第25話 フィリップの逃走劇
■トウカがノエルと合流する前 — ノア視点—
王都の裏路地。
幾つもの影が暗闇を走り回るのを、俺は屋根の上から見下ろしていた。
――ピッ!
定期的に笛の音が路地に響き渡る。
それを合図に、人影が変幻自在に路地を駆け回る。
『なにやってんの? あれ』
「トウカさんが部下を誘導してフィリップを追い詰めてんだよ」
先頭を走るフィリップは既にひとり。
初めは部下達を連れていたが、騎士団から逃げ回るうちに孤立していた。
高いところから俯瞰して見ているとよくわかる。
トウカさんがフィリップを袋小路に追い詰めようとしているのが。
『回りくどいなぁ。さっさと捕まえちゃえばいいのに』
「影魔法を得意としてる部下がいるからな。そいつと引き剥がしたかったんだろ」
『使わせるまに捕まえればいいのに』
「……そうだな」
そんなパワープレイでどうにかなるのは異常な力を持ってるリリスだけだっての。
腐ってもフィリップは三番隊の隊長だ。
腕は立つし、引き連れている部下も戦闘慣れしているスラム街のごろつき。
万が一にも取り逃がさない様、正面衝突は避けてるようだ。
トウカさんの指示、それを受ける騎士たちの連携は見事の一言。
フィリップの進む先には騎士が巻き構え、苦しい顔をして方向を変え続けている。
そして、とうとうそこに辿り着いた。
両サイドには高い建物、背後には高い壁。
逃げ場がいっさいない、袋小路だ。
「ここまでのようだな。フィリップ」
壁を背にするフィリップに、トウカが正面から対峙する。
「な、なんのようだい? いきなりこんな。まずは理由を説明してくれたまえ」
冷静を装っているが、狼狽しているのは見て明らかだ。
顔色が真っ青になり、額の汗が浮かんでいる。
「クラウスと手を組んで麻薬を売り捌き、金稼ぎをしていたな。それだけじゃない。解毒安定剤の開発費を3人でと分配していたはずだ」
「な、なにを言っているんだい? なにを根拠に」
「証拠は揃っている。諦めろ」
トウカさんが突き出したのはクラウスとフィリップの契約書。
「なっ、なぜそれをキミが!」
「施設が黒鎧の闇喰い襲われた時、一番に向かったのはわたしだ」
「っち、ガイオの奴……。そうだ、ガイオだ! いいのかい? ガイオに盾付いて! 聞いているぞ、キミの母親はガイオの手によって」
「その話はもうついている」
ぴしゃりと響くトウカさんの言葉に、フィリップが息を呑む。
「解毒安定剤が完成した。もう母さんはガイオの奴隷じゃない」
「バ、バカな! クラウスは解毒安定剤の開発をやめてボクたちと資金を分配して」
「認めたな。聞いたか、お前たち」
フィリップの発言を聞き、その場いた騎士達の殺気が鋭くなる。
「あっ、いや。違うんだ! これは言葉の綾で。ボクたちはあくまで騎士団のためにやってるだけなんだ! 国を守るために必死に身体を動かしているんだよ!」
手が無意味に空を掻く。
視線が泳ぎ、壁と人の顔を何度も行き来している。
言葉の端々に嘘と狼狽が滲んで、聞いているのが苦痛になるほどだ。
「言い訳は法廷で聞く。抵抗してくれるなよ? 腕をもう1本失いたくなければな」
「ち、違うんだ。ボクは、本当に。許してくれ……」
フィリップは必死に手を伸ばして何かを懇願するが、トウカは無言で首を振り、やれやれと顔を背けた。
「終わりだな」
『そうね。で、どうするの? あれはアタシ達の餌でしょ?』
リリスの問いかけに、俺は考えを巡らせる。
ガイオとフィリップ。
彼らを捕まえるルートはEveryone Smilesで幾つか用意されていた。
その殆どがバットエンドに繋がるもの。
騎士団長のジェラルドと共に強敵として現れる強制敗北エンド。
トウカさんがガイオを開放し、ノエルが襲われ物語が終わるバットエンド。
物語を進めるための正規ルートは、ガイオとフィリップを崖に追いやり、自ら身を投げ死んでいくというものだ。
ここでフィリップを逃がして、ノエルやトウカさんに得があるのか?
