2 新しい婚約者(候補)に会いました
一週間ほど寝て過ごした。
メイド達が甲斐甲斐しくお世話をしてくれて、清潔な環境で大満足ですとも。
食事は固形物が食べられないためスープやジュース中心で、毎回、味を変えてくださいました。
お医者様の診察もあり、安心、安全にすやすやと。
人生初の幸せな日々でした、辺境伯様、本当にありがとう。
やっと起き上がれるようになり、騎士の方から何があったのかを説明された。
ご挨拶に来てくださったのはアームルクス辺境伯領の第三騎士団の団長、フレイヤ様。首都周辺の街道警備をしている騎馬部隊とのこと。
私が乗っていた馬車は子爵家で用意したもので、年老いた馭者とこれまた高齢の騎士が二人。父が『若い娘なので若い男はつけられない』と話していたそうですが、間違いなく賃金の問題でしょう。
現役の若い騎士を往復で二か月もかかる旅に出したら、とてもお金がかかる。
節約を考えて、家族がいない高齢の三人に片道分の路銀を渡し、アームルクス辺境伯領についたら現地で頑張って生きていけ…と。
悪魔でももう少し優しいと思う。
アームルクス辺境伯領近くまで来たところで盗賊に襲われ、応戦しているところに騎士団が駆けつけた。
何故、爺さん三人で旅を?と思ったら、安っぽい馬車の中から毛布にくるまった若い女が出てきたので大騒ぎになった。
誘拐かと思ったが騎士の一人が子爵からの書状を持っていて、今度は別の意味で大騒ぎとなった。
馬車の中で辺境伯様の嫁候補が死にかけている。
えぇ、それはもう、驚いたことでしょう、申し訳ない。
年老いた馭者と騎士二人は悪くない。長い間、奥様や家族にあれこれ任せっぱなしで生きてきたのだ。一人で暮らすようになり、やっと自分一人生きていく術を覚えたところで、貴族令嬢の世話などできるわけがない。
『危ないから外に出てはいけませんよ』
これは面倒だからと言った言葉ではない。本当にどうすれば良いのかわからなかったのだろう。
悪いのは人件費を出し渋った父。長旅だとわかっていたのだから体力がある若い騎士とメイドをつけるべきでした。
「それで、馭者達は無事でしょうか?」
「えぇ、幸い早く駆けつけることができ、怪我をしてはいますが軽傷です。本人達がこのまま雇ってほしいというので、三人とも我が隊の厩舎で働いています」
一人は馭者で騎士の二人も馬の扱いには慣れている。給料はあまり高くないだろうが、住む場所と食事があれば問題ないだろう。
「ありがとうございます。本人達も喜んでいると思います」
「我が隊は街道警備のためレンクス子爵令嬢とお会いする機会はあまりないかと思いますが…」
「まぁ、そんなことをおっしゃらないで。実は首都の周辺を見たいと思っておりますの」
「周辺、ですか?何もありませんよ?」
「何もないのならば、何もない…そのことを確認したいのです。まだ体力が戻っておりませんので一カ月後くらいにご案内いただければと思います」
収入のアテを探すためにはめんどうでも外に出るしかない。首都の町の散策と周辺環境を確認して、働くヒントを見つけないと。
当初、胃が弱りきっていたが、カティとメリルのおかげで普通の食事ができるようになってきた。こってりとしたものは無理だけど、朝食と昼食は出来る限りしっかりと食べるように頑張っている。
禁止されているため部屋の外に出たことはないが、部屋がとても広く景色も良いせいかストレスは感じない。
子爵家の私が使っていた部屋の四倍はあるので、一人で過ごす時間はベッドや椅子を障害物に見立て、ぐるぐると歩き回ったり、スキップしたり、ベッドの上で跳んでみたり。わりと楽しい。
やだ、本当に楽しいわ、ベッドってこんなに弾むものなのね。
調子に乗って跳ねていたらベッドから転げ落ちてしまい、物音に驚いたカティ達をごまかすのに苦労したわ。
子爵邸ではかなり広い部屋を使っていると思っていたが、ここは規模が異なる。しっかりとした領地経営をしているとお城も立派なのね…と。
砦というべきかしら?
