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騎士団から弾き出されるモブキャラに転生した俺は、悪魔と共に世界を書き換える  作者: すなぎも
悪魔との契約・追放の制裁編

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第8話 悪魔の力

 ――ドンッ。


 重力に叩きつけられるように地面に落ちた。

 身体の痛みを確認しながら、顔を上げた瞬間、息を呑む。


「ぐっ。あいつら、絶対に許さねえ……」


 ガイオ。フィリップ。それにジェラルド。

 あいつらが俺に向けた最後の表情。

 蔑む視線、憐れむ視線、死にゆく俺に微笑む表情。

 

 あれが民を守る騎士団がやることが?


「いや、違う。今はそんなことを考えるな。冷静になれ」


 頭を振り、現状を把握する。


 ここは奈落。

 周囲が岩に囲まれていることだけが、わずかに光る魔法陣で確認できた。


「正念場だ。冷静にいくぞ、ノア」


 覚悟した瞬間、奥に広がる闇から魔力を感じた。

 黒い手のようなものが視界に映り、突進してくるそれを寸前で躱す。


「早速かよ! 待て、俺は敵じゃない! 食べるな! 話し合おう!」


 叫ぶが、それは動きを止めない。

 指は異様に長く、爪は鎌のように鋭い。

 その爪先が地面をえぐり、火花を散らしてこちらに襲い掛かる。


「くそっ! 罪人処理に使われてるだけの奴隷が! このままだとお前はずっと今のままだぞ! 見下してる人間にいいように使われて! 見下されてるのはてめえの方だって気付かずに! ひとり寂しく調子に乗ってる勘違い野郎!」


