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1話

 例えば。

 寒空の下で、うら若い女の子が、道端に倒れていたとしたら。

 あなたはどうするだろうか。


 †


 季節は冬。

 辺りはすっかり陽が落ちて暗くなっている。

 空は曇天。

 月明りも届かず、帰路は街灯に照らされるも仄暗い。

 頬にひやっとした感触を感じ、雨かと思い空を見上げると、ふわふわと白い粉雪が舞い落ちていた。


 すっかり冬になってしまったなあ。

 なんて独り言ちる。

 バイト先からの帰り道。

 右手にぶら下げたおでんだけが温かい。


 さて、家にさっさと帰っておでんをつつきながら晩酌でもやろうかと思ったところ。

 視界の端に捉えたゴミ集積場の傍に、横たわる人影が見えた。


 飲んだくれか?まったく、こんな寒い時期に…と、めんどくせえなと思いながら近寄ってみると、どうやらおっさんのフォルムではない。

 誰かが捨てたダッチワイフか?

 いや、にしてはどうにも精巧すぎる…。


 とうとう目の前まで近づくと、果たしてそれはうら若い女の子であった。

 どうしてこんな少女が、こんな寒空の下で?

 恐らく二十歳も過ぎてないだろう。


 何はともあれ、安否確認。


「あの、大丈夫ですか?」

「………」

「ちょっと、失礼します」


 彼女の手首を拝借し、指を押し当てると、脈は確かにあるようだった。


「もしもし、聞こえますか?」

「………」

「おーい」

「………んぅ」

「!」


 どうやら意識はあるのか?


「起きてください、こんなとこで寝てたら死にますよ」

「う~ん…」

「ほら、起きて」

「………ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「………ん?」


 かわいい腹の音が聞こえたような気がしたが。

 おれが呆気にとられていると、

「………おい、おまえ」

 彼女はいつの間にか目を覚ましており、初めて言葉を発した。

「…え、俺ですか?」

「お前しかいないだろう」


 なんでこいつは初対面の上、俺の腕で支えられているにも関わらず、こんなに偉そうなんだろう。

 ちょっとイラっとしたので、パッと手を放してみた。

 支えを失った彼女の頭部は垂直に地面に落下し、「ぐぅぃぇ」という声を上げた。

 確かに、それは痛いだろう。

 地面アスファルトだし。

 彼女はプルプルと震えながら、頭部を両手で押さえていた。


「貴様…、どうやら死にたいようだな?」

「いえ、あの…大丈夫そうなら俺もう行きますんで」

「待て!」

「…なんですか?」

「その、美味しそうな匂いがするものはなんだ」

「ああ、おでんですよ。さっきコンビニで買ったんです」

「おでん…?」


 訝しげにおでんが入ったレジ袋を見つめる彼女。

 おでんを知らないのか?

 確かに日本人の容姿とはかけ離れているが…

 そんな流暢な日本語を話していて、おでんを知らないってないだろう。


「よくわからんが、そいつをくれたらこれまでの無礼も許してやろう」

「嫌ですよ」

「な、なんだと…?」


 断られたのがよっぽど驚きだったのだろうか。

 彼女は目を丸くして固まってしまった。

 おでんくらいあげても別にいいのだが、人に物を頼む態度ってものがあるだろう。


「じゃあもう、本当に俺いきますから。そこで寝ないでくださいね」

 強引に話を切り上げて、腰を上げた。

 触らぬ神に祟りなし。


「おい、待て」

「………?」


 ったく、めんどくさい奴につかまってしまったと思いながら、振り返ると。


「私を誰だと心得る…」

 彼女はそう怒気を込めて呟いた。


 横たわった彼女から、ゆらゆらと色のついた空気のようなものが溶け出し、彼女が触れる周囲の空気と混じりあっている。

 この世ならざる気配を感じ、「ここにいてはいけない」そう感じつつも、足をピクリとも動かすことができない。

 何もできないまま、ただ呆然と立ち尽くしていると、彼女はすぅーっと宙に浮き始めた。

 やがて直立の姿勢になり、こちらの視線の高さでふわふわと浮いている。

 彼女が片腕を上げ、手を握る仕草を見せると、こちらの首が手で掴まれたように圧迫され、遂には宙に浮いてしまった。


「貴様は私を怒らせた」

「……っは…く……」声を出そうにも、かすれ声しか出せない。

「最後にお前を殺す者の名を教えてやろう」

「……ぁ……あ」

「私の名は、第43代魔王、リリー・バレンシュタインだ」


 目の前が霞む。

 俺は、ここで、こんなところで死ぬのか…?


 ぼやけた視界の中で、彼女がもう片腕をこちらに向けたのがわかった。


「死ね」


 その瞬間、俺は死を覚悟した。

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