6本メ 怠惰的日常衝動
テンポの速い足音が聞こえてきたと同時に、緋悠はナイフと化していた身体を元に戻し、若干ドアの辺りが見える程度に目を閉じた。
「おはようございまーす!!」
大声と共に勢いよくドアを開けたのは金髪の天使。緋悠の試験官であるその少女は部屋を見渡して緋悠の顔を見つけると、「朝ですよー!」と彼の耳元で叫んだ。
「……おはよう、ございます」
聞こえづらくなった右耳を気にしながら、長い夜を完走した男が呟く。
「よく眠れましたか?」
「いや……あまり」
「でしょうね!そんな顔してますもんねー」
だからと言って何かをしてあげるわけでもなく、ノービスは強引に緋悠の腕を引っ張って立たせた。
「うーん……?うるさ……」
「モモカさんも起きて下さい!!」
「いやほんとにうるさっ!」
若干目を赤くした桃香が起きたタイミングで、白牙も瞼を開く。
「ビャクガさんもおはようございます!」
「……あ、はい。おはようございます……」
目の前の騒々しい羽の生えた女と、見慣れない部屋。自分が寝ていたホテルにあるようなベッド。
どれも、日常とはかけ離れたもので、桃香と白牙の寝起きの頭にどんどん実感させていく。
自分は既に息絶え、今は天界にいるのだと。
目を擦って一息つき、少女は寝ぐせのついた髪を手でさらっと梳かした。
「あー……死んだんだったわ。思い出しました思い出し……っていうか風呂入って無くない私!?」
跳び起きた桃香はノービスの肩を掴んで言う。
「どこ!?風呂!えっ……ていうか着替えどうしよ……」
チラチラと白牙の目線を気にしながらノービスに迫る。
「あー大丈夫です大丈夫!ちょっとくらい入らなくても平気ですよ!それより今日は……」
「それよりってあんたねぇ!風呂入らないで寝ちゃったんだよ?どうすんのさ汗とか汗とか汗とか!」
「そんなに言うなら……一緒に入りに行きましょうよ!」
「へ?一緒に?」
「はい!今日のすべきことが終わったら!」
ようやく言いたかった事を言えたノービスは三人の顔を見ながら改めて話し始める。
「今日は早速一次試験の説明を聞いてもらいます!ので、昨日と同じように私についてきてください!」
ー ー ー ー ー ー ー
「ぶっちゃけ、昨日の話あんまりちゃんと聞けてなかったんだけ……ですけど……」
天界に来た時の部屋と似ているが違う部屋。「ちょっと待っててください」と言って消えたノービスを昨日のようにそれぞれ椅子に座って待ちながら、桃香は不安げに二人に尋ねた。
「俺も。いきなりすぎてよく覚えてないな」
「だ、だよね!ははは……」
「いや、俺は覚えている」
緋悠を挟んで照れながら白牙と会話を続けようとする桃香だったが、逆に口を挟まれた。
「本当?」
「本当だ。と言っても、説明されたのはこの試験の成り立ちと試験が全三次に分けて行われる事くらいだが。恐らく今回で詳しく説明されるんだろう」
「なるほど……ありがとう、緋悠」
「うん、ありがとね明庭く……ん?」
桃香は思わず自分の耳を疑った。
(今名前呼び捨てしたよね?ひゆうって)
「えーと……どういたしまして」
「……からの?」
(『からの』とは?????)
