1話「きっと彼女はこうだった」
ヴィクトリアという女性になった私は、最初こそ大人しく過ごした。まずは周囲の人の様子を見て、自分の立場について確認したかったからだ。
「ヴィクトリア様、おはようございます。お食事の用意ができております」
「あ、おはようございます。今準備をして向かいますね」
探りに探って気づいたことだが、このよくわからない世界は私の知っている現実世界ではないようだった。当然、日本という国すら存在しない。
ヴィクトリアは19歳、フェルグーレー国の姫らしい。父親と母親と弟、かなりの数の使用人と共に暮らしている女性。
母親と弟と私の3人で暮らしていた私は、どちらかといえば貧乏暮らしをした。
そんな私にとって使用人がいる生活は驚きの連続だった。お金持ちってすごいな。
「本当に整った顔してるなぁ……名前負けしないよ。これは名前勝ちだよ。まさしくヴィクトリアだよ」
身支度を整えるため鏡を見るが、ふと呟いてしまう。
私とは真逆の人間がそこには映っているのだ。こればっかりは何度見ても慣れることはない。
ヴィクトリアは可愛らしい容姿をしている。
ぱっちりした二重に長いまつ毛。瞳は茶色くて大きい。
ウェーブがかった茶髪は腰まで伸びていて、綺麗に手入れされているのがよくわかる。身長は少し高い方だが、スタイルも良い。本当に美少女だ。
「そろそろ食事行かなきゃ。せっかく作ってくれた料理も冷めてしまうし」
溜息を吐いて部屋を出ようとする。
しかし、私が開けるより先に音を立てて扉が開いた。正確に言えば、扉を蹴り飛ばすような形で入ってきた。
同じ茶髪の男性。ヴィクトリアの弟であるアルビーの仕業だ。
「ヴィクトリア! 何してるんだ!」
「ごめん」
たしかに私もチンタラしていて悪いだろう。
ただ、家族とはいえ人の部屋にノックもせず、蹴り飛ばす形で入ってくるのはいかがなものか。
かれこれ様子を2週間見ているが、このアルビー・ブラウンという男は好きになれない。
この世界では、女性よりも男性の方が優位な立場にあるらしい。だからだろうか。
この弟はヴィクトリアのことを馬鹿にし、何かと彼女に嫌がらせをする。
「ごめんじゃなくて、ごめんなさいじゃないのか?」
「……ごめんなさい」
「こんなグズが姉なんて、恥ずかしいよ」
この男を初めて見た際、自分の弟である朝倉浮を思い出した。可愛くて昔から甘やかしていたら、そのうち方向性を誤ってしまった。
せめて弟を大学に行かせてあげたくて、私は進学を諦めた。
お給料は弟の学費にと仕送りしていた。
ただ弟は女の子と遊びまくり、挙句は多額の借金を作っていたことが判明する。
借金にパチンコに女遊びに酒。そんな弟に顔がそっくりで驚いた。
もしかすると私と同じようにこの世界に来たのかと思ったが、そんなことはなかった。
「……うざ」
「今、何か言ったか?」
「なんでもない。すぐ行くわ」
ヴィクトリアは自己主張をしない女性だったのだろう。
現に初日、ドレスの希望を自分から出した際にも使用人がひどく驚いた。
様子を見るために大人しくしていたものの、彼女の存在は本当にお飾りのようなものだ。
父親、弟、母親、そしてヴィクトリア。
ブラウン家の中で優先度が一番低いのがこの子だ。
家族との会話でもよくわかる。彼女の声はないのも同じだ。