表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士団から弾き出されるモブキャラに転生した俺は、悪魔と共に世界を書き換える  作者: すなぎも
プロローグ ―孤児院編―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/31

第2話 変化

 鐘の音とともに孤児院の食堂に子どもたちが集まった。

 机の上に並べられたのは、固く乾いたパンの切れ端と、薄いスープ。

 食前の祈りを終えた後、俺は乾いたパンに齧りつく。


 うん。固い。味しない。喉が渇く。

 スープで流し込む。遠いところに見え隠れするカボチャの味。

 あまりの遠さに俺の気まで遠くなる。


「これわたしの!」

「違う! これはボクのだ!」


 年下の子たちが、ひとつのパンを取り合って声を張り上げた。

 小さな手と手がぶつかり合い、今にも喧嘩に発展しそうな空気。


「ほら、お前ら。これを半分ずつ食え」


 年上という事で、俺にはパンが二つ配られていた。

 そのうちの一つを割いて子供たちに差し出す。


「い、いいのかよ?」

「ノアお兄ちゃん。お腹すかない?」

「俺は一つで腹いっぱいだ。しぶしぶ俺に食べられるより、お前たちに笑顔で食べられた方がパンも幸せだろ?」


 そう言って、温いスープを口に運ぶ。


「ありがと! ほら、大きいほうやるよ!」

「えっ、いいの!」


 子供たちが勢いよくパンを齧り、頬を膨らませながら笑顔で顔を見合わせている。


「そうだ。笑顔で味わえよ。用意してくれたシスターに感謝しながらな?」

「わかった!」

「ありがとー! シスター!」


 遠くにいたシスターが急に呼ばれて驚いている。


「大丈夫なの?」


 そう問いかけてきたのは隣に座っているノエルだ。

 こちらは既に朝食を完食済み。

 子供たちのように頬がパンで膨れ上がっている。

 そういえば食いしん坊なキャラだったか。


「大丈夫だよ。腹がいっぱいなのは本当だからな」

「本当に?」


 覗き込んでくる蒼眼。


「……うん。嘘はついてないみたいね。でも、なんでパン一つで?」

「そんな時もあるんだよ」

「いやないわよ。パン一つでお腹がいっぱいになることはないわ。絶対にない」

「そんな何度も否定しなくてもいいだろ」


 時にはあるだろ、そんなことも。

 どんだけ食いしん坊なんだ。


 それに、腹が満たされているのは本当だ。

 ノエルに言うつもりはないけど。


「今の俺にはこんなことしかできないけど」


 言いながら、パンを少しずつ食べている子供たちを見て。


「早くこいつらを腹いっぱいにさせてやらないとな」

「……ええ。そうね」


 俺の行動が意外だったのか、呆気に取られているノエル。


「なに驚いた顔してるんだよ。飯が終わったら次は訓練だ。先行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 競争なら負けないんだから!」


 食器を持って洗い場に行くと、競うようにノエルが追って来た。

 張り合うつもりはないが、相手がその気だと、こっちもその気になってしまう。

 不思議なもんだ。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 木刀と木刀がぶつかり合う音が教会の裏庭に響く。