「からの……だと……!?ありがとうにはどういたしましてと返せば会話が完結するんじゃないのか……!?父さんはそう言っていたはず─────」
(いやそれで合ってるよ。実際にどういたしましてって言う人は少ないけど)
「俺は『ありがとう、緋悠』って言ったんだ。だから……さ……」
白牙は少し恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。だんだんと小さくなっていく声が、彼の『察して』欲しいという気持ちを体現していた。
(ん???雨喰くんってこういうキャラなの??ビ●フェルミン渡してきた時と言い……)
困惑する桃香を置いて行くように、緋悠はハッとして顔を上げた。
「────そういうことか。理解した……。どういたしまして、白牙。こういう事だろう……!?」
「そうだ緋悠!そういう事だ……っ!」
「いや一人置いてけぼりにして特殊なイチャつきしてんじゃねーよ!」
さっきまで一人置いてけぼりどころか一人を挟んで会話するというさらに苛烈な所業をしようとしていた彼女が言うべき言葉ではないが、この場で指摘できるのは残念ながら彼女しかいなかった。
「何??いつの間に名前呼びになったん?私が寝てる間に……?」
「大した事じゃないよ。ただ仲良くなっただけ」
「うーん……?」
状況を上手く呑み込めない様子の桃香を見て、緋悠は閃いたような顔つきで言う。
「……あぁ、そうか」
「いや何がそうかなんだよ」
一体何に理解されたのか一切分からなかった桃香はすぐさま彼を睨んだ。
「きっと、自分も名前で呼ばれたいんだろう。そうだ、そうに違いない」
「えっ!?」
「三人組で二人が共通の話題で盛り上がってはいけない……父さんもそう言っていた」
「じゃあ……そうする?試しに呼んでみてよ、名前で」
「え……えぇっ!?」
思わぬファインプレーの緋悠に感謝しながらも、実際に呼ぶとなると緊張で動悸が止まらなくなる。身体中に響き渡る心臓の音を無視しながら、震える口で必死に紡いだ。
「び、や……びゃくがく、ん……」
「桃香さん」
「んぅふへへへへ……」
顔を赤く染めながら気色の悪い笑みを浮かべる。同時に口から洩れたさらに気色の悪い声も自覚はしていたが、止められなかった。
「俺は?呼ばないのか?」
「あぁ、なんか君は緋悠でいいよ」
「そうか、桃香」
冷たくあしらったはずが普通に返されたため一瞬たじろぐが、白牙との関係に一歩踏み出せたことの喜びをかみしめる為に緋悠の事は気にしない事にした。
一方白牙も……呟きそうになった言葉を口の中で噛み砕いた。
(────気持ち悪いな。この流れも、この女も、俺も……)
それを言ってしまえば、緋悠との関係性まで崩れてしまうような気がしたから。薄々気付き始めていた。明庭緋悠が白牙達にとっての『普通』を知らない事が。そして本人は気付いていないが、その『普通』を知っていく事を求めているのを、白牙は感じ取っていた。
(君が喜ぶのなら俺は……受け入れられそうな気がするよ)
生きている頃は拒絶したがっていた、女性との対話を。
「えぇ!いや、別に私達だけで出来ますって!」
「「「!」」」
今はもうただの壁となっている、先ほど通った部屋の入り口の方向から、ノービスらしき声が聞こえた。その直後、壁が開く。
「別に、君達を信用していない訳ではない。俺も個別の用事があるだけだ。すぐ終わる」
「そうなんですか?じゃあ……いいですよ!」
「あんたさぁ……よくそんな態度取り続けられるわね」
「……」
ウリエルを先頭に、試験官の天使達が部屋に入ってきた。
「諸君、待たせてすまなかった。今日は第一試験の説明をした後に、試験のための実践訓練となるが……まずは俺……ウリエルとして、君達にまた謝らなければいけない事がある」
三人の正面に立った男が真剣な顔つきで話し始めた。
「昨夜、君達を監視していたカメラの事だ」
「「!?」」
緋悠の左右の二人は驚きつつも、すぐに昨夜の自分がした行動を振り返る。驚愕の連続に耐性が付いてきた上に、『試験』という形態に参加している以上、自分が見られてはいけない事をしていないか不安だったのだ。
(私のクソみたいな寝相見られてたって事……!?いやでもベッドから落ちてなかったみたいだし、醜態を晒したことにはなってないはず!)
寝相は良かったが、子供のように泣いていたことはしっかりとカメラに映っていた。
(俺とカーラの会話が聞かれていたのか……!?いやでも音声まで記録されてなければそこまで問題はない。声が拾われていたとしても、あの時は結局和解っぽく終わったし、俺も女の為に貴重品を使った感じの良い好青年に見えるはず……)
カーラとのいざこざは穏便に済んだが、緋悠に連れションの事を熱弁していた会話はしっかりと記録されていた。
「俺もあそこまで過度な監視は想定していなかったが、こちらの伝達ミスだ。しかし……申し訳ないがこれからも監視は継続させてもらう。今度は固定式のカメラだが」
(固定式じゃない監視カメラ?)
