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騎士団から弾き出されるモブキャラに転生した俺は、悪魔と共に世界を書き換える  作者: すなぎも
プロローグ ―孤児院編―

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第5話 変わり始める物語

 案内された先は、ベリトの部屋。

 机の上には、薬瓶や乳鉢、乾燥させた薬草が整然と並んでいる。


「この部屋に入るのは初めてですか?」

「あっ、はい。この道具は」

「子供たちは怪我をよくしますからね。傷薬などは、私が作っているんです」

「作るって、そんな簡単じゃないと思いますけど」

「昔、調合師としていろいろやっていたので。慣れたものですよ」


 ベリトは机の前に座ると、手袋をして麻痺キノコを掴んだ。

 そこに魔力が注がれる。


 鼻を刺すような臭い。

 キコノから液体が滴り、それを小瓶が受け止める。


「麻痺の原液。この量を一気に呑めば、脳が痺れて意識を失う。筋肉や内臓の機能まで痺れさせ、それは当然、心臓の動きも止めるでしょう」

「そ、そんな危険なものだったなんて」

「麻痺キコノを固形のまま食べる分には大丈夫です。少しずつ慣れさせていけば耐性は付くかもしれませんね」


 そう言って、ベリトはゆっくりと小瓶を机に置いた。


「少量を薄めて使えば痛みを和らげる鎮痛剤になるので、王都でも販売されていますが……。腐ると痺れの効果が変動します。それは個体差によるものが大きいので、腐った麻痺キノコの使用を禁止されているのですが。それを拾う悪い子もいたようですね」


 半眼でベリトさんに睨みつけられてしまう。


「あ、あはは……。そのことを知らなかったので」

「運が悪ければ死んでいたかも知れないんですよ? もし、同じようなことを続けるのであれば、私に声を掛けてください」

「えっ?」

「原液の濃度は泡立ちで把握できます」


 言いながらベリトは少量の原液を他の小瓶に移した後、水を注いで薄めた。

 その後、軽く振って泡立ちを見てから、手の甲に垂らしてそれを舐める。


「これぐらいなら舌の痺れだけで済みますね。喉や胸までは広がっていません。さあ、ノアも舐めてみてください」


 小瓶から手の甲に垂らし、ベリトは手を差し出して来た。


「あっ、それは、ちょっと」

「どうしたんですか?」

「ベリトさんの手を、舐めるのは、ちょっと……」


 伝えると、ベリトさんは大きく瞬きをした後、優しく微笑む。


「ふふっ。ノアもそういうお年頃でしたか」

「か、からかわないでください!」

「わたしは別にノアに舐められても構わないんですけど。本人が言うならしょうがないですね」


 手を掴まれ、ベリトさんは俺の手の甲に液体を垂らす。

 微かな痺れが伝わるが、麻痺キノコを食べた時ほどじゃない。


 ぺろりと舐める。


 ピリッと電流のような痺れが舌先に広がった。

 だが、喉の奥まではそれは来ない。


「大丈夫ですか?」

「はい。麻痺キノコを食べた時よりはずっとマシです」

「よかった。……で、どうしますか? ノア」

「どう、というのは」

「貴方さえよければ、わたしはノアに協力します」


 その声は、いつもの優しい響きではなかった。


「毒は危険です。量を間違えれば死に至ることもあるでしょう」


 本気で、命の危うい領域に俺を導く覚悟を決めている声。


「いいんですか?」

「危険なことを子供にして欲しくない。というのが本音ですが、最近の貴方の行動……。みんなを笑顔にしたいという想いは本物だと感じました。だから、もしノアが、これからも同じような事をして自分を鍛えるのであれば」


 ベリトさんは俺の手を、両手で包み込むように握った。

 温かい。けれど、そこには力がこもっている。


「わたしがあなたを安全に、それでも確実に鍛えて見せます」


 真剣な瞳。


 胸の奥が熱くなる。

 この手を包むのは幾人の子供を売り、汚い金を数えていたベリトではない。


 子供を愛して、大切に育てようと必死に考えている人の手だ。


「よろしくお願いします。俺、必ず強くなりますから」


 ベリトは小さく微笑み、そして再び強くうなずいた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

ベリト視点


 ノアが頭を下げて部屋を出ていった後、麻痺原液が入った小瓶を手に取る。

 黒く濁った黄色の液体。

 麻痺キノコが腐り、かなりの毒が濃くなっている。


「毒の進行から見て、ノアが食べた量は完全に致死量でした。それなのに」


 彼は耐えきった。

 しかも、毒が回った状態で拳を作り、足踏みすらして見せた。

 まだ子供のノアが?

