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死屍流転を天使達へ  作者: ときのけん
死屍流転を天使達へ
3/8

3本メ 怠惰的人生入学式 後編

「大罪人なんて、そんな……」


 口を開いた桃香だが、その先の言葉で否定することはできなかった。

 その肩書は、彼女にとってあまりにも当てはまっていた。


「…………」


 冷たい眼差しで押し黙るままの白牙。それらを横目に、緋悠は一人─────


(……まさか──────)


 罪人の烙印が押されるに相応しい人間が自分だけではない事に驚いていた。


(俺と同じような罪を犯したというのか、こいつらは!)


 隠し持ったナイフを右手で強く握りしめ、緋悠は警戒心を強めた。


 生前の明庭緋悠が犯した罪は相当の物であった。彼自身もその事を自覚し、それでいて罪の意識は一切感じていない。それどころか当時の彼は喜んでやっていた。

 愛する人が『やれ』と言ったから。


「ま、まぁ!私達試験官は試験終了時まであなた達の『罪』を知ってはいけないという規則ですので!ご安心をって事で………て、転生試験自体のルーツからご説明しますねー!」


 仕切り直すようにノービスは咳ばらいをした。


「まず、昔々……というほどでもなく少し昔に。不幸判定を受けた魂を私達天使が受け取ろうとした時……一つだけ、神様が送らずに放置していた魂があったんです。ウリエル様達が受け取った神様の意思は『拒絶』。生前に大罪を犯し神様に嫌われてしまったその魂を救うべく、ウリエル様が行ったのが……第一回転生試験なのです!」


 質問を入れる暇を作らずにノービスは続けていく。


「全三次に分けて行われる試験を異世界で使う予定の能力で突破し、自らの罪を悔いる精神を養い─────そして全ての試験が終わり、受験者の罪を知らずに見てきた担当試験官がその罪を知った時、その上で合格か否かを判断するといった感じです!」


 そう言ったノービスは左手で自分自身を、右手で緋悠を指さし、


「ヒユウさんの担当試験官が私、ノービスです!モモカさんはカーラちゃん、ビャクガさんはリク君です」


 それぞれ前に座っている者同士がペアとなっている座り方だった。最も、一度も視線を自分に向けない天使の事をペアだと思う事は少し難しいと雨喰白牙は考えていたが。


「……と。これで一通りの説明は終わりですね。それでは皆様立っていただいて、これより皆様が転生時に身に着ける予定の……『祝福』を!受け取りに行きたいと思いますー!」






 ー ー ー ー ー ー ー






 部屋を出た後の通路を歩きながら緋悠は眼球を動かす。


(……窓がない。外の光景が全く見えない。さっきの部屋と同じくらいの装飾で明るさを補っている。……それにしても、出口が見当たらないと思ったらまさか何の変哲もない壁が開くとは……)