白牙と桃香は同じ疑問を抱きながら、肝心の監視の継続に関しては聞こうとはしなかった。自分が犯した罪の重さを、自分がいつ罪を重ねてもおかしくないという事を。
「だから……今度は破壊しないように頼む」
ウリエルは真ん中に座る少年に目線を固定して申し訳なさそうに言った。
「分かりました」
「……ん?」
「え?」
桃香は右を向き、白牙は左を向いた。その視線の先には「どうかしたか?」と首を傾げる緋悠。
「え……緋悠、カメラ壊したのか?」
「あぁ。監視カメラは壊し得だって父さんが言っていたからな」
「いやいやいや!聞いてないよ!監視カメラのこと知ってたら教えてよ!」
「……そうか。次からそうする」
真顔で言う緋悠に、「何を言っても無駄だ」と桃香は特に追及することなくため息を吐いた。
「ヒユウさん、今私も初めて知ったのですが……この施設の監視カメラって透明なやつですよね!あれ壊すって……一体どんな方法を使ったんです!?気になりますよ!」
「……ナイフを投げて壊した」
「え……ナイフ、ですか?」
「あぁ……一部分だけ透明じゃないところがあったんだ。そこを狙った」
─────いつ敵になるか分からない者達に、真実は明かすな。相手の自分への評価が低いほど、いざという時に殺しやすくなる。
緋悠の脳裏によぎったこの言葉も、彼の父によるものだ。
「それでもすごいですよヒユウさん!これなら一次試験は楽勝ですよぉ!」
楽観的に捉えるノービスと対照的に、赤髪の天使は動揺を隠そうとしていた。
(ナイフを投げてあのカメラを壊した……!?あれはそんな方法で壊れるほどやわじゃないはず……ラファエル様が作成された機械はほとんどが緊急時に備えて普通より頑丈に設計されている。だから、この受験者用の隔離施設に設置されていたはずなのに……!)
また、普段は本ばかり読んでいる少年の天使も……一瞬だけ視線を緋悠に移した。
「……」
そして、またすぐ本を読み始める。
「では、俺はここで試験官達に任せる。一次試験に向けて、どうか励んでいってくれ」
帽子を深く被りなおし、ウリエルは部屋を速足で出て行った。
その後沈黙が訪れるが、それは一瞬にして破り捨て去られた。
「では皆さん!仕切り直して一次試験概要説明と行きましょうじゃないですかぁ!」
ウリエルに変わり正面に立ったノービスは机を叩きながら言った。
「まず試験の日程ですが……皆さんが天界に来られた一週間後、つまり今日から六日後の四月十五日となります!!」
「「「……」」」
再び一瞬の沈黙が訪れる。
「いや六日後!!??てか天界にも四月あんのかよ!」
「流石に六日後は無理がありますよ!たった六日間でどう勉強しろと……!」
「まぁまぁ学生さんたち!落ち着いて次の説明を聞いてくださいって!そしたらこの短さも分かりますよ」
手に持った紙をペラッとめくり、ノービスは続ける。
「次に試験内容ですが……こちら、非常に簡単なものとなっております!一週間も掛からずバッチリ対策できるくらいに!」
「そういうのいいからさっさと話しなさいよ」
「えーと……まず、一次試験のみならず転生試験は一貫して戦闘を行ってもらう事になります!」
「……戦闘?って具体的に何?」
「第一試験では天界に蔓延る危険な生物……魔物、と呼ばれるものを倒してもらいますよー!」
「ま、魔物っ!燃えるなーこれは……!」
試験の説明という真面目な場において『魔物』というファンタジーな単語が出てくるのに対し、桃香は自分が本当に異世界にいるのだと改めて実感した。
「皆さんが転生する先が地球なのか、別の世界なのかは分かりませんが……どちらにせよ、力の使い方を知っているというのは大切な事です。正しく祝福を扱える者こそ!転生する権利があるという事ですね!一次試験ではまず力を正しく使えるか。そして他人と協力できるかを見させてもらいます!」
「合格基準の事は?」
「今から言いますって!全ての魔物の討伐をもって合格とさせていただきます!そして試験会場!それにつきましては当日に私達が案内するので特に気にする必要はありません。後は……この後の訓練についてですね!」
ノービスはカーラとリクを指さしながら言う。
「私とカーラちゃんとリク君がそれぞれ皆さんと試験対策として戦闘訓練を行います!開始時刻は……この説明が終わったらでいいですよね!はいっ!説明終わりです!何か質問がありますか?」
真っ先に手を上げたのは白牙。
「はい、どうぞ」
「あの……俺の祝福の場合、戦闘なんてできるものじゃないと思うのですが……」
「それについては心配無用です!祝福には拡張性があって、理解を深めるたびにやれることが増えていくんですよ!もし戦えないとしても、支援という形で戦闘に参加することはできますし」
「だ、大丈夫!私が守るから……。うん。ふへっ……」
「あ、うん、ありがと」
後に桃香は今のこの発言を白牙の真顔を思い出しながら悔いるなるのは明白だったと言えるほど、桃香の態度は年頃の少女と言うよりは年頃のおっさんに近かった。
「他に質問ありますかー?……ないみたいですね!これにて一次試験概要説明を終了致します!十分後に訓練所へ向かうのでお手洗いなどは今のうちに済ませておいてください!」
「……」
「……」
一瞬の静寂を経て、男と男は顔を見合わせた。
「するか、連れション」
「しよう、連れション」
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