第一話 転移
「ちょっと、マジかよ。」
目が覚めたらそこは、
知らない異世界だった。
夕方の山の中、創達はキャンピングカーに乗ってキャンプに来ていた。
「空気が綺麗だな〜。」
キャンプ用品をキャンピングカーから出した。
「山の中、このマイナスイオンな感じ。都会にはない雰囲気だな。」
焚き火がゆらゆら揺れて、自分の心を癒す。
「こんな時間がずっと続けば良いのに。会社は11時間勤務で上司は微パワハラで後輩は使えない。同期は僕に仕事を丸投げ。勘弁してほしいよ。」
この焚き火を見ている時だけは自分の心が癒された。
「良い匂い。」
焚き火が燃え尽きるまで時間が過ぎた頃には空は暗くなっていた。創達はランタンに火を灯し、付近を散歩した。秋風が涼しく創達の頰を撫でた。
「良い空気。」
都会の喧騒から外れて山奥にキャンプ。創達にとってキャンプはかけがえのない趣味であった。
山の頂上へ登った。
「綺麗だな。」
まだ完全に開発されていない田舎の景色は決して明るくはないが、創達の心を穏やかにした。創達は山の頂上にあるベンチに座った。特に何も考えずにいると物音がした。
(誰か、いる?)
「...けて。たす、けて。」
「誰かいるんですかー?」
反応がない。
(倒れてるかもしれない。よし、行こう。)
創達は声がする方へ向かった。
「大丈夫ですか〜!って、」
そこには老人が1人倒れていた。創達は老人に駆け寄った。
「大丈夫ですか?お名前言えますか?」
「水、水を、」
「水?あ、これどうぞ!」
創達は老人に水を渡した。老人は水を飲んだ。
「ありがとう。」
「遭難したんですか?」
「まぁ、そんなところじゃ。お優しいのぉ。」
「いやいやこれくらいは。」
「ワシを助けてくれた恩人じゃ。願いを一つ叶えよう。」
「願い?」
「あぁ。何か、困ったことはないかの?」
創達は少し考えた。
「今勤めている会社が若干ブラック企業でして、ね。」
(キャンプしてる時に会社のことなんか考えたくないんだけどな...)
「そうなのか。よし、ワシが人肌脱ごう。...明日目が覚めたら良い景色が待っておるぞ!」
その言葉を最後に、創達が瞬きをすると老人は消えていた。
「何なんだ?」
疑問に思いながら創達はキャンピングカーに戻っていった。先ほどの老人のことを不思議に思いながら床についた。
そして今に至る。
「さっきのおじいさん何やったんだよ。名前聞いてもないのに。というか、ここどこよ。」
目の前に広がるのは一見洋風の街並み。だが自分が知っている洋風な街ではない。通行人は人間だけではなく、獣に近い人いわゆる獣人もいる。
(キャンピングカーがあるだけまだマシ、か。あ、スマホ!)
創達はキャンピングカーの中に戻ってスマホを確認した。
「圏外、嘘でしょ?!財布は、あれ、何このメダルみたいなやつ。」
財布の中に入っていたのは日本通貨ではなく別の何かに変わっていた。
「夢、じゃないよな?」
創達は自分の頬を叩いたがちゃんと痛かった。
「痛い、これは現実か。何なんだよ、これ。」
視界の中に文字が浮かんだ。
「八城創達 能力:創造者って、ゲーム画面みたいだな。...まさか、ここってゲームの世界?あのおじいさんが僕をここに連れてきたってこと?あの人何者なんだ?」
創達は混乱した。
(会社から逃げられたのは良いけど、これからどうすれば良いんだ?見た感じ本当に知らない場所だし、帰り方も分からない。いや帰りたくはないんだけど、どうしよう...)
「すみませーん。」
外から声が聞こえた。
「は〜い!」
(頼むから今は1人にしてくれよ...)
外に出た創達。声の主は軍服を着た若い女性だった。
「地域の方から変な箱があると聞きまして、この箱は何ですか?」
「箱?あ、キャンピングカーのことですか?」
「きゃんぴんぐかー?なんですかそれ。怪しいものなら、」
女性は片手からオレンジ色の魔法陣を発動させた。
「ちょ、ちょっと待ってください!話を聞いてくださいよ!僕さっきらここに来たばかりで、目が覚めたら突然ここにいたんです!驚かせてしまったのならすみません。どうかこの車だけは壊さないでください!」
「車?一体何を言っているんですか?」
ますます女性は創達を怪しんだ。
(ヤバイヤバイ、何とかしなくちゃ。なんか、なんかないの?)
