契約
「離せよ、変態!」
力で敵わないなら、と思いっきり睨みつける。
するとこの女はどういうわけか、ゾクゾク……ッ、と更に興奮したように顔を歪ませた。
「ふ〜ん、度胸あるのね。その反抗的な目……ますます気に入ったわ!」
「うっさい! いいから早く離せって!」
「ふふっ、い〜や♡」
拘束から逃げようといくら暴れても、軽くいなされてしまう。
もしかしてこの人、何か習ってた?
いくら年上って言っても、そうでもなきゃこの筋力差は説明がつかない。
「会ったときは『いい子ちゃん』って感じだったけど、こっちが素ってことでいいんだよね?」
「だったらなに!?」
「んー? やっぱり私の目は間違ってなかったなって思って」
洞察力やばすぎでしょ。
いきなりキスしてきた事といい、この人、絶対にヤバい。レズとかそういう事じゃなくて、もっと根本的な部分で。
「ねぇ、契約しない?」
「は……?」
「ここに住まわせてあげる。ちゃんとご飯も食べられるし、家賃とか光熱費とかも私が払うわ。その代わり家事はあなたの担当。そして……あなた気持ちがどうであれ、私が求めたときは身体を差し出す。それが規則。どう?」
「なにそれ……そんなの受け入れるわけないでしょ!」
「いいの? 本当に帰る場所なんてないんじゃないの?」
「……っ!?」
この人、なんで——
「ふふっ、わかりやすい子ね。わかるわよ、あなたみたいな子は特にね」
真っ直ぐに目を射抜かれる。
まるで、すべてを見透かされているみたいに。
この人はわたしがどういう人間か分かってるんだ……じゃあ、もしそれを周りの人に言いふらされたら……?
やだ……やだやだやだ! それだけは……それだけは絶対に。
「や、やめてください……」
弱々しいか細い声が口から漏れる。
「ん、何を?」
「昔のことは……周りには、黙っていてください……なんでもしますから、お願いします……っ」
気付けば、さっきまでの強気な態度は消えていて、瞳に涙を溜めていた。
必死に懇願すると、桜井さんは一瞬、ポカンといった表情を浮かべて、けどすぐに笑みを溢した。
嗜虐的なものじゃない。むしろ慈愛とも呼べるもの。
「天野ちゃん、勘違いしないで? 私は弱味につけ込みたいわけじゃないの。天野ちゃんの過去がどうであれ、それを周りに言いふらすようなことは絶対にしないわ。約束する」
「じゃあ、なんで……」
「単純よ。顔がいい天野ちゃんを抱きたい。それだけ」
何それ……。
だったら弱味を握った方がもっと楽だろうに。
「この家にいる間は、私が天野ちゃんを守ってあげるから。ねぇ、どうする?」
わたしの心が揺れているのを見計らっての追い討ち。
「無理やりキスしてきたくせに……」
「あれは天野ちゃんのせいだからね? あんな顔されたら我慢できないって」
なんだそれ。
とんだ責任転嫁だ。
でも……「守ってあげる」か。
わたしは全身から力を抜いて、桜井さんにすべてを委ねた。
「……契約、します。ここに、住まわせてください……」
「では契約成立ということで、これからよろしく、真雪ちゃん?」
「よろし——んうっ!?」
桜井さんはわたしに覆い被さると、また無理やり唇を奪ってきた。
どうしてだろう。
最初にされた時ほど、嫌じゃない。
◇◆
「お〜い、起きて〜」
そんな声と同時にペチペチ、と頬を何かで叩かれて目を覚ました。
「ん……」
ゆっくり瞼を開ければ、最初に視界に飛び込んできたのは綺麗なお姉さんだった。
少し乱れた長く綺麗な黒髪。大人びた相貌に豊満な双丘。くびれた腰。生まれたままの姿で朝日を背中から浴びる彼女は、まるで女神が降臨したような、幻想的な雰囲気を纏っている。
「んぅ……あれ……ここ……」
「ふふっ、まだ頭が回らない? ちょっと激しくしすぎたかしら。ごめんね?」
そう言いながら頭を撫でてくるも、お姉さんに反省した様子はない。
「あ……」
そして身体に残っている心地いい疲労感に、わたしは全てを思い出した。
そうだ、昨晩は都和さんに抱かれて……けどそこで、不自然に記憶が途切れていた。たぶん、意識を飛ばされたんだろう。
めちゃくちゃにされて、碌に思考も回らなくて、泣いてもやめてくれなくて。
「大丈夫? 起きれそう?」
「は、はい……」
「これ、お水ね。気絶してそのまま寝ちゃってたから、しっかり飲むこと。いい?」
「ありがとうございます……」
手渡されたペットボトルを開封して、ちびちび飲む。
エッチ中に叫びすぎたせいか、少し喉が痛い。
時計を確認すると、今は土曜日の十時過ぎ。都和さんも今日は休日なのかな。
「うん、飲めたわね。それじゃお風呂入ろっか。先に入ってて」
「あ、はい……ありがとうございます……」
気の抜けた返事しながらベッドを降りると、わたしは昨日ロッカーに預けていた荷物——キャリーバックの中から着替え一式を取り出して洗面所へと向かった。
洗濯機がまわっている。
着ていたはずの服と下着が床に転がってなかったあたり、きっともうこの中で洗濯されているんだろう。
そういえば……ベッドのシーツが濡れてなかった。もしかして、わたしが寝ていた、というより気絶していた間に取り替えられた?
