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いらないと言ったのは貴方だったのにね?

作者: 千秋 颯

「お前とは婚約破棄をする」


 王立魔法学園の裏庭で、婚約者マルスラン・ド・サルトルはそう言った。


「お前は口数も少なく、陰気で、地味だ。俺のような男には相応しくない」


 確かに私は口数が多い方ではなかった。

 けれど彼がこのように言う本当の理由を私は知っている。


「ロマーヌの様な女性こそ、俺には相応しいんだ。お前のような女は必要ない」


 ――彼はロマーヌ・ド・エルディー伯爵令嬢に恋をしている。


 地位だけを見るならば彼と同じ侯爵家という生まれの私はロマーヌより釣り合っていると言える。おまけに彼の家は財政が傾きかけているのに比べて我が家は安定している。

 家の事情を鑑みても、私達の婚約は主に――サルトル侯爵家側にとっては有益なものだった。


 けれどそんな事情よりも彼は自身の感情を優先した。

 そして愛する人との婚約を優先させたい彼が自分の主張に何とか正当性を持たせようと頭を働かせた結果出た言い訳が――私の性格との相性だった。


 彼がロマーヌを好いていた事も、私を見下して堂々と浮気していた事も知っている。

 けれどどうやらそれでも胸は痛むようだ。


 愛のない婚約など貴族であれば当然の事。

 その当然を破るだけの理由が私にあったというマルスランの発言は、例え滅茶苦茶な理論だったとしても、私の心に傷を残した。


 私が貴族として不出来だと、だから家族が選んだ婚約すら台無しにしたのだと。

 本当にそんな気すらし始めてしまった。


 立ち去るマルスランの背中を見つめながら、私は静かに涙を流すのだった。



***



 それから私は勉学に勤しむようになった。

 振られたばかりで次の婚約を、とは家族も言えなかったらしく、暫くは自由に過ごしなさいと気を遣ってくれたのだ。


 始めは気持ちを引きずっていた私だったが、貴族の女としての義務や使命感から解放された時間は思いの外気楽で、あっという間に立ち直ることが出来た。


 ある日の事。

 私は学園の庭園にある花壇の前で自由研究に打ち込んでいた。

 その時だ。


「何の研究にしたんだ? エレオノール」


 真剣に花壇と睨めっこをしていた私の脇から、黒髪の美しい男性が顔を覗き込んで来た。


 レナルド・リヴィエール公爵子息様。文武共に優秀と囁かれる公爵家の嫡男。

 彼とは学園の図書館で出会った。

 魔法を学ぶことが好きだった私達は言葉を交わせばあっという間に意気投合し、今では親友同士と言えるような関係を築いていた。


 突然現れた彼に驚きながらも、私は答える。


「植物の生長を促す魔法を研究しているんです」

「ああ、研究者達が躍起になってる研究の一つか? 一学生には流石に荷が重いと思うが」

「本来ならそうだと思います。ただ……土魔法は私と最も相性の良い魔法ですし、実はもうある程度は完成していて」

「な……っ」


 レナルド様が顔色を変える。

 彼は半信半疑と言った様子で、しかしどこか興奮気味に声を潜めた。


「是非、見せてくれないか」

「……秘密ですよ」


 私は花壇にではなく、その手前の雑草に魔法を掛ける。

 するとそれはするすると伸び、靴の爪先程度の長さから足首を超える程度の長さへ、葉の数や大きさも大幅に増える成長を見せた。


 それを見たレナルドは目を見張り、慌ててその雑草を自分の体で隠す。

 それから周囲を見回し、誰もいない事を確認して私にそっと耳打ちをした。


「エレオノール。これを発表するのはやめた方が良い」

「え、何故? 何か問題が……?」

「問題がないことが問題なんだ。こんな結果を見せれば講師は皆卒倒するし、下手をすれば研究者達の争いに巻き込まれかねない。それに……この魔法を誰もが扱えるよう、構造の全てを発表するよりも、特定の条件下で発表する方が君にとっても利益になるはずだ」

