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4 既に入籍していました

 理由はわからないが、辺境伯様は男色ではなくごく普通に女性との結婚をご希望で、私と結婚すると宣言し、本当にそのつもりでいろいろと準備をしているようだ。

 いえ、嫌ではありませんよ。

 辺境伯様は横暴そうな雰囲気ではありますが、ちょっと愛想がなく言葉が足りないだけでやるべきことはやっております。

 辺境伯領に来てからというもの、とても快適に過ごしている。

 子爵領の皆とも再会し、新しい町を作るという目的もできました。

 毎日が充実している。

 でも、本当に私でよいのでしょうか?


「これが婚約の書類。子爵家関係と母親との取り決め。それに婚姻届け。まとめて送られてきたので、先に、書類を作成しておく」

 バサバサ…と何種類もの書類を渡され、一枚、一枚確認をしてからサインを入れる。

 意外だったことは母との関係。

 母とは今後も会えるが、子爵家とは完全な縁切りとなる。

「悪くとらないでほしいが…、離婚をした母親は平民だ。もしも困窮していると金をたかりに来てもそう難しいことにはならない」

 温泉街を作るので、そこで家を一軒与えてエヴァンス達に監視を頼めば良い。

 私に悪影響がなければ自由に会っても問題がない。

「だが子爵家だとそう簡単な話にはならない」

 腐っても子爵家。領地があり、少なくない領民もいる。

 一般庶民と貴族では作る借金の桁が違う。

 母が散財したとしても、高額な宝石を二つ、三つ…で、支払いが滞れば相手も警戒する。娘が辺境伯家に嫁いでいるとしても、平民である母が切り捨てられるだけというのは想像がつく。

「子爵領から優秀な人材が流出したことですでに領地の経営が傾いてきている。子爵領の経済が破綻した場合、アームルクス辺境伯領の年間予算の四分の一程度の債務が発生する見込みだ」

 安く見積もって四分の一。悪あがきされると借金が増えてしまうが、父は悪あがきというか、恐らく逃げる。

 放置して勝手に借金が膨らむ最悪の結末しか見えない。

 放置の何がまずいって、関係のない負債を紛れ込まされたり財産を持ち出されたりした場合、気づくのが遅くなってしまう。

 早い段階でスッパリ諦めて対処した方が傷は浅いのに、もう少し待てば、運が好転すれば…と考えて、ますますどうにもならなくなるのよね。

「ハドリー嬢が父親を助けたいと考えているのならば、即刻、隠居させてもっとしっかりとした者を跡継ぎに据えるが、子爵に息子がいるため事前の根回しや準備がかなり面倒だ」

 まず子爵自身と跡継ぎに問題があると証明するだけでも、相当な手間暇がかかる。

 わかりやすく犯罪に手を染めてくれれば罰しやすいが、父は優男で小心者。禁止薬物に手を出すとか、密輸するとか、そういった方面での面倒からも全力で逃げている。

「母とは今後も交流が持てると良いなと考えておりましたが、父はどうでもいいです」

「だろうな。報告書を読んだだけだが…、ひどすぎる。アレにハドリー嬢が似なくて良かった」

「容姿は母に似ていると言われます。性格は…、エヴァンスが言うには早世された父方の祖父に似ているそうです」

 とてもしっかりとした方だったが祖母共々早くに亡くなり、結果、父が二十歳で家を継ぐことになった。

「辺境伯様もまだ二十二歳ですよね。随分と早く跡を継がれたのですね」

 親が早逝したとか、結婚が早かったとか、家の事情で早く跡を継ぐ事もあるが、辺境伯領は安定した領地だ。

 何か特別な理由が…と首を傾げれば、納得の答えが返ってきた。

「私が王都にいると雑事に追われて仕事ができないため、辺境伯領に戻った」

 な、なるほど~。子供の頃で既に多数の変質者に狙われていたのだ。少年から青年へと成長する時期なんて、変態が大喜びで食いつきそう。

「辺境伯領にいる時間が長くなるし、さすがに辺境伯本人に襲いかかるバカはいないだろうと家督も継いだ」

 それにも納得。そうなの、子供というだけで舐められるのよね。成人しているとはいえ息子は息子。犯人を捕まえたとしても厳罰は難しい。しかし家を継いだ辺境伯様本人に不埒な事を仕掛ければ、即、牢屋行きで、場合によってはその場で首が飛ばせる。