 先ほどの面接室での出来事を思い出しながら緋悠は周囲の観察をやめた。


「ここは三階なので……えーっと、エレベーター使っちゃいましょっか」


 そう言ったノービスは壁から出ている不自然な突起を押す。すると、緋悠達の目には二回目の、『至って普通に見える壁がドアだった』現象が起きた。


「うおぉ……すごいよこれ。こんなエレベーター見たことない。っていうか意味あんの?技術の無駄遣いじゃない?」


「あはは、モモカさん達地球人の方からはよく言われちゃいますね。なんというか……天使ってこういうデザイン好きなんですよー」


 ぞろぞろと六人入り終えると、ノービスは白い指で『1』という文字が光っているボタンを押した。

 エレベーター特有の、少しだけ足元がそわそわする感覚が地球人三人を包んだ。


「そういえばここってどこなんですか?さっきから地球人とか言ってますが……地球じゃないんですか?ここ」


「そりゃあ決まってるじゃん雨喰くん!……っとと」


 桃香は後ろにいた白牙の方へ振り向き、指を立てながら言った。……が、思ったより白牙との距離が近かったため少し離れた。


「私達は死んだんだよ?っつー事はつまりここは……」


 その先の言葉を桃香は言う事は無かった。


「「?」」


 緋悠と白牙の急に黙った桃香への疑問など、彼らの後ろから差した光の前ではいとも容易くかき消された。

 彼らは桃香が視線を向ける後ろ方向を向き────────


「これ、は────────」


 ガラスを通して入り込む、その目を疑う光景を焼き付けた。

 クリーム色の空。すぐ近くを漂う雲。全体的に白い建物。そして、翼を生やし空を舞う人……ではなく、天使。

 誰がどう見ても、地球ではなかった。彼らが生きていた星ではなかった。


「ここは天界です。死んだ生物の魂が行き着き、私たち天使が暮らす世界です」


「…………天国じゃ、ないんだ」


 景色に見とれていた桃香はどうでもいいような事を呟きつつ、外とエレベーターを隔てるガラスに手をつく。

 山を登り切った後のような絶景。何も特別な事はしていないはずなのに、三人の胸には達成感のようなものが広がった。


「…………こんな景色は、見た事が無い」


「あぁ、こんなの見た事ある人間なんていないよ」


「……そうか」


 その時緋悠は、少しだけ安堵した。白牙の返答が自分に共感してくれていたからか、またはこの絶景を見た事が無いのは自分だけではなかったからか。緋悠には分からなかった。







 ー ー ー ー ー ー ー







「はいっ、着きましたーっと!」


 何もない壁に手をかざしてノービスがドアを開いた。いい加減見慣れてきた緋悠達は顔色を変えずに部屋へ入っていく。


「いやー楽しみだなぁ!え、このー祝福?ってさ、自分でどんな力か選べたりするの?」


「それについては───────」


「すまないが、それはできない」


「うわぇっ!?」


 突如として割り込んできた七人目の声で桃香は肩を大きく震わせた。既に気付いていた緋悠は相変わらずポケットの中に手を入れている。


「なっ……ウリエル様!?どうしてここに……!?」


 心底驚いたようなカーラの言葉は、緋悠達にこの人物はただものではない、と薄く認識させた。

 赤黒い髪に軍服のような白い衣服。身長はこの場の誰よりも高く、腰に付けた剣のような武器も相まって天使という言葉に合わない物騒なイメージに包まれていた。


「え、あの人偉いの?」


「偉いも何も、今の天界を仕切ってる七人の天使の一人。変な事したらあんたら、普通に処刑されるわよ」


「あれ?どうしたんですかウリエル様。今日は私達だけで対応するはずじゃあ……」


「事情が変わった」


 ウリエルはそのまま部屋の中心へと進んでいき、水晶玉のようなものが置いているテーブルを挟んで緋悠達に目線を向けた。


「ウリエルという。よろしく頼む……と、言いたいところだが、俺から君達へと言っておかなければいけない事がある」


 用意されていた椅子に腰かけることなく、険しい顔つきでウリエルは続ける。


「そこの三人は君たちの担当試験官だ。そのため、君たちの生前を知らない。だが…………俺は、それ以外の天使たちは、君たちの人生を見ている」


「「「!!!」」」


 一気に空気が凍り付くのを三人の天使は肌で感じた。その悪寒は緋悠達によるものか、天使たちの先入観が生み出したものか。

 過去を知らないという事実が免罪符となっていたとしたら?それ以外の『知っている』存在に対して、この三人の人間は─────どのような態度を取るのか?

『大罪人』に相応しい悪意に満ちた一面を見せるのか?


 カーラはウリエルから緋悠達へと目線を移した。


 ……が、そのような感情を抱いていたのは天使だけではなかった。緋悠、白牙、桃香はお互いにお互いへ懐疑の目を向けあっていた。

 自分が何をしたか分かっているからこそ、自分と同じレベルの罪を犯したであろう他の二人を、警戒しない事はできなかった。


「もちろん、天界に住む全ての天使が知っているという訳ではない。俺達が今いるこの建物の中にいる天使でも知らない者はいる。……だが、君達がこれから接することになる天使の多くは君達の過去を知っているだろう。他人の人生を盗み見るというのはとても褒められた行為ではないが……それをせざるを得ない俺達を許してくれ」