 頭上から襲い来る手を避ける。

 地面が弾けて身体が吹き飛ばされる。

 岩に叩きつけられ、痛みが全身を襲う。


「聞いてんのかクソ悪魔!」


 黒い腕が俺を探すように辺りを見渡し――こちらに駆け出した。


「俺と一緒にこい! そうすりゃいくらでも人間を喰わせてやる! お前が憎んでる人間も殺してやる! おい、聞いてんのかよ、リリス!」


 腕の勢いは止まらない。

 もうダメだ――と目を閉じた瞬間、風が前髪を揺らした。


 目を開けると、そこには鋭い爪。

 品定めするように俺の頬を撫で、腕は霧散し靄となる。

 その靄はふわふわと形を変え、やがて少女の輪郭を模した。

 目だけが赤く爛々と光り、口元が三日月のように吊り上がっている。


「なに? 偉そうなこと言ってた癖にビビっちゃって」

「お前は、リリスか」

「そうだけど。知ってて喋ってたんじゃないわけ? だとしたら食べるけど?」

「知ってるさ、リリス。お前は地上にマナがあるせいでここでしか生きていけない。だからここで過ごしてる。人間をいっぱい食べたいっていう衝動を抑えて」


 口が閉じられ、赤い目だけがこちらを向いた。


「アンタ、なんでそんなこと知ってんの?」

「俺はお前と組むためにここに来たんだ」

「組む? アタシが? 人間と? あはっ! なにそれ! うけるんだけど!」


 甲高い笑い声。

 同時に、鋭い爪が喉元に当てられる。


「アタシが人間と組むなんてありえない」 

「じゃあどうする。ずっとここにいるつもりか?」

「……なに?」

「こんな薄気味悪い場所で、罪人が送られてきた時だけそいつを喰って、それで満足なのか? お前は」

「うるさい」

「地上に出たいんだろ? なのに、ここで腐っていく気か? リリス!」

「うるさいって言ったでしょ! お前みたいなやつ、大っ嫌い!」


 黒い靄が凝縮し、手の形をとる。

 気づいた時には、鋭い5本の爪が俺の胸を突き破っていた。


「がっ。あああぁぁぁッ!」


 焼けるような激痛が走り、視界が白く染まる。

 心臓が握りつぶされる感覚に脳が弾ける。


 腕がずるりと引き抜かれる。

 傷口を塞ごうと動かした手の感触に、傷はなかった。


「はぁ……。はぁ……。どういう、ことだ」

「あはっ♡ わかった? これが力の差ってやつ。あんまり生意気なこと言わないでくれる? うっかり殺しちゃうかも知れないよ?」


 魔力とは違う不思議な力。

 リリスはそれを使い熟す。

 だからこそ、地上に、当たり前に存在するマナとは共存できない。


「それでもいいわけ?」

「……わかった。言葉は慎む」


 俺の立場はあくまで下だ。

 その気になればリリスに喰われる。

 どうにか説得しなければいけない。


 黙る俺を、赤い瞳がまじまじと見つ、口元がゆっくりと吊り上がる。


「へぇ~、変なの。少しおもしろいかも♡」


 黒い靄が俺の周りをくるくると回り、頬に冷たい風が触れる。

 耳元で、囁くようにリリスの声が響いた。


「アンタ、普通の人間じゃないみたいね。アタシの力を注いでも平気でいられるなんて……。ふふっ、どこまで逝けるか試したくなるんですけど」


 子供のような声で、ぞっとするような言葉を告げてくる。

 リリスの笑みは、怒りのものではなく、好奇心に満ちたものへと変わっていた。


「俺の身体は、お前を受け入れられるはずだ。そのために鍛えて来た」

「食べられに来たんじゃないんだ? 他の人間みたいに」

「言っただろ。俺はお前とは組みに……。協力しに来たんだ」

「協力?」

「地上でリリスがしたいことがあるなら、俺は協力する。この身体を貸そう。その代わりに、俺がしたいことにリリスも協力してくれ」


 赤い瞳が、じっとこちらを見据える。


「アンタ、このアタシに本気でそんなこと言ってるの?」

「本気だ。だからここに来た」

「アタシがどんな存在だか知ってる?」

「知らない。ただ、強力な力を持ってる、人間を喰うのが好きななにかだ」

「なにそれ? バカ過ぎて笑えないんだけど」

「ああ。俺はバカだ。だから、こんなことをしてる」


 暫しの沈黙。

 その後、リリスの唇が三日月のように吊り上がる。

 黒い靄がくすくすと揺れ、俺の体を包み込むようにまとわりつく。


「死ぬ覚悟は出来てる? アタシを受け入れられた人間なんていないんだけど」

「大丈夫だ。俺は死なない。そのために鍛えて来た」

「根拠のない夢物語はだーいっきらい」

「そうか。けど、根拠はないが自信はある。リリスを受けれられらるって」

「ふーん……。アタシに頼ってまでアンタがしたいことってなに?」

「それは……」


 俺がノアというモブキャラになって、したかったこと。

 それは。


「大切な人を笑顔にしたい。せめて見える範囲の人たちには、幸せになって欲しい」


 それが、Everyone Smilesをバットエンドでクリアーした俺のしたいことだ。


「お前の力が必要だ、リリス」

「なにそれ、普通にキモい」