窓から見える景色も素晴らしい。
小高い丘の上に立っているようで城下町を一望できる。ベランダもあるが五階の高さがあるとのことで鍵がかけられていた。
大きな窓は開かないが、小さな窓は開けられる。
風の音や小鳥の囀り、虫の音などを聞いていると…眠くなる。眠いと思ったら無理をせずに眠ることにしている。
お医者様もそのほうが良いとおっしゃっていたもの。
寝室の広いベッドも好きだけど、客間に置かれたソファでのお昼寝も大好きなの。
あぁ、幸せ。
今日も放置してくれている辺境伯様に感謝しつつお昼寝を堪能した。
よく食べて寝ているせいか折れそうなほど細かった体に少しだけお肉がついて、体力もだいぶ戻ってきた手応えがあった。
これからはたくましい女性にならなくてはいけないものね。
一カ月ほど部屋の中だけで過ごしたので、そろそろ一日くらいは…と、カティとメリルに外出許可を取れないだろうかと相談した。
「許可など必要ございませんわ」
「辺境伯様が何と言おうと、我々、使用人達はハドリー様の味方ですからね!協力させていただきます」
「えぇ、辛い目に合われたご令嬢を怒鳴り、放置し続けるなど…、紳士の行いではございません」
辛い目に合わせたのは実の父で、放置されている間も医師の診察と美味しいご飯があったのでさほど困ってはいないのだけど。
むしろ天国のような快適さだったわ。
偽装結婚してくれたらこのままの生活でいられるけど、辺境伯様は私の事がお嫌いのようだから難しいところよね。
一カ月間はカティとメリル以外とは顔を合わせていなかったが、外出日が決まったので執事、家政婦長、侍従など上級使用人の皆様と顔合わせをすませた。
到着した直後はひどい有様だったけど、今はカティ達のおかげで髪は艶々、お肌もぷるんぷるん。なんとか人前に出られる見た目になった。
お風呂に入った後、マッサージをしてくれるので鉄板を背負っていると言われた肩こりも少しずつ解消されている。
初めてマッサージをしてもらった日に『固っ』『え、鉄板?』『何をすればこのような固い身体に…』と驚かれたけれど、長年のデスクワークで育った肩こりが一カ月の長旅で完璧な仕上がりとなってしまったのよ、私も驚いたわ。
驚いたといえばお洋服。
子爵領から簡素で脱ぎ着がしやすいワンピースを五着ほど持ってきていたが、全て処分された。どうしますか?と聞かれたけど、愛着はないし、そもそも長旅でだいぶくたびれている。宿屋に泊まれた時に自分で洗っていたので、変な皺もよっていた。なんてことを話したら、下着や上着もすべて処分され、新しいものが揃えられた。
ちなみに到着直後は辺境伯の妹であるノエ様の寝間着をお借りしていた。ノエ様は現在、前辺境伯夫妻と共に王都で暮らしているとのこと。
会う機会があればお礼を言えるのだけど、このままご家族と会うことはないかもしれない。辺境伯様ご本人とも会っていないのだから。
早く仕事を見つけて稼がなくては下着の一枚も買えないわ…と思っているうちにクローゼットの半分が埋まっていた。
支払いが心配だけど、この城を出て行く時に置いていけばいいわよね。私が頼んで買ってもらったものではないもの、さすがに全ては引き取れないわ。
金額を考えるとドキドキしてしまうが、かといって裸で過ごすわけにもいかない。一応は婚約者候補として来ている子爵家の令嬢だ。
きちんと身なりを整えていないと辺境伯様の恥になる。
『わぁ~、辺境伯様、女嫌いだからってあんな野暮ったい田舎娘を』
『美青年を嫁にできないからって、他にもう少しましな娘がいるでしょう』
とかね、言われてしまうのよ、貴族というだけで。
平民ならば、毎日、似たような服でも誰も文句を言わないのに。なんなら髪もバッサリ切れるのに。早く平民になって精神的に楽な暮らしがしたいわ。
「ハドリー様、とてもお美しいですよ」
「外を歩く時はこのパラソルを使いましょうね」
薄緑色のワンピースに白のレースカーディガン。髪は緑系統の細いリボンで何か所か結ばれていた。白の花も何か所か飾られている。靴は白の編み上げブーツ。
汚れが目立つ色なので、気をつけなくては。
「私もご一緒しますからね」
