第30話 エピローグ1 ―ノエル視点―
石造りの判決堂は朝の冷気をずっと抱えたまま、音をよく通す。
私は柱に背を預け、ひとりで壇上を見ていた。
「被告、ガイオ・ベリン。官位剥奪、資産没収。奈落層への送致」
判決官の声が反響する。
「被告、フィリップ・トラヴィス。官位剥奪、資産没収、奈落層への送致」
繰り返される判決。
「執行は即日とする」
手足を鎖で縛られ、地面に膝をガイオが身を捩る。
溺れるように空気を吸い、口を必死に動かすが、音は出ていない。
発言が許可されない彼には消音魔法が掛けられている。
仮に発言できたとしても、下された判決が覆ることはないけれど。
フィリップは、情けない笑顔を浮かべている。
麻薬による中毒は多少は収まったが、まだ色濃く残っているように見える。
それでも、判決を聞くと、笑いは壊れ、口角が落ち、視線を地面へと下げた。
ボソボソと唇が動ているように見えるが、やはり音は出てこない。
奈落送りは、死刑と同じ、2大極刑と呼ばれている処罰。
どちらも死を意味することに違いはない。
割り当てられる違いを知るのは、判決者のみぞ知ると言ったところ。
「以上をもって宣告とする」
木槌が一度だけ音を鳴らす。
傍聴の騎士たちが小さく息を吐き、靴音が外に進んでいく。
私は柱から背を離した。
ガイオが助けを求めるように辺りを見るが、彼の周りには誰ももいない。
フィリップは顔を地面に押し付け、何も見ようとしない
「哀れな末路ね」
私も出ようと足を進めて、扉の前で一度だけ振り返る。
遠くで2人が騎士に抱えられ奥の部屋へと連れられている。
そこに奈落へ送るための転送陣があるのか、私の知る由もない。
「ガイオとフィリップ。奈落送りになったらしいぜ」
「麻薬の主犯だろ? もう王都でも大騒ぎだ。暫く騒ぎは収まらんぜ」
外の廊下からそんな声が聞こえて来た。
王も注目していた一大事件、話が広がるのも驚くほど早いみたい。
彼らが脱走するような事があっても、残りの人生を逃げ切れるほど甘くない。
全ての人の眼に追われ続けるのは耐えがたいほどの苦痛のはず。
それに……。その時は、彼が現れる。
「そんなことにはならないといいけれど」
外へ出ると、強い日差しに目を細めた。
その先に、目に立つ人影。
トウカさんが、ぴしりと敬礼していた。
無駄のない角度、いつも通りなのに、どこか芝居がかって見える。
「お疲れ様でした。七番隊部隊長殿」
「……久しぶりの挨拶がそれですか? トウカさん」
肩書きで距離を置かれるのは好きじゃない。
もともと私が下で、トウカさんが引っ張ってくれた。
上下が逆転して、はいそうですか、で馴染めるほど器用でもない。
本音を言えば、今からでも立場を変えて欲しいぐらいなんだから。
「上官扱いはやめてください」
「何を言う、敬意は大事だからな。ほら、部隊長殿は胸を張ってもらわないと」
「張りません。似合ってませんし。私が隊長なんて柄じゃないですよ」
「似合うようになるまで張り続けるんだよ、部隊長殿」
……からかってる。
たぶん、私がむずがゆがるのを見たいだけだ、トウカさんは。
彼女の調子に合わせると、いつまでもからかわれそうだから、話を変える。
「10日間の鉱山勤務、受け入れてくれてありがとうございました。降格の件も」
「母の件はわたしの落ち度だ。むしろ、この判決は軽すぎるぐらいだよ」
ガイオに手を貸していた件で、トウカさんに下された判決。
10日間の鉱山勤務と降格処分の2つ。
ここまで刑が軽くなったのは、ガイオとフィリップの逮捕に大きく貢献したから。
麻薬を生成していたクラウスと2人が繋がっていた証拠、契約書の提示。
ガイオとフィリップを捕まえる時の先導者。
ベリトさんと解毒安定剤を完成させたのだから、情状酌量の余地は十分にある。
その結果が鉱山勤務と降格処分。
そのせいで、私が七番隊の部隊長に繰り上げ式でなっちゃったけど。
「わたしとしてはもう少し鉱山で働いてもよかったんだがな」
「楽しかったんですか?」
「あそこでわたしは親分だ。お山の大将を気取っていたよ」
「囚人たちになにしたんですか……」
鉱山勤務は罪を償わせるための過酷な労働だったはずだけど。
囚人も気性が荒くて看守も泣きながら業務を熟しているとかなんとか。
それなのに、10日の間で親分になるなんて。
「あそこがわたしの天職だったのかも知れんな」
「冗談やめてください」
「鉱山あがりがうちの隊に入りたいと来るかも知れんが、その時はよろしく頼む」
「それはまぁ……。その人達の態度次第ですけど」
「いやぁ、苦労をかける、部隊長殿!」
……おかしい。トウカさんってこんな感じの性格だったっけ?
