第20話 奈落での共闘
足が地に付いた感覚が返ってくる。
湿った空気は冷たく、岩に囲まれ薄暗い地下。
忘れるはずもない場所だ。
まさか2度もここに来るとは思っていなかったが。
『ここ奈落!? なっつ~! ちょっとノア、身体かわってよ!』
「まあ、いいか」
言って、目を閉じる。
意識が微かに遠のき、身体の感覚が遮断される。
「ん~……。地上と違って空気が美味しい! やっぱここよね~♪」
目を輝かせて呼吸をし、辺りを飛び跳ねるリリス。
頭に響く声はウキウキであり、どこか懐かしげだ。
ぴょんと跳ねては足場を確かめ、石の隙間に指を突っ込んではまた飛び上がる。
まるで懐かしの遊び場に戻ってきた子供のように、無邪気に楽しんでいる。
『嬉しそうだな』
「実家のような安心感ってやつよね~♪」
『人間みたいなこと言うな』
「人間なんかと同列にされるのは腹立つけど、今は特別に許してあげる~♪」
そんな戯れを暫く楽しんでいると。
「グルルルルゥゥゥ!」
闇の奥から低いうなりが響いた。
岩陰から現れたのは、牙と鋭い肢を持つ獣。
リリスはぴたりと止まり、首をかしげてそれを眺める。
「こんな子いたっけ? まっ、いっか♪」
言い終わるか終わらないかの瞬間。
黒鎧の尻尾が鞭のように一振りされ、空気が裂ける。
次の瞬間には、魔物の首が宙を舞い、地面を転がる。
「なんか前よりボロくなった気もするし、少し変かも?」
『そうなのか? 俺には前と違いがわからんが』
「雰囲気もちょっと変わってるし。アタシがいなかったからかな?」
はてな? とリリスが首を傾げると、遠くの暗闇から金属の音が聞こえて来た。
次に聞こえて来たのは短い息遣いと呻き声。
「ぐっ! ま、まだよ!」
切羽詰まった叫びに。
『リリス!』
「えっ? なに?」
『ノエルがヤバそうだ。助けてやってくれないか?』
「え~。めんどくさいんだけど」
『そこをなんとか』
「じゃあアンタがやれば?」
と、言われた瞬間に身体に感覚が戻る。
『少しは黒鎧にも慣れとくといいよ』
「おう。ありがとな!」
『別にお礼いわれるようなことしてないけどね』
「それでも、ありがとよ!」
音が聞こえてくる方へと走り出すと、魔物と対峙しているノエルを見つけた。
身体はノエルの倍はある、狼を二足歩行にしたような魔物。
「シャッ!」
魔物の一振りを剣で受け止めるが、そのまま身体が吹き飛ばされる。
「うっ……」
壁に叩きつけられ、呻きを上げるも弱々しく剣を握り直すノエル。
迷うことなく突っ込む魔物。
その魔物の胴体に、俺は黒腕を突き刺した。
血を吐き出しながらこちらを睨む獰猛な瞳。
しかし、そのまま狼は膝を付き、そのまま動きを止めた。
『こんな子、今まで奈落にいなかったんだけどな~』
リリスの声を他所に、壁にもたれかかるノエルへと近付く。
Everyone Smilesで言えば彼女のレベルはまだ序盤も序盤。
裏ボスであるリリスの奈落にいる敵と戦い勝てるはずがなかったか。
むしろ、よく一撃を耐えたと言える。
「大丈夫か?」
声を掛けるが、怪訝そうな表情を向けられる。
「どういうつもり? 私を助けたりなんかして」
「お前に対して敵意はない」
「私は騎士団の人間よ?」
「騎士団にいる者が敵と言うわけではないからな」
「貴方の敵は……」
ノエルは微かに思考し
「罪を犯している人?」
問いに、俺は静かに頷く。
「そんなの、わからないじゃない。私が裏で何をしているかなんて。罪人かも知れないわよ?」
「ああ。だから、敵かどうかを決めるのは、あくまで俺の主観によるものだ」
「それって罪を犯していない人も、貴方の敵になり得るということよね?」
「見誤れればそうなるだろう」
「じゃあ今まで貴方が食べて来た人は? 本当に全てが悪人だったの?」
「そうだ」
即答に、ノエルは厳しい表情を浮かべたままこちらを睨み続ける。
「確たる証拠がなければ人を襲いはしない」
「でもそれは……。間違った証拠かも知れない。それに、罪を許すも許さないも貴方の主観でしかないわ」
「全て理解した上での行動だ。殺すかどうかは俺の主観によるもの。そこには誤りも間違いもあるかも知れない。俺は、それを理解した上で行動している」
