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死屍流転を天使達へ  作者: ときのけん
死屍流転を天使達へ
5/8

5本メ 怠惰的監視劇場

 数分前に遡る。


「……」


 白牙がドアを閉めた事を確認した緋悠は瞼をぱっちりと開き、部屋の絨毯を踏みしめた。うめくような鳴き声を漏らす桃香を一瞥し、装備を整えてドアノブに手をかける─────寸前。

 寝ているふりをしていた時は気付かなかった気配を感じた。


「ッ!」


 すぐさまナイフを投擲する。およそ五時の方向。緋悠のベッドの近くだ。


 が、そこには何もいなかった。

 それと同時に、ナイフが何かに刺さった。


 緋悠の視界はさっきと変わらない自分のベッドと部屋の壁が映っている。しかし投げられたナイフは金属音と共に空中で静止し、落下した。


「……これは」


 機械のような球体だった。

 壊れたような高く小さい電子音を鳴らしながら、電波の受信が上手くいっておらず砂嵐が度々見えるテレビ画面のように透明の状態と可視の状態を交互に繰り返している。

 それに刺さったナイフを抜き、ベッドに落ちた破片と共に球体を回収する。


(……間違いない。監視されている)


 生前、幾度となく破壊してきた防犯カメラのレンズのような部品を球体の中に確認した。


(となると……)


 緋悠は桃香のベッドの方向をもう一度見る。今度は空間一平方メートルを見逃さないほど凝視するように。


「そこだな」


 僅かな動き。瞬時に反応した緋悠は目にもとまらぬ速さでナイフを投擲し、またもや透明な球体を撃墜した。


 当然、何らかの技術によって透明になっていた機械が見えるようになったわけではない。一度壊されたのなら、見えていないと確信していたはずでも「見えているのかもしれない」と疑うようになる。壊されないというもう一つの確信が打ち破られたのだから。それによる焦り。焦りによる判断力の低下。判断力の低下による「逃げる」という選択肢。途中から逃げることが不可能で、止まっていた方が壊される確率は低いと気づいても遅かった。動いたのならば、気配は感じ取られる。


(これに引っかかったと言う事は、何者かの操作によって動いている可能性が最も高い)


 もうひとつの球体と先ほどの球体を自身のベッドの下に置いてから、緋悠はもう一度部屋中を見渡した。


(部屋に二つの監視。場所は俺と清久桃香の近く。俺の方の機械は俺が部屋を出ようとした時に動いた……よって、この機械は俺達三人にそれぞれ付いて監視しているものだろう。あともう一つは部屋から出た白牙を追跡しているはずだ。……白牙の気配と混ざって気付けなかったとは。俺も疲れているな)


 念のための追跡に、新たな目的が加わった。














「何をした、と言われましても……何のことだかさっぱり」


「……まぁ、そう答えるでしょうね」


「っ!?」


 カーラは白牙の胸倉を掴んだまま、もう一方の手に───刀を顕現させた。鞘は無く、黒い刀身にオレンジ色の光の線が走っている。

 その切っ先は流れるように白牙の首筋へ。


(指先から炎を出すだけじゃなく、こんな事まで……やっぱり、人間ではない別の生物だ。こいつらは)


「殺しはしない……なんて言うと思った?あんた達を殺せばあたしは追放か幽閉か処刑されるでしょうね。でも、そんなのどうだっていい。仇を討つためには。これ以上の犠牲を生まないためには……殺すしかない」


 カーラの殺意の対象は白牙だけではない。緋悠と桃香も含まれている。カーラは三人相手では一方的に返り討ちにされる事も考えられないほどに冷静さを失っているわけではない。確実に一対一の構図を作るため、夜にトイレへ向かうという状況のみに条件を絞って待ち伏せをしていた。


「でも、アイツとは違って第二回の受験者はこの天界において受け入れられたわ。あんた達もそうかも知れない。だからあたしは希望を持っていたわけ。でもあんたが何やら怪しげな行動しちゃうしさ……っていうかそもそもあの女がイカレて」


