第14話 彼女の道1 ―ノエル視点―
ノエル視点
部隊長室の中は昼間だというのに薄暗い。
窓のカーテンは閉ざされ、机の上には書類の山。
その奥で、ガイオ部隊長が眉間に深い皺を寄せていた。
「また巡回ルートを無視したのか? ノエル」
机を叩く音が低く響く。
私は姿勢を正し、目を閉じたまま答える。
「はい。市街地南区で薬の取引をしている人物を見かけたので」
「状況説明しろって言ったんじゃねえ! 巡回ルートを無視したのか聞いたんだ!」
「無視しました」
「なんでそんなことした!」
「巡回ルートが売人に知られていると思ったからです」
「なにを根拠にそんなこと言ってんだ!」
「黒鎧が売人を襲う時間と場所が、ちょうど巡回ルートから外れていたからです」
「黒鎧……。黒鎧の闇喰いのことか」
「はい。ですから私は巡回ルートを外れて行動しています」
「バカ正直に問題発言しやがって……」
ガイオ部隊長は問題児を見るかのような視線を私へ向ける。
だけど、私はそんなの気にしない。
それで民が守れるのなら。
「確かにお前の挙げている成果は立派なもんだ。売人を捕まえてる数は騎士団で一番だしな。だが、ルールは守れ」
「それでは犯罪者は捕まえられません」
「それでもだ! お前のやってることは黒鎧の闇喰いと変わらんぞ?」
「違います」
言い切り、私はゆっくりと机に手を置いた。
視線を部隊長に真っ直ぐに向ける。
「闇喰いがやっているのは偽りの裁きです。事実確認も手続きも無く人を消す。見せしめのために血を流す。秩序を破壊し、恐怖で支配する。あれは法に背いています」
私は一息ついて続ける。
「私がやっているのは逮捕です。証拠を押さえ、身柄を確保し、法の手続きに渡す。法にのっとり秩序を守る。どこが闇喰いと同じですか?」
「騎士団に所属してるのに騎士団のルールを破ってるだろうが」
「それは事実です。が、黙って見ているわけにはいきません。この街を守るために」
暫く睨みあった後、部隊長は大きくため息を漏らす。
「下がれ。今日の報告書はオレがまとめておく」
「了解しました」
形式だけの敬礼をして部屋を出る。
扉が閉じる直前。
「あまり余計なことはするなよ、ノエル」
その声には、警告のような響きがあった。
「余計なこと? どっちが」
そう思いながら、私は足早に廊下を進んだ。
廊下の角を曲がったところで、見慣れた顔がこちらを見ていることに気付く。
黒髪を腰まで伸ばした女性、トウカ副隊長だ。
「凄い顔をしているな。またガイオ隊長に怒られたのか?」
「聞いてくださいよトウカさん! 部隊長ったら」
「落ち着け。愚痴なら部屋で聞く」
トウカさんは周りを見渡し、騎士たちの視線を気にするように言う。
「愚痴じゃないですよ。悪いのは部隊長です!」
「はいはい」
呆れ顔で受け流され、トウカさんの部屋に足を踏み入れる。
ベッドに本棚、真ん中には大きめの机だけおかれた簡素な部屋。
近くの実家にいるから余計なモノは置いてないというのは最近知った。
「それで。今回も巡回ルートのことか?」
「そうですよ! なんで犯罪を防いでいる私が怒られないといけないんですか! 巡回ルートが漏れているなんて誰だってわかっているはずなのに!」
壁に立てかけられていた王都の地図を机に広げる。
そこには黒鎧が売人を捕まえたポイントが×マークが幾つもある。
そしてそれは、騎士団の巡回ルートからうまい具合に外れていた。
「10日に1回、巡回ルート変えてこれですよ! 内通者がいるに決まってるじゃないですか!」
「それを炙りだす、と騎士団長も言っていただろ?」
「それはいつの話しですか!」
麻薬の件で、内通者がいるのは明らか。
まずはその内通者を見つけなければいけない。
それはまでは今まで通り働いてくれ。
だから巡回ルートを守れって?
そんなの待っていられるはずがない!
こうしている今も、麻薬による被害は広がってるのに!
