第二話 新生活
創達はアリナと歩きながら役所へ向かった。その道中。
「軽くこのウィルヘンゲンについて紹介します。ウィルヘンゲンはこのアルスト共和国の南東に位置する集落で他と比べて比較的緑が多い地形になっています。主な産業は果樹や野菜などの作物を中心としたものの貿易です。保安署には魔法士が常駐していていつ何があっても安心ですよ。」
「魔法士って、何ですか?」
「簡単に言えば魔法が使える強い人です。国直属の人達なので心配ありません。」
「へ、へぇ〜。」
「ウィルヘンゲンはそこまで都会ではないので心に余裕があって優しい人が多いです。いろんな地域から様々な人が来るのでもしかしたら創達さんと同郷の人もいるかもしれません。」
「そう、ですかねぇ。」
(日本から来た人がまだいるのかな...ひとりぼっちは、辛いよ。)
「あ、そろそろ着きますよ。」
着いたのは街にはあまり似合わないレンガ造りの建物だった。
「この街、ウィルヘンゲンの保安署です。」
(保安署...警察署みたいなものなのかな?)
保安署はアリナと同じ服を着た人々がいた。走り込みをしていたり筋トレをしていたりそれぞれが違うことをしていた。
(消防士が外で自主練?してるのと同じ感じなのかな。)
「中へどうぞ。案内します。」
アリナは創達を中へ招き入れた。
(なんかゲームの中の世界みたい。)
木目の床にカーペットが敷かれ、漆喰のようなものが塗られた壁にコルクボードがかけられていた。
「奥へどうぞ。」
アリナはそうたを奥に案内した。
「私は別の用事があるのでここで失礼します。中に署長がいらっしゃるので話は署長から聞いてください。」
アリナはどこかへ消えていった。
「マジかよ...僕1人?心細い...とにかく今は、行くしかないよね。」
そうたは扉を叩いた。
「どうぞ。」
そうたは扉を開いた。
扉の先には一つの大きな机と背が高い本棚があった。そして中央奥には大きな椅子に座って窓とを見ていた誰かがいた。
「アルバーンから聞いている。」
誰かは創達の方に椅子を回転させて体を向けた。
「八城創達、だな。私はこのウィルヘンゲンの警察署署長。姓はウォルター、名はリリック。職員からはウォル署長と呼ばれている。まぁ好きに呼べ。」
(ガタイが良い、ホリが深いな...ヨーロッパ系の顔?そういやウォルターってドイツの名前じゃなかったっけ?)
「私は自己紹介をしたが、そちらはないのか?」
「え、あ、八城創達、デス。目が覚めたらここにいました...」
「よろしい。かけてくれ。」
創達はソファーに腰掛けた。
(何かやけにガタイが良いし怖いよ...怒号タイプじゃん...日本にもいたよこういう人。)
リリックは創達の向かい側に座った。
「アルバーンの話によると、転移者の可能性があると聞いた。」
「転移、者?」
「この世界ではない別の世界から生きてやってきた人間のことを転移者と言う。」
(何かゲームでそんな単語聞いたことあるな...)
「転移者は大体能力持ちであることが多い。君の場合は、創作型の能力らしいな。攻守特化型ではなく創作特化型の能力。日常生活においては便利なスキルだな。見たところ君は軍人、というか運動が得意には見えない。攻守特化型の能力じゃなくて良かったな。」
(運動できないのバレてた...そりゃそうだよねぇ。社畜が運動できるわけないもんねぇ。何か悲しい。)
創達が運動できないのは事実であった。比較的色白で中高を通し文化部で、運動ができるわけがない。
「ニホンから来たと聞いたが本当だな?」
「はい。本当です。」
リリックは机に置いてある資料を読んだ。
「ニホンから来た転移者・転生者...少数ながら何人かいるな。」
「他にも日本から来た人がいるんですか?!」
「いや、今はいない。資料に残っているのは過去の事例だ。」
(そんなぁ...)