だとすれば手際が良すぎない?
っていうか、わたしも気付けよ。
家事はわたしの担当なのに。
脱ぐものは何もないから、そのまま風呂場に足を踏み入れた。
部屋に入ったときから思ってたけど、とにかく綺麗だ。風呂場も。リビングも。寝室も。すべてが。
それが都和さんが綺麗好きなのか、わたしみたいなバカな女をしょっちゅう家に連れ込んでるせいなのかは分からないけど。
って……あれ?
髪や身体を洗い終え、湯船に浸かっていたわたしは、そこでふと気づいた。
わたし……いつから桜井さんのこと名前で……。
分からない。でもどうしてか、そう呼ばなくちゃいけない気がする。
「湯加減はどう?」
「ちょ——!」
すると突然、風呂場の扉が開かれ、都和さんが中に入ってきた。
全裸で。
「何してるんですか! もう上がるんで少し待っててください!」
「え、もう上がるの? 一緒に入ろうと思ってたのに」
「へ?」
「あら、伝わってなかった? 私も後で入るから『先に入ってて』って言ったつもりだったんだけど」
「なに一つ伝わってません!」
「あははっ、ごめんごめん。でもそういうことだから、無理して早く上がる必要はないわよ?」
「いえ、先に上がります」
「だ〜め。身体をあっためて、ゆっくり休みなさい。これは家主からの命令よ」
そう言われると、こっちからは何も言い返せない。
わたしが押し黙っている間に、都和——桜井さんは身体等を洗い終え、湯船に入ってきた。
わたしは端に背中で寄りかかっている桜井さんの足の間に座って、後ろから抱きしめられているような体勢になっている。
はっきり言って狭い。
「桜井さんって、けっこう強引ですよね」
「そうかしら。でも守ると言った手前、私は真雪ちゃんの体調も気にかけるのが普通でしょ?」
「体調管理ぐらいは自分でできます」
「そうじゃなくて、これは真雪ちゃんができるできないに関わらず、私が負うべき責任の一端ってこと」
責任って……どうせすぐ捨てるくせに。
「そういえば真雪ちゃん」
「――ッ」
突然、桜井さんの雰囲気が変わった。
「私のこと名前で呼ぶの、もう忘れたの?」
その底冷えする声に。
暖まっていたはずの身体に寒気が走った。
「え? いや……」
名前で呼ぶ?
そんな話したっけ……。
「おかしいわね……昨日の夜ちゃんと刷り込んだはずなのに」
言われてることが分からず振り返ったら、桜井さんと目が合った。
それだけで察した。自分は致命的な何かを間違えたのだと。
「さ、さく——」
「都和、でしょ? これはもう一回わからせなきゃ駄目ね」
「え、ちょ——んんっ」
強引にキスされる。
そのまま桜井さんはわたしの脇の下から両腕を回すと、胸を鷲掴みにしてきた。
巨乳の桜井さんとは違う小ぶりな胸が、それでも手の形に沿って形を変えていく。
「悪いことをしたペットは……躾けてあげなきゃね」
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