「ガイオはたぶんノエルが捕まえてる」
『だったらコイツはアタシらでもらっていいよね?』
「ああ、そうしよう」
やはりコイツを生かしておくのは危険だ。
せめて危険因子の片方である、フィリップだけでも殺しておく必要がある。
トウカさんの部下たちがフィリップに近付いていく。
その間に、俺は降り立つ。
「黒鎧の闇喰い!?」
慌てて剣を構える騎士たちに。
「下がれお前たち!」
トウカさんが指示を出した。
散るように後退する騎士。
代わりに前に出たのは剣を構えたトウカさん。
「黒鎧。狙いは、フィリップだな」
「コイツはこっちで処理をしておく」
「処理というのは?」
「殺すということだ。生かしておくには危険すぎる。違うか?」
同意を求める視線に、トウカさんは迷うように視線をフィリップに向ける。
隙だと思ったのか、這って逃げようとするフィリップの頭を掴み壁に叩きつける。
「ぐっ……。や、止めてくれ、黒鎧。ボクはキミの敵じゃない」
「黙れ。貴様と喋るつもりはない」
「そ、そんな。ボクは」
「黙れと言ったが。聞こえなかったか?」
口らを開くフィリップの小さい頭に力を込める
「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁあ! 痛い! 痛いから許して! 黙るから許して!」
力を込めれば握り潰れるほど柔らかい頭蓋。
捨てるように地面に投げると、フィリップは頭を抱えて蹲る。
「黒鎧。なぜフィリップを狙う」
「大罪人だ。十分すぎる理由だろう?」
「やはり貴様は罪人を狙っているのか?」
「そうだ。罪人を生かしてはおけない。騎士団にも任せておかない。……誰かさんが逃がす手引きをするからな」
俺の言葉に、トウカさんの視線が泳ぐ。
ノエルが捕まえた売人をトウカさんが逃がしているというのは知っている。
ガイオに脅されやっていることだ。
「だから俺がコイツを処分する」
「……今回は、こちらに任せられないか?」
「今回は?」
「そうだ。わたしと、ノエルが責任を持って捕え、処罰を見届ける」
声には堅い意志と、熱い気持ちが乗っている。
気持ちはわかるが、それでは足りない。
「処罰が足りない判決になったらどうする?」
「お前が言った通り、フィリップは大罪人だ。間違いなく死刑になるだろう」
「法は平等じゃない。最後に裁くのは人の裁量、そこに絶対はない。そこにキミ達は介入出来るのか? 無理だ。所詮は一介の騎士に過ぎない君たちではな」
理解はしているのだろう、苦しい表情を浮かべた後。
「だが、だからと言ってお前が裁くのは間違っているぞ、黒鎧の闇喰い!」
「承知の上だ。俺の過ちでこれ以上被害がでなくなるなら、俺はコイツを殺す」
「……引き渡すつもりはないのか?」
「ああ。奪うと言うなら相手になろう。その時は、フィリップの命と引き換えに、お前の大切な部下達の命を失うと思えよ?」
トウカさんは一瞬、唇を噛んだ。
続く返事は短く、冷たかった。
「分かった。今回は引き下がる」
「ふ、副隊長!」
「我々では、コイツに勝てない。お前たちの安全が優先だ」
「ですが!」
ここにいるのは、正義感が強い騎士達か。
トウカさんが信用できる部下達を集めたに違いない。
俺はフィリップの首根っこを掴み、素早く足を滑らせる。
姿を見失った騎士たちがどよめき、辺りを見渡している。
ひとりの騎士の、背中をポンと押し出すと、よろめき、仲間に支えられる。
「コイツを殺せれば、お前らの命を奪うつもりはない。女騎士に救われたな」
騎士達が微かにに息を吸い込み、自然と小さく後ずさる。
実力差を見せつけるには、十分過ぎるパフォーマンスだ。
「助けて……。助けてくれ! お前らはそれでも」
口を開くフィリップの言葉を遮るように、首を絞める。
苦しそうに藻掻く彼が死ぬ前に、俺は夜空を見上げ、高く跳躍した。
背後で誰かが声を出したが、振り返ることはしない。
『あはっ♡ やったね、ご馳走ゲット!』
屋根に着地し、喜ぶリリスに俺は身体の主導権を受け渡した。




