第18話 悪の会談
騎士団兵舎の七番隊、隊長の部屋。
簡素な机にガイオとフィリップが深刻な顔を向かい合わせている。
神妙な面持ちの後、フィリップが口を開いた。
「まさかクラウスが黒鎧の闇喰いに喰われるとはね」
「あの野郎、どこで情報を得やがった。クラウスが麻薬を作ってるって知ってるのはオレとフィリップ、それに騎士団長ぐらいだぞ」
「さあね。奴の情報は全く出てこないから。それに……」
フィリップは失った左腕が付いていた、肩の傷口を触れる。
「あの強さは普通じゃない。音もなく現れて、ボクじゃ手も足もでなかった。遥か彼方からの斬撃ですら、躱すことが出来ないなんて」
「それに加えて謎の情報収集能力ってか? 理解できんぜ」
「本当に、ね」
お手上げさ、とため息を吐くフィリップ。
「麻薬の生成場はどうだい?」
「もう使えねえよ。爆発魔法だかなんだか知らねえが、ボロボロになってやがった」
「そんなことはどうでもいい。ボクたちとクラウスの繋がりを示すモノは?」
「言ったろ? ボロボロになってたって。何も残っちゃいねえよ。それに、現場を仕切ってるのはうちのトウカだ。もし出て来たとしても、アイツが片付ける」
「あの女騎士か……」
フィリップはガイオを見据え。
「信用できるのかい?」
「ああ。アイツはオレの操り人形だ。問題ねえさよ」
「ボクからお堅い騎士に見えるんだけど。それをどやって?」
「オレはなにもしてねえ。ただ、飲み屋で生真面目に働いてた女に無理やり麻薬をキメてたら、そいつの娘がたまたまオレの部下だっただけさ」
ガイオの悪い笑みに、フィリップは首を横に振る。
「やれやれ。キミの悪運には惚れ惚れするね」
「だろ? それがオレの生き様よ」
「お陰で、ボクたちが疑われることはないかな」
「ああ……。だが、不安要素がある」
「ノエル・エヴァンズ。だね」
フィリップの言葉に、ガイオが頷く。
「あの野郎。命令を無視して製造所にいち早く行きやがった」
「聞き込みはしたのかい?」
「ああ。怒鳴り付けてやったが、悪びれもしねえ。むしろ、なんで解毒安定剤を開発する責任者が麻薬を作ってるんだと、逆に怒鳴ってきやがった。オレに聞くんじゃねって突っぱねといたが」
「彼女がなにか情報を掴んだことは?」
「ねえはずだ。もしそんなことになったら、すぐさま報告してるだろうからな」
「なるほど。随分と真っ直ぐな子なんだね」
「真っ直ぐ過ぎて、消したくなるぐらいだよ」
――コンコン。と扉が叩く音。
「誰だ」
「七番隊。ノエル・エヴァンズです」
その名に、2人は顔を見合わせる。
「入れ」
「失礼します。……フィリップ隊長もご一緒でしたか」
「ボクのことは気にしないでいいよ。要件をどうぞ」
ガイオの頷きに、ノエルは口を開く。
「ガイオ隊長。私が捕まえた売人達が逃走していることはご存じでしたか?」
「……ああそのことか。報告してなかったか?」
「されていません。これはどういうことでしょうか?」
「どういうこともねえだろうが。そういうことだ」
「それで納得しろと?」
「てめぇ……。納得もクソもねえだろうが!」
ガイオが力強く机を叩く。
「牢屋に行く途中に逃げられたんだ! そんなのオレの知るところかよ! てめえになんて説明しろって? あぁん! 言ってみろや!」
怒鳴り声に、しかしノエルは表情を崩さない。
「報告されなかったことについて聞いているのですが」
「報告はした! してなかったらトウカの責任だ! そっちに聞け!」
「ですが」
「うるせえ!」
ガイオの顔がゆがむ。
椅子を乱暴に蹴り飛ばすと、破片が床に跳ねて小さな音を立てる。
ガイオは勢いよく前に出て、ノエルの顔の高さまで顔を寄せた。
「オレはいま虫の居所が悪いんだ。さっさと消えろ、殺すぞ!」
殺意が含まれた強い言葉。
だがノエルは微動だにせず、冷たい静けさでガイオを見返す。
「……なにがあろうと、私は何度でも悪人を捕まえ続けます。騎士として」
平然とした声。
ノエルは背筋を伸ばしたまま振り返り、部屋を後にした。
部屋に沈黙が流れ。
「クソッ! なんなんだあの女は! うざってえ!」
「落ち着きなよ、ガイオ」
「あんな小娘にバカにされて、落ち着いてなんていられるか!」
「いいから」
怒りを表していたガイオも、フィリップの冷静な瞳にそれを鎮める。
「ふんっ。それで、これからどうすんだ? フィリップ」
「麻薬の件は全てクラウスに責任を擦り付けて事なきを得よう。死人に口はないからね。それに、製造レシピは残ってる。騒ぎが収まったことにまた再開しよう」
「じゃあ暫くは休業ってことかよ」
「いいや。休んでる暇はないよ」
それまで冷静だったフィリップの瞳に火が灯る。
「黒鎧の闇喰い。騎士団の総力を持って、奴を捉えるよう手を回そう」
「んなことしても金にならねえだろ?」
「金にはならない。だけど、金を稼ぐのに、奴の存在は邪魔だ。違うかい?」
「……いや、その通りだな」
「ああ。それに、奴には大きい貸しがあるからね」
傷口を触れて、険しい表情を浮かべるフィリップ。
「そうだ。なら、そこにノエルを使うってのはどうだ?」
「あの娘を?」
「ああ。アイツの実力は確かだ。ノエルを使って、黒鎧の闇喰いを追い詰めて……。2人まとめて葬り去る」
ガイオの提案に、ニヤリと笑みを浮かべるフィリップ。
2人は長い夜を作戦会議にあてるのであった。




