第19話 誘いの罠
いつも通り時計塔の縁で王都を見下ろす。
なんら変わらぬ風景で、外套を翻す男を見つけた。
「スラムで見た時と同じ外套だな」
それはフィリップだ。
周りに4人の騎士を付けて歩いている姿は、あまりに目立ちすぎている。
人混みも気にせず進み続け、民も迷惑そうに避けていた。
『おっ♪ あの時のご馳走じゃ~ん♪ ぷぷっ、片腕ないでやんの~♪』
「えぐいこと言うなお前……」
『殺してないだけ優しいでしょ? 本当はあのとき食べる予定だったんだから』
「それは、まあ。そうだけど」
『ノアがあの時へましなければ食べられたのに』
「それは謝っただろ」
『まっ、いいけどね♪ それで、どうするの?』
その問いかけ、リリスも気付いているようだ。
『あれ、どう見てもアタシたちを誘ってるよね?』
「だろうな」
奴は意図的に目立っている、誰かに見られてほしいような歩き方。
となれば狙いは奴の片腕を奪い、クラウスを喰った俺達だ。
「関係ないけどな」
『おっ、やる気だねぇ~♪』
「当たり前だ。アイツはまず殺すべき相手だからな」
『じゃあ早速いっちゃう?』
黒い靄が身体を包み、それは強固な黒鎧になる。
「俺が行っていいか?」
『食べる時に譲ってくれればそれでいいよっ♡』
「わかったよ」
時計塔から飛び降りて、着地の瞬間に魔力を流して足を衝撃を逃がす。
すぐに地を蹴り建物の屋根に飛び乗った後、フィリップの後を付ける。
向かった先は、薬物生成所の跡地。
地下でリリスが魔力を開放した影響で、壁が焦げ、窓は割れている。
辺りに監視はおらず、片側がもげた扉にフィリップが進んでいく。
「証拠隠滅にでも来たのか?」
『もうだいぶ経ってるでしょ。さすがに何も残ってなくない?』
「それはそうか」
『そんなことより、早く行こうよ♪ ご飯がアタシを待っている~♪』
呑気な歌声を聞きながら、俺も屋敷へと侵入する。
フィリップは地下へと繋がる階段を進み、麻薬を生成していた部屋へ。
奥の扉を押し開け、さらに内部へと進んで行く。
『あんなにごちゃごちゃしてたのに。もう何も残ってないね』
「フィリップ達が関わってた証拠があるかも知れないからな。なにも残さないだろ」
『なるほどね~。ま、どうでもいいけど』
辺りを見渡してから進もうとしたところで、背後の扉が開く音がした。
振り返り、姿を確認すると。
『わ~お♪ まさかのサプライズ?』
「これは嬉しくないサプライズだな」
姿を現したのは、騎士団の鎧に身を包んだノエルだ。
彼女もこちらを見つけ、驚きに目を見開いている。
「なんでこんなところに黒鎧の闇喰いが?」
「こちらのセリフだ。なぜこんなところにいる」
「私は……。って、言うわけないでしょ! そっちこそ、なんでいるのよ?」
「フィリップに誘い込まれた」
「い、意外と素直に教えてくれるのね……」
剣に手を添え、警戒しつつも答えたことに何とも言えない表情を浮かべるノエル。
「どうやら俺とお前を鉢合わせにする罠だったようだな」
「私と貴方を? どういうことよ?」
「お前はフィリップか、ガイオにでも呼び出されたのではないか?」
「そ、それは……。だとしたら、どうなのよ!」
「捕まえた売人が消えていたことを2人に伝えただろ?」
「だ、だとしたら?」
ノエルを呼び出した相手。
そして、消えた売人に対して2人に伝えたこと。
どちらも言い当てられたからか、隠そうとしているが動揺が凄い。
素直な奴である。
「俺達は奴等から見て同類。同じ邪魔者と言うわけだ」
「えっ? それって、どういう……」
ノエルの言葉がそこで切れた。
薄暗くて見えなかった、床に描かれた紋様がふわりと光り出す。
空気がと締まり、身体が微かに軽くなる。
「これはっ!?」
『転移陣かぁ。どうやらうまく嵌められたみたいだね♪』
「暢気に言うな」
「暢気に言ってないわよ! 貴方の耳、大丈夫!?」
「お前に行ったんじゃない」
「じゃあ誰に言ったの! この状況でふざけないで!」
そのとき、奥の扉が勢いよく開き、ガイオとフィリップが現れる。
2人の顔はどちらも笑顔。
「ここで終わりだ、汚らわしい黒鎧の闇喰い! よくもボクの腕を!」
「似たような光景を見たな。フィリップ」
「なにを世迷言を! あまりの絶望に頭がイカレたか? あぁすまない! 頭がイカレているのは元からか! 人間を喰う化物め!」
高らかに笑うフィリップ。
そして、隣に立つガイオ。
「部隊長、どういうことですか!」
「うるせえぞ小娘。すぐにギャーギャー騒ぐ。これだから女は嫌なんだ」
「これはなんなんですか!」
「説明する時間はねえよ。じゃあなクソ女」
転移陣の光が俺とノエルの身体を包み、姿を薄れさせていく。
「あの世で化物と仲良く暮らせや。……ああ、そういや、もしかしたらあの雑魚ガキにも会えるかもな」
「そうだねぇ。ノアとかいうバカも、送った先は同じだったかな?」
「ま。どっちにしても、悪魔に喰われて終わりだろうがな」
2人の声が遠ざかっていく。
次第に視界は光に包まれ、圧倒的な浮遊感に襲われた。
この感覚を味わうのは2度目。
隣で叫び続けるノエルの声を聴きながら、俺は転移先に付くのを静かに待った。




