第九話 問題点
貧困街の隅々を探した2人。
「どこに行ったんだろう、サイロ君!どこにいるの!」
「サイロ!返事をしろ!」
返事がなかった。
「サイロ、我慢させてばかりでごめんな。」
「何があったか、聞いていいかな?」
「......俺が長男であいつが次男。俺は家事とか買い物で家を空けることが多いし、婆ちゃんは下2人の面倒で手が空かない。父ちゃんは朝から晩まで働いてるから家にあまり帰ってこない。サイロだけを相手できることができてないんだ。母ちゃんが家を出てから、本格的にあいつの相手をすることが難しくなって、サイロは出ていったと思う。」
(重い事情があったんだ...原因は貧困と、お母さんの出奔だろうな。あまり首を突っ込むことは根本的な解決にはつながらない。どうしよう...)
歩いているといつのまにか河川敷に着いていた。
「不甲斐ない。俺が面倒を見れてやれなかったからだ。買い物に連れて行くことも出来たし、家事だって一緒にやることはできたのに...」
「ラーファ君が責任を感じることじゃないと思うよ。あくまで僕の意見だけど、あの家庭環境で君はよくやっていたと思う。」
(事実、貧困街で6歳前後の子供を買い物に連れて行くのはそれなりにリスクがある。というか8歳でもギリギリなところだろう。この子はよくやってるよ。)
「そう言ってくれて、ありがたい。」
「学校は行ってるの?」
「週に3回。貧困街に住む人たちを中心にしてる学校に行ってるけど、まともに機能してない。教師もまともに教える気ない。」
(それなりに問題は山積みっぽいな。国がやるくらいだからあの貧困街の子供の人数は多いんだろう。)
「それも相まって、俺はサイロの面倒が見きれてないんだ。」
「まぁ、学校と家事の両立は難しいからね...」
(僕もバイトしながら学校行ってたけど、だいぶ大変だったな...まぁこの場合は比じゃないと思うけど。)
その時、サイロの泣き声が聞こえた。
「この声、」
「サイロ!」
「兄ちゃん...」
サイロの瞼は赤く腫れていた。ラーファはサイロを優しく抱擁した。
「ごめんな、構ってやれなくて。」
「僕、僕、」
(どっちの方が辛いかなんか言い難い。この子達なりの苦悩があるのは分かってる。なんだかやるせないなぁ。)
サイロは泣き疲れて寝てしまった。
「僕がサイロ君を抱き上げて帰るよ。」
「ありがとう。」
(正直、ラーファ君の方が辛い気がするんだよな。8歳でまともに人に甘えられず家のことと兄弟の面倒。自分に向き合う時間なんて寝てる時くらいだろう。...そうだ。)
創達は少し大きめの乳母車を創った。そしてサイロを乳母車に乗せた。
「さて、これで僕の片手が空いたわけだ。」
創達はラーファの前に膝をついた。
「おいで、ラーファ君。」
(僕の考えが正しいのなら、)
ラーファは無言で創達に抱きついた。
「頑張ったね。」
ラーファは静かに泣いた。
(人には泣く時間も必要なんだよ。子供なんか特に感情を抑えることは難しいからね。吐き出したい時は吐き出さなきゃ。)
創達は泣いているラーファを抱き上げ、サイロが乗っている乳母車を押しながら家に戻った。
「サイロ!ラーファ!」
老婆は駆け寄った。
「婆ちゃん...」
「良かった、無事で...ありがとうございます。」
「いえいえ。」
(問題は深刻どころじゃない。今必要なのは子供達のメンタルケアとお金なんだろうな。メンタルケアするにしても手が回らないし、お金なんてもっと難しい。僕からお金を渡すことなんかいくらでもできるけど、それは根本的な解決にはならないし...貧困からの救済って難しいな。せめても母親がいればマシになってるんだろうな。)
「どうお礼をしたら良いか...」
「お礼なんていりません。ラーファ君達を愛してあげてください。僕から言えるのはそれだけです。」
(これ以上長居しても良いことは起こらないだろう。もう出たほうがいいな。)
「僕、もう出ますね。」
「もう行くのかよ。」
「心配しなくても、また会えるよ。きっと。」
またね
創達はラーファ達の家を出た。
(状況は、割と深刻。目安箱みたいなのないのかな?そもそもここ以外に貧困街はあるのだろうか...それによるな。)
貧困街を出て表通りに戻った。
(まぁ栄光の裏には翳りありというか、そんな感じか。首都にある時点でだいぶヤバい気がするんだけど。)
考え込みながら創達は本日の宿を探した。
(どこか良いお宿ないかな〜。最悪キャンピングカーで一泊するか。)
アルファの中をグルグル周回した創達は結局良い宿を見つけられず、キャンピングカーで一泊することになった。
(まぁそのためのキャンピングカーだからね。)
アルファと郊外の境目あたりまで来た創達。
(“格納”からキャンピングカーを出してっと、)
キャンピングカーの中に入った。
(“浮遊”!)