「ウィルへルゲンには今のところいないというだけだ。他の場所にいる場合はある。というか君がどこから来たかなんて正直どうでも良い。問題なのはこれからどうするかだ。転移者の戸籍を用意しなくてはならないし、ずっと職なしにしておくわけにもいかないから職を見つけなければならない。」
(あ、こっちにニートっていう概念あったんだ。ちょっと意外かも。というか戸籍、戸籍かぁ...僕は最初からここに存在したわけじゃないんだからいるよね。戸籍。)
「で、転移者用の戸籍登録の紙は用意してあるから必要事項を書いてくれ。」
リリックは万年筆と紙を一枚出した。
「ありがとうございます。」
紙には氏名と誕生日、どこから来たか、身元引受人氏名、能力の有無などが書いてあった。
「あの、身元引受人って、僕知り合いがいないんですけど...」
「最初に見つけたのがアルバーンだからアルバーンの名前を書いておけば良い。アイツは気前が良いから大丈夫だろ。」
「勝手に大丈夫なんですか?」
「問題ない。アルバーンは俺の頼みなら断らないからな。」
(それはそれで問題があるような、ないような...)
「書き終わったか?」
「はい!ありがとうございました。」
紙と万年筆をリリックに見えるように返した。
「ニホンから来た転移者は大体礼儀正しいと資料にあったがどうやら事実らしいな。そういうヤツは大歓迎だ。」
「そりゃ当たり前ですよ。これくらいは。」
(社畜を舐めないでほしいね!)
それは関係ないのである。
「ウィルヘンゲンには粗悪な輩が一定数いる。机に足を乗っけて喋ったり、食事中に中途半端に口を開けながら咀嚼したり夜中に輩同士で喧嘩したり。感謝の気持ちを君のように素直に言うことができる人の方が少数だ。それが当たり前だと言えるのは、私から見ても賞賛に値すると思うがね。」
(俗にいう不良の類がいるのか。どこの世界と不良っているんだな。クチャラーが全世界共通で嫌われるのは、当たり前か。)
「創達。困ったことがあれば窓口の方に連絡すると良い。私も暇じゃないからな。」
「はい!ありがとうございます!何から何まで。」
「アルバーンが外で待っているはずだ。行くといい。」
創達は扉の前まで行って一礼した。
「では失礼します。」
(八城創達。創作型、いや創作特化型能力持ち。ナカに得体の知れないきゃんぴんぐかーとやらを格納、か。アルバーンの話だとバリアに穴が無かったと聞いたな。他者にバリアを付与する時は小さい穴があるのが普通と言われる。それを転移してすぐに使うとは、魔力が強いということか或いは。神に選ばれし人間か。恐らく前者だろうな。でも見た感じ魔力が多いようには見えない。魔力を無意識に中に封じ込めているのか?いずれにしろ扱い方を間違えたらウィルヘルゲンが滅びかねない。慎重に扱わねばな。一応、組合に通達しておくか。)
リリックは今後の創達の扱い方を考えていた。
保安署の入り口の付近に、アリナはいた。
「アリナさん!」
「創達さん。戸籍は作れましたか?」
「はい。無事に。」
保安署を出てアリナの後についていった。
「創達さんには私の知り合いが営む宿で暫く住んでもらいます。歩きだと少し遠いので転移魔法陣を使いましょう。」
アリナは足元に転移魔法陣を展開した。
着いたのは石造の宿だった。
(何かヨーロッパの歴史的建造物って感じがするな...綺麗。)
「中へどうぞ。」
宿の中に通された。中は茶褐色の木を基調とした落ち着いた雰囲気だった。
「私はまた別で用件があるのでもう出ます。細かいことは宿の主人に聞いてください。」
「はい。ありがとうございます!」
アリナは宿から出た。
(よく知らない異世界?に来てもう新しい生活が始まるんだ。とりあえず、生きよう。)
創達は考えることをやめた。