先程の視界に浮かんだ文字を思い出した。
(創造者。使い方がわからないけど何となくで使うしかない。なけなしの僕のゲームの知識!)
創達は念じてみた。
(この場を切り抜けられる何かを創ってくれ!)
「ちょっと人の話聞いて、」
『我が所有物に防壁を創れ。万物城壁』
「バリア?」
するとキャンピングカーは光を放ち綺麗になった。
「あれ、綺麗になっただけ?あれ?」
女性はキャンピングカーに触れた。
「このバリア、魔力の穴がない。精密なバリアだ。」
「敵意はないんです!ごめんなさい!すぐにどこかに、」
「素晴らしい。」
「...え?」
女性は創達の方を向いて言った。
「いきなりすみませんでした。私の名前はアリナ・アルバーン。この地域の保安業務を担っています。」
「え、僕の名前は八城創達、です。何で急にそんなに畏まっているんですか?」
「魔力の穴がないバリアを自分ではない何かに付与するのは難しいんです。ここでその、きゃんぴんぐかーを攻撃したらなにか跳ね返ってきそうな気配がしたので。」
(だから畏まってるってことね。)
アリナはキャンピングカーを指差して言った。
「あの、きゃんぴんぐかーってなんですか?」
「キャンピングカーはですね、」
(ってこの人にキャンプって説明しても分かるのかな?服装は割と近代的だけどここら辺の街並みはお世辞にも新しいとは言えないし、下手したらキャンプなんて単語知らないよね?何か簡単に説明するか。)
「簡単に言うと、野外で一晩過ごす時に地面の上で寝るのは嫌って人が使う乗り物みたいなものです。」
(ベテランキャンパーの人からしたら怒られそうな説明だけどこれで許して!)
アリナはキャンピングカーを凝視した。
「ほう。その、きゃんぴんぐかーとやら。便利らしいですね。」
「僕のですよ!」
「いやいやそんなこと知ってますよ。わざわざ言わなくても。そういえば、珍しい名前ですね。八城創達、東方に似たような名前の人がいるとは聞きましたがもしかして東方からいらっしゃったんですか?」
(僕がいた世界では魔法なんか使えませんよ!)
「その東方ってところは魔法がここと同じく使える人がいるんですか?」
「はい。」
アリナはさも当たり前かのような顔をして言った。
「じゃあ違いますね。僕がいたところは魔法なんかないので。」
「魔法がない、ですか。聞いたことありませんね。この世界では魔法が使えるのが普通なので。」
「魔法が、普通ですか。」
(考えられないなぁ。魔法が普通だなんて。)
「よろしければウチで暫く面倒を見ましょうか?」
「え、良いんですか?」
「もちろん。困っている人を救うのは保安業務を担うものとして当然のことですので。」
創達は心強い知り合いができた。
「あのきゃんぴんぐかーを持ってくることは可能ですか?」
「運転すれば持っていくことは可能ですけど、」
創達が転移した街の道路は満足いく舗装がされておらず車で移動するにはやや危険だった。
(何とかして持っていけないかな...持ち運べたら楽なんだけど。あ、万物城壁みたいに創造者を使えば何かできるかも。何か、袋みたいなもの。)
『我が所有物を格納せよ。 万物収納』
キャンピングカーは光を放ち段々縮まっていった。そして創達の手の中へ移動した。創達が手を握るとキャンピングカーは手の中に消えていった。創達の視界の中に文字が浮かんだ。
(持ち物:キャンピングカー ちゃんと収納できたみたいだな。)
アリナは創達を凝視していた。
「あの、どうかしました?」
「あんな大きいものを収納するなんて、凄いですね。ますます興味が湧いてきました。」
(あ、そうですか。)
「あまり見ないでくれますかね?」
「すみませんでした。じゃあ、本部の方へご案内しますね。」
「本部?」
「私が勤めるこの街の保安業務を担う機関。簡単に言えば役所に行くんです。」
「役所に行けば身の安全は確保できるんですか?」
「はい。私に着いてきてください。」
創達はアリナに着いていって役所へ向かった。