創達が念じるとともにキャンピングカーは浮遊した。
(さっきよりは違和感ないな。...ちょっと待てよ。他の人からしたら得体の知れないものが浮かんでいることになるよな?え、ヤバくね?)
創達はキャンピングカーが浮いていることが周囲の人間にもたらす影響を考えていた。
(と、透明化とかないのか?)
すると視界の中に文字が浮かんだ。
『“浮遊”の特典として“透明”が付与』
「なんだぁ、良かったぁ。」
創達はベッドに座り込んだ。
(ラーファ君達が心配だけど、大丈夫だよね。きっと。)
座った状態から寝転がった。
(寝よう。)
目を閉じて眠りについた。
〜翌日〜
朝日で目が覚めた創達。
「眩しい...」
窓から外を眺めた。
「さて、今日は何をしよう。」
創達の目から見て、貧困街の状況は深刻だった。
(僕一人でどうにかできる問題じゃない。関われば引き摺り込まれる可能性は十分ある。でも、ラーファ君達を見捨てられない。)
「ラーファ君達の母親を探してみるしかないか...」
キャンピングカーを降下させて外に出た。
「“格納”。」
キャンピングカーは消えた。
「便利だなぁ。っと、いけない、いけない。」
創達は町の中へ歩いて行った。
(ラーファ君達のお母さんの名前聞き忘れちゃったなぁ。失敗。)
まだ朝日が昇ったばかりなため、町には人はいなかった。
(そりゃそうだよね...)
昨日とは変わって静かな空気だった。
(本当に同じ町なのか疑問だな。)
ふと創達の目が眩んだ。
「うっ、なんだ?目眩?」
目の前が眩んだ。
(頭痛か?僕風邪引いたのか?)
目眩から頭痛に転じた。
(頭、が、)
その場に倒れ込んだ創達。
目が覚めたそこはどこかの天井だった。
(あれ、ここ、どこだ?)
体を起こした。どうやらそこは誰かの家だった。
(誰かが運んできてくれたのかな?)
扉が開いた。
「え?」
入ってきたのは一人の女性だった。
(なんか、ラーファ君に凄い顔が似てる?)
その女性はラーファに顔が似ていたのだ。
「通りで倒れていらっしゃったので、中に入れさせてもらいました。体調はいかがですか?」
「え、まぁ、はい。」
「私の名前はユイナです。あなたの名前は?」
「僕は八城創達です。失礼ですが、ここはどこですか?」
「ここ、ですか。実は私もわからないんです。気づいたらこの家にいて、外に出ようとしたら扉が開かないんです。」
(異空間みたいなものなのかな?同じ町なのか疑った瞬間、ここにきた気がする。)
「そういえばアルファって朝方と昼、随分雰囲気違いますよね。」
「そうですね。本当に同じ町なのか疑うレベルで。私、子供達を置いてきたので早く帰りたいんですけど...」
「あの、その子供って、長男がラーファって名前の子達ですか?」
創達がラーファの名前を出した途端、ユイナの目が一気に開いた。
「その名前、ラーファ達は元気なんですか?生きてるんですか?どうなんですか?」
「落ち着いてください。ラーファ君達は元気ですよ。」
「生きてた、生きてたんだ...」
(この様子、悪意があって家を出たわけじゃないんだ。)
「私もあなたと同じように急にここにいたんです。」
「そうだったんですか...」
「少し遠くの朝市で安売りをしていると聞いて外に出て、突然眩暈がして、気づいたらここにいたんです。」
(僕と全く一緒だ...)
「私の見立てでは、ここはこの世とあの世の境目。中間の世界なのだと思います。」
「中間の、世界。」
「だから、アルファの人間は感知できないのだと思います。」
「感知できない、厄介ですね。」
「はい。私は魔力が通常の人間より少ないので外に出られないのです。」
「魔力があれば外に出られるってことですか?」
「あくまでも予想です。この空間は魔力で外側から抑圧されているように思えます。外側から抑圧されているのなら、弱い力では内側から外に出られません。以前に試してみたので。」
「そうですか...なら、僕なら、出られるかも。」
「本当ですか?!」
「僕の近くに寄ってください。」
「はい。」
ユイナは創達の近くに寄った。創達はしゃがんで手を床に翳した。
(確かに外側から封をされている気配があるな。この場合はどうするべきか。)
「大丈夫なんでしょうか?」
「少し待ってください。」
創達は考えた。
(一気に魔力?を解放するしかなさそうだ。でもその場合アルファに被害が行かないか心配。.......そうだ。)
創達は長剣を創った。
「何をするつもりですか?」
(勘でしかない。でも、やるしかない。)
急にその場に立ち、ロングソードを振った。
「何も起きないみたいですけど?」
「よく見てください。」
創達がロングソードで斬った場所に切れ目が入った。その切れ目は徐々に大きくなった。
「何これ、」
創達が指で切れ目を跳ねた瞬間、空間が大きく揺れた。
「本当に、大丈夫なんですよね?!」
「少し目を瞑ってください!」
風が吹き荒れた。