサの三人が一斉に私の顔に群がってきた。
ちゅっ、ぺろっ、れろぉっ。
三つの舌が競うように私の口元や顎、首筋を這い回り、こぼれたスープを舐め取っていく。
(ひっ⋯⋯舐めないで! 汚いし怖いし、なんでそんな必死なの!? お前らこの国のトップ層の聖女と天才魔導師と騎士団長だろうが! 威厳はどうした!?)
「ん⋯⋯ミナの味がする」
「あぁ、なんて甘露でしょう⋯⋯」
「美味だな⋯⋯」
恍惚とする三人。そして事態はさらに悪化した。
味を占めた異常者たちは次第に「わざと」スプーンを傾けてスープをこぼすようになったのだ。
ぽたり、と温かい雫が私の首筋から鎖骨、そして薄手のネグリジェ越しの胸の谷間へと垂れていく。
「ああっ!! ルナったらドジですね。私が綺麗にしてさしあげますわ♡」
「待て、服に染み込む前に私が吸い出す」
「私の魔法で衣服だけ透過させる。舐めやすいように」
もはや食事ではない。私を皿にした、変態たちによる狂気の晩餐会だった。
(ひぇぇぇっ! 誰か助けて! こいつら頭おかしい! 私の尊厳という名のライフがもうゼロよ!)
私は心の中で涙をこぼしながら、ただ弄ばれるままにドロドロのスープを飲み下すしかなかった。
☆
そして食後、ついに人間として越えてはいけない一線が発生した。
生理現象だ。
こればかりはどんな美少女にTS転生しようがチート勇者になろうが避けられない。
(ト、トイレ⋯⋯行きたい⋯⋯っ)
私は顔を真っ赤にし、ヴァネッサの太腿の上でモジモジと身をよじった。太腿を擦り合わせて必死に尿意を我慢する。
言葉を発せない今、こうして全身のジェスチャーで伝えるしかない。
「どうしたミナ? お花摘みか?」
ヴァネッサが優しく頭を撫でてくる。
私は涙目でコクコクと何度も首を縦に振った。早く連れて行ってくれ。そして少しだけでもいいから一人にしてくれ。
「しかし危険だな。トイレの最中にミナが体勢を崩して転んだら大変だ」
「そうですわね。それに、一瞬でもミナ様から目を離すなんてできませんもの」
(は?)
エレナがニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ミナ様。ここで済ませてください」
「ああ、それなら安心だな」
「うん、私たちが見てる」
(!?!?!? ここで!? 食卓で!? ヴァネッサの膝の上で!?)
思考がショートした。こいつらは何を言っているんだ。
「《聖浄化》の応用です。ミナ様の体内から不純物だけを直接《抽出》しますから。服も汚れませんし、臭いも一切しませんわ」
(いやいやいや! そういう問題じゃない! 物理的な問題じゃなくて精神的な問題! 羞恥心! 私の嫁入り前の羞恥心が死ぬ!! いや嫁入りする予定はないけどね!)
私は首を激しく横に振り必死に抵抗した。精神が男だったとしても美少女の身体で、しかも三人の女の目の前で強制的に排泄させられるなど拷問以外の何物でもない。
だが抵抗は無意味だった。服を弄られエレナの冷たい手が私の下腹部にピタリと当てられ、サスサスと撫でられる。
「力を抜いて⋯⋯はぁい、いい子ですね♡」
魔力が流し込まれる――。
(いやぁぁぁぁぁぁっ!!)
音のない絶叫――じゅわっ、と下腹部に溜まっていたものが魔法の力で強制的に「無の空間」へと吸い出されていく感覚。
(あっ⋯⋯あっ⋯⋯むり⋯⋯なんか、出ちゃう⋯⋯っ!)
ただ排出されるだけではない。エレナの魔法が尿道や膀胱の粘膜を直接撫で上げるような、ゾクゾクとした『妙な快感』が伴っていた。
(ひぐっ⋯⋯あ、あぁっ⋯⋯!? なにこれ、気持ちい⋯⋯いや、ダメ、なんでっ!?)
エレナが明らかに「何か」を余分にやっている。排泄の羞恥と与えられる謎の快感がないまぜになり、私の頭はおかしくなりそうだった。
「恥ずかしがることはありませんよ。ミナ様の出すものは聖水と同じなのですから」
「⋯⋯可愛い。ミナの泣いてる顔、すごくゾクゾクする」
「私の太腿の上で震えるミナ⋯⋯あぁ、愛らしいな」
屈辱と快感でボロボロと涙を流しながら謎の衝動でビクビクと震える私を見て、三人は恍惚と頬を赤く染め、荒い吐息を漏らしていた。
完全に終わっている。ここは変態たちによる地獄の底だ。
☆
屈辱の排泄処理が終わった後、私は放心状態のままヴァネッサにお姫様抱っこされて中庭へと連れ出された。
「天気がいいな。少し日光浴をしよう」
かつて魔王城だった場所を改装したというこの別荘の庭園は色とりどりの花々が咲き乱れ、狂気を忘れるほど美しい。
けれど空を見上げた私は絶句した。
青空を覆い隠すように、うっすらと揺らぐ巨大な幾何学模様のドームが見えたからだ。
「⋯⋯気づいた?」
隣を歩くルナが私の視線を追って淡々と囁いた。
「《対勇者用絶対隔離結界》。蟻一匹通さない、転移魔法も完全に阻害する」
(対勇者用⋯⋯? 対魔族用とかじゃなくて? なんで私専用にカスタマイズされてんの? ねぇなんで!? 討伐の旅の途中でいつこんなの作ってたの!?)
私の必死のツッコミは誰の耳にも届かない。
ルナは私の頬に指を這わせ愛おしそうに目を細めた。
「外の世界なんて、もう見る必要ない。汚いし、危ないし、ミナを傷つけるものばかりだから。一生、ここ(私たちの中)で幸せに暮らそう?」
「ええ。私たちがミナ様のすべてをお世話しますわ。一生、永遠に」
「お前は私たちの宝だ。もう二度と危険な真似はさせない」
三人の瞳には一点の曇りもない「純粋な狂気」が宿っていた。
そこに「私の意思」は1ミリも介在しない。語られるのは完全に「愛玩動物」としての未来だけだ。
(一生!? ふざけんな!)
私は心の中で、血の涙を流しながら絶叫した。
(私は魔王を倒した後、チート能力を使って世界中を旅して、美味しいものを食べて豪遊して、他人の曇り顔を見て愉悦する、最高のメシウマ余生を送る予定だったんだよ!! なんで私が鳥籠の鳥にされてるんだよォォォォッ!!)
しかし私の悲痛な叫びを乗せた風は、無情にも《対勇者用絶対隔離結界》にぶつかり、虚しく庭園の中を循環するだけだった。
軟禁生活一日目のお昼、私の尊厳と自由はすでに失われ切っていた。