「それは、独りよがりな危険な思想よ」
「ああ。だから、お前と分かり合おうとはしていない。初めからな」
法を元に正義として動くノエルとは理解し合えないことを知っている。
だから俺は、ノエルと手をつないで戦おうとは思っていない。
「だが、俺はお前を敵と認識していない。それが現状だ」
「私は貴方の行動を、悪だと思っているわ」
「反論はない。自分が正義であるつもりなど、さらさらないからな」
「じゃあなんで悪を裁いているの? 悪が悪を裁くなんて、理解できないわ」
「そうだな。それは……」
ノエルを笑顔にしたいから。
なんて、この場では口が裂けても言えない。
言っても理解してもらえないだろうしな。
「悲しむ善人を少しでも減らすためだ」
「その善人も、貴方の主観で決めているのよね?」
「ああ。その通りだ」
「そう……。偉そうなのね。貴方は、神にでもなったつもり?」
問いに、すぐには答えられなかった。
クリアーしたゲームの世界のキャラに転生し、仲間達を救うと決め。
ストーリーを俺が望むものへと変えようと行動している。
そんなつもりはなかったが、この横暴な思考は、皮肉めいた問いに相応しい。
「なるほど、言い得て妙だ。傷だらけの癖に頭は回るようだな」
「これはっ……。ちょっと油断しただけよ」
「ふっ。神になったつもりはないが、俺は俺がしたいことをしているだけだ。それは、お前もそう。いや、すべての生命がそうなのではないか?」
「自分がしたいことをしているだけ……」
自分するようにノエルが復唱すると。
「わからない。けど、そうかも知れないわね」
「そういうことだ。わかってきたか? 俺の事が」
告げると、ノエルは瞳を閉じて暫く黙った。
そして。
「ありがとう。助けてくれて」
微かに肩の力が抜けるのがわかった。
それは、ある程度の信頼を得られたという事か。
「構わない。それより、立てるか?」
「えぇ。問題、ないわ」
口では言うが、無理をしているということは明白。
剣を地に突き立てて、立ち上がるのが精いっぱいだ。
「リリス。回復魔法は」
『アタシがそんなの使えるように思う?』
「……思わない」
『そういうことよ!』
そんな偉そうに言わないで欲しいもんだが、そういうもんか。
「歩けるか?」
「もちろんよ」
言葉は断固としている。が、足取りは不安定。
歩くたびに小さくと呻きが漏れ、片足を引きずり顔が引きつっている。
『痛々しい。助けてって言えばいいのに』
「ノエルからしたら、仲間ってわけじゃないからな」
『なら置いてく? 地上までそうとう距離あったよね?』
前に奈落から地上までどれほどの時間が掛かったか?
ひたすら薄暗い道を進んでいたから全くわからない。
が、今のノエルの速度に合わせていたら、地上には出られないだろう。
地上に付くより餓死する方が先だ。
振り返りノエルに近付く。
少し進んだだけで汗だくになり、呼吸が荒くなっている。
まともに歩ける怪我じゃない。
「手を貸す。掴まれ」
腕を差し出すと、手を取らず首を横に振る。
「ひとりで行けるから。先に行って」
「魔物が現れたらどうする? 万全な状態でも勝てるように見えなかったが」
「それは……。でも、私は大丈夫だから」
答えた瞬間、杖替わりにしていた剣が折れ、身体が傾く。
咄嗟に支えると、「放して」とノエルの口が動く。
だが声は震え、もはや身体に力は入っていない。
「……暴れてもらって構わない」
俺はためらわずに腰を落とし、華奢な体を抱き上げる。
ノエルは一瞬息を詰め、唇を噛むような音がした。
顔がこっちを向いているが、目は逸らしたままだ。
抵抗はあるが、身体の重みはこちらに預けられている。
暴れる様子はなさそうだ。
「魔物が来たら、どうするの?」
「尻尾があれば十分だ」
「なんで鎧に尻尾が生えてるのよ……」
「なんで? なんでだろうな」
『鎧も尻尾もアタシの魔力だからに決まってるじゃない』
「ああ、そうか。まあ、そういう鎧もあるだろ?」
「ないわよ、そんな鎧」
そんな真面目に返されると困るが、俺も説明のしようがない。
ぶつぶつと文句を言っているノエルを抱きかかえたまま、俺は奈落を歩き続けた。




