第22話 別れ
「ど~ん!」
リリスが楽し気な声を上げながら扉を蹴り飛ばしながら突き進む。
視界を覆ったのは久々の日の光。
以前と同様、王都近郊にある廃遺跡に出た。
遠くには外壁が見えている。
「ふぃ~、やっと出れたわね! どう、楽しかった?」
抱きかかえているノエルはと言うと、瞳を閉じて気絶していた。
「なぁ~に寝ちゃってるのよ! ほら、早く起きなさいよ、ざぁ~こ♡」
尻尾で頬を突くと「はっ!」を目を覚ますノエル。
「こ、ここは!?」
「地上に出たわよ。アンタが気絶してるうちにね」
「そ、そう……。別に貴方のスピードが速くて気絶したわけじゃないから、勘違いしないでよね! ただ、ちょっと眠気が凄かっただけなんだから!」
「あれぇ? まさか『私は大丈夫だから全力で進みなさい(キリッ)!』とかカッコ付けちゃったから、素直に認められないんだ? ビビッて気絶してただけなのに」
「そんなことないわよ! ここのところ麻薬の取り締まりで忙しかったの! むしろ揺れが心地よくて眠ってただけなんだから!」
「はいはい♪ 小娘はこれぐらい精神年齢低い方が可愛いかもねっ♪」
「ば、バカにしないでくれる!? 精神年齢なら貴方の方が絶対に低いから!」
「あはっ! そうかもね?」
言いながらリリスはノエルを石に座らせる。
「さて。アンタともこれでお別れかしら?」
「そうね。清々するわ。貴方から解放されて」
「そう? アタシは意外と楽しかったけど♪ アンタと喋ってて」
リリスは視線をノエルに向ける。
鎧に隠された瞳に、ノエルはなにを思ったか。
「ちょ~っとだけ、名残惜しいわ。久々の喋り相手だったから♪」
それは、リリスの本心か。
『俺は?』
『アンタは雄でしょ? アタシは雌と喋りたかったの』
『リリスに男女って見方があったんだな。ってか、悪魔に性別ってあるのか?』
『当然でしょ? バカは少し黙ってて』
バカって……。
まあ会話中に脳内で喋りかけられると大変だから、黙っとくけどさ。
「……別に。清々するって言ったのは、抱きかかえられてた事を言ったのであって。別れることに対してじゃないわよ」
ノエルは立ち上がり、どこか照れくさそうに頬を染めてリリスと視線を合わせる。
「ありがと、助けてくれて。ひとりだったら、奈落で死んでたと思うわ」
「そうね、十分に感謝しなさい。そして、アイツらをアタシに献上すること♡」
「それはないわ。ガイオとフィリップは私が捕まえて、必ず罪を償わさせる」
真っ直ぐな視線を向けて来るノエルに。
「そ。ならいいけど。アタシは勝手に食べるから♪」
そう言うと、主導権が切り替わる。
『昔馴染みでしょ? アンタも少し喋ったら?』
『なんだよリリス。優しいな』
『……さっさと済ませなさいよね? お腹ペコペコなんだから』
『あいよ』
機嫌を損ない気分が変わらないうちに、さっさと話を進めよう。
「足の怪我の調子はどうだ? ひとりで行けるか?」
問いに、ノエルは一瞬だけ瞳を丸くしたが、切り替わった事を察したのか。
「問題ないわ。この距離なら歩いて行けるから」
「ならいいが。……ガイオとフィリップに関してだが」
「安心して、同じ失敗はしないから。ちゃんと証拠を揃えて、彼らの逃げ場を完全に封じてから告発するわ。本当は地下室での行いを決定打にしたいけど……」
「俺とキミの発言じゃ、少しの証拠にもならないだろうな」
「そうね。残念ながら」
せめてもう1人、目撃者がいたらそんなことはなかったが。
「相手は部隊長2人。それに、解毒安定剤の責任者だったクラウスも関わってた。中途半端な証言じゃ、揉み消されて終わりだわ。だから、今度は慎重に行く」
「……それでいい。キミはキミの道を進んでくれ」
そう言って、ノエルと対峙する。
「次会う時は、敵同士かしら?」
「俺はキミを敵視していない。だが、場合によっては排除する必要がある」
「そう。なら、その時は全力で行かせてもらうから」
「それでいい。キミとっては、俺は悪らしいからな」
「それは……。そうね。でも」
ノエルは静かに手を差し出した。
「ありがとう。今回は助けられたわ」
「……構いはしない」
そう言って、彼女の手は取らない。
「キミはキミの道を進むといい。俺は俺の道を進む。それだけだ」
伝え、背を向けると。
「ま、待って!」
ノエルの呼び声。
「貴方……。ノア・グレイス。を、知ってる?」
問いかけに、俺は思考する。
なんて答えたらいいものか。
『いいじゃない? 俺がノアだって言っちゃえば?』
『それはよくないだろ』
『なんでよ。別に問題ないように見えるけど。小娘も理解してくれそうじゃない?』
『いや、今のノエルは絶対に止めて来るよ。俺達の行動を認めない』
『そう? ま、アンタがそう言うならいいけどさ』
リリスのとのやりとりで気持ちを整理し。
「会ったことはある」
「なら! 彼はいまどこで何をしているの?」
「さな。詳しいことは知らない。会ったのは少し前のことだ」
その言葉に、ノエルは肩を落とす。
本当に、寂しそうに。
「だが、彼は彼の出来ることをしていた。ただ真っ直ぐに……。そう、キミのように、前だけを見ていた」
ノエルの瞳が持ち上げられて。
「そう。なら、よかった」
そこには微かに輝く涙が浮かんでいた。
「またノアに会うことがあったら伝えておいて欲しいんだけど」
「なんと?」
「お互いに。進んだ道で、また会いましょうって」
そう言って微笑むノエル。
俺は彼女に背を向ける。
「……機会があれば、伝えておこう」
そう言い残して地を蹴った。
あっという間に遺跡から離れ、王都の外壁が近付く。
跳躍し、高い外壁を飛び越えて、そのまま市街地へと進む。
『ふぅ~ん。なんかちょっとセンチメンタルになってる?』
「……スラムに行くか?」
『行く、スラムに行くわ! 久々の人間よ! こんな時のために美味しそうなのは残してあるんだから! さ、飛ばしなさい、ちんたらしてたら変わるからね!』
リリスに主導権を渡して、俺は意識の中で遺跡の方を振り返る。
王都に進む小さい影を、俺は見えなくなるまで見守った。