「親は王都で忙しく動き回っている。元気すぎて困るほどだ。そのうち会うだろうが、まぁ、悪い人達ではない」

「私で大丈夫でしょうか?」

「もともとこの縁談を持ってきたのはうちの両親だ。当然、子爵家のゴタゴタも承知した上で、我が家なら抑えこめると判断した。私もそう思っている。他に不安なことは?」

 考えてみる。

 子爵家のことは私が考えても仕方ない。頼られてもできることなどない。

 となると。

「私は辺境伯様とうまくやっていけるでしょうか?」

「そうだな。まずはその呼び方をなんとかしたほうがいい」

 呼び方…。結婚すれば私も辺境伯家の一員。

「旦那様?」

 一瞬で真っ赤になった。めちゃくちゃ動揺している。面白い。

「そ、それも、いいっ、すごくっ、いいっ…が…、まずは名前で呼んでくれ」

「アルダン様とお呼びしますね」

「そ、そう、だな。私もハドリーと呼んでも?」

「もちろんです。ふふ、呼び方を変えると少し親しくなれたような気がします」

 その後も書類を確認しつつサインを続ける。王都の専門機関で書類の確認が行われ、承認されれば私の籍がレンクス子爵からアームルクス辺境伯に移る。

 アルダン様に離縁されれば路頭に迷うことになるが、なんとなく…、そんなことにはならない気がする。

 残念な事に父の方がまったく少しもカケラも信用できない。

 ともかく書類の確認を終えて、やっと一息…なのだが。

「お茶を飲みながら婚約式と王都への旅程の確認をしよう」

 新たな書類を渡され、思わず笑みが引きつってしまった。


 辺境伯領に来てから比較的のんびりと過ごしていたが、急にバタバタと予定が入りはじめた。

 と言っても、睡眠時間が削られるほどではない。食事もしっかり三食食べている。

 入っている予定も温泉街についての打ち合わせや辺境伯領についての勉強。夏の終わりには王都へ行くため、ダンスも習った。

 まったく踊れないというか、リズムって何、音楽に合わせてゆったり体を動かすだけ…と言われましても…。ダンスの先生も困っていたが、私もかなり困っていた。

 まさか、ここまで踊れないとは。

 先生と一緒に踊ろうとしても体が動かず、もたもたしているところにアルダン様が様子を見に来てくれた。

「アルダン様、事件です、信じられないほどダンスが下手だということが発覚しました!」

「その程度のこと事件でもなんでもない。少し練習をすれば慣れる。ほら、手を貸せ。進行方向は私が決める。ハドリーは私が誘導する方向へゆっくりと歩くだけでいい」

 自分で動こうと思うから、混乱して動けなくなる。

 なるほど。

 頭の中を空っぽにして、アルダン様に添って歩くだけ…、なら、できる、できた気がする、すごい。

 先生も『ゆったりとした曲なら問題ありません。足元はドレスで隠れますから』と。

「アルダン様以外と踊る時はどうすれば…」

 何か秘策はないかと聞けば『私以外と踊る必要はない』と断言された。

「私もハドリー以外とは踊らない」

「でも断れない相手とか…」

「いたとしても、私達は婚約したばかりでハドリーは初めての夜会だ。私が嫉妬深いということにしておけばよい」

 それでいいの?

 良くなかったとしても、正直、他の方と踊るとか想像できない。

「では絶対に私を一人にしないでくださいね?」

 アルダン様はすこし照れたように手で口元を隠しつつ頷いた。


 婚約式は領内の神殿に行き、司祭の前で誓約を交わすだけ…だが、正装で行くことになるので私は朝から磨かれていた。

 そろそろ慣れてきましたよ、貴族令嬢の完全武装にも。

 そして時間をたっぷりかけて磨き上げた私よりもアルダン様のほうが美しかった。

 いえ、皆さん、私の事を可愛らしい、美しいと褒めてくださいますが…、アルダン様の美しさはやはり別次元。芸術作品のようだなと眺めていると。

 私を見てふっと笑った。

 何、何、なんですか?どこかおかしいところが?

 カティを見ると。

「大丈夫ですよ、とても可愛らしいです。あれは自分の色をまとったハドリー様を見て満足の微笑みです」

 と、こっそりと教えてくれる。

 そう…、貴族社会では婚約者の色を使ったドレスやアクセサリーを身につけることが一般的で、しかしアルダン様は髪も瞳も黒。全身真っ黒にしてしまうと喪服のようになるため黒地に別の色をかぶせることで華やかさを出していた。

 今日は婚約式なので淡いクリーム色の生地を重ねて遠目で見ればクリーム色のドレスに見える。

 私は雰囲気が地味…、いえ控えめなので淡い色のほうが似合う。アルダン様の黒色は凛々しくて素敵だけど、ドレスで使うのは大変でデザイナーが苦労していた。

『やっと決まった辺境伯様の婚約者様ですからね。よその店とも協力してふさわしいものを作り上げます!』

 と、私の母と変わらない年齢のマダムが握り拳を作っていた。

 おかげで普段着だけでなくお茶会や夜会用の衣装も揃いつつある。アルダン様の正しい色は漆黒だが、そこはデザインに合わせて濃紺や紫、臙脂等も使っていた。

「ハドリー、行こう」

 エスコートされて馬車に向かう。

 婚約の儀が終わったら、王都へと向かうことになる。二週間近い馬車の旅だ。

 前回の長旅はほとんど馬車から出ることなく過ごしたが、次はすこしくらい景色を楽しめると良いな。


「ハドリー、貴女は自分で自覚している以上に可愛らしいのだから、一人で町中をふらふらしないように。必ず私と一緒か、カティと護衛を連れて行くように」

 王都へと向かう馬車の中、アルダン様に言われて頷く。

「可愛いかどうかは置いといて、お金を持っていそうな令嬢がどんな目にあうかはわかります。子爵領でも散々、注意されてきました」

 一人になってはいけない。知らない人に声をかけられたらついていかない。知っている人でもついていかない。物を貰う時はティルソン税務官かディーナ先生がいる時だけ。貰ってもその場で飲まない、食べない。などなど。