 ウリエルがその頭を下げた時────────


「あ、あの」


 桃香が口を開いた。


「私の人生を、見たんですよね?」


「……あぁ」


「なら、私が死ぬところも見たんですよね?」


「あぁ、見た」


「じゃあ─────」


 大げさに明るく振舞っている少女が、落ち込んだ自分を鼓舞しようとしている事くらい、天使達にも分かっていた。

 そしてそのメッキが今、剥がれ落ちている事も。つっかえながら少女は言葉を紡ぐ。


「そ、その、私の、弟が、私が死んだ後……どうなった、とかも、見てたり……」


「……」


 再び空気は凍てついた。

 その場にいた一部は恥じた。自らの感情を。疑いを持った自分自身を。


(例えどんな罪を犯していたとしても……私がこれから知ることになるのは、これからの皆さん、ヒユウさんなんだ。担当試験官としての責務は……きっとそういう事だ)


 ノービスは表に出さぬように、感情をしまい込んだ。


 また、一部は理解できないでいた。大罪人であるはずの、冷酷で残虐な心の持ち主である人間が、家族を案じている事が。


(…………清久桃香は、あの方を殺した『奴』と同じで神に嫌われたんだ。大罪人で、救いようも導きようもないゴミ……なんだ。だからこれも、いい人ぶってるだけ……。じゃないと、こんな態度を取るなんてあり得ない──────)


 振り切れない迷いを抱えながらカーラは桃香を強く睨む。


 また、一部は桃香のような発想が自分に生まれなかった事に気付いた。


(俺が死んで……その影響を受ける人間はいない、な。どちらかと言えば、俺は影響を受けた側だ)


 緋悠は表情も感情も変えることなくナイフを握る手を離さない。


 そして一部は──────桃香と同じような事を考え始めた。


(俺が死んだあの日、あいつらは────────)


 憎しみも、悲しみも、怒りすらも消え失せた脳で、ただ一つだけ懸念することがあった。


(────────ちゃんと、死んでくれたのかな。俺は、ちゃんと殺せたのかな。それを確認する術は、無い……)


 当たり前だが、そんな事をウリエルに聞くわけにはいかなかった。

 白牙はぼんやりとそんな事を考えながら、理由もなく緋悠に目を向けていた。


 ついでに言うと一部は本しか見ていなかった。


「……そこまでは、君の人生に含まれていなかった」


「っ……」


 ウリエルは期待に応えられない事に悔やみつつも、今かけるべき最善の言葉を探す。


「俺たちの行動理念は君たちを『救う』事だ。この転生試験は君たちを消すためではなく、神の手から君たちを守る……つまり、受からせる為に行っている。とはいえ、神が嫌うのには理由がある。それを知るために見させてもらった……すまない。だが、俺達が本当に救いたいという事を───────」


「……大丈夫です。大丈夫」


 ウリエルは顔を上げて桃香を見た。


「ちゃんと伝わってます……雨喰くんと明庭くんにも伝わってるはず……だよね?」


「……あ、伝わってますよ」


「……えー……伝わってる」


「ほら。だから大丈夫ですって、なんか適当そうだけど……てか、そんな事より!!」


「そんな事……??」


 桃香の事を真に受けたウリエルは頭を下げたまま繰り返した。


「力!能力!祝福を!くれるんじゃないんですかぁああ!?」


「あ、あぁ、そうだったな」


 迫ってくる桃香に後ずさりながら、ウリエルは椅子に座り、テーブルに置いてあった水晶玉を撫でた。紫色の透き通った球体が淡く光る。


「本来なら『祝福』は転生する直前に譲渡されるのだが、君たち受験者には力を使いこなせる状態で転生してもらう。そのため、今ここで受け取ってもらい、試験という形で力の使い方を学んでいってほしい」


「受け取るって……その水晶玉みたいなのを使うんですよね?どうやってやるんですか?」


「至って簡単、触れるだけだ」


 ただの透き通った玉に触れただけで特別な力が貰えるなど都合の良い滅茶苦茶な展開でさえ不自然に思わないほど、天界での生活は短時間で緋悠達の常人としての価値観を歪めていっていた。


