第21話 ノエルとリリス
ノエルを抱きかかえたままどれほど歩き続けたか。
岩に囲まれた薄暗い地下は、進んでいるのか戻っているのかすらわからない。
『休まず進みなさいよ! はやく戻ってあの悪党を食べるんだから!』
が、幸いなことにリリスがいる。
リリスは出口がどこにあるのかわかっているようだ。
大雑把な指示ではあるが、間違った方に進むと文句を言われるので間違いない。
『そんなことより退屈ね。小娘がいるからスピードも出せないし』
前回は突発的にリリスがやる気を出して爆速で進んでいたが。
弱ったノエルがいる以上、それは出来ない。
リリスも無理に進もうとはしてないが。
『あ~退屈……。退屈! 退屈なんだけど!? 急に退屈なんだけど!?』
こうして何の気なしに騒ぎ始めるから困りものだ。
お前の情緒どうなってんの?
と聞きたいが、機嫌を損ねたくないので余計なことは聞かない。
『ノア、なんか小娘と話しなさいよ。昔馴染みなんでしょ?』
『話したら俺がノアだってバレるかも知れないだろ? それは勘弁だ』
『もう隠し事なんていいじゃない。さっさと和解しなさいよ』
『別に喧嘩したわけじゃねえよ。ただ、こうするって俺が決めたんだ』
『なによそれ、自分よがりなんだから』
ぶーぶーと文句を言うかと思いきや。
『そうだっ! だったらアタシと変わりなさいよ! アタシが話すから♪』
『余計なこと言いそうでなんか怖いな……』
『なによ余計なことって! いいから! 変わるからね!』
強制的に意識が剝がされる感覚が脳裏を駆け巡る。
身体の感覚がなくなると、さっそくリリスが口を開いた。
「どう? 元気? 小娘ちゃん♪」
「……なによ急に」
「ちょっと退屈だからお話したくなっただけだけど」
「そんな気分じゃないわ」
「つれないなぁ。せったく助けてあげたのに、少しは付き合いなさいよ」
リリスの言葉に、ノエルは顔を背けたまま問いかける。
「さっきまでとは別人ね。急に人が変わったみたいだわ」
「そうだけど? この鎧には何人もの命が宿ってるから。当たり前でしょ?」
「なによそれ。どういうこと?」
「ん~……。それは、教えてあげない♪」
「なっ。からかってるの?」
「あはっ、そうだよ~♪ からかって退屈しのぎしてるだけだよ~♪」
愉快な声音に、ノエルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「そういえば売人達が開放されてること、確認した?」
「ええ。貴方の言う通り、私が捕まえた売人は牢にはいなかったわ。護送中に逃走されたって説明されたけど」
「でしょでしょ? あそこにはわ~るい奴が沢山いるんだから♪」
「呆れて声も出なかったわ。それも、私になんの報告もなし」
「そりゃアンタに話したら怒って文句いわれるじゃん? 言うわけないっしょ」
「だからって黙ってることある!? というより隠蔽よこれは! 王都騎士団にあるまじき行為だわ!」
「アタシに怒らないでよ~♪ 怒りたくなる気持ちもわかるけどさ♡」
宥めるリリスに、大きく呼吸をするノエル。
「それでアンタ。地下にいた2人に文句いったんじゃないの?」
「どうしてそれを? まさかガイオ達と手を組んで」
「んなわけないでしょ。アタシも奈落に飛ばされてるんだし」
「それは、そうね。じゃあなんで知ってるのよ」
「アンタがアタシと一緒にここに飛ばされたのが結論じゃない? 邪魔者は2人合わせて奈落の悪魔に捧げましょう~♪ ってね♡」
「……そう。そういうこと」
ノエルは納得したように頷いて。
「私はガイオとフィリップにはめられたってわけね」
「あはっ! 今更気付いたの?」
「それどころじゃなかったから考えられてなかっただけよ」
「あーあ。上官に除け者にされちゃって。可哀そうなんだ~♪」
「心にも思ってなさそうに聞こえるけど?」
「バレちゃった? でも、これで帰る場所、なくなっちゃったね? 子猫ちゃん♡」
「あの2人に裏切られたからと言って、帰る場所がなくなったわけじゃない」
蒼瞳がスッと鋭くなり。
「むしろアイツらの本性が知れて清々したわ。きっと、売人を逃がしたのもアイツら。だったら私がすることはひとつ」
「どうするの?」
「真実を公にして、ガイオとフィリップを捕まえるわ」
ノエルの真っ直ぐな言葉。
だが、リリスからすれば、それはおかしな言葉だったらしい。
甲高い笑い声が地下に響く。
「ぷぷっ♪ ムダなのに。まだそんな甘いこと言ってんだ?」
「なによ、甘いって」
「捕まえるって。そんなことしても売人と同じ道を辿るに決まってるじゃん♪」
「ちゃんと証拠を揃えて、今度は騎士団長に突き出すわ」
「どうせこっそり解放されるだ~け。もしくは証拠なんて握りつぶされて、アンタが悪人として法に裁かれるんじゃない? また奈落に飛ばされちゃうかもよ?」
「そうならないように全力を尽くす。私に出来るのはそれだけよ」
「ムダなのになぁ」
「さっきからムダムダうるさいわね。じゃあどうしろって言うのよ」
「そんなの1つに決まってるでしょ?」
リリスはノエルを抱きかかえたまま、尻尾で前方にいた魔物をひと突き。
呆気なく絶命した魔物の死骸に黒い靄をかけ――晴れたころにはそこには何もなくなっている。
「アタシが食べる」
「有り得ないわ」
「なんでよー? 最善とはこのことじゃない?」
「あの2人は法で裁かれるべきよ。必ず罪を償ってもらう」
「だからそれが出来ないって言ってるのに。わっかんない小娘だなぁ」
リリスの言葉に、ノエルがムッと怒りを表す。
「その小娘ってやめてくれる? 私にはノエルって言う名前があるの」
「小娘は小娘でしょ?」
「違う! 私はノエル! ノエル・エヴァンズよ!」
「はいはい、うるさいなぁ。もう呼んであげないからいいもんね~♪」
「貴方って人は……。本当によくわからないわね」
そんな会話を続けるノエルとリリス。
時には真面目な話をしたり、時には無駄話を交えたり。
「殺さないって言うけどさぁ。アンタだってムカついてんじゃないの?」
「そりゃムカつきはするわよ、私の邪魔ばっかりして。いま思えば麻薬の件もガイオとフィリップがクラウスに協力してたんじゃないかしら?」
「そうだけど。あれ? まだ気付いてなかったんだ。クラウスと繋がってた裏切者ってアイツらだよ? 片方なんて売人に薬売ってたけど。それも知らない感じ?」
「なっ……。それは本当なの!?」
「本当♪ 本当♪」
「そんなの、許せない……」
「だから、アタシに任せてなさいって。美味しく食べてあげるから♡」
「それはダメ! そもそも人を食べるって、貴方は何者なのよ?」
「それは……。ひ・み・つ♡」
「イラっとするわねその喋り方。とにかく、あの2人は私が捕まえるわ」
「だ~めっ♡ アイツらはアタシが食べますぅ~♪」
意外に相性がいいのでは?
と、意識の奥で、2人の会話を聞いていたのであった。




