5話「あなたは信用に足る人間だった」
自分の部屋へと向かう途中、部屋の中から声が聞こえた。その声は聞き覚えには聞き覚えがありすぎて、うげっと吐きそうな気がした。
取り敢えず部屋の中にはノアがいる。
よくよく考えてみると、彼女はとても美しく愛想も良い。女癖が悪いアルビーのことだ。もしかしなくても彼女を不快にさせるのではないだろうか。
「誰につくのが利口なのか、それくらいお前はわかるだろう」
「私はヴィクトリア様の専属メイドですから。申し訳ありません」
「お前は生まれも育ちも顔も良いから、他の女より贔屓してやってるのに……この俺に楯突くのか?」
「そ、それは……」
アルビーはヴィクトリアの日記によると、女好きで自己中心的な男だ。私の弟である朝倉浮もそうだったが、そういう男の性根は腐っている。
浮とアルビーは同じ人間ではない。ただ、とても良く似ている。
だからこそ、私にとっては腹立たしい相手なのだ。
「私のメイドに手を出さないでくれない?」
「ヴィクトリア様……」
「あ?」
部屋の中に入り、ノアとアルビーの間にスッと割り込む。少し不安そうに眉を下げているノアに大丈夫、と小さく声をかけた。
そして、低い声を出して不機嫌そうな顔をしているアルビーへと向き直る。
つくづく弟に似ているな。そして顔だけは無駄に良い。性格とか総合すると残飯以下だけど。
「ノアは私のメイドなの。あなたの言うことを受け入れる必要はないのよね」
「は? お前誰に口を利いてるんだよ」
「あなたによ、それくらい理解しなさい。あなたこそ誰に口利いてるわけ? 私、あなたの姉なんですけど」
よっぽど気に食わないようだ。
ノアは私の専属メイドであって、あんなヤリチンの言うことを受け入れる義務はない。
きっと彼は思う通りにならないことを嫌っている。おどおどしている姉を毛嫌いしていたようだけど、こうして言い合いになればなったで気に食わないようだ。
「ヴィクトリア、お前……俺に意見するなんてどういうつもりなんだよ」
「意見するも何も……今まで大人しくしてただけ。これからは言いたいことは言うし、気に食わないことはどんどん注意するわ」
「女なんて男のために生きれば良いんだ! 未来の国王に注意なんてふざけるなよ!」
どこまでこの男は俺様を貫いているんだろう。ここまで突き抜けていると、一周回って笑ってしまう。
いや、笑えない。
女が男のために生きれば良いとか、そんなの現代の日本にだってないよ。昔はどうか知らないけど、今ではもう色々と受け入れられてる時代なんだからさ。
「そうね、なら私が未来の王になろうかしら。女王になれば良いでしょ?」
「馬鹿言うなよ、誰が女を国の頂点に認める者か。こんな浅ましい女が俺の姉だなんてな」
「それはこれからじゃない? 少なくとも、女にだらしなさすぎるあなたが君主になったら……それこそ国は滅びるわ」
その瞬間、頭に血が昇ったアルビーが殴りかかってきた。
それを一瞬で止めたのは、驚くことにノアだった。
アルビーは驚いた顔をしていたけれど、私も勿論驚きだ。アルビーは短気だから、それこそ手を出してくることは考えていた。やられたら私は10倍にして返してやる、と。
しかし、それは無駄な考えだった。俊敏な動きでノアが彼の腕を掴み、アルビーは腕を痛めたようだったから。
「失礼致しました……ただ、ヴィクトリア様へ手荒なことをされれば、私にも考えがあります」
「……この女。俺がお前をやめさせてやるからな」
「ノア! ありがとう」
この男は私が理解できる男ではない。
人のことを動かすために権力やらなにやらをひけらかす人は、あまりにも信用できない。
それに下品。品位もなにもあったものじゃない。
「さっさと出て行って。乙女の部屋に許可なく侵入するとか、いくら姉の部屋であってもならないことでしょ? それとも、それもわからならないくらい色ボケしてるのかしら?」
「お前、本当にヴィクトリアか?」
「ヴィクトリアじゃなかったら、私はなんだっていうのよ」
「ノア、お前は利口な女だろ。誰の側に着くのが一番なのか考えて行動しろよ」
舌打ちをしたアルビーは、バツが悪そうにしながら出ていく。最後に吐き捨てていった言葉も下品で、思わず吹き出してしまった。
そんな私のことを、信じられないとでもいうような顔で見つめているノア。先ほどまですごく冷たい目をしてアルビーを無力化してくれたのに、今はとてもあたふたしている。
ギャップがあって可愛い。
「ノア、ありがとう。本当に助かったわ。アルビーもきっと、ノアにやられるなんて思ってなかったのね」
「ヴィクトリア様! 笑っている場合ではありませんよ!」
「どうして? 大丈夫よ、ノアは悪くないもの。私があなたのことをやめさせたりしない」
「違います! 私のことなんてどうでも良いです! それより、ヴィクトリア様はアルビー様に女王になるなんて……仰ってました」
顔色の悪いノアがあたふたしている。
この子は表情がすぐにコロコロ変わって、見ているととても面白い。ただ、私の発言は失言だったのか。
まあ未来の国王に対して、私が女王になってやるなんてことは禁句だろう。それもかなり女を馬鹿にしていて、姉弟関係もあまり良くないのに。
けれど、それはきっと悪くないことだ。ヴィクトリアは男尊女卑を嘆いていたはず。
ならば、せめて平等な世界を作り上げたい。
「国王がいるなら女王がいても良いじゃない。夢を見る自由はあるでしょ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
お互いに一歩も譲らない私と弟の喧嘩。もしかすると、ヴィクトリアとアルビーの初めての喧嘩だったのかもしれない。
それならば、絶対に勝ちたいと思った。
「ノア、あなたは良家の出だったのね」
「昔のことです。でも、私はてっきり……」
「そんなことで専属を決めたりはしないわ。あなたは嘘をつくのが下手そうだし、人柄の良さが滲み出てたもの」
「人柄ですか?」
他のメイドに嫌がらせを受けているにも関わらず、それを私に言うことがなかった。
それどころか笑いながら雨に降られてしまったと自分のせいにするような、とても下手で不器用な嘘をつく。
年齢も近くて、明らかに人の良さが滲み出ている彼女は信用に足ると考えた。
「そう。私はノアのことを信用しているのよ」
「私のようなメイドを、そこまで気にかけて下さるなんて……!」
「女性だからって馬鹿にされないような国を作りたいの。勉強やさっきの武道みたいなものを教えて欲しい。ノアにしか頼めないの」
「もちろんです。ヴィクトリア様のためでしたらなんでもします! 夢のお手伝いをさせてください!」
ノアは一番信頼できる人間だと思った。
彼女と一緒ならば、この国を少しでもより良くできると感じたのは事実だった。