カティはいつものメイド服とは違い、動きやすそうなワンピースでスカートの下にフリルいっぱいのズロースではなく、男性のようなズボンをはいている。
メリルに見送られて部屋を出た。
久しぶりに外を歩くため階段など不安だったがカティがエスコートしてくれた。やだ、かっこいい…。
子爵家の使用人達も頑張ってくれていたが、あの両親が管理している屋敷で領地だ。個人の頑張りでは限界がある。そして駄目な領主だと駄目な使用人が集まってくる。
執事のエヴァンスのおかげでなんとか体裁を保つことができていたが、エヴァンスが引退したら一気に悪化しそう。
その点辺境伯家はとても素晴らしい。部屋の外に出ても掃除が行き届いているし、窓から見える庭も美しい。調度品も品よく揃えられている。
こんなお城で働けたら楽しそう。駄目もとでメイドとして雇ってもらえないか頼んでみましょうか。外で働くよりは生存率もあがりそう。それで、騎士団の誰かと結婚…しちゃうとか?私と結婚してくれる方はいるかしら。
弱気になっている場合ではないわ、今までも数々の難題を乗り越えてきたのだもの。
今回も頑張って乗り越えて、穏やかな老後を掴むのよ。
第三騎士団の訓練所に行くと、子爵領から来た三人が他の使用人達に混ざって働いていた。思ったよりも元気そうだ。
仕事の邪魔をするのは申し訳ないが、声をかけると三人とも泣きながら謝罪してきた。
「いいのよ、謝らないで。私のほうこそごめんなさい。三人とも怪我の具合はどう?痛むことろはない?」
「ございま、せん…っ」
「お嬢様、本当に、本当に…、すみません…でした」
「三人とも…、大人の男の人がそんなに泣くものではないわ。本当に気にしなくていいのよ。私はこうして元気に過ごしているのだから。誰か責められるべき人がいるとすれば、それは父であるレンクス子爵よ」
三人を宥めて仕事に戻ってもらう。振り返るとフレイヤ団長とやけに整った顔立ちの若い騎士がいた。
「今日の外出は第三騎士団だけで護衛をする予定でしたが…、こちらは第一騎士団のタンガ団長です。一緒に護衛任務につきます」
思わず笑ってしまった。
「まぁ、フレイヤ団長、そんな気を使わなくてもよろしいのですよ」
「え、いや、その…」
焦ったような声にやっぱり…と。
「私が若い娘だから、喜びそうな方を呼んでくださったのでしょう?でも、私、若く美しい殿方には興味がございませんから。辺境伯様と違って」
タンガ団長の眉間に皺が寄った。
「それはどういった意味だ?」
声も低い。明らかに怒りの滲んだ表情と声。まぁ…、まぁ、これはアタリかしら、図星かしら。
辺境伯様の恋人は貴方?と聞きたいけど、さすがに聞いてはいけないわよね。
「私が婚約者候補となった際に子爵家でそう説明されたのです。辺境伯様は結婚を嫌がっており、男色家ではないかと。到着した後も顔を見せるなと言われましたので、これはもう、本当にそうなのかと…。ほら、女性が近づくだけで蕁麻疹が出るとか、吐き気がするとか、体質的なものは仕方がありませんものね」
体質ではなく性癖…と言うべきかもしれないが、何故でしょう。体質だと仕方ない…と思えるのに、性癖と聞くとイケナイことを聞いてしまったような気持ちになるわ。
子爵家が雇った家庭教師の暴言だが、父に関して、本当にめちゃくちゃ腹が立っているので、父のせいということにしておこう。
辺境伯様と父がそう簡単に会うこともないだろうし、仮に会ったとしても私の知らないところで争いが起きる分には、知ったことではない。
タンガ団長は怒りとも困惑ともわからない微妙な顔になり、フレイヤ団長とカティははっきりと笑っていた。
「そうですわね、きっと男色ですわ。こんなに美しいハドリー様を一カ月以上も放っておかれたのですから」
「カティ、辺境伯様はお忙しいのよ。それに、恋人達の邪魔はしたくないわ」
ぐふっ…とフレイヤ団長がおかしな笑い声を立てる。
「そ、そう、ですな。いや、しかし第一騎士団がともに護衛任務につくことには理由がございます」
街道警備は範囲が広いため、勤務している者達をある程度分散させる必要がある。護衛のために何人も集めてしまうと、その分、よそが手薄になる。