 リリスという黒い靄が身体に沁み込んでいく。


「キモいけど、そこまで言うんじゃ試してあげる♡ あっさり死なないでよね。アタシが一食無駄にして付き合ってあげてるんだから♪」


 瞬間、灼けつくような熱に包まれた。

 血管が破裂しそうに脈打ち、骨が軋む音が耳の奥で響く。


「がっ! あああああああッ!!」


 叫んでも、痛みは和らがない。

 まるで体の隅々まで針を突き立てられ、内臓を掴まれてねじ切られるようだった。

 床を転げ回り、吐き気に何度も喉を焼かれ、それでも意識は途切れなかった。

 いや、途切れさせてもらえなかった。


 耳元で、くすくす笑う声が響く。


『なに転がってるの? だっさいなぁ。アタシの力、受け止めるんでしょ?』


 リリスの声が、痛みの合間に甘く絡みつく。


『鍛えて来たんじゃないの? この日のために。だったらもうちょっとアタシを笑わせてよ。楽しませてよ、ざーこっ!』

「暫く、笑ってろ! 俺がお前を、受け入れきるまで……。うっ。ぐぅッ!」


 痛みを堪えようとするが、そんなものじゃない。

 意識が何度も遠のきかけては、痛みでそれが呼び戻される。


 大丈夫。大丈夫だ。

 状態異常耐性のスキルはひたすら上げて来た。

 ノエルにしばかれて痛みにも強くなっている。

 今の俺の身体なら、リリスの力を耐えきれるはず。


「うわああああああッ! ……大丈夫ッ。問題、ないッ」


 時間の感覚はとっくに失われていた。

 一晩なのか、一日なのか、それとももっと長いのか。


 ただ、ひたすらに痛みに耐え続けた。

 張り裂けそうな皮膚、爆ぜるような血潮、燃える骨。


「まだ、耐えられる。俺の、身体は……!」


 それからどれほどの時間が経ったのか。

 何度も地面を転がり、何度も意識を失い、そして痛みで目が覚めた。


 ふと、息をすることで感じる痛みが引いていった。

 全身が焼けるように痛んでいたはずなのに、今は違う。

 あの地獄のような痛みが、もはや感じられる。


「終わった、のか?」


 俺は地面に手をつき、ゆっくりと体を起こした。

 が、足に力が入らずすぐに尻もちを付いた。


『あはっ! まさか本当に耐えるとは思わなかった♪ アンタ凄いじゃない! 少しだけ見直しちゃったかも!』


 頭の中で、リリスの声が響く。


「俺は、お前を。受け入れられたのか?」

『んーとねー。ちょっと試してみよっか?』


 ガリガリにやせ細った自分の身体。

 その内側から真っ暗な闇が溢れ出した。

 それは俺の身体を包み上げ、騎士の鎧の様に形を変える。

 鏡などなくてもわかる。これは人間の鎧じゃない。悪魔の力そのものだ。


 俺の意識は残ったまま、しかしその身体は勝手に動き始めた。


「すっご! アタシが人間の身体に馴染んでる! これ本気!?」


 甲高い声が奈落に響くと、一気に地面を蹴り飛ばした。

 衝突した岩が砕かれ、地面が抉れる。

 圧倒的なスピードで奈落を駆け抜ける。


「あははっ! いいじゃん、いいじゃん! もっと走れ! もっと壊せ!」

『お、おい、リリス! 落ち着け!』

「もうちょっと遊ばせてよ! 久々なんだからさぁ!」


 言いながら走り続け、見えてきたのは巨大な門だ。

 幾何学的な魔法陣が描かれ、他の岩とは違いドス黒い色をしている。


『封印の門か』

「アンタ、そんなことまで知ってんだ?」

『す、少しは調べてきたからな』


 本当はゲーム知識だけど。

 これはリリスを封印するために作られた頑丈な門だ。

 幾つもの仕掛けを解かないと開かない。

 ノエル達が何をしても傷1つ付けることが出来なかった。


「忌々しい見た目しちゃってさぁ!」

『お、おい! 止まれリリス! あれは』

「わかってるって。あれは……」


 黒鎧を纏った身体は止まらない。

 一直線に封印に門まで駆け抜ける。


『ちょ、リリス! ぶつかるぞ!』

「いくよ、共犯者♡」


 力が膨張する。筋肉でも骨でもない何かが、拳の先端に凝縮されたのを感じる。

 躊躇はない。加速は止まらず、距離は一瞬で潰れた。


 拳が届く。

 当たる、というより、穿ち、貫いた。

 術式の紋様が一斉に裂け散ると、巨大な門は轟音と共に打ち砕かれた。

 粉塵が舞い、封印の光が吹き飛び、残骸が荒れ狂う風に巻かれて散った。


「あっは! 一撃で粉砕!? 見た!? すっごく気持ちよかったぁ♪」

『封印の門を、一撃で? そんなのありなのか?』

「アリもナシもないんですけど! まさかアタシの強さに現実見れない感じ?」

『いや、まあ。そうなんだけど。こいつはまた……』


 とんでもない力だ。

 ノエル達では傷1つ付けられなかった封印の門を一撃で粉砕した。

 これが、Everyone Smilesで裏ボスである悪魔。

 リリスの力。


「あー……、気持ちよかった! 満足したからいったんかえすね~♪」

「お、おい……。いだっ」


 黒い鎧が解除さると、俺は地面に倒れ込む。

 力が入らない身体に、視界の端に川が見えた。