「利益?」

「魔導具化してしまえばいい」


 魔導具というのは、複雑な術式を組む事で魔法の知識や仕組みを知らない者でも魔導師と同等の魔法を使えるようにする道具の事だ。

 ランプや街頭、簡易的な水道、害獣のトラップなど、様々な道具が開発され、一般社会で必需品レベルに浸透しているものもある。


「過ぎた力は正しい使い方が出来る者だけが持っているべきだ。公にしてしまえば必ず悪用する者が現れるだろうし……もしかしたら君の魔法を利用して、正反対の魔法を生み出す者も現れるかもしれない。他者の幸福ではなく他者の不幸で成り上がりたがる者も、少なくはないからな」

「なるほど……豊かな地が増えればと思っての研究でしたが、確かに金銭を取らない事だけが正しさではないのかもしれませんね」

「ああ」

「幸い、魔導具化も時間を掛ければ可能でしょう。今度の研究発表までには難しいですから、その際は論文でさわりの部分を発表するだけにはなってしまうかと思いますが」

「充分評価されるだろうな。……ところで、エレオノール」


 レナルドの青い瞳が私を映す。

 彼は笑みを深め、私へ手を差し出した。


「俺と婚約しないか」

「……な」


 何故突然そんな話に。

 私がそう思ったのも束の間、彼はこう続けます。


「商売をするんだろう? 君の魔導具は必ず売れ、君は有名な魔導師になる。ならば誰よりも先にその研究に投資し、最も身近な場所で一番に恩恵を受けるのは我が家の利益にも繋がるだろう」

「……なるほど」

「俺は優秀な魔導師を囲え、財を増やす事も、広大な領地の中でも不毛な地を活用する事も容易くなる。君は公爵家と深い繋がりを持つことが出来る。互いに利益があるとは思わないか?」