「じゃあ早速私からァ!って事で、二人とも良いよね……?」


「うん」


「……あぁ」


 有無を言わさない眼差しが緋悠と白牙を貫く。特に意見もなかった二人は頷いたが、緋悠の目線はウリエルの方を向いていた。


「さっき、能力を自分で選ぶ事は出来ないと言っていたが、ならばどのような祝福が得られる……のですか?」


 緋悠の言葉を聞いてウリエルは僅かに表情を歪めた。


「……不明だ」


「不明?」


 気まずそうに頭を掻きながら天使は言う。


「前回の受験者三人に与えられた祝福からは何の法則も見だせなかった。そもそもこの祝福は世界神とは別の神から授かるものだ。詳しい事は我々天使には分からない」


「ま、貰ってからのお楽しみって事でしょ!これもう触っちゃっていいんですか?」


「あぁ」


 桃香は数回深呼吸をすると、「神引きしたる!」と言い放ち右手を水晶玉に付けた。


 ────────硬直、そしておよそ三秒後、彼女の身体が跳ねた。


「っ……!」


 振れた右手は銃に撃たれたかのような勢いで反対方向へと飛び、静止していた彼女自身も一歩二歩と後ろへ下がっていき、やがて部屋の左の壁に寄りかかって座り込んだ。


「どっ、どーしたんですかモモカさん!?」


「あ、え……あ、あはは。ごめんごめん……なんでもないよ」


 右手を抑えながら立ち上がる桃香は言葉通りの表情をしていない。

 その身には既に人ならざる『力』が備わっていた。


「……何があった?もし危険ならば中止するが……」


「い、いや本当に何でもないですって!ちょっとびっくりしちゃっただけで……その、祝福?もちゃんと受け取れましたし」


「そうか」とだけ零したウリエルは視線を水晶玉に戻した。


「……なるほど、面白い力だ。『せ────────」


「ちょちょちょちょーっっっと待ったァ!それ絶対言っちゃダメなやつ!!それ絶対言っちゃダメなやつでしょうがっ!!」


 そう言った桃香は寄りかかっていた壁に勢いよく拳を叩きつけた。


 ───────ドゴン、と爆音。


「ん?ドゴン?」


 短時間聞いただけで吐き気がしてきてしまいそうな重低音と共に桃香が殴った壁は……粉々に粉砕された。


「モモカさん……!?」


「あ、ありえない……」


「な……なんじゃこりゃあぁぁぁぁあ!!これもう適用されてんの!?速すぎない!?」


 貫通して見えるようになった隣の部屋と自分の拳を交互に見つめながら桃香は座り込んだまま叫んでいた。


「……安心してくれ、第二回の受験者にも似たような祝福を授かった者がいた。彼女から教わればすぐにコントロールできるようになるだろう」


「いや能力名どうやって説明すんの!?滅茶苦茶恥ずかしいんですけど!!」


「恥ずかしい名前ってどういう事?」


「うわぉうっ」


 後ろから話しかけてきた白牙に立ち上がろうとしていた桃香はまたもや座り込んだ。


「……言えない」


「言えないくらい恥ずかしい力って……どういう事?」


「あぁーっ!言えないもんは言えないんですー!いいから雨喰くんも明庭くんも貰ってきなよ!!」


 桃香にそっぽを向かれた白牙は緋悠に視線を移すと、


「じゃあ、次は俺が触ってみるよ。もし危険だったら明庭くんはやめればいい」


「分かった」


 触らないという選択肢は緋悠の中には無かったが、少しづつ遠ざかっていく白牙にわざわざ言う必要もないと判断し、適当に返事をした。


「……」


 特に何も言う事はなく、白牙は水晶玉に触れる。周りも口を出すことは無く、なぜか周囲を包んでいた緊張感に従ってその様子をさっきより入念に見守っていた。


 ──────数秒の完全な沈黙。


「ッ……」


 水晶玉から勢いよく手を離した白牙は桃香のように後ずさりするが、座り込んだりすることはなく、自分の右手を見つめていた。


「ど、どうでしたかー?受け取れましたか?何か危険なのとかはー……」


「受け取れました。ただ……危険、と言うほどではないけど、ショックではあるかもね」


 白牙はそう言って緋悠の顔へと右手を運んでいったが、手が自身の首当たりの高さまで来た時点で止めた。


「……ほう、こういう形の祝福もあるのか」


「俺としては清久さんみたいな攻撃的なのが良かったけどね」


 白牙はそう呟くと、


「『薬を生成する力』、だってさ」


 掌に大量の白い錠剤を出現させた。


「なんの薬だ?それ」


「ビ●フェルミン」


