3話「その出会いは突然に」
まずはこのブラウン家で味方をつけたい。
イキるしか能のないアルビーだ。彼を心から尊敬する人物はいないだろう。
ただ、常に自分の意見を言うことも出来ないヴィクトリアを敬っている使用人もいないはずだ。
発言権がないなら、彼女の味方をするメリットもそこまでないだろうし。
「どうしたもの……え、あなた待って!」
考え事をしながら長い廊下を歩いていると、一人のメイドとすれ違った。本当にメイドだろうかというくらい美しい。
普通にどこかのお姫様と言われても不思議ではないくらいだが、ブラウン家のメイド服を着ているあたり間違いない。
そんな美しい女性を呼び止めたのは、明らかに何かあった様子だから。
「ヴィクトリア様! なんでもお申し付けください」
「びしょ濡れじゃない。どうしてこんなことに?」
「雨が凄すぎてこんなにびしょびしょになりました!」
「そ、そうなの……とりあえず来て」
その言葉が嘘であることは即座にわかった。
今日はかなり天気が良いし、軽く窓の外を覗いても雨が降った形跡はない。
大方、他のメイドに嫌がらせでもされたのだろう。
このままではきっと風邪をひいてしまうに違いない。彼女の手を掴んで、私の部屋へと向かった。
「あの、ヴィクトリア様?」
「雨に濡れたのなら、それこそ乾かすことが大切でしょ? あなたが風邪をひいたら大変じゃない」
「そんな……ヴィクトリア様にご迷惑かけてしまい、申し訳ありません」
謝罪してくる彼女にタオルを手渡した。しかし彼女は俯きながらそれを私に返してくる。
このタオルは高いものだから勿体無い、と彼女は話す。しかし、私は物の質なんて全くわからない。
朝倉凛として生活していた私は貧乏庶民だった。それも、普通の生活水準をまたしていなかった。
タオルなんて拭くことができれば良いものだろう。
「迷惑なんて思ってないから安心して。それよりあなたのお名前は?」
「の、ノアです!」
「ノアって素敵な名前……教えてくれてありがとう」
彼女は少し驚いたように目を見開いたが、嬉しそうに笑って見せた。
渡したタオルも、今度は受け取ってもらえる。
艶のある前下がりボブは、綺麗なシルバー色。カチューシャをつけていたさっきは、おでこが出ていた。
しかし、カチューシャを取ると少し幼い印象を抱いた。
「ヴィクトリア様、聞いていた印象と違っていて驚きました!」
「聞いていた印象って?」
「あ、ええっと……」
「ああ、大人しくておどおどしている。自分の意見を言うことができない、みたいな印象?」
「い、いえ! あの、そういうつもりじゃなくて……」
ノアがあたふたして弁解しようとしている様子を見ていると、かなり楽しくなってしまう。
まるで友達と話をしているような感覚。
こういう人と姉妹だったら、きっと楽しかったかもしれない。
そんなこと思ったって、どうしようもないけれど。
「冗談よ、からかってしまってごめんなさい。私、今までおどおどして、自分というものがなかったでしょう? だからこれから変わろうと思ったの」
「変わる、ですか?」
「私にも感情はあるの、人間だから。でもそれを言葉で伝えなきゃ、誰にも響かないでしょう? だから嫌なことは嫌だと言う勇気を持ちたいし、嬉しいことや好きなことは素直に伝えていきたいの」
「ヴィクトリア様……」
「私はきっと今まで色々と我慢してきて、全部諦めてたの。言葉にする前から諦めていたのね。でも、それじゃあ幸せになれないでしょ?」
「私、ヴィクトリア様のことを誤解していました! 本当に申し訳ありません……」
ノアは私の言葉に申し訳なさそうにしている。深く頭を下げているが、私はこういったことは好まない。
大丈夫だと声をかけながら、彼女に笑いかける。
ヴィクトリアとノアは、きっと仲良くなれるような気がするのだけれど。
「ねえ、もし良かったら……私専属のメイドにならない?」
「え!? 私がですか?」
「嫌なら諦めるわ……でも歳も近そうだし、私には仲の良い人はあまりいなかったの。ノアが私の専属のメイドになってくれたら、きっと頑張れると思うのだけれど」
本心だった。私にとってはこの世界の情報を知ることが出来る。
そしてノアにとっても悪い話ではないはずだ。
いくら私にあまり権力がないとは言え、ヴィクトリアの専属メイドに嫌がらせを直接するような人間はいないはずだ。
「ヴィクトリア様のためなら、死んでも良いです……それくらいの気持ちでお使えさせて頂きます!」
「私はノアが死んだら悲しいけれど……これから気楽に、仲良く付き合っていきましょう」
「はい! ヴィクトリア様、これからよろしくお願い致します!」
ノアは私の手を取り、キラキラした瞳でこちらを見つめてきた。そんな彼女のグレーの瞳はとにかく眩しく思えて、改めて見惚れてしまう。
彼女は本当に綺麗な目をしていると思った。
私の世界では、瞳が濁っているような大人が多い。仕事と家族のことばかりで生きてきた。
きっと私も目が死んでいたのだろう。
「よろしくね、ノア」
「はい、ヴィクトリア様!」
目の前の彼女は、とても美しく微笑む。
それを見ていると、私も釣られるように笑みがこぼれてしまった。