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2話「決意が固まった日」

 ヴィクトリアの部屋は広い。だが、その広い部屋に友達がやってくることはない。


取り敢えずこの世界のことを知りたくて、彼女の部屋を探ってみる。


「ごめんね、こんなことして」


 どんな理由があろうとも、人の部屋を漁ることは許されないだろう。

実際、私もこんなことをされたら嫌だ。


 しかし、こんなことでもしないと彼女の気持ちはわからない。

彼女に謝罪しながら部屋を漁ると、ある日記を見つけた。


「やっぱり、文字も読める」


 不思議なもので、彼女の日記を読むことができる。

普通ならこの文字も知らないはずで、言葉さえ通じないはず。


 しかしながら、私はこの文字を読むことが可能だ。

家族や使用人と言葉を交わすことができている。


 食事のマナーも身体は覚えているようだ。

日本人はお箸一択で良いだろう、という私としては助かった。


 つまり、最低限の生活力はある。


『アルビーから、いつもみたいにこんな奴が姉で恥ずかしいと言われた。私がいつまでもおどおどしてるから、迷惑かけてしまう。ちゃんとしなきゃいけないのに、どうして私は駄目なのだろう。自分が恥ずかしい』


 アルビーは日常的にヴィクトリアのことを虐げていたのか。

男尊女卑の問題は根深い。


 そしてそれと同時に、自分を責めるヴィクトリアに切なさを抱いた。

 

『今日はアニーと会った。アニーは相変わらず綺麗だった。仲良くしたいけど、私のことは嫌いみたい。どうしたら仲良くなれるだろう。私がもっと頑張ったら、仲良くなれるかな』


 アニーという少女は、ヴィクトリアの幼馴染らしい。

 昔からあまり気が合わないことは、ヴィクトリアの日記を通じて理解できる。


 多分、このアニーは気が強い系統の女性なんだろう。

そうでなければ一応国王の娘に、そこまでの態度を取れることはないはずだから。


『今日、書斎で見つけたある物語を読んだの。その物語では女性と男性が平等になりつつある世界だったの! 女性が仕事をして、勉強をして、自由な恋愛をする資格がある。こうして本を読むことさえ叱られない。なんて素敵な世界なんだろう!』


 きっとヴィクトリアは、読書が好きだったことだろう。実際に彼女には専用の書斎がある。


 ある物語を読んで楽しんでいるようだ。

日頃からマイナス思考の彼女の日記。

 しかし、この時だけはとても嬉しそうな様子を見せている。


本当に本が好きなんだなぁ、そう感じた。


『今日もあの物語を読んだ。悲しくて仕方ないの。どうして死んでしまうの。どうして? 朝倉凛、素敵な女性なのに。あんなに素敵な人なのに。頑張っているのに理解してもらえない、女だからって。報われないのね。やっぱりどの物語でもそうなのね。でも、彼女が私だったらどうなるのだろう』


 読み進めていると、なんだか不穏な気分になってきた。

 問題は今までの日記のそれではない。急に出てきた物語のことだ。


 朝倉凛、それは私のこと。ヴィクトリアになる前の私の名前。これはまるで故意に物語に入れられたようなものではないだろうか。


 日記を捲る手が震える。ここから先は見ない方が良いかもしれないと思った。


「ちょっとした夢でしょ? これ、悪い夢でしょ?」


 ここからはページをめくってはいけない。

全てがひっくり返るような気がする。


 ただ、少しの好奇心からページに指をかけてしまった。


『私の人生を彼女に捧げたくて、色々と考えたの。そんなこと不可能だけど、良い方法を考えたの。私はこのまま生きようとも、満たされることがない。私の人生には価値がない。それなら彼女が私という人間になり、価値のある人生を歩む方が素敵。もしこの日記を読んでいるのなら、ヴィクトリア・ブラウンとして幸せになってください。あなたなら幸せになれるはずなの』


 日記を読みながら、頭がおかしくなりそうだった。


 私は本の中の住人?

そして彼女の住んでいるこの世界こそがリアルということか。


「いや、そりゃあ私からすれば私の世界が本物だし……彼女からすればこの世界が本物かもしれないけど」

 

 私は人に誇れるような、立派な生き方をしていたわけじゃない。

質素な生活をして、馬鹿みたいに毎日仕事をして、気付いたら死んでいただけの話。

きっと、現実世界の人間からしたら馬鹿馬鹿しい一生だ。


 だが、そんな幸せとは言えないような生活にさえ、彼女は憧れを抱いてしまう。

それはなぜか?


 きっと、全てを諦めていたのかもしれない。日記を見る限り、彼女は気が弱い。

そして自分に自信を持つことができない。


 彼女は決して人を責めることがなかった。

それは彼女の弱さでもあり、彼女の優しさでもある。


「まだ全てを信じられないけど……そういうことなら任せてね」


 彼女は自分の幸せが存在しないと思っていた。

生きていれば良いことがあるよ、なんて軽々しい言葉を吐くことは出来ない。


 それは、自分が身をもって知っているからだ。

思い返せば、生きていて幸せだと思うようなことはなかった。


 私が彼女になった方法は、全くもってわからない。ヴィクトリア・ブラウンがどのような方法を使ったのかは不明のままま。


 彼女が私のどんなところに惹かれたか、なんて考えられない。


 しかし、私は彼女を幸せにしたいと思った。


「ヴィクトリアを世界一幸せな女の子にする」


 この日、私の中で一つの目標が出来上がった。

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