第6話 出発
あっという間の1年だった。
ノエルと一緒に剣を振り続けた日々。
最初は数発うけるので悲鳴をえげていた身体も、気付けば直撃を喰らわなければ耐えられるようになっていた。木刀をぶつけ合いながら、何度も笑って、何度も転がされてそれでも立ち上がった。最後まで俺の一撃を喰らわせることは出来なかったが、成長はあった。
特に打たれ強さだ。
ステータスで言えば防御と言うべきか、身構えれば木刀を喰らっても問題ない。
さすがにノエルの本気を喰らった時は気絶しかけたが、それでも意識を保てた。
成長のために『ノエル! もっと叩け!』と言って引かれたのはいい思い出だ。
状態異常耐性に関しては、ベリトさんのお陰でかなり成長した。
数々の毒を受け入れ、何度も死にそうになった。
Everyone Smilesは状態異常で死なない。
わかっていながらも、あまりの苦痛に心が折れそうになったこともあった。
それでも、ベリトさんが支え続けてくれた。
ノエルのまっすぐな眼差し。
ベリトさんの温かい手。
孤児院で過ごした日々。
間違いなく俺は、ノアは、強くなった。
「お待たせ、ノア」
「おう。忘れ物はないか?」
「大丈夫よ。持ち物なんて、あまりないけどね」
孤児院の前。
俺とノエルが持つのは1つの布袋のみ。
中身は数日分の着替えと、少しのお金だけだ。
「あっという間だったな」
「ええ、本当に。ここに来てからまだ数日しか経ってないみたい」
見慣れた孤児院を二人で見上げる。
「村が襲われた時はどうしかと思ったけど、なんとかなるものね」
「ベリトさんと、シスターたちのお陰でな」
「いろいろ迷惑かけちゃったわね。自分で言うのもあれだけど」
「ああ、だから。これからは恩返しをしよう。出来る限り」
「そうね。……頼りになる相棒もいることだし」
「頼りになる相棒? 俺がか?」
「他にいる?」
問いに、俺は首を横に振る。
「嬉しいよ。ノエルにそう言ってもらえて」
「努力の成果ね。気合を入れ直したって言い始めた時は、逆に不安になったけど」
「そうなのか?」
「そうよ。やる気がなくて、だらしなくて、自分の事しか考えてない。そんなノアが、いきなり訓練に力を入れて、シスターたちの手伝いをして、子供の面倒まで見始めたんだもの。しっかりし過ぎて、いつものノアに戻った時のことを想像してぞっとしたわ」
「それは、そうかもな」
「ええ。けど、あなたは走り切った」
ノエルが孤児院から俺へと視線を移す。
「私の無茶に付き合って、十分に強くなった。だから、あなたは私の相棒よ。とびっくり頼りになる、ね」
そう言って、ノエルが片目をつむってウィンクした。
わざと可愛らしく見せたその仕草に、それでも胸がどきりと跳ねた。
「でも、これからなんだから。しっかりしなさいよね」
からかっているようで、それでも、心からの言葉と伝わってくる。
Everyone Smilesでは、見せかけの相棒。詐欺キャラと叩かれていた。
そんなノアが、ノエルに認めてもらえている。
嬉しさが込み上げて、思わず息を吸い込む。
「ああ、これからだ。俺もノエルも。これからだからな」
視線を交わして頷き合うと。
「ノア、ノエル!」
呼びかけに振り向けば、ベリトさんが立っていた。
その後ろには、他のシスターたち、そして子どもたちが小さな体を並べている。
「がんばってね!」
「辛かったらすぐに帰ってくるんだよ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。またね!」
「応援しているよ」
子供とシスターが口々に声を張り上げる。
その姿に、思わず笑いがこぼれた。
「ノエル。立派になりましたね。ここに来たときは、少し落ち着きがなくて不安だったけど……。貴方の明るさに何度も助けられました」
「私もです。ベリトさんが私を引き取ってくれたから今の私がいるんですから」
ベリトさんは少し涙を浮かべながら、そっとノエルを抱きしめる。
「そして、ノア。貴方は……」
優しく見つめる瞳が、涙に濡れる。
「今の貴方なら大丈夫です。自信をもってくださいね」
「はい。ベリトさん、ありがとうございました」
ベリトさんを別れの抱擁をして、離れる。
「それじゃあみんな」
「行ってきます!」
門を一歩出た瞬間、背中に温もりを感じた。
振り返らなくてもわかる。
孤児院に残るみんなが、俺達を見守ってくれている。
「なに? あんた、泣いてるの?」
「泣いてねえよ。宿舎もここも、同じ王都だ。会おうとすればすぐ会える」
「本当? じゃあなんでそっぽ向くのよ?」
「いいだろ別に!」
「全く、弱虫なんだから。頼りがいがあるんだか、これじゃあわからないわね」
そう言いながら、ノエルは自然に俺の手を取った。
「今だけよ? 騎士団に入ったら、こんな優しくしてあげられないからね?」
小さな手なのに、不思議と力強くて、その温もりに涙が引いていく気がした。
顔を見られるのが恥ずかしくて、俺は前だけを見た。
それでも、手のぬくもりがある限り、きっと大丈夫だと思えた。




