第28話 黒鎧VSノエル
月は薄く、スラムの広場には薄暗い。
それでもこちらに敵意を向けているノエルの蒼眼は光って見えた。
『いいねぇ♡ やっちゃえー!』
脳内でリリスの声が響く。
ノエルは息を整えることもなく、真っ直ぐに駆けてきた。
迷わず襲い来る刃が真正面から受け止める。
金属が夜空に響き渡り、眼前に真剣な表情が近付く。
軽い、彼女の力はあまりにも。
受け止めて、弾き、角度を変えて返す。
だが返す力は抑える。
黒鎧が増幅する力は使い慣れていない。
振り下ろすだけでノエルの剣を砕き、身体を叩き潰す可能性がある。
戦いではあるが、命を掛けたものじゃない。
剣先が脇腹をかすめ、装甲の継ぎ目に衝撃が響く。
身体をひねり、柄で受け流す。
金属が空を切る音が鼓膜を揺らす。
鎧の中の感覚が、いつもの自分と違う。
身体が想像の何倍にも無駄なく動く。
黒鎧の力が馴染み、動きが軽快になっていく自分に驚く。
「どうした? そんなものか、キミの力は」
「余裕ぶっちゃって!」
「そんな攻撃じゃ俺を殺せないぞ」
「無駄話をする暇があったら、少しは攻めてきたらどうなのよ!」
ノエルの攻め手が止まらない。
その全てを正面から受けきる。
刃を合わせ、重心を低くし、鎧の重みで押し返す。
幾度も振るわれる刃を、剣の平で受け、手首で弾く。
硬い衝撃が腕を伝い、肘が鳴る。
だが、この身体では、その衝撃が苦ではない。
この程度の力なら、幾らでも受けきれる余裕があった。
それと同時に、胸の奥が、きゅっと締め付けられるような懐かしさが広がった。
孤児院で毎日のように打ち込まれたテンポだ。
手首の返し方、肘の角度、足の送り、無意識に出る一連の動き。
俺の癖。ノエルの4連撃を受けきった後、苦しまぎれる放つ一撃。
放とうと身構える。が、それを途中で抑えた。
あの頃のように打ち返したら、ノエルの身体を容易に切り裂く。
それが黒鎧の力。リリスの力だ。
ノエルは、俺の放ちもしない攻撃を受けようと、防ぎの構えを取った。
存在しない斬撃に身構えたことに、ノエルの動きが微かに鈍くなる。
そして、彼女の眼が見開かれる。
「なんで私は……。この感覚、貴方まさか」
剣を握る手は震えていない。
だが瞳の奥で何かが揺れているのが見える。
ノエルは一歩ひいて、しかし剣を構えたまま力を抜いてはいない。
その時、背後で何かが動いた気配がした。
「下がれ、ノエル! 援護する!」
トウカさんの声だ。
続けて騎士達の呪文詠唱が聞こえてくる。
『後ろから魔法が飛んでくるよ~♪』
リリスの声に反応し、振り返りざまに迫る光の玉を剣で打ち消す。
見えたのはトウカを先頭に数十人の騎士達。
取り囲まれる前に地を蹴り、高い建屋の屋根へ飛び乗る。
縁から見下ろすと、ノエルのがこちらを見上げている。
後ろには剣を構えるトウカと、陣形を組み防御を固める王都騎士団。
『なによアイツら。路地ではブルブル震えてた癖にさ』
「覚悟を決めて来たんだろ」
『わざわざ殺されに来たってこと? じゃあやっちゃう?』
「んなわけないだろ」
あそこにいるのは正義のために、己を奮い立たせてここに集まった騎士。
それを殺すなんてこを、俺はしない。
『で。冗談は抜きにしてどうすんの? 殺さないとアイツは奪えないんじゃない?』
「……そうだな」
ノエルの指示で、フィリップがいた小屋には数人の騎士が向かっている。
ここからアイツを回収するとなれば、本格的に一戦交えんければいけなくなる。
潮時か。
俺はノエルに剣先を向ける。
「今回はフィリップを譲ろう。仮に取り逃がすようなことがあればオレが裁く」
「私は彼を逃がさない。法に則して裁きを与えて罪を償わせるわ。ガイオもね」
迷いのない言葉と、真っ直ぐな瞳。
そこに、もはやかける言葉はない。
「そうなることを祈る」
そう言い残して、俺は屋根を飛び移りスラムの奥へと足を進めた。
建屋の向こうで誰かが叫ぶが、すぐにそれは届かなくなる。
『さぁ~てと。どうなるかな~♪』
「なんだ? 妙に楽しそうだな」
『だってアイツらが逃げればアタシが食べていいってことでしょ? さっきの奴も解毒安定剤で味が戻るかも知れないし。ぐふふっ♡』
弾んでいる声音と少し気もし悪い笑い声。
「なんだリリス。食べるのは逃げた時だけでいいのか?」
『ん? なに? どういうことよ?』
「処刑が決まれば俺達が殺すのも国が殺すのも同じだろ?」
提案に、涎を飲み込む音が聞こえてくる。
『あはっ♡ アンタ話がわかるじゃない! アタシの事もわかってきたわね♡』
「その時は、バレないようにな」
『しょうがないわねえ。ま、アタシに任せれば楽勝よ♪』
ノエルとトウカさんがどこまで今の騎士団や国と渡り合えるのか。
今の状況ではわからない。
俺にできる事は、影からそれを監視し、万が一がないよう備えるだけだった。