そのため護衛任務には第一騎士団と第三騎士団から各五名が選ばれた。
「そんなにいなくても大丈夫ですよ?カティがいますし、あとは二、三人で」
「そういったわけにはいきません。未来の辺境伯夫人ですから」
「今は子爵家の娘よ」
「辺境伯様が何と言おうと、未来の辺境伯夫人です。逃がしません」
「カティまでそんなことを…。私、本当に居座る気はないのよ?」
「どういった意味だ?」
タンガ団長はいちいち威圧的ね。辺境伯様との仲は邪魔しないと言っているのに。
「辺境伯様はご結婚の意思がないと伺いましたわ。そして私にも顔を見せるなとはっきりとおっしゃいました。偽装結婚とはいえ、婚姻した場合、二人で出席しなければいけない場もあるはずです。辺境伯様の協力なしで辺境伯夫人としての務めを果たすことは不可能に近いことです」
事務的でドライな間柄でも表向きは円満な夫婦を演じなくてはいけない。しかし、辺境伯様にはその気がない。
結婚をしないのならば、城に留まる理由がない。今、ここにいることもかなり譲歩されている状態だ。私が居座っている…と思われてもおかしくない。
「今はご厚意で城に滞在させてもらっている身ですからね。できればはっきりと破談宣告される前に次の仕事を決めるなり、婚姻相手を見つけたいのですが…」
フレイヤ団長に聞く。
「どなたか良い殿方はおりませんか?性格が良ければ平民でもかまいません」
「えっ?えぇ…と、こ、こちらのタンガ団長、は、いかがです。年齢もそう離れておりませんし見ての通りかなり男前だ」
笑って首を横に振る。
「辺境伯様に恨まれたくはございませんもの。それに顔の良い男性は苦手ですの」
父親を見て育っているため、どうにも…信用できない。
「お顔が整っている方ってナルシストの自信家で女性は全て自分の事を好きになると勘違いされている方が多いでしょう?あ、タンガ団長がそうだという意味ではございませんよ。ただ身近にいた顔の良い男性があまりにもひどかったので…。顔よりも性格だと思いますの」
「そう…、ですか…」
「フレイヤ団長はご結婚されておりますの?」
「はい、息子と娘もいますよ」
「まぁ、奥様がとても羨ましいわ。第二夫人を探していたりは…」
ぎょっとした顔になる。
「していません、妻は一人と決めています!」
そんなに嫌がらなくても…。残念だわ、フレイヤ団長はかなり理想的な相手なのに。
「えーっと、その、本当に辺境伯様とのご結婚は考えていないのですか?」
頷く。
「私のことを心底嫌っている相手に嫁ぐくらいなら平民となり働きます。こう見えて読み書きや計算が得意で、子爵領でも収支の管理をしておりました。辺境伯様も心の底から愛する方と結婚し…、いえ、結婚できなくとも側にいることで幸せになっていただければと思います」
邪魔はしないし、なんなら応援するからね。と、タンガ団長に向かってほほ笑むと、怒りは消えたようだが苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
アームルクス辺境伯家が用意してくれた馬車はとても立派なもので乗り心地も良かった。この馬車でなら一カ月間の旅も楽だったかも。
真実、大変なのは乗っているだけの私ではなく馬車を引いてくれる馬よね。そして片道切符で故郷を離れここまでくることになった三人。
贅沢を言ってはいけないわ。
………贅沢を覚えてはいけない。今が幸せすぎて勘違いしそうになる。
「ハドリー様、本当にタンガ団長を見て…、なんとも思わなかったのですか?見た目だけはかなり良いと思うのですが」
「そうね。とても美しい方ね」
お顔が整っている上に黒髪に黒い瞳で神秘的な雰囲気だ。背も高く細身に見えるがかなり鍛えているのだろう。
子爵領では見た事がない凛々しさだ。あの方ならば王都の夜会に出ても見劣りすることなどないだろう。
「私が言うべきことではありませんが…、タンガ団長の名前は偽名です。前辺境伯様のお名前がタンガ・アームルクス辺境伯で、現辺境伯様のお名前はアルダン様といいます。第一騎士団の団長も兼任しております」
つまり先程会った方がアルダン様?
