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死屍流転を天使達へ  作者: ときのけん
死屍流転を天使達へ
7/8

7本メ 怠惰的人間マシン

 「そういえば、ここから外の場所について皆さんに説明しきれてませんでしたね」


 緋悠達が天界に来てから今まで過ごしてきたこの施設の一階。壁を開きながらノービスは言った。


「ここは天界の中心なんです。名前は────────」


 開いていく空。閉鎖空間に差し込む光。昨日、地球人たちがエレベーターから覗いた景色が一面に広がっていた。


「グリーフランド、です!」


 見渡す限り、ベージュの空。当たり前のように翼を持ち、空を舞う天使。

 そして……目の前には白牙達が通っていた学校の二倍ほどの大きさの建造物。宮殿、と呼ぶのが一番適切に見えた。曲線的な造形、光り輝く装飾。

 しかし、背後には四角い比較的シンプルな建物が。


「皆さんが過ごしていたこの建物は転生試験受験者用の施設だったんです。これから、訓練場に向かうために宮殿の中を通りますよー」


「……しっかし、景色やばいなぁ……」


 ノービスに付いて行っている宮殿への道は見た事のあるような無いような美しい花々が植えられており、宮殿の大きさの割には小さめの入口へと直接繋がっていた。それもそのはず、ここは宮殿の本来の入り口ではない。宮殿の入り口はノービスたちから見て右前の方向にあり、大きな階段を天使達が登っていくのが見えた。


「今ちらっと見えましたけど、あっちの入り口の方を下っていくと城下町っていうか、なんていうか……お店がいっぱいあるんですよ!機会があったら一緒に見に行きましょうね~」


 笑顔のノービスはドアを開け、宮殿内へと進んでいく。その後ろを歩いていき、宮殿内の赤い絨毯を緋悠達は踏んだ。柔らかく、ふっくらとした感触が彼らの靴を包む。









 ─────そして、空気が一変したのを肌で感じた。


 目に映ったのは先ほどまでのような美しい光景ではなく、突き刺さるような視線の雨。そして、静寂。


「……み……皆、見てる」


 桃香の震えた唇はそれ以上の言葉を発せなかった。


 全員(・・)。そばに立っている、廊下の奥にいる、ドアの向こうにいる、窓のそばにいる、階段を下ってきている、天使達が。比喩無しの『全員』の天使が緋悠、桃香、白牙の三人を見ていた。睨んでいた。


「……なんだ。天使とか名乗っといて、結局のところ人間と大して変わりは無いじゃないか」


 白牙は周囲を見渡し、小声で呟いた。かつての記憶と重なるその景色に、少しだけ顔を綻ばせる。


「だ、大丈夫ですよ皆さん!ここにいる天使達は全員ウリエル様直々の説明を受けていますので、気にすることないですよ!さ、速く通り抜けちゃいましょ─────」


 近くにいるノービスの声よりも、『それ』は大きく聞こえた。


「……信じられる?あんな娘が、自分の●を────」


「あの男、天界に来てからも●●●●は治ってないんじゃないのか?」


「う……やっぱりあいつはダメなんじゃないのか?いくらなんでもやったことが異常すぎる……」


「……おい!目を合わせるな。第二回の彼らとは違う。道徳心がないんだよ、あいつらは……」


「●●●だぞ?更生なんてできるわけないのに……ウリエル様は何を考えているんだ」


「いくら可愛くても罪の無い人たちをいきなり●●するなんてそんなの─────」


 小声ならいいだろうというチリが、この宮殿内で積もっていき、爆発し……今の状況を作り出していた。天使達の口は、止まることを知らない。陰口であるはずの言の葉は、吸い込まれるように彼らの耳に入っていく。


「う……っ」


「っ!?ちょっとあんた?しっかりしなさいよ」


「ご、ごめんなさい」


 目線を下に固定し、冷たい汗をダラダラと流しながらよろめいた桃香をカーラが支えた。


「あそこの階段を降りればこんなしょうもないの、気にならなくなるわよ。何?大罪人のくせに、こんなのでダメになっちゃうの?」


「あはは……ごめんね。ちょっと、手握っててもらえないですかね」


「は?」


 既にカーラの右手は桃香の両手で包まれていた。


「なんであたしがそんな事しなくちゃならないのよ……!」


「でも……私の担当試験官なんでしょ……?」


「……チッ、分かったわよ」


 カーラは手を強く握り返し、早歩きでノービスを抜かした。


(何やってんだろ、あたし)


 憎む対象であるはずの大罪人の手を握り、視線の網を突き破りながら進んでいく。


「あーあーあー!!聞こえなーい!」


 周囲の天使達の声も、桃香の声すらも聞こえないくらいに、普段彼女が注意する同僚くらい大きな声を出して駆けていく。今なら不可抗力で清久桃香の罪も知ることも出来たかもしれないが、カーラはそれをしなかった。


(……これで良いのでしょうか、メタトロン様)