「あくまで相互利益の為の婚約、という事ですね」


 正直、愛を囁かれるよりも利益の為と言われる方が安心が出来た。

 感情的な問題から捨てられた過去を持っているからこそ、貴族としての利益を重視する言葉の方がよっぽど信頼できるのだ。


「勿論、研究や開発に関しては全面的に協力しよう。利益を抜きにしても、俺は君と魔法について語り合う時間は悪くないと思っているからな」


 私も同じ意見だった。

 例えそこにある感情が恋ではないとしても、親友である彼の側が居心地好い事には変わりない。

 彼と過ごす毎日はきっと楽しいものだろうと思った。


 レナルド様が笑みを深めて手を差し出す。

 私は同じ様に笑みを返し、その手を握った。


「喜んで」




 こうして私達は婚約し、学園生活の殆どの時間を共に過ごす事となった。

 二人きりで声を潜めてコソコソと研究について語り合う。

 人気のない場所で実験や相談をしてはいたものの、時折人が通り過ぎる度に私たちは過度に驚いて慌てふためき、上手く誤魔化してから互いの顔を見合わせて笑い合ったものだ。

 そんな学園生活が、私はとても楽しかった。


 卒業パーティーでも勿論、私達は互いにダンスを踊り、これまでの学園生活についての話に花を咲かせた。

 会場にはマルスランもいたけれど、彼の顔を見て傷付く事もなかった。




 卒業を経て私たちは結婚した。

 私は彼との結婚は利害に重きを置いた関係だと思い、そう割り切っていました。

 しかし……実際の結婚生活は私の想像とは随分違うものだった。


 魔導具開発の作業で夜が更けてしまった頃。


「エレオノール」


 そろそろ寝ようと、公爵邸に用意された研究室を片付ける私とレナルド。

 廊下へ続く扉へ手を掛けると、その手を背後から掴まれる。

 彼は後ろから私の顔を覗き込み、そのまま口づけをした。


「ん、レナルド」

「嫌だったか?」

「そうでは、ないけれど……」


 次いで、擽るような軽いキスを頬にいくつも落とす彼に私は戸惑ってしまう。


「……私達、利害の一致での婚約だって」

「そうだな」

「でもこれは……っちょっと」


 気が付けば両腕に包まれ、逃げられなくなったまま彼からのキスを受ける羽目になり、私はくすぐったさから顔を小さく横に振る。

 低く喉で笑う気配が近くにあった。


 この婚姻は互いの利益の為。

 そう思っていたのに。


 気が付けば――彼からの甘いアプローチを日々受ける事になっていたのだ。


 初夜もその後の閨でも、彼は酷く優しかった。

 子を成すという義務から行うようなものではなく、明らかに私を大切にする意図が見える仕草ばかりに包まれる時間。


 日中だって、彼は研究や公務の間にやたらと茶会や買い物、観劇などのデートに誘った。


 ――これではまるで、ただ愛されているみたいだ。

 そう勘違いしてしまいそうになるのを理性で抑えこむ毎日は、私にとってあまりにも心臓に悪かった。




 やがて私達は魔導具を完成させる。

 それは数年の時を経て社会へ普及し、結果はレナルドが学生時代に予想した通りとなった。

 私とレナルドの名は大きく広がり、魔導具は領地の不作に悩む貴族達を中心に買い上げられ、もともと余裕があったリヴィエール公爵家の財はより潤った。

 勿論、リヴィエール公爵領内の不毛の地にもこの魔導具は支給され、枯れ果てた土地は普通の作物を育てられる程度に回復したという。


 全ては予定通り。

 ただ、一つだけ、レナルドから提案を受けた時には考えていなかった取り組みが、この商売には組み込まれていた。


 ――サルトル侯爵家への取引拒否の徹底。


 私は魔導具を売り出している商会にこれを徹底させ、また購入者にもサルトル侯爵家への譲渡や転売の一切を禁じた。

 これは当時、私を詰り、否定し、「必要ない」と拒絶した彼へ対する細やかな報復。

 今は癒えた傷であっても、当時の私が苦しむ事になった過去が消える訳ではない。


 彼は私や、婚約を決めた両親――ラングラン侯爵家を軽んじた。

 それを容易に許すべきではないし、何より、私やレナルドが労力と時間を費やして完成させたもので、他者を平気で軽んじるような男の利益に繋げるような事はしたくなかったのだ。