「気持ちはわかるが少し落ち着け」
「落ち着いていられますか! 見てくださいよ黒鎧が売人をやった数! 騎士団が検挙した数の倍じゃきかないんですよ!」
「そうだな。それも、その検挙のほとんどがノエルだ」
「もう訳が分からな過ぎて頭が痛いですよ! どうなってるんですか騎士団は!」
麻薬の被害を抑えたい。
けど、それをしようとするとさっきみたいに怒られる。
そうしているうちに黒鎧は次々と売人たちを成敗していっている。
これじゃ私が間違ってて、黒鎧の方法が正解だと言われているようで腹が立つ。
それは納得がいかない!
「売人も黒鎧が怖くて売りを控えてるって。それは私達の役目でしょ!」
「代わりを担ってくれてるなら、感謝しないといけないな」
「冗談でもそんなこと言わないでくださいトウカさん!」
「ははっ、悪い。だが、改めてこうしてみると」
トウカさんと地図を見る。
黒鎧と騎士団が対応した数の違いに、改めてため息が漏れてしまう。
「内密者が見つからなければ改善されるだろうが」
「いつになるんですかねっ!」
「子供のように不貞腐れるな」
「わかってますけど!」
騎士団の対応の遅さが嫌になる。
「せめて解毒安定剤が作られればな」
「解毒安定剤、ですか?」
「ああ。薬の中毒症状を抑える薬だ。騎士団主導で開発中らしいが」
「どうなってるんですか?」
「対応中、だそうだ」
やれやれ、と首を横に振るトウカさん。
それを見るに、進捗がよくない、ってことはすぐにわかる。
「そうだっ! 私達で解毒安定剤を作っちゃえば!」
「薬に詳しいのか? 初耳だが」
「あっ、いえ。そういう知識は……」
「病人に飲ませる薬だぞ? てきとうには作れないだろう」
「それは、そうですね……」
私は小さい頃から剣ばかり振っていて、薬品の知識はさっぱり。
こういう時にノアがいてくれれば。
彼は薬草だったり、調合だったりの知識があったのに……。
「ノアの知識……。あっ、そうだ!」
「どうした?」
「ベリトさん! ベリトさんなら出来るかも知れません!」
ノアとベリトさんは私に隠れてこそこそなにかやっていた。
詳しい内容はわからないけど、薬の調合云々の話しをしてたのは間違いない。
ベリトさんの部屋にもそれらしい器具がたくさんあったし、もしかして……。
「トウカさん、薬ありますか?」
「いや、わたしは持っていないが」
「そうですか、なら!」
自分の懐から薬を取り出す。
「なんでノエルが持っているんだ」
「売人から取り上げたの、提出するの忘れてました」
「大問題だぞ」
「かも知れませんねっ!」
「なんで嬉しそうなんだ」
トウカさんが頭を押さえてため息を吐く。
「早速ベリトさんのところ行ってきます!」
「ちょっと待てノエル! そんなことしたらまた怒られるぞ!」
「知ってますよ! それでも私は行くんです! どうですか? たまにはトウカさんも一緒に部隊長に怒られてみます?」
聞いてはみるけど、トウカさんがそんなことしないのは知ってる。
トウカさんは自分なりの正義感を持ってる。
だからか、ガイオ部隊長と衝突していることを見たことがない。
信用しているけど、そこが不思議なところ。
だから騎士団のルールを破らない。
「……そうだな。たまにはいいか」
「えっ?」
「私も一緒に行こう」
「い、いいんですか? バレたら絶対に怒られますよ!?」
冗談で誘っただけだったんだけど。
けれど、トウカさんは本気だったみたい。
「解毒安定剤を作れるかも知れない人がいるなら。わたしも会いたいからな」
「そう、ですか」
トウカさんの優しい瞳を見て、ふと思い出す。
雑談の中でトウカの母親が薬の害に苦しんでいるという話。
普段は冷静なトウカさんが、あの時だけは悲しい顔をしていた。
すぐに話しを変えられたけど、もしかしたらそのことで。
「なにを呆けている? そうと決まれば準備しよう。見つからないよう短時間で済ませる必要がある。必要そうなものは――そろったな」
「はやっ!」
「ベリトさんはノエルがいた孤児院のシスターだったな? であれば地下道を使おう。出口は少し離れているが、そこからなら裏路地を進んでいける」
「ま、待ってください!」
「ローブは……。洗濯してないが、これでいいだろう。ほら、行くぞ」
「なんでそんなに手際がいいんですか!」
なんでか主導権がトウカさんに移ってた。
けど、こんなに心強い人はいない。
最後にもう1度、地図で進む道を確認してから、私たちは部屋を出た。