「腹下してるのか?」


「結構グイグイ聞いてくるね明庭くん」


 緋悠としては先ほどの桃香を鎮圧させた方法を知りたいだけに質問をしたのだが、白牙に言われた言葉で押し黙った。

 錠剤を出現させたはいいものの消す事はできない事に気付いた白牙はポケットに右手を突っ込みながら桃香に左手を差し伸べた。


「ほら、元気出して」


「いや、手を取ろうとしたら三錠のビ●フェルミンを掴むことになるトラップやめてくれない?」


「ついでに俺の能力教えたんだから清久さんの能力も教えて」


「そっちが勝手に言ったんでしょうが!」


 そう言いつつ錠剤を手に取った桃香は迷うことなく口に含んだ。


「意外と……おいしいのね……」


「ねぇノービス、あれ薬よね?なんで普通にボリボリ食べてるの?そっち系のクスリなの?ありえないんだけど」


「私に聞かないでくださいよー。……ってヒユウさん!?」


 ノービスが気づいたころには緋悠は水晶玉に触れる寸前といったところまで来ていた。

 そして、その指が触れた瞬間───────


 刹那。桃香や白牙とは比べ物にはならないほどの一瞬だった。


 ────────明庭緋悠の人生が彼自身の脳内に流れたのは。


(…………今の、は)


 水晶玉に触れてすぐ離した緋悠は脳内で起きた事を整理していた。


(今、触れた瞬間に俺の今までの人生が流れた。自殺した時に思い出していた時のように)


「あれ、ヒユウさん速くないですかー?二人と比べて」


(そして俺が与えられた力が文字として表示された)


「……ヒユウさーん?」


(だが、重要なのはそこじゃない。そこじゃなくて────────)


「ヒユウさーーーーーん!!!」


 鼓膜を突き破るほどの声量が緋悠の右耳を突き抜けた。隣には右肩を掴んだノービスの顔がすぐ近くにあった。


「大丈夫ですかー!?」


「……あぁ、問題ない」


 問題しかなかった。

 彼が幸せだと思っていた、そう信じていた人生は───────振り返って見れば、一瞬で紹介が終わってしまうようなものだったのだ。白牙と桃香は水晶玉に数秒間触れたままだった。その記憶がさらに緋悠の心を抉る。

 水晶玉のフラッシュバックは告げていた。『血』、『父』、『死体』、『ナイフ』。

 明庭緋悠の人生は、この言葉だけで語れる、薄っぺらいものだったのだと───────。


「……なるほど。シンプルだが戦いやすそうな力だ。……それにしても、他の二人と比べて祝福を貰う時間が短かったように見えたが──────」


「気のせいだ」


「……そうか」


 若干食い気味に否定する緋悠に、ウリエルはそれ以上言及することはなかった。


「で、どんな力だったんだ?」


「あぁ、それは──────」


 緋悠はポケットの中の武器を握っていた左手を離し───────


「俺も秘密、だ」


「えぇ、なんだよ明庭くんまで」


 ────────『身体をナイフに変える能力』


 その人差し指を、誰にも知られることなく刃に変質させた。彼自身視認はしなかったが、左手の残りの指で触った人差し指は既に柔らかさを喪失していた。

 生前に使い慣れていた、父から貰ったナイフと同じ感触。このまま触り続けていると左手が血まみれになってしまうくらい、緋悠の中には感慨深いものがあった。


(…………いずれにせよ、俺の目的は揺るがない)




 その少年、明庭緋悠は自殺によって命を断った。自殺と言っても苦しい虐めを受けたり生活が出来ないほど貧乏だったりと言ったメジャーな理由ではなく────────転生し、死んだ父ともう一度暮らすと言った大胆な理由の自殺だ。自殺なのだから当たり前だが、彼は死んだ。死んだはずなのだが───────


 彼の人生は今日、天界に来てから始まったのだ。



















 ー ー ー ー ー ー ー














 部屋から出た天使は赤黒い髪をよけ、右手に持つ水晶玉を覗いた。映されているのは『身体をナイフに変える能力』という文字。

 そして……一面のモザイク。


「─────やはり、駄目だったか」


 そう呟いたウリエルは後ろを振り返り、部屋の中の少年……明庭緋悠を視界に映した。


「前代未聞だ。人生が……見れなかったなど」

お読みいただきありがとうございます。

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