***



 ある日の夜会の事。

 友人や親戚、商売関係の相手との挨拶を終え、一頻りパーティーを楽しんだ私とレナルドがそろそろ帰ろうかと出口へ向かっていた時。


「エレオノール!」


 背後から声を掛けられる。

 その大きな声に驚きながら振り返れば、必死の形相のマルスランとロマーヌが立っていた。


 学園卒業後の彼の事は知っている。

 無事、愛するロマーヌと結婚した彼は途中までサルトル侯爵家の嫡男という立場にいた。

 しかし私の研究が成功し、魔導具が世に出回った頃。


 マルスランが私の怒りを買い、サルトル侯爵家のみが魔導具による恩恵を受けられていない事実が発覚したところで、現サルトル侯爵夫妻は彼を廃嫡にしたそうだ。

 今の私は未来の公爵夫人。

 国の大貴族の一人を敵に回す事の恐ろしさをサルトル侯爵夫妻が重く受け止めた結果だろう。


 そんな彼が今、屈辱に顔を歪めながらも私の前に立った理由。

 それは一つだ。


「お、俺が、悪かった……!」


 私への謝罪。そして


「だからどうか、我が家とも取引をしてくれないか」


 ――魔導具の取引規制の撤回。その懇願。


 両親からも見放された彼は、何とか自分の評価を取り戻したいのだろう。

 私からの許しを得れば、それが為せると思ったようだった。


 マルスランは肩を震わせながらも頭を下げる。

 ロマーヌもそれに続いた。

 私はそれを冷ややかに見つめながら答える。


「いたしません」

「ッ、エレオノール……!」

「何と言われても、いたしませんわ。マルスラン様」


 周囲の貴族の視線が私達へ集まる。

 公爵家を敵に回した笑い者。

 マルスランとロマーヌを嘲笑う視線ばかりだった。


「ッ、この通りだ! 頼む!」


 彼はそう言うとその場にひれ伏した。

 床に頭を擦りつける、何ともみっともない姿。


 かつて婚約を破棄した傲慢な姿とはあまりにも程遠い。

 私はそれを見下ろしながら息を吐く。


「いらないと言ったのは――貴方だったのにね?」


 これは且つて私を拒絶した結果に他ならない。

 せめてもっと別の形で話し合えていたのならば結果も変わったのかもしれないが、それを悔やむにはあまりにも遅すぎる。

 彼はこのまま愛する女性と共に社交界で笑われ、やがて消えていくのだろう。


 私は今度こそマルスラン達に背を向け、出口へ向かう。

 そこへ諦めの悪い彼は顔を上げ、更に縋りつこうと私の方へ飛び出すが――それは間に立ったレナルドによって止められた。


「エレオノールは私の妻だ。リヴィエールの者を気安く名で呼ぶ事がどれだけの不敬か、今一度よく考える事だな。……ああ、それと」


 日頃明るいレナルドの声がこの時ばかりは怒りに満ちていた。

 彼は己の感情を隠す事もなく言い放つ。


「彼女の指一本にでも触れてみろ。貴様だけではなく――家諸共、どうなるかわかったものではないぞ」


 未来の公爵へ喧嘩を売った事を決定づける言葉。

 それにマルスランとロマーヌは震え上がり、周囲の者達も恐ろしさから顔を強張らせる。


「レナルド」


 凍り付いた空気の中、先に歩いていた私はレナルドへ声を掛ける。


「行きましょう」

「ああ。すまない、エレオノール」


 この頃にはすっかり普段の調子に戻った彼は、速足で私の隣に追い付く。

 私達はそのまま、静まり返ったパーティー会場を後にしたのだった。



***



「大丈夫か、エレオノール」


 その日の晩。

 寝室で寝支度を済ませていると、レナルドが声を掛ける。


「何が?」

「マルスランに絡まれてしまっただろう」

「ああ」


 私はくすりと笑って首を横に振る。


「気にしていないわ。だって私、あの頃より今がずっと幸せだもの」

「エレオノール……」


 マルスランとの婚約が無くなったからこそ存在する今。

 それが、婚約破棄のなかった未来よりずっと幸せなものである事を私は確信している。


 そう思い、レナルドに背を向け、静かに笑みを浮かべていると。


 ふいに優しく肩を掴まれる。


「っ!」


 そのまま私はベッドへ仰向けに倒され……


 ――視線のすぐ先にはレナルドの顔があった。


「れ、レナルド」

「まさか、無意識なのか? 俺は口説かれたと解釈したのだが」

「そ、そんなこと……っ、そもそも、私達は利害の一致で」

「まだそんな事を言うのか? あれはそう話した方が君が安心するだろうと判断してのものだというのに」


 レナルドは私を閉じ込めるように両腕をベッドにつく。

 そして私の唇を奪った。


 酸欠になりかけた頃に漸く唇を離した彼は、私の耳元で低く囁く。


「俺はただの友人だったころからずっと、君だけを見ているが?」


 薄暗い部屋でも隠し通せない程に顔が熱くなる。

 それに気付いたレナルドがフッと優しく笑い、私の頬を撫でた。


「可愛い」

「……ッ」

「逃げないでくれ」


 羞恥に負け、顔を隠すべくシーツを引き寄せようとすると止められてしまう。

 あまりに綺麗な顔が再び距離を詰める。

 私は彼の言葉に応え、顔を隠すのをやめた。


 満足そうに破顔する彼からは――愛おしい、とそんな言葉が聞こえてきそうだった。


「愛しているよ、エレオノール」

「わ、わたしだって……」


 利害の一致なんてのは自分に言い聞かせてきた嘘でしかない。

 ここまで来たら、それを認めるほかなかった。


「――愛しています。レナルド」


 私達は互いに抱きしめ合い、くすくすと笑う。

 それから再び、互いの愛を確かめ合うように――深く甘い口づけに浸るのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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