 いつから彼が毒に耐えられるように訓練していたはわからない。

 

「なににしても、あの歳で耐えられる量ではないはず」


 不安と、それ以上の期待が心の中でせめぎ合う。

 ノアとノエルが王都騎士団の入団試験を受けられる年になるのは来年。

 それまでにどこまで彼を強く出来るのか。


「ぎりぎりまで毒を仕込んで、死の淵まで痛めつけて……。なんていけませんね」


 自分が始めた想像にぞっとする。

 彼を守ると誓ったはずなのに、いつの間にか実験のように思ってしまった。


 ただ、恐らく。それほど彼の身体は異質。


「いけませんね。これ以上は」


 自らに言い聞かせるように、わたしは立ち上がった。

 新鮮な空気を求めて外に出ると、夜風が頬を撫でた。

 ひんやりした空気に深呼吸をすると、ようやく胸のざわめきが少し落ち着く。


 ふと視線を向けると、小さな影が動いていた。


「ノエル?」

「あっ。ベリトさん」


 ノエルは木刀を振る手を止め、振り返った。

 頬に汗がつたっている。


「どうしたんですか? 貴方が夜遅くまで訓練しているなんて、珍しいですね」

「ええ。ちょっと……。ベリトさん、最近のノア、変わったと思いませんか?」

「……なるほど。ノアのやる気に当てられた、というわけですか」

「はい。前は訓練もあんまり気乗りしてなかったのに、ここのところ本当に全力でぶつかって来るんです。なんていうか、やる気がすごくて。だから」


 ノエルは木刀を握り直し、ぎゅっと胸の前に構えた。


「生意気なんですよ。私より強くなろうとしてるんですよ? あのノアが!」 


 木刀が振り下ろされると、風を切る音が暗闇に広がる。

 急に子供らしい一面を見せるノエルに、思わず笑みが零れてしまう。


「確かに。前のノアだったら、ノエルより強くなろうとなんてしなかったでしょうね。わたしから見ても彼は、ノエルの後ろに付いて回るだけで、自分の意志があるようには見えませんでしたから」

「ですよね! それなのに最近じゃ、私の手を引っ張って訓練しようって言ってくるんですよ! 怪我しても平気で続けようとしてくるし、隙あらばノアから仕掛けて来るんですから。まったく、困ったもんですよ!」


 ふんっ! と木刀を振り下ろすノエル。


「子供たちにご飯まで分けて。そのお陰でみーんな『ノアお兄ちゃん!』って」

「みんなじゃないと思いますよ? 剣の練習をしたい子は『ノエルお姉ちゃん』って言ってるじゃないですか」

「それでもですよ! 今まで子供を避けてたノアが、子供の面倒見てるんですから。一緒にお昼寝なんかしちゃって! みんな幸せそうに寝てるんです!」


 怒りなのか、不安なのか、不満なのか。

 それを振り払うようにノエルは木刀を振り下ろす。


「でも、嬉しそうですね」


 彼女の表情は暗いものではなく、自然と漏れる笑み。

 ノエルは尚を素振りを続ける。


「不思議な気持ちですよ! ちょっと寂しい気もしますし、焦っている気もするんです! けど、それ以上に嬉しいんです! 頼りなかったノアが、しっかりものになっちゃって! 今のあいつとなら、騎士団に入って、みんなを守れるかも知れないって! 思うんです!」

「まるで変わる前のノアなら難しかった、みたいな言い方ですね」

「それはそうですよ! たぶん、前までのノアなら! 無理でした!」

「あら、意外と現実的なんですね、ノエルは」

「それは、そうですよ! ノアの実力は私が一番知ってるんですから!」


 ふぅ、と素振りを止めて、木刀を下ろしてこちらを見るノエル。


「ベリトさん。なんでノアが変わったか、知りませんか?」

「理由は聞きましたけど、本当のところはわかりません」

「みんなを笑顔にするっていう、あれですか?」

「はい。なぜ急にそう思ったのか。きっと、聞いても彼は答えてくれないでしょう」


 ノエルも同じ気持ちなのか、静かに頷く。


「けれど、ノアの今の気持ちは本当だと信じています。強くなって、みんなを笑顔にしたい。だからわたしは、ノエルとノアがここを出る時まで……。いえ、出てからも、ずっと応援していますよ」

「……はい。そうですね。ベリトさんの言葉を聞いて改めて、私も気合を入れ直しました。絶対にノアと、みんなを笑顔にしてみせます!」

「ええ、きっとできますよ、ノエル。あなたと、ノアなら」


 優しく頷きながら言葉をかけると、ノエルは恥ずかしそうに笑った。

 その笑顔を見ているだけで、不思議とこちらまで力が湧いてくる。


 この子たちのために、もっと頑張らないと。

 そう心に誓いながら、夜風に揺れる木刀を一身に振るノエルを見守った。

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