もうちょっとしっかりしてて、騎士道って感じだったと思うけど。
囚人の雰囲気に当てられて、フランクになっちゃったもかも知れない。
「なにはともあれ、七番隊としてきっちり働いてもらいますからね」
「もしろんだ。では、わたしにご命令を」
言われ、トウカさんの全身を見て。
「トウカさん。鉱山からそのまま来ましたか?」
「ちょうどガイオとフィリップの裁判がやってると聞いてな。鉱山帰りだが?」
「全身が埃まみれになってるので、まずはお風呂に行ってください」
「了解、部隊長殿。清潔第一だな!」
「あとその部隊長って言うのやめてください。違和感が凄いんで」
「部隊長は部隊長だろう? じゃあノエル隊長にするか?」
「トウカさん! 怒りますよ!」
睨みつけるも、トウカさんに笑って誤魔化される。
まったく、そもそもトウカさんが変なことしなければ、私が隊長になるなんてことなかったのに。
「すまないな。久しぶりにノエルに会えて、嬉しかったんだよ」
さらりと言って、目だけで笑うトウカさん。
「全く、許すのは今回だけですからね」
言いながら階段を下りて宿舎に足を進めると、見慣れた顔が並んでいた。
フィリップを取り押さえた時、強力してくれた七番隊の騎士達だ。
トウカさんは彼らに近付き、全員の顔を順に見回し、深く頭を下げた。
「まずは、すまない。わたしは罪を犯した。理由があったとしても、やったことはやったこと。隠しておいてすまなかった」
謝罪、騎士たちは戸惑いを見せる。
「謝らないでください。ガイオに脅されてやっていたことなんですから」
「親を人質にとられたら、オレだって同じことをしてたと思います」
「でも、次から困ったことがあったら頼ってくださいよ! 力になりますから!」
迎え入れてくれる仲間に、トウカさんは近くの若い騎士の肩に腕を回した。
「そうか。今日からは同僚だからな、お言葉に甘えて存分に頼らせてもらおうか?」
「え、あ、はいっ……!」
次の1人にも、同じように対応に困る挨拶をしていき。
戸惑いが伝染して、それはやがて笑いに変わっていた。
「副隊長、じゃなくて……。トウカさん、ですよね?」
「そうだ。トウカと呼び捨てでもわたしは構わんが?」
「か、勘弁してくださいよ」
仲良さそうに笑い合っている。
そのまま隊長になってくれればいいのに。
とも思うけど、どうせその言葉は受け取ってもらえない。
「どうせだったらコキ使った方が楽なのかも」
誰にも聞かれない様にそう呟いて、空を見上げる。
一時はどうなることになるかと思ったけど、なんとかなる。
少しずつ、みんなと王都をよくしていこう。