 ノエルの一撃は、子どもとは思えないほど重かった。

 何度も振り下ろされる剣を、俺はただ必死に受け止める。


「はぁっ!」


 小さな身体から絞り出される気合とともに、木刀が容赦なく襲いかかる。

 腕が痺れる。足の裏が震える。

 それでも俺は、歯を食いしばって踏みとどまった。


 さすがは主人公。同い年とは思えない攻撃をしてくる。

 ステータスは見えないが、今の時点で俺より遥か上を言っているはずだ。

 俺は、彼女の攻撃を受けるので精一杯。


「まだ倒れねえぞ! もっと思いっきりこいよ!」

「なによ。いつも以上に威勢がいいじゃない!」

「そんな時もあるんだよ!」

「朝食の時から変な感じね! ハァ!」


 木刀を受け止め、腕がきしむ。

 たとえ体力差で勝てなくても、ノエルが全力を出せるように受けてやる。


「そろそろ負けを認めたら? いつもならとっくに泣いて謝っているのに!」

「まだまだ余裕だ! ノエルの方こそ疲れて来てるんじゃないか? 攻撃に勢いがなくなってきてるぜ!」

「私を挑発をするなんて! 生意気になったものね!」

「この程度の実力差だったら生意気にもなるっての!」


 虚勢を入っているが、既に木刀を握るのが精いっぱいだ。

 手が震え、足も立っているのがやっと。

 気を抜けば倒れ込みそうなほど疲れている。


 それでも、手加減しているノエルに発破を掛ける。


「いつの間にか俺の方が強くなっちゃったんじゃないか!」

「その勘違い、直ぐに現実を見せてあげるわ!」

 

 ノエルの目がすっと細められる。

 振り上げられた木刀を正面から受け止めるつもりで身構える。


「甘い!」

「っ!」


 フェイント。

 振り上げた木刀は空を切り、ノエルの足が素早く横へ滑る。

 体勢を崩した俺の脇腹に、鋭い衝撃が走った。


「ぐっ……!」


 横腹に叩き込まれた一撃で、息が詰まる。

 木刀を突き立て、なんとか片膝をついたところで持ちこたえる。

 ノエルは木刀を構えたまま、小さく息を弾ませて俺を見つめ。


「や、やっぱノエルには勝てねえか……」

「なに言ってるのよ! ごめんなさい、大丈夫?」


 心配そうに覗き込んでくるノエルに。


「大丈夫に決まってるだろ。木刀の一撃でやられてたまるかよ」

「ちょ、ちょっと! 無理しない方が」

「心配し過ぎだって」


 呼吸を整えて立ち上がる。

 鈍い痛みはあるが、摩ってれば直ぐに消えるだろう。


「それより、もう一戦どうだ? まだまだいけるだろ?」


 ノエルの瞳が一瞬だけ大きく見開かれた。

 だが、すぐにそれは微笑みに戻る。


「……わかったわ。でも、少し休憩してからにしましょう」

「なんだよ。俺はまだ」


 と答えようとした瞬間、ノエルにおでこを押された。

 疲労しきった足は踏ん張れず、そのまま後ろに倒れ込む。


「限界でしょ?」

「……全く、ノエルには敵わないな」


 限界だと見抜かれていたようだ。

 冷えた地面を感じながら、俺は静かに目を閉じた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

ノエル視点


 ノアはそのまま眠ってしまった。

 浅い寝息が聞こえてくる。額には汗が浮かび、頬は少し赤い。

 威勢が良かったのは疲労を悟られないようにするため。

 もしかしたら、私が本気を出していないことに気付いたから?


 なんて、ノアにそんな洞察力があるわけないか。


 隣に座り込み、じっと彼の寝顔を見つめた。


「ノア。どうしちゃったの? 急に人が変わったみたいに」


 朝食のことを思い出す。

 子どもたちの喧嘩を止めて、自分のパンを分けてあげた。

 今までなら面倒そうに目をそらしていただけなのに。

 笑顔でパンを食べる子供を見て嬉しそうにしていたノアの顔が、忘れられない。


 訓練の時もそう。

 今までは私が誘っても乗り気じゃなかった。

『大丈夫大丈夫。ノエルがいれば問題ないから』

 へらへらしながらそう言って、軽く打ち込むだけで大袈裟に倒れ込んで。

 お腹が痛いからと訓練もサボって。


 それなのに今日は、人が変わったようだった。

 私の目を見て必死に攻撃を読もうとしていた。

 何度も私の攻撃を正面から受け止めて、苦しそうな表情を浮かべていた。

 手加減に気付いていたのか、私に本気を出せって言った。


 今までの態度からは想像できない、真剣な眼差しで木刀を握りしめていた。


「本当に、なにがあったのよ」


 胸の奥に小さな不安と、それ以上に温かい感情が芽生える。

 理由はわからない。けれど、この変化はきっと悪いことじゃない。


 木漏れ日の下で眠るノアを見ながら、私はふと口元をほころばせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