「できる限りカティとメリルの側にいるようにします」

「そうしてくれ。私もそばにいるつもりだが…、他領を通る都合上、領主側に挨拶しないわけにもいかない」

 領主自身が王都に居る場合でもその関係者から晩餐会等に招待されたら断れない。

 私も招待されたら行くことになるが、そこは辺境伯様が相手を見て決める。

「中には女好きもいるからな。評判の良くない相手からの誘いは『旅の疲れ』で断る。カティ達とホテルでのんびり待っていてくれ」

「そうします」

 子爵領から出たことがないため、他の貴族と話したこともない。唯一がタウシッグ男爵夫人で、あれは特殊な人なので参考にしてはいけない。

 いずれは慣れていかなくてはと思うが、いきなり一人にされようものなら彫刻のように動けなくなりそうだ。


 初めての長旅が割と過酷だったせいか、今回の旅はとても楽しかった。

 まず馬車が違う。座面が柔らかい上にクッション、ひざ掛けもある。窓を開けて景色を見ることもできるし、休憩の度にカティとメリルがお茶やお菓子を用意してくれる。

 野宿することはなく大きめの町で立派な宿屋に泊まり、贅沢なことにお風呂にも入っている。

 本物の貴族令嬢みたい。

「ハドリー様は正真正銘、間違いなく貴族令嬢ですよ」

 カティが呆れたように言う。

「子爵領の方達とお会いして、ハドリー様が何故、こんなにも愛らしい令嬢に育ったか、理由がわかりました」

 メリルまで。

「でも子爵領の方達の気持ちもわかります。これは…放っておけません」

「辺境伯様がメロメロになってしまったのも納得です」

 メロメロ…、メロメロなの?あれで?

「嫌われていないことはわかるけど、かといって好かれているような気もしないのだけど…」

「辺境伯様は幼少期のトラウマもあって女性にはとことん冷たいのですよ。会話が成立することがもう奇跡に近いです」

 うん、そもそものハードルがとても低かったわ。

 でも少しでも好かれているのなら安心してアームルクス辺境伯領にいることができる。

 一人で頑張るつもりでいたけど、今は子爵領から来てくれた皆の生活も守りたい。


 順調な旅が終わり、初めて王都を見た私は圧倒されていた。

 人が多い。家も多い。お店もたくさんある。

「この通りは馬車も通る道だから大きな商店しかない。王都に居る間に一度くらいは買い物に行こう」

 お買い物…は行ってみたいけどほとんどお金を持っていない。でも見るだけでも楽しいかも。

 馬車は順調に走り続け、ついに辺境伯領の別邸に到着した。


 領地を持った貴族は王都にも屋敷を構えて、人を置いていることが多い。自領地の特産物の販売や王都での流行りや情報を自領地に伝えるとか。

 疫病の発生や自然災害による被害等も領地にいると入ってこない。子爵領では父が王都にいたが、まったく役に立たなかった。子爵領の作物を売り込むでもなく、産業開発のヒントを探すでもなく、ただ王都にいて…愛人を作って家庭を崩壊させただけ。

 せめてどこかで働けば良いのに、王宮に勤められるほどのコネはなく、騎士になれるような才能もなく、かといって役場のように庶民が出入りする場所は貴族が働く場ではないと言う。

 では何ができるというのだ、あの役立たず。

 あの家から逃げ出せて良かったなと心の底から思う。

「ハドリー、手を」

 アルダン様に支えられて馬車を降りると、美しい建物が。お部屋がいくつあるのか想像もつかない規模の建物だった。領地のお城も迷子になるけど、こちらも…一人で歩いたら遭難しそう。

「素敵なお屋敷ですね」

「貴族は見栄の生き物だからな。この半分でも広いくらいだが、仕事の関係者を招待した時に質素だと侮られる」

 大きな屋敷、沢山の使用人、飾られた絵や壺で判断する人もいる。

 エスコートされて屋敷の側まで行くと。

「いらっしゃい、待っていたのよ~」

「お兄様が結婚を承諾したと聞いた時は耳を疑ったけど、納得の可愛らしさね」

 女性が二人、出迎えてくれた。恐らく前辺境伯夫人のルチア様と妹のノエ様。

「お初にお目にかかります。レンクス子爵の娘ハドリーと…」

「あ、もうアームルクス辺境伯家のお嫁さんだから」


 なんですと?


 挨拶の途中でかたまってしまった。

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