 よろめきながらそこへ膝をつき、両手ですくうことすら忘れて、顔を突っ込む。


「っぷはぁ! ふぅ、生き返る」


 冷たい水が喉を駆け抜け、乾いた体に染み渡っていく。

 止まらない。必死で、飢えた獣のように飲み続けた。


 胃が水で膨れて痛くなるまで、ひたすらに飲み続ける。


『あはっ! 必死に飲むじゃん! そんなに喉乾いてたの?』

「この身体みればわかるだろ。死んだらリリスも元の場所に逆戻りだからな」

『それは困るかも? じゃあさあ!』


 次の瞬間、俺の背中から黒い影が伸び、手の形を取る。

 指が後頭部に絡みつき、ぐいっと押し込まれた。


「おい、リリっ――ぶごっ!」


 顔が川面に叩きつけられ、水が一気に鼻と口に流れ込む。

 必死で暴れる俺を、リリスの影の手は軽々と押さえつけて離さない。


『いっぱい飲んでよね、人間! 死なれたら困るんだからさ!』

「げほっ、はぁっ! リリスッ、このっ。やめろ!」

『死なれたら困るって言ってんの! いっぱい飲め! 飲めってば!』

「し、死ぬ! 逆に死ぬ! それぐらいわかれ!」


 ようやく顔を引き上げた俺は、水を吐きながら頭を振る。


『ごっめーん! 人間の身体なんてわからないから。許してねっ♡』

「悪いと思ってないだろ?」

『当たり前じゃん。なんで人間に謝らないといけないの? 意味わかんない』

「無茶苦茶だな、お前は。まさに悪魔だよ」

『あはっ! あまりバカにすると、またするからね?』

「そうかよ。やるなら死なない程度にしてくれよな」


 まともな奴じゃないとは思っていたが、まさかこんな感じだとは。

 もうちょっと悪役というか、寡黙なイメージだったんだけど。

 これじゃ質の悪いガキと変わらない。


『なーんか変なこと考えてない?』

「考えてない。考えてないから」

『ならいいんだけどね♪』


 ――ぐぅぅぅ。


 奈落に場違いな音が響いた。

 水が飲めて、俺の腹は次に食い物をご所望の様だ。


「クソ、こんなときに」

『なさけない音だしちゃってさぁ。お腹空いてんだ?』

「わかってるだろ。いちいち聞くな」


 顔をしかめた瞬間、背中から黒い靄が広がり、にゅるりと手が生える。


『死なれたら困るから、少しは協力してあげる♪』


 影の手は川に入り込むと、暴れる魚が掴み上げられ、目の前に持ってこられる。


『ほ~ら、新鮮なおさかなさんだよ? 早く食べなさいよ』


 魚がぴちぴちと跳ねながら俺の目の前にぶら下がっている。

 黒い影の手に握られたその光景は、便利なのか悪趣味なのか。


『早く食べなさいよ。あっ、ごめ~ん! 人間は生きた魚なんて』

「いただきます」


 ぴちぴちと跳ね続けている魚に噛み付く。

 水の味と、血のように鉄っぽい後味。

 刺身は好きだが、さすがに生きた魚をそのまま食ってもうまくない。

 それでも俺は食欲に身を任せて丸ごと一匹を平らげる。


「リリス。もっと捕れないか?」

『あ、あれ? 人間って生きたまま魚たべるんだっけ?』

「お前が食えって言ったんだろ。ありがたく頂いたまでだ」

『そういう意味じゃないんだけどなぁ』

「言っただろ。お前を受け入れらるように鍛えて来たって。いまさら生きた魚なんて食べてもどうにもならねえよ」

『あっそう……。なら』


 背中から再び黒い靄が広がり、幾つもの手が生えた。

 それは目にもとまらぬ速さで川に突っ込み、次々と魚を持ち帰る。


『これでいーっぱい栄養とれるけど、嬉しい?』

「あーまあ……。ありがたいけど、焼いてくれたりしない?」

『はぁ? なんでアタシに頼むの? 自分でやればいいじゃん?』


 俺は人差し指を立てて炎魔法を唱える。

 そこに出て来たのは指の第一関節よりも小さい火。


『なに遊んじゃってんの?』

「全力の火魔法なんだけど。これで焼けると思うか?」

『ぷっ。あっはは! 可愛いんだけど! ポッて! ポッて火が出ただけじゃん!』

「魔法の練習はしなかったんだよ」

『だっさいなぁ! もう! 魔法ってのはこう使うのよ!』


 黒い手が赤く染まっていく。

 魚がパチパチと音を立て、白い煙と香ばしい匂いが漂い始めた。

 数秒後には、焦げ目のついた焼き魚の出来上がりである。


「さすがリリス! 焼いてくれてありがとな!」

『はぁ? 別にアンタに食べさせるために焼いたわけじゃ』

「いただきます!」


 なにかリリスが言っていたが、俺は気にせず魚にかぶりついた。


「うまいっ!」


 香ばしい皮と、熱でほぐれた身の柔らかさが口いっぱいに広がる。

 生きた魚は比べものにならないほど体に染み渡る。

 俺は次々と黒い手が持つ焼き魚を食って食って食いまくった。


『あー……。そんなつもりなかったんだけど。ま、いっか。おもしろいし』


 リリスの、嬉しそうな笑い声が聞こえた気がしたが、俺は魚を食い続けた。

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