「そう…」
「怒ってもよろしいのですよ?」
「何に?」
「軽々しく主人の事を話すメイドに、ハドリー様をないがしろにしている辺境伯様に、このような…だまし討ちの場を設けたフレイヤ団長に」
笑ってしまう。
「カティとフレイヤ団長は辺境伯様のことが心配なのでしょう?悪意がないし、怒るほどのことでもないわ。辺境伯様は最初から一貫して、結婚はしたくないとおっしゃっているしあれほど美しい方ですもの。女性には苦労したのでしょうね」
「まぁ…、そうですね。真偽不明の逸話もございますが、私自身が居合わせた回数だけでも両手で足りないほどです」
見知らぬ女が露出多めの服装で現れること年に数十回。顔立ちがはっきりとしてきた八歳、九歳辺りから毎年、凝りもせずにどこからともなく沸いてくる。
場所は庭園から寝室まで、待ち伏せ的に現れる。女は使用人だったり親戚関係の令嬢だったり未亡人だったり。
警備を厳重にし、雇う人間の審査も厳しくし、なんとか鎮静化させた後、婚約者を探そうとしたら候補となった令嬢達が殴り合いの喧嘩を始めた。
令嬢でも殴り合いの喧嘩というものをするのね、庶民派子爵令嬢だと思っていたけれどさすがに殴り合いはしたことがないわ。
嫌気がさして結婚しない宣言をしたが、立場上、そういったわけにもいかない。
何人か令嬢が送り込まれたが、皆、邪険にされて泣きながら退散していった。そして自宅に戻ると『恐ろしい人だった』と大袈裟に触れ回った。
「美しい方は大変ね」
「ハドリー様も大変お美しいですよ」
「でも私の母は平民で、貴族的に言うなら下賤な血なの。この血のおかげで下手なプライドなど持たずに生きられるのだから、悪くはないわね。ただ、平民になるにはこの容姿だと邪魔なのよね」
貴族的な美しさは、母のようにおかしな男を呼び寄せてしまうことがある。
「辺境伯様も今日、明日にでも出ていけとは言わないと思うけど長くは居られないわ。残念なことに決めるのは私ではないの」
私の行き先を父が決めた。
あの時点では逆らえなかった。途中で逃げ出せばアームルクス辺境伯家からの縁談を子爵家が無下にしたと思われる。父だけが断罪されるのならば喜んで逃げ出すが、結果、子爵領で暮らす者達に不利益があったらと思うとできなかった。
そして今は辺境伯様が私の未来を握っている。
が、これに関してはかなり期待している。
「辺境伯家に来た上で追い出されたら、子爵家に戻らなくても良いしどこにでも行けると思うの」
「辺境伯様のことは好きになれませんか?あんな態度ではありますが…、女性不信をこじらせているだけなのです」
「とても優しい方だとわかっているわ。だって子爵家から押し付けられた老人を三人も雇ってくださったのですもの。放り出して、領地に帰れと言ってもよかったのに、きちんと手当をして引き受けてくださった。私にも素敵なメイドを二人もつけてくれたわ」
「ハドリー様…」
「だからこそ、無理に居座ったりはできないの。私の事を哀れに思ったら追い出せなくなるでしょう?そんな理由での結婚はお互いに不幸だわ」
のんびりと一カ月以上も休ませてもらった。それだけで十分。
「辺境伯様には幸せになっていただきたいわ。ご結婚できない相手だとしても、ほら、方法はいくらでもあると思うの」
「はい?」
「ノエ様のお子様を跡取りに指名すれば血筋は守られるし」
「まさか…、ハドリー様、本気で男色を疑って…」
「わかっているわ」
淑女の微笑みを返す。
「秘めた愛も素晴らしいと思うの。偏見などないから安心して。もちろん言いふらしたりもしないわ」
カティは深く長い溜息をついた。