 弱っている人を見捨てる事は、彼女の信念に反していた。例えそれが、彼女の恩師を殺したものだとしても。

 それが、彼女の選択だった。


「あーちょっと!カーラちゃん待ってくださいよ!……あ、そうだ!ヒユウさんも握ります?」


「?」


「私の手!」


 眩しい笑顔で手を差し出すノービスに対し緋悠は、


「なぜ?」


 と短く返した。


「手を繋ぐと不安とかそういうマイナスなのが和らぐんですよ!知らないんですか?」


 金色のポニーテールが揺らめく。はきはきと喋る彼女は緋悠にとって若干騒々しかったが、新しい文化や情報を知っていくのを彼は拒まなかった。


「本当か?知らなかった」


 一体どのように精神に影響するのだろう、と考えながらノービスの手に近づいていく緋悠の手を、白牙が横取るように強く握った。


「あ、あれー?」


「こうやってお互いの指を間に入れるように手を繋ぐと、さらに効果が増すんだぞ」


「本当か?知らなかった」


「ほら、行こうぜ」


 白牙は緋悠の手を握ってカーラを追い、走っていく。本来ならもっとゆっくりと歩くはずだったのだが……彼は天使の緋悠への言葉が彼の耳に出来るだけ入らないよう、階段への道のりを急いだ。


 満面の笑みで遠ざかっていく白牙を見て、「ま、いっか!」と呟いた彼女は隣にいた本を読んでいる天使を抱えながら早歩きでカーラ達を追って行った。



 宮殿内の天使達を強く、睨み返しながら。


























 一階から地下への階段を下っていく。宮殿内の明るい照明とは打って変わって暗く湿った雰囲気が漂い、白い壁と赤い絨毯も消え、物々しく錆臭い壁と床が代わりにその場所を形成していた。


「遅いわよ、ノービス」


「やっと追いつきましたー!」


 抱えていたリクを下ろし、ノービスは目の前の鉄の扉を見て、鍵が開いていることを確認した。


「だからおかしくないィ!?普通さ、こういう状況で恋人繋ぎしないよね?私とか結構限界に近かったんだけど。苦しんでたんだけど」


「恋人繋ぎ……?なんだ、それは」


「な。よく分からないよな緋悠」


「だあああああもう!」


「……速く行くわよノービス。もうすっかり元気になってるどころか、やかましいくらいだわ」


「元気ならなによりです!では皆さん、これから訓練場に入りますよ。ちょっとしたトラブルはありましたが、一次試験に向けてしっかりと気持ちを切り替えていきましょう!」


 重いドアノブを強く握り、ノービスは扉を開けた。砂埃が舞い、その奥の景色を霞ませる。


 訓練場の中を見た白牙と桃香は同じことを思った。「グラウンドと体育館が混ざったみたい」だ、と。


 訓練場はグラウンドのように砂と土が敷き詰められており、体育館のように壁、二階の客席、個室に繋がっていそうなドアなどが見受けられた。


「───お、こんにちは。みんな」


 彼らが土を踏みしめてすぐ、誰かの声が聞こえた。柔らかい声だが、女性の声ではないように聞こえた。


「こんにちは!エフツーさん!」


「うん。こんにちは、ノービスさん、カーラさん、リクくん」


「……ふん」


「……」


 その男には翼が生えていなかった。透き通るような青色の髪の上に輪は浮いていなかった。ウリエルの軍服を黒く染めたような服装に身を包み、しかし肌の色はそれと正反対で真っ白なその男は挨拶した三人中二人に無視されても優しげな笑みを浮かべ、無邪気に手を振っている。そして────────


「それと……初めまして。三人とも」


「初めまして……ってうぇあぁあっ!?」


 桃香は彼を……正確には、彼が右手に抱えているものを見て、叫びながら尻もちを着いた。


「なん、な、ななな……なんで……!!??」


「おっと!ごめんごめん」


 男は慌てて手に持っていた────ショートヘアの少女の『生首』を背後に隠した。


「驚かせちゃったね、大丈夫?立てる?」


「ひゃ、はい、だいじょうぶ、でふ……」


「あはは、災難ですねモモカさん。でも悪い人じゃないんですよ?嫌わないであげてくださいねぇ」


 桃香が立ち直るのを手伝いながら、男は白牙と緋悠に視線を運ぶ。


(まさか、驚いた反応を一切見せないなんて。これは予想以上の大物だね)


 緋悠も白牙も、もちろん驚いてはいるが生首程度のものではいちいち腰を抜かせなかった。だが、目の前の男が明らかな危険人物であると認識することは出来ている。


(……あの生首、どこかおかしい。首のところに、機械みたいな何かがあった。人間の生首じゃないのか?)


 白牙の着眼点は生首自体だった。今はもう隠されているため見ることは出来ないが、確かに白牙の目にはそう映った。

 が──────緋悠は、この男を見た瞬間から悪寒が身体中を駆け巡っていた。


(───何者だ、この男は。今まで会った人間の中でもトップクラスの……)


「僕はオーフォー・エフツー。エフツーって呼んでくれると嬉しい。一応……君達の先輩に当たる事になるかな」


「せ、せんぱい……って?どゆこと?」


「……チッ。察し悪いわね」


 赤髪の天使は髪の毛をいじりながらエフツーと目を合わせずに吐き捨てる。


「こいつは。第二回転生試験の合格者で。試験に関してはあんたらの先輩って事よ。大変よね、こんな生首野郎が先輩だなんて。敬いようがないわ」


(────合格者、だと?)


 その言葉は今の状態の緋悠にとって、矛盾しているようにしか聞こえなかった。


(溢れんばかりの殺気(・・)を俺に向けているというのに、か?)


 転生試験に合格したという事は、この天界において真っ当に生き、それを見てきた試験官が受験者の犯した罪を知ってもなお合格だと判断したという事。

 そんな人間が、初対面の後輩に殺気をぶつけてくるだろうか。


「どうも……よろしくね」


 笑顔の奥の瞳は、殺気に反応した(・・・・・・・)緋悠を真っ直ぐと映していた。

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