「鎮静剤」


「え?」


 暗く、鈍い闇をその瞳の中に彼女は感じた。


「だから、鎮静剤だって」


「……」


 その唐突過ぎる態度の変わりようにカーラは狼狽えるが、白牙は続けて語る。


「昔ちょっと変な方法で手に入れたヤツ。天界(こっち)でも残ってたから嬉しかったのに……あーあ、なんで使っちゃったんだろ」


「でも、鎮静剤といってもあんな一瞬で……」


「変な方法でって言っただろ。その分効果もヤバいんだよ」


「……そもそも、なんでその、方法まで使って手に入れたのよ」


「必要だったから以外の理由ある?」


 舌打ちをしながら指で刀の切っ先を弾く。直後、カーラの異常者を見るかのような眼差しに気付き、


「……貴重な物だったけど、彼女が落ち着けたのなら惜しくなんてないさ。女の子があんなに苦しむ姿なんて見たくないからね」


「元々のキャラと少しずれてない?それ」


「……」


「……まぁ、いいわ」


 刀を消失させ、カーラは白牙の制服から掴んだ手を離した。


「これだけで判断するのは不十分すぎるし、これ以上詮索すると試験官としてダメだし、何よりあの時は単純に助かったし。またあの女が暴れた時はあんたがなんとかしなさいよね」


「あ?あいつの試験官はおま、あなただろう」


「見逃してやってんだから少しは協力すれば?じゃ、おやすみなさい」


 カーラの意外とあっさりとした対応に訝しむ白牙に背を向け、その場を後にしようとする……が。その先に佇む人影、ドアを閉める音に足を止めた。


「あら、あんたも起きちゃったのね」


 ドアノブから手を離し、カーラへと視線を移した緋悠は「あぁ」と呟いてトイレの方向へ歩き始めた。

 もちろん、そんな訳はない。元々緋悠はベッドに入った時から桃香が泣き始めた時まで一睡もしていない。もっと言えば今部屋から出てきたのではなく、カーラがこちらに来るタイミングでわざとドアの音を鳴らし、自分の存在を自然なものとした。


「ひ、緋悠!?……起きてたのかい?」


「今起きた。二人は……仲良くトイレか」


「は?」


「は?」


 鋭い眼差しで低い声を二人同時に向けられた緋悠は不思議そうな顔をして顎に手を当てる。


「父さんが言っていた。これは連れションとかいうやつだろう?……違うのか?」


「違うに決まってるでしょ。何言ってんの?頭おかしいの?試験官もあーなのにあんたまでこーだとあたし達にまで迷惑かかるから困るんだけど」


「違うぞ緋悠。連れションというのは本来俺と君みたいな関係性で行われるものなんだ。そうだ、今すぐにでもしよう。連れション」


 白牙はカーラを押しのけて緋悠へと近寄り、彼の手を握ってまたトイレへとUターンしていく。


「はぁ?あんたさっきしたばっかじゃないの?え、何。男って何回も出るもんなの……?って、ちょっと!」


 ブツブツ呟きながらも白牙の視界から自分が既に消えている事は分かっていた。カーラはため息を一つ残し、若干騒々しい夜から遠ざかっていった。


「……まぁ、いいか」


 一般常識が欠如していた明庭緋悠。出会って間もないというのに幼馴染かのように仲良く接する雨喰白牙。怪しい点はいくつもあったが、詮索は試験官としての責務に反する上に、目の前の友情はあまりにも純粋に見えて、否定することはできなかった。


「……でも、覚えておきなさい。あんた達を憎んでる天使は、あたしだけじゃないんだから」







「────どうだい、これが連れションってやつだよ。他愛もない話から男同士でしかできない話まで。俺の知ってる連れションはこんなものかな」


「なるほど。勉強になった。やはり聞くのと実際にやるのとでは天と地の差があるな」


「……ははは。俺も、こんな風な事するのは久しぶりなんだけどね。ほんと、何年ぶりくらいだろ……」


 月明りとランプの光を受けながら、過ぎ去っていく夜の時間を二人で歩く。一人はドアにたどり着くまでの短い廊下をできるだけ長く歩いていたいと願いながら。一人は神経を研ぎ澄ませて球体の気配を探りながら。


(それにしても……)


(……それにしても)


 ────────だが、それはあくまで内心の焦りを誤魔化すために、意識がポジティブになるように自分が自分に仕向けた思考なのかもしれない。


(とんでもないクソ女だったな、あいつ)


(絶対に警戒を緩めてはいけない男だな、こいつは)


 ─────白牙は緋悠との会話を続けながら、苛立ちを抑える事が出来た自分を褒める。


(いくらクソでも殺す気ではなかったようだし、あそこで思い切って薬を使わなくてよかった。薬は貴重だ……これだけの効能が見込めるのは天界にはあるだろうか?そもそも天使に通じるのかという疑問はあるけど……効かなかったらそれで終わりだ。機会があったら軽めの物で試してみよう。後は────速く力を使いこなせるようにならないとだ)


 ─────緋悠もまた、相槌を打ちながら目の前の男について考えをまとめる。


(まさかあの時、清久桃香が錯乱した時……本当に薬物を使用していたとは。可能性は考えたが、父さんの薬ではないだろう。確かにあの即効性はおかしいが……父さんのと同じくらい強力な他の薬が存在しないとは言い切れない。逆に父さんが雨喰白牙に薬を与えたという可能性の方が低い。そう考えると俺の知らない薬物、しかも効果が強力なものをこの男は所持している危険性がある。───侮れない。透明な球体と言い、ただのトイレかと思ってベッドから出るのを止めなくて良かった)


 のろのろとした歩調は止まり、白牙はドアを開ける。青白い月の光が泣き止んで静かに眠っている桃香と部屋中を照らしていた。


 緋悠は往復してきた廊下を振り返る。


(外に出たはずの球体の気配は感じ取れなかった。どこかに隠れているだろうが、ならば監視は無くなったという事だ。俺達がトイレに入っている間に何らかの方法で部屋に侵入していた可能性はあるが、俺が破壊した事は相手も分かっている。これ以上監視されて困るような事は無い)


「どうかした?」


「……いや、何でもない」


「今は……二時か。普通に眠れる時間だね」


「そうだな」


(眠る訳が無いがな)


 さっきの話を聞いていない状態であってもわざわざ気配を殺して付いて行き、聞き耳を立てていたのに今この部屋の中で警戒しない訳が無い。よって、今日の夜……というかこれから先の夜に緋悠が眠れる訳が無いのだ。


「じゃ、おやすみ」


「あぁ、おやすみ」


 ベッドに横たわり、布団をかける。その後に行うはずの目を瞑るという動作をせずに、緋悠は天井を睨んだ。


(……いくら慣れていると言えど、いつまでも起きているわけにはいかない。日中に安全な場所で仮眠をとるか、部屋を分けてもらうかだな)


 布団の中で指先をナイフに変え、戻す。そしてまた変え、戻す。能力の練習と、球体を破壊した事による天使達の対応、自分にかかるデメリットを考えるという身体を動かさずにできる事があるのは緋悠にとって救いだっただろうか。

 それとも、暗い部屋でただ天井を見続ける事は特別苦しい事ではなかっただろうか。


 慣れているから。


























 ー ー ー ー ー ー ー


























「うーわぁ……見事に壊されちゃったー。どーしよこれ。カメラ代はウリエルのポケットマネーで何とかするとしてー……」


「聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ、ラファエル」


「あーちょっとウリエル!サリエルも聞いてよー。今回の受験者のこの……誰だっけ?」


「誰だっけと言われても分かる訳が無いだろう」


「ナイフ投げてくるやつだよー。記憶見れなかったやつ」


「あぁ、緋悠君だねぇ?」


「あーそう!緋悠とかいうヤツ。こいつちょっとやばくないー?カメラ二台も壊されちゃったよ?監視どーすんの」


「サリエルさんに言われてもねぇ……でも監視なんてしててもどうせそんな面白いモノは見れないんじゃないの?」


「おい。……彼らには謝罪と共に俺が話しを付けておく。だが、カメラは固定式で────」


「いやそれがさー。あの試験官の子がさーやらかしちゃってるみたいなんだけど」


「ッ!?やらかしただと!?まさか……ノービスが何か……やはり彼女には荷が重かったか……?」


「えーっと赤い髪の子」


「カーラちゃんだねぇ。いい加減名前覚えたまえよ」


「あの子がさー、なんかひ、ひ……緋悠じゃない方の男に詰め寄ってなんかしてたんだよねー。トイレに行くのを見計らってやってたっぽいし計画的だよー」


「……そうか」


「……あれぇ?処分は下さないのかい?」


「彼女なりに見極めようとしているのだろう。彼女は()と会話した事のある数少ない天使だ。彼女の師の事もある……彼女にしか分からないモノがあるんだ。天使的思考の俺達とは違う彼女にしか」


「ふーん……天使的思考、ねぇ」


「ところで二人はなんで監視室にー?そろそろゲームを再開したいんだけど」


「そうだった忘れてた!君のサボりは置いておいて、協力してもらいたいことがあるんだ」


「協力ー?」


「あぁ────明庭緋悠の生前の記憶を知るために」


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