第31話 エピローグ2 最後の晩餐
噂が王都中に広まるのは早い。
それが民を苦しむことに関する話しであれば尚の事。
「麻薬つくってたのも、売ってたのも、騎士団の人間だったらしいぜ」
「しかも部隊長の2人だろ? ガイオとフィリップって言ったか?」
「とんでもねえ極悪人だな。で、そいつらどうなったんだよ?」
「即日で奈落送りだとよ」
「ああ……。なら助からねえな。ざまあねえぜ」
「公開処刑にしてくれた方が、オレとしては清々したんだがな」
ガイオとフィリップに判決が言い渡された数分後に、その事実は広まっていた。
王都のざわめきを見ると、騎士団を責める暴動が起きてもおかしくない。
果たして誰かが責任を取らされるのか……。
それは俺の知る処じゃない。
「どうだ? リリス」
『間違いないよ~♪ 奈落にある転送陣に魔力が注がれ始めたからねっ!』
「ガイオとフィリップを送るための準備だな」
『そういうこと♪ で、アタシ達はどうすんの?』
「決まってるだろ、そんなの」
麻薬精製所、跡地の地下室へと進む。
人気のないそこに描かれているのは、まだ機能している転送陣だ。
「全く。なんでこんなところに奈落に繋がる転送陣があるんだよ」
『アタシに聞かれても知らないっての。アンタが自分で調べなさいよ』
「機会があったらな」
身体から溢れる黒い靄に反応し、転送陣から光が溢れる。
瞳を閉じて、次に目を開けたころには奈落に付いていた。
3度目にもなるとさすがに慣れた場所だ。
薄暗さにも、岩に囲まれた狭い道にも、身体に張り付く湿度にも驚かない。
リリスのテンションは相変わらず高まってはいるが。
それは、奈落に来たからなのか、或いはご馳走にありつけるからか。
『来るよっ♪』
リリスが楽しそうに喉を鳴らす。
地面に描かれた転送陣が微かに光を帯び、次の瞬間、二つの影が現れた。
どちらも手足を鎖で縛られ、顔から地面に落ちる。
「クソッ! アイツら絶対に許さねえからな! なんでオレがこんなことに!」
痛みに呻きを上げた後、すぐさま顔を上げて辺りを見渡したのはガイオ。
「ジェラルド。なぜボク達を見捨てる。協力関係にあったはずなのに……」
続いてフィリップもゆっくりと顔を上げる。
麻薬の毒は抜けたのか、そこには正気が感じられた。
『じゅるりっ♪ 待った甲斐があったねっ♪ 味が少しは戻ってる♡』
「ご馳走か?」
『さいっこーに! もう涎が止まらないんですけど? もう食べていいよね?』
「まあ少し待て」
『なによこの期に及んで! さっさと食べさせなさいよ!』
「コイツ等は俺がお前に出会った原因だ。その時の借りを返さないとな」
『あっそ……。そういうことなら、すこーしだけ待ってあげるわ』
「ありがとよ」
『少しだけなんだからね! さっさと済ませてよ!』
静かに近付き、辺りを見渡すガイオと目が合った。
彼は一度だけ喉を鳴らし、叫んだ。
「な、なんでてめえがいやがる!」
「なぜだと思う?」
「聞いてるのはこっちだぜ! てめえ……。まあいい。悪魔に喰われて死ね!」
喚くガイオをの前で膝を付き、彼の顎を手で持ち上げる。
憎しみが色濃く出ている瞳がこちらを睨みつけ。
「その悪魔が目の前にいる……。俺だとしたら?」
ガイオの目が、見開かれた。
鎖がカシリと鳴る。
逃げようと身を捩るが、それは鎖が許さない。
「そんなわけねえだろうが! 悪魔は……。悪魔は!」
「必死だな、ガイオ。どうだ? 他人ではなく、自分が悪魔の餌になる気分は?」
「な、なにを言ってやがる」
「悪人でもない人を、お前はこうして奈落に送ってたじゃないか?」
「知らねえ……」
「いまさら白を切るなよ。悲しいじゃないか」
俺は言いながら、顔を隠す兜を霧散させる。
赤い瞳に白い髪。吊り上がった眼つきには、ノアの面影はない。
「誰だてめえ。いきなり素顔なんか見せやがって。どういうつもりだ!」
「ノア・グレイス」
その名を呼んだのは、隣で寝ているフィリップだった。
「ふっ……。なるほど、キミだったのか。どおりで、ボク達の邪魔ばかり」
悟っているのか、麻薬で感情が抑えられているのか。
フィリップは気だるげにそう呟く。
「ノア、グレイス……。あの時のガキが、なんで!」
「俺を奈落に送ったのはお前らだろ?」
「なんで悪魔に喰われてねえで生きてんだよ!」
「だから言っただろ? 俺が悪魔だ。協力したんだよ」
「なにを言ってやがる! 人喰い悪魔が協力するなんてあり得ねえ!」
ガイオの怒鳴りに、俺は侮蔑の視線を投げかける。
「そう、あり得ないんだろうな。お前の中では」
「ぐっ、み、見下しやがって! 舐めんじゃねえぞ!」
「今の状況でよく強がれる。逆に、感心するよ。見上げた根性だ」
「オレ様がてめえみてえな弱虫に、負けるわけねえんだ!」
「はぁ……。もういいか」
「なにがだ!」
「こんな状況にでもなれば、謝罪の1つでも聞けると思ったんだが」
「するわけねえだろうが、バカが!」
「ああ。そういうことらしい」
俺は瞳を閉じて、主導権をリリスに渡す。
「えっ? なに? もういいの?」
『ああ。後は任せる』
「復讐は? 痛めつけは? やり返しは?」
『そういうのは俺の趣味じゃない。リリスがやりたいならやってくれ』
「なによノア、クールぶっちゃって。奈落に送られてきた時は騒いでたのに」
『いいんだよ。俺に構わず、喰いたきゃさっさと喰ってもいいから』
「ちぇ。ノリ悪いんだから。後悔しても知らないからね!」
言葉の最後に、リリスの舌打ちが甘く響く。
それも、ガイオとフィリップというご馳走に目を向けると機嫌が戻った。
「さてと。もうアンタ等はじゅ~ぶんに美味しいから。余計なことはしなくてOK」
背中から生えた黒腕が2人の首をがっちり掴み、持ち上げる。
「せっかくのご馳走♪ 不純物はい~らないっと♡」
尻尾を器用に動かして、手足を縛る鎖を引きちぎった。
その瞬間。
「てめえ、放しやがれ!」
ガイオが手足をばたつかせて抵抗を見せる。
首を掴む手を引き剥がそうとするが、ビクともしない。
足を必死に振り回すが、黒鎧にを掠めもしない。
リリスは暴れるガイオを何も言わずにただただ見つめている。
次第にガイオの抵抗が弱まる。
呼吸を荒げ、額に汗をにじませ、手を挙げていることも叶わない。
全身をだらりと下げて、身動きを止めた。
「もう終わり? もっと抵抗してみせなさいよ。ざーっこ♡」
「てめえ……」
「いま頑張らないと死んじゃうのよ? ねぇ、わかってる? わかってる?」
「う、うるせえ……。はぁ……。はぁ……」
「休んでる暇ないって言ってんの! もっと踊りなさいよ! 雑魚なんだから♡」
尻尾ががら空きになった腹部に突き刺さる。
ガイオの身体がくの字に折れて、嗚咽を漏らす。
再び手足をばたつかせて抵抗するが、それもすぐに収まった。
「もう限界ね。これ以上は美味しくならないみたいだし、食べちゃおっかな♡ じゃあ、どこから食べようかな〜♪」
リリスが上機嫌に歌う。
尾が猫の尻尾のように弧を描いて揺れて、先端がとんとん、と足首を突く。
「まずはここ? 硬くて噛み応えがあるのよねぇ~♪」
次に腹部へ。しっぽの先で軽くつつくと、ガイオの体幹がびくりと震える。
「お腹もいいなぁ。栄養が詰まってるのはここよねぇ~♪」
最後に、尻尾が頭部を締め付けるように絡まる。
「2つもあるし、贅沢に脳みそだけってのもアリ? やっぱり脳が罪味ってね♡」
尻尾は獲物を傷つけず、ただ触れるだけ。
リリスに焦る気配はなく、選ぶ時間をも食事として楽しんでいるように見える。
「あぁもういいやっ♡ 悩むぐらいなら一気にいっちゃいま~す♡」
黒手が更に身体から生えると、ガイオとフィリップを挟むように押しつぶす。
2人の身体がぶつかり合い、それでも緩まぬ力で潰し続ける。
「あっが……。や、やめろ。やめてくれ。頼む、謝るから……」
「ボクたちが、悪かった……。だから」
謝罪し、涙を流す2人を覆ったのは巨大な影だった。
兜の口が異常に開かれ、押し潰される2人を飲み込まんと前進する。
「それじゃ♪ いただきます♡」
丸のみだ。
影に喰われた2人の姿は跡形もなくそこから消える。
兜に咀嚼はない。
すぐさま元のサイズに戻り、それでもリリスは満足げに息を吐く。
「はぁ~……。ご馳走さまでした♡」
奈落に響くリリスの声。
そこに余韻などは、一切なく。
「ねえノア。どうだった?」
『どうだったって言われてもな……』
なんて言ったらいいかわからない。
ノアを殺した2人に復讐をした。
だが、そこに達成感はない。
『まだまだ俺にはやることがあるからな。これは序盤だぞ、リリス』
「へぇ~……。アンタ、まだまだやる気なんだぁ」
『言っただろ? 俺の目的はみんなを笑顔にすることだってな』
「そういえばそんなことも言ってたね。じゃあ……」
そう言って、リリスは地上へと歩き出す。
「アンタといれば、もっと美味しいモノが食べられるってことねっ♪」
『そういうことだ』
「だったらもうちょっとだけ、付き合ってあげるわよ」
『そうしてくれると、助かるよ』
そう、ノエルや仲間のみんなに、ハッピーエンドを届けるために。
俺のEveryone